目次
- 1 1. LEAP2とは ─ 「抗菌ペプチド」から「満腹ホルモン」へ
- 2 2. LEAP2遺伝子の基本 ─ どこにあり、どう読まれるのか
- 3 3. LEAP2の構造とできかた ─ 前駆体から成熟ホルモンへ
- 4 4. グレリンとの綱引き ─ LEAP2の中心的な役割
- 5 5. 食欲と体重 ─ LEAP2が欠けるとどうなるか
- 6 6. 血糖・膵臓・2型糖尿病との関わり
- 7 7. 脂肪肝(MASLD/MASH)とLEAP2
- 8 8. 脳・記憶への影響 ─ 加齢と認知機能
- 9 9. 依存症と、これからの創薬
- 10 10. よくある誤解
- 11 まとめ ─ 「満腹側」を支える肝臓のホルモン
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
「おなかがすいた」「もう満腹」——この感覚を左右しているのが、体の中を流れるいくつものホルモンです。そのなかで近年、大きな注目を集めているのがLEAP2(リープツー/肝臓高発現抗菌ペプチド2)という物質と、その設計図であるLEAP2遺伝子です。もともとは細菌をやっつける「抗菌ペプチド」として見つかった小さなタンパク質でしたが、いまでは食欲・血糖・肝臓の脂肪、さらには記憶やお酒への欲求までを調整する「満腹側のホルモン」として研究が進んでいます。この記事では、LEAP2遺伝子とは何か、空腹ホルモン「グレリン」とどう対になって働くのか、そして肥満・糖尿病・脂肪肝・認知機能とどうつながるのかを、遺伝専門医の視点でわかりやすく解説します。
Q. LEAP2遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. LEAP2遺伝子は、おもに肝臓と小腸でつくられる「LEAP2」というホルモンの設計図です。LEAP2は、胃から出る空腹ホルモン「グレリン」とちょうど正反対に働き、食欲をおさえ、エネルギーのバランスを整える方向にはたらきます。飢餓や絶食のときには減り、肥満や高血糖などエネルギーが十分にある状態では増える傾向を示す——という、グレリンと対照的な動きをするのが大きな特徴です。この対の関係が、食欲だけでなく血糖・肝臓の脂肪・記憶・報酬(お酒などへの欲求)にまで関わることがわかってきました[1]。
- ➤正体 → 肝臓・小腸でつくられる40アミノ酸の小さなホルモン。もとは抗菌ペプチドとして発見
- ➤はたらき → 空腹ホルモン「グレリン」の受容体をふさぎ、食欲・成長ホルモン・血糖上昇をおさえる
- ➤動き方 → 飢餓・絶食で減り、肥満や高血糖などでは増える傾向。グレリンと対照的
- ➤関わる病気 → 肥満・2型糖尿病・脂肪肝(MASLD)・加齢に伴う認知機能・アルコール依存など
- ➤これから → 抗肥満薬・糖尿病薬などの標的として、動物実験レベルで研究が進む段階
1. LEAP2とは ─ 「抗菌ペプチド」から「満腹ホルモン」へ
LEAP2(Liver-Enriched Antimicrobial Peptide 2)は、日本語で「肝臓高発現抗菌ペプチド2」と訳される、小さなタンパク質(ペプチド)です。2003年にヒトの血液の成分から初めて取り出されたとき、その名前が示すとおり、細菌や酵母などの微生物をおさえる抗菌ペプチドの仲間として報告されました[1]。私たちの体は、皮膚や腸などの「外界との境目」で、こうした抗菌ペプチドを分泌して感染を防いでいます。
ところが2018年、この「地味な抗菌ペプチド」の見方を一変させる発見がありました。LEAP2が、空腹ホルモンとして知られるグレリンの受け皿(受容体)をブロックする、体内で最初に見つかった内因性の拮抗物質(じゃまをする物質)だと報告されたのです[2]。つまりLEAP2は、単に菌を弱めるだけの分子ではなく、エネルギー代謝・食欲・血糖を調整する強力なホルモンでもあった、というわけです。この発見以降、LEAP2は代謝内分泌学の分野で急速に研究が進みました[1]。
💡 用語解説:グレリンと「受容体」
グレリンは、おもに胃から分泌される「空腹ホルモン」です。食欲を強め、脂肪をためこみ、成長ホルモンの分泌をうながします。ホルモンは、細胞の表面にある「受け皿」=受容体にはまることで作用します。グレリンの受容体は「GHSR1a(グレリン受容体)」と呼ばれ、LEAP2はこの受け皿を横取りするようにふさいで、グレリンの作用を止めるのです。
興味深いのは、LEAP2の抗菌ペプチドとしての力はそれほど強くない一方、グレリン受容体をおさえる力はごく低い濃度(血液中の生理的な濃度に近いレベル)でしっかり発揮される、という点です[1]。菌をおさえるにはかなり高い濃度が必要なのに対し、ホルモンとしての作用は薄い濃度でも働く——このバランスが、LEAP2の本当の役割は「代謝の調整役」の方にある、と考えられる根拠のひとつになっています。
2. LEAP2遺伝子の基本 ─ どこにあり、どう読まれるのか
LEAP2遺伝子は、ヒトでは第5染色体の長い腕の一部(5q31.1という場所)にあります。3つのエクソン(設計図の本文にあたる部分)と2つのイントロン(あいだにはさまる部分)からなる、比較的コンパクトな遺伝子です[1]。この設計図から情報が読み取られ、最終的にLEAP2というタンパク質がつくられます。
💡 用語解説:エクソンとイントロン
遺伝子(DNA)の情報は、いったんRNAという「写し」に書き写されます。このとき、タンパク質の情報として使われる部分(エクソン)と、いったん写されるけれど切り取られる部分(イントロン)があります。不要なイントロンを切り取ってエクソンだけをつなぎ合わせる工程を「スプライシング」といい、つなぎ方を変えることで1つの遺伝子から複数の種類のタンパク質をつくり分けることもできます。
LEAP2遺伝子は、この読み取りの過程で、つなぎ方の違いによって複数のタイプの写し(mRNA)を生み出すことが知られています[1]。きちんと最後までつなぎ合わされた写しからは、細胞の外へ分泌される「はたらくLEAP2」がつくられます。一方、イントロンの一部を残したままの写しは、細胞の外へ出るための目印(シグナル配列)を欠いているため分泌されず、細胞の内側にとどまって別の役割を担う可能性が指摘されています[1]。同じ遺伝子から、分泌される「ホルモン版」と、細胞内にとどまる「別バージョン」がつくり分けられている、というわけです。
LEAP2がつくられる主な場所は、ヒトでは肝臓が最も多く、次いで小腸(空腸など)です[1]。血液中を流れるLEAP2は、そのほとんどが肝臓由来だと考えられており、この「肝臓でつくられるホルモン(ヘパトカイン)」という性質が、後で述べる脂肪肝との関わりを理解する鍵になります。
💡 遺伝子ページとして大切なこと
LEAP2は「エネルギー代謝を調整するホルモンの設計図」として重要な遺伝子ですが、現時点では、LEAP2遺伝子の変化そのものが特定の遺伝性疾患を単独で引き起こす、という関係は確立していません。あくまで、生活習慣病(肥満・糖尿病・脂肪肝など)の背景にある「調整のしくみ」を担う遺伝子として研究が進んでいる段階です。ここで紹介する内容の多くは、動物実験や、患者さんの血液を調べた研究に基づくもので、日常の遺伝子診療で直接検査する対象ではありません。
3. LEAP2の構造とできかた ─ 前駆体から成熟ホルモンへ
LEAP2遺伝子から最初につくられるのは、77個のアミノ酸がつながった「前駆体(プレプロタンパク質)」です[1]。これはいわば「未完成品」で、そのままではホルモンとして働けません。細胞の中で、フーリンという酵素などによって不要な部分(先頭のシグナルペプチドやプロドメイン)が切り落とされ、最終的に血液中を流れる40個のアミノ酸からなる「成熟LEAP2」が完成します[1]。
この成熟LEAP2は、リジンやアルギニンといった塩基性アミノ酸に富む、プラスに帯電した(陽イオン性の)ペプチドです[1]。形の面では、典型的ならせん構造(αヘリックス)やシート構造をあまり持たず、4つのシステインというアミノ酸のあいだで結ばれる2つの「ジスルフィド結合(S-S結合)」によって、コンパクトで丈夫な立体構造に固定されているのが特徴です[1]。血液中には、この40アミノ酸の完全な形に加えて、先頭側がさらに少し削られた複数の断片も存在することが確認されています[1]。
薬理学的にとくに重要なのが、LEAP2の先頭側(N末端)の領域です。研究では、先頭の14アミノ酸だけ(LEAP2(1-14))でも、完全な形とほぼ同じ強さでグレリン受容体に結合し、その働きをおさえられることが示されています[11]。逆に、この先頭部分を欠いた断片は、受容体に結合する力をほとんど失います[11]。つまり、LEAP2が「グレリンのじゃまをする」力の源は、この短い先頭部分に集約されているのです。この性質は、後で述べる新しい薬の開発とも深く関わってきます。
もう一つ驚くべき点は、LEAP2のアミノ酸の並びが、進化を通じてきわめてよく保存されていることです。ヒト・サル・マウス・ラット・ウシ・ブタ・イヌといった哺乳類のあいだでほぼ同じ配列を持ち、その保存性は鳥類・爬虫類・両生類、さらには魚類にまでさかのぼります[1]。これほど長い進化の時間を超えて配列が保たれているという事実は、LEAP2が生き物にとって欠かせない、本質的な役割を担っていることをうかがわせます[1]。
院長コラム:「余分な分子」など、そう簡単には残らない
遺伝子や分子の世界を長く見ていると、「役に立たないものは進化の中で淘汰される」という原則の強さを実感します。LEAP2のように、魚から人まで配列がほとんど変わらずに保たれている分子は、それだけで「何か大切な仕事をしている」というサインです。抗菌ペプチドとして発見されながら、20年近く経ってから代謝ホルモンとしての顔が見つかったのは、まさにその「大切な仕事」の中身が、後になって明らかになった好例だと思います。
一つの分子が複数の役割を持つことは、体の中では決して珍しくありません。だからこそ、遺伝子や分子を「一言で決めつけない」姿勢が、遺伝医療でも大切になります。
4. グレリンとの綱引き ─ LEAP2の中心的な役割
LEAP2という分子を理解するうえで、最も大切なのが、空腹ホルモン「グレリン」とのシーソーのような関係です。両者は、同じ「グレリン受容体(GHSR1a)」という受け皿をめぐって、正反対の作用をおよぼします。
📊 グレリンとLEAP2 ─ 対になる2つのホルモン
| 項目 | グレリン(空腹ホルモン) | LEAP2(満腹側ホルモン) |
|---|---|---|
| 主な産生場所 | 胃 | 肝臓・小腸 |
| 受容体への作用 | 活性化する(アゴニスト) | ふさいでおさえる(拮抗・逆作動) |
| 食欲 | 強める | おさえる |
| 飢餓・絶食時 | 増える | 減る |
| 肥満・高血糖時 | 低い傾向 | 増える傾向 |
グレリンとLEAP2は、エネルギーの状態に応じて鏡のように動き、グレリン受容体を通じたシグナルの強さを調整しています[2][3]。
グレリンが食欲を刺激し、脂肪をためこみ、成長ホルモンの分泌をうながすのに対し、LEAP2はこれらのシグナルを強力に遮断し、摂食をおさえてエネルギーバランスを整える方向に働きます[2]。2018年の発見を報告した研究では、LEAP2がグレリン受容体の活性化を完全におさえ、食欲・成長ホルモン放出・飢餓時の血糖維持といったグレリンの主要な作用を、生体内でブロックすることが示されました[2]。
💡 用語解説:拮抗薬(アンタゴニスト)と逆作動薬(インバースアゴニスト)
グレリン受容体には、じつはグレリンがくっついていなくても、ある程度ひとりでに信号を出し続ける「構成的活性」という性質があります。LEAP2は、①グレリンが受け皿にはまるのをじゃまする(拮抗薬・アンタゴニスト)だけでなく、②受け皿がひとりでに出している信号そのものを、もとのレベル以下にまで下げる(逆作動薬・インバースアゴニスト)という、二重の働きを持ちます。この「勝手に出る信号までおさえる」性質が、LEAP2の作用を特に強力なものにしています。
ここで重要になるのが、どちらか一方のホルモンの量だけでなく、「LEAP2とグレリンの比率」です。血液中では、両者は正反対の動きをします。絶食やカロリー制限のときには、胃から出るグレリンが増えて食欲と成長ホルモン分泌をうながす一方、LEAP2は強くおさえられます[3]。一方、肥満や高血糖など「エネルギーが十分にある状態」では、グレリンが低く、LEAP2が高い傾向がみられます[3]。このため、単独のホルモン濃度よりも「LEAP2とグレリンのモル比」こそが、体のエネルギー状態に応じた受容体シグナルを決める重要な指標だと考えられています[3]。肥満のときにはこの比率が高くなり、過剰なエネルギー摂取に対する防御として、グレリンの働きを弱めていると理解されています[3]。
5. 食欲と体重 ─ LEAP2が欠けるとどうなるか
LEAP2がエネルギーバランスの調整に本当に必要かどうかは、この遺伝子を欠かせたマウスを使った実験からよくわかります。研究者たちは、世界で初めてLEAP2をつくれないようにしたマウス(LEAP2欠損マウス)をつくりました[4]。
高脂肪食を与えられた雌のLEAP2欠損マウスでは、肥満の状態でも本来はにぶくなるはずのグレリンの効きめ(グレリン抵抗性)が弱まり、グレリンの作用がそのまま現れやすくなりました。その結果、摂食量が増え、エネルギー消費や自発的な運動量が低下し、肝臓への脂肪の蓄積が悪化することが観察されています[4]。LEAP2という「ブレーキ」を外すと、グレリンという「アクセル」が効きやすくなり、太りやすい方向に傾く——このことが、LEAP2が体重とエネルギー消費の調整に確かに関わっていることを示しています[4]。
ヒトでも、血液中のLEAP2は体の状態に応じて変化します。大規模な検討では、血漿LEAP2の値は体重(体格)や血糖とともに増加し、絶食や減量とともに低下することが確認されています[3]。つまりLEAP2は、「エネルギーが足りない」ときには身を引き、「エネルギーが余っている」ときには前に出て食欲にブレーキをかける、状況に応じた調整役として働いているのです。
💡 用語解説:減量手術(バリアトリック手術)とLEAP2
高度の肥満に対して行われる減量手術は、LEAP2の動きにも影響します。ただし、その変化は手術法や摂食状態によって異なり、単純に「手術後にLEAP2が増える」とは言えません。ヒトのスリーブ状胃切除術(VSG)後には、食後のLEAP2が低下したことも報告されています[3]。一方、2018年にLEAP2がグレリン受容体の内因性拮抗物質として見いだされるきっかけの一つには、減量手術後に変動する分子を探索する研究がありました[2]。減量手術後の代謝改善とLEAP2の関係については、今後さらに整理が必要です。
6. 血糖・膵臓・2型糖尿病との関わり
LEAP2の役割は、食欲の調整だけにとどまりません。膵臓(すいぞう)でのインスリン分泌と、2型糖尿病の病態にも関わることがわかってきました。
膵臓には、インスリンをつくるβ(ベータ)細胞のほか、グレリンをつくる細胞も存在します。グレリンは膵臓の中で局所的に働き、インスリンの分泌をおさえる方向に作用することが知られています(このため「高血糖を招きやすいホルモン」とされます)[1]。これに対しLEAP2は、グレリンによるインスリン分泌のおさえ込みをブロックし、インスリンが出やすい方向に働きます[1]。
糖尿病モデルのマウスを使った実験では、LEAP2を投与すると耐糖能(血糖を処理する力)が改善し、ブドウ糖に応じたインスリン分泌が高まることが示されています[7]。この効果には、単にグレリンをおさえるだけでなく、PPARγ(ピーパーガンマ)という、糖・脂質の代謝にかかわるシグナル経路が関与している可能性が報告されています[7]。
💡 用語解説:PPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ)
PPARγは、脂肪細胞の分化や、インスリンの効きやすさ(インスリン感受性)を調整する、細胞内の「スイッチ役」のタンパク質です。糖尿病の治療薬の標的にもなっている重要な分子で、LEAP2によるインスリン分泌の後押しに、このPPARγの経路が関わっていると考えられています[7]。
臨床のデータも、この方向性を裏づけています。2型糖尿病の患者さんでは、健康な人と比べて血液中のLEAP2が高く、グレリンが低い傾向が報告されています[1]。これは、高血糖という「エネルギー過剰」の状態を打ち消そうとして、体がLEAP2の分泌を適応的に増やしている、というしくみを示していると考えられます[1]。健康な成人にLEAP2を投与した研究でも、食後の血糖の急上昇がおさえられることが示されており、LEAP2が血糖の調整に関わることを支持しています[1]。
7. 脂肪肝(MASLD/MASH)とLEAP2
近年とくに注目されているのが、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD、旧称:NAFLD)との関わりです。MASLDは、肝臓に過剰な脂肪がたまる病気で、インスリン抵抗性や肥満と密接に関連します。その進行した形が、炎症や線維化(肝臓が硬くなること)をともなうMASH(旧称:NASH)です。
💡 用語解説:MASLDとMASH(名前が新しくなりました)
従来「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」「非アルコール性脂肪肝炎(NASH)」と呼ばれていた病気は、近年、代謝の異常との関連をより明確にするため「MASLD」「MASH」という名称に整理されました。お酒をあまり飲まない人でも、肥満や糖尿病を背景に肝臓に脂肪がたまり、一部は炎症・線維化へと進むことがあります。
LEAP2はもともと肝臓でつくられるホルモンなので、肝臓の状態を映す「窓」になる可能性があります。実際、健康な状態から、単純な脂肪肝、そして炎症をともなうMASHへと病気が進むにつれて、血液中のLEAP2が段階的に上がっていくことが、臨床研究で報告されています[8]。血液中の濃度だけでなく、肝臓の組織でのLEAP2の量も、病気の進行度と関連することが報告されています[8]。こうした特徴から、LEAP2は針を刺す肝生検にかわる、体への負担が少ない非侵襲的なバイオマーカー(病気の目印)の候補として期待されています[8]。
子どもや思春期の肥満についても、同じ方向の結果が得られています。肥満のある10代を対象とした横断的な研究では、肝臓に脂肪がたまっているグループで血清LEAP2が高いことが示され、肝臓の障害を示す検査値との関連も報告されました[9]。まだ研究の初期段階ではありますが、LEAP2が、子どもの脂肪肝を血液検査で早めに拾い上げる手がかりになる可能性が検討されています[9]。
8. 脳・記憶への影響 ─ 加齢と認知機能
LEAP2の影響は、肝臓や腸といった「末梢」にとどまりません。血液を介して脳にも作用し、記憶などの高次の脳機能に関わることがわかってきました。
記憶の中枢である海馬(かいば)には、グレリン受容体が多く存在します。通常、グレリンがこの受容体に結合すると、神経のつながり(シナプス)の形成や新しい神経細胞の誕生(神経新生)がうながされ、記憶の定着を助けると考えられています[1]。ところが、LEAP2はこのグレリンの信号をおさえる側なので、LEAP2が増えすぎると、海馬でのグレリンの「記憶を支える働き」がじゃまされる可能性があります。
認知機能が正常な60歳以上の高齢者を対象とした研究では、加齢とともに血液中のグレリンがわずかに低下する一方、LEAP2は年齢とともに上昇する傾向が示されました[5]。その結果、LEAP2とグレリンの比率は年齢とともに上がっていきます。そして重要なことに、この比率の上昇は、認知機能をはかる検査(MMSE)のスコアと逆の相関を示しました[5]。つまり、LEAP2が相対的に増えている人ほど、認知機能の指標が低い傾向があった、ということです。
この関係は、高齢マウスを使った実験でも裏づけられています。加齢したマウスの海馬でLEAP2の量を人工的に下げ、LEAP2とグレリンのバランスを「若いころのレベル」に戻したところ、海馬の神経のつながりの喪失や、神経新生の低下、神経の炎症がやわらぎ、認知パフォーマンスが改善したと報告されています[5]。これは、加齢にともなう記憶力の低下の一部が、細胞が失われる不可逆的な変化だけでなく、LEAP2による「調整のかたより」という、もどせる可能性のある変化によっても起きうることを示唆しています[5]。
💡 「認知症が治る」という話ではありません
ここで紹介したのは、あくまで動物実験と、高齢者の血液を調べた観察研究の結果です。「LEAP2を下げれば認知症が治る」「記憶が若返る」ということが、人で証明されたわけではありません。加齢と脳の関係を理解する新しい切り口として、また将来の研究の方向性として注目されている、という段階です。
9. 依存症と、これからの創薬
グレリン受容体のしくみは、エネルギー代謝だけでなく、お酒などへの「欲求」や報酬行動にも関わっています。お酒を飲むと、脳の報酬系(中脳辺縁ドーパミン系)が活性化し、これが渇望や依存の形成につながります。LEAP2は、この報酬系にもブレーキをかける可能性が研究されています。
げっ歯類(マウス・ラット)を使った研究では、脳内にLEAP2を投与すると、アルコールによって引き起こされる報酬系のドーパミン放出の急増が弱まることが示されました[6]。さらに、アルコールによる行動の変化がおさえられ、アルコールの「報酬の記憶」の形成も弱まりました[6]。6週間にわたってお酒を自由に飲ませて依存に近い状態にしたラットに脳内でLEAP2を投与すると、その後のアルコール摂取量が有意に減ったことも報告されています[6]。こうした知見は、LEAP2やその類似物質が、将来的にアルコール依存などに対する新しいアプローチの土台になりうることを示しています[6]。
これらの多彩な働きから、LEAP2は肥満・糖尿病・脂肪肝・依存症などに対する治療の標的として、創薬の分野で関心を集めています。ただし、天然のLEAP2ペプチドは血液中での寿命が短く、そのままでは薬にしにくいという課題があります。そこで、先頭側の短い断片(LEAP2(1-14))に脂肪酸(パルミチン酸など)を結合させて安定性を高めた「脂質化LEAP2アナログ(類似体)」の開発が進められています[10]。動物実験では、こうした改良版が、天然型を上回る食欲抑制効果や成長ホルモン抑制効果を示すことが確認されています[10]。
💡 まだ「薬」ではなく「研究段階」です
ここで紹介したLEAP2をもとにした治療薬は、いずれも動物実験を中心とした前臨床の段階にあり、人に使える薬として承認されたものではありません。末梢に投与したLEAP2アナログが、どの程度うまく脳へ届くか(血液脳関門を越えられるか)といった課題も残されています[6]。今後の研究の進展が待たれるテーマとして位置づけられます。
10. よくある誤解
誤解①「LEAP2はただの抗菌物質」
もともと抗菌ペプチドとして見つかったのは事実ですが、抗菌の力は強くありません。むしろ本領は、グレリン受容体をおさえる代謝ホルモンとしての働きにあると考えられています。
誤解②「食欲は1つのホルモンで決まる」
食欲は、グレリン(空腹側)とLEAP2(満腹側)の綱引きのバランスで調整されています。片方の量だけでなく、両者の「比率」が鍵になります。
誤解③「LEAP2を増やせばやせる」
動物実験では食欲抑制などが示されていますが、人で使える減量薬として確立したわけではありません。安全性や脳への届きやすさなど、課題が残る研究段階です。
誤解④「LEAP2遺伝子を調べれば病気がわかる」
現時点で、LEAP2遺伝子の変化が単独で特定の病気を起こすという関係は確立していません。生活習慣病の背景にある調整のしくみを担う遺伝子として研究されている段階です。
まとめ ─ 「満腹側」を支える肝臓のホルモン
LEAP2は、2003年に肝臓由来の小さな抗菌ペプチドとして見つかって以来、長いあいだその本当の役割が分かっていませんでした。しかし2018年以降の研究で、LEAP2が空腹ホルモン「グレリン」の受容体を強力におさえる、体内で最初に見つかった内因性の拮抗物質・逆作動薬であることが明らかになり、エネルギーの恒常性を調整する重要なホルモンとしての地位を確立しました[1][2]。
飢餓や絶食のときにはおさえられ、肥満や高血糖などエネルギーが十分にある状態では増える傾向を示すLEAP2は、胃から出るグレリンと対をなす形で、食欲・成長ホルモン・インスリン・肝臓の脂質代謝、さらには海馬の記憶機能や報酬系にいたるまで、全身のさまざまなバランスを細かく調整しています。LEAP2遺伝子の構造から機能までを理解することは、肥満・2型糖尿病・脂肪肝(MASLD/MASH)・加齢に伴う認知機能・アルコール依存といった、現代社会が向き合う病気を新しい角度から見直すことにつながります。今後の研究の進展が、次の世代の治療の手がかりを生み出していくものと期待されます。
よくある質問(FAQ)
Q1. LEAP2遺伝子とは何ですか?
LEAP2遺伝子は、おもに肝臓と小腸でつくられる「LEAP2(肝臓高発現抗菌ペプチド2)」というホルモンの設計図です。ヒトでは第5染色体(5q31.1)にあり、3つのエクソンと2つのイントロンからなります。もともとは細菌をおさえる抗菌ペプチドとして発見されましたが、2018年以降、空腹ホルモン「グレリン」の受容体をおさえて食欲・血糖・エネルギー代謝を調整するホルモンとしての役割が明らかになりました。
Q2. LEAP2とグレリンはどう違うのですか?
グレリンは胃から出る「空腹ホルモン」で、食欲を強め、成長ホルモンの分泌をうながし、血糖を上げる方向に働きます。LEAP2はこれと正反対で、グレリンの受け皿(グレリン受容体)をふさいで、食欲や血糖上昇をおさえる方向に働きます。飢餓や絶食のときはグレリンが増えてLEAP2が減り、肥満や高血糖などではグレリンが低くLEAP2が高い傾向を示す、という対照的な関係にあります。この「LEAP2とグレリンの比率」が、エネルギーの状態を映す重要な指標と考えられています。
Q3. LEAP2は肥満や糖尿病と関係がありますか?
関係が研究されています。肥満の人では血液中のLEAP2が高くなり、過剰なエネルギー摂取に対する防御として、グレリンの働きをおさえていると考えられています。2型糖尿病の患者さんでもLEAP2が高い傾向が報告されており、動物実験ではLEAP2の投与で耐糖能やインスリン分泌が改善することが示されています。ただし、これらは病気の「しくみ」の研究であり、LEAP2を測れば診断ができる、という段階ではありません。
Q4. LEAP2は脂肪肝の検査に使えますか?
研究段階ですが、有望な候補として注目されています。健康な状態から脂肪肝、そして炎症をともなうMASH(旧NASH)へと進むにつれて、血液中のLEAP2が段階的に上がることが臨床研究で報告されており、肝生検にかわる体への負担が少ない目印(バイオマーカー)になる可能性が検討されています。子どもの脂肪肝でも同様の傾向が報告されていますが、実際の診療で確立した検査になるにはさらなる研究が必要です。
Q5. LEAP2をもとにした薬はもうあるのですか?
現時点では、人に使える承認薬はありません。天然のLEAP2は血液中での寿命が短いため、先頭部分に脂肪酸を結合させて安定性を高めた「脂質化アナログ」の開発が動物実験レベルで進められています。抗肥満薬や糖尿病薬、依存症に対する薬などへの応用が期待されていますが、いずれも前臨床(動物実験)が中心の研究段階です。治療に関する判断は、必ず主治医とご相談ください。
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参考文献
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