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ADSL遺伝子(アデニロコハク酸リアーゼ遺伝子)は、体内のプリンヌクレオチド代謝において重要な役割を果たす酵素をコードしています。この遺伝子の変異はアデニロコハク酸リアーゼ欠損症という希少な代謝疾患を引き起こし、多くの場合、発達遅滞やてんかん発作などの神経学的症状をもたらします。本記事ではADSL遺伝子の基本情報から、関連疾患の症状、診断方法、最新の研究知見までを詳しく解説します。
ADSL遺伝子とは?基本情報と機能
ADSL遺伝子は、22番染色体の長腕13.1領域(22q13.1)に位置し、アデニロコハク酸リアーゼ(別名:アデニロコハク酸塩リアーゼ、アデニロサクシナーゼ)という酵素をコードしています。この遺伝子は13のエクソンから構成され、484アミノ酸のタンパク質をコードします。
ADSL遺伝子がコードする酵素は、プリンヌクレオチド代謝において2つの重要な経路に関与しています:
- プリン新規合成経路(de novo pathway)での役割:スクシニルアミノイミダゾールカルボキサミドリボチド(SAICAR)からアミノイミダゾールカルボキサミドリボチド(AICAR)への変換
- プリンヌクレオチド回路での役割:アデニロコハク酸(S-AMP)からアデニル酸(AMP)の形成
これらの反応では、アデニロコハク酸リアーゼがスクシニル基を切断してフマル酸を生成します。この酵素は四量体(4つの同一サブユニットからなる複合体)構造を持ち、安定して機能するためにはこの構造の維持が重要です。
アデニロコハク酸リアーゼ欠損症とは
ADSL遺伝子の変異によって引き起こされるアデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD; OMIM #103050)は、常染色体劣性遺伝形式をとる代謝疾患です。この疾患では、プリン代謝経路における2つの中間代謝産物である、スクシニルアデノシン(S-Ado)とスクシニルアミノイミダゾールカルボキサミドリボシド(SAICAr)が体内に蓄積します。
発症頻度は正確には不明ですが、非常に稀な疾患とされています。しかし、発達遅滞や知的障害の原因となる遺伝子の一つとして、見逃されている症例も少なくないと考えられています。
アデニロコハク酸リアーゼ欠損症の症状と重症度
ADSL遺伝子の変異による症状の重症度は様々で、一般的に以下の3つのタイプに分類されます:
- 新生児型:最も重症で、生後すぐに症状が現れ、予後不良
- タイプI(重症型):乳児期早期からの難治性てんかんと重度の精神運動発達遅滞
- タイプII(軽症型):より軽度の精神運動発達遅滞、言語発達遅滞、自閉症的特徴
アデニロコハク酸リアーゼ欠損症の主な臨床症状には以下のようなものがあります:
- 精神運動発達遅滞
- てんかん発作(しばしば難治性)
- 筋緊張異常(低緊張または高緊張)
- 行動異常(自閉症的特徴、過剰な笑い、多動性など)
- 小頭症(一部の症例)
- MRI画像での小脳虫部萎縮(進行性の場合も)
興味深いことに、同じADSL遺伝子変異を持つ同胞(兄弟姉妹)間でも症状の現れ方に大きな違いが見られることがあり、これは遺伝子型-表現型相関(遺伝子変異と症状の関連)が単純でないことを示しています。
診断方法と検査
アデニロコハク酸リアーゼ欠損症の診断は、臨床症状の評価に加えて、以下の検査によって行われます:
- 尿中代謝産物検査:尿中のスクシニルプリン(S-Ado、SAICAr)の検出
- 酵素活性測定:リンパ球や赤血球、培養皮膚線維芽細胞などでのADSL酵素活性の測定
- 遺伝子検査:ADSL遺伝子の変異解析
特に、尿中のS-Ado/SAICAr比率は疾患の重症度と相関することが知られており、重症例ではこの比率が高くなる傾向があります。原因不明の精神運動発達遅滞やてんかん、特に自閉症的特徴を伴う症例では、このスクリーニング検査が有用です。
ミネルバクリニックでは、発達障害や知的障害の原因遺伝子を調べる遺伝子検査を提供しています。詳しくは発達障害・学習障害・知的障害遺伝子検査のページをご覧ください。
ADSL遺伝子の主な病的バリアント
これまでにADSL遺伝子では多くの病的バリアント(変異)が報告されています。中でも特に臨床的に重要なものには以下があります:
- R426H(アルギニン426からヒスチジンへの置換):最も頻度の高いバリアントの一つで、様々な重症度の症状と関連
- S413P(セリン413からプロリンへの置換):酵素の構造安定性を損なう
- M225T(メチオニン225からスレオニンへの置換):アンジェルマン症候群に似た行動特性を伴う症例で報告
- -49T-C(プロモーター領域の変異):遺伝子の転写調節に影響を与える調節領域の変異
研究によると、重症度は残存する酵素活性と関連していますが、同じバリアントを持つ患者間でも症状の現れ方に大きな違いがあることが知られています。これは他の遺伝的要因や環境要因が症状に影響を与えている可能性を示唆しています。
最新の研究と知見
ADSL遺伝子に関する最近の研究では、「プリノソーム」と呼ばれるマルチ酵素複合体の形成と疾患の重症度との関連が注目されています。プリノソームは、プリン新規合成経路に関わる6つの酵素から構成される一時的な複合体で、プリンの必要性に応じて集合・解散します。
Baresova氏らの2012年の研究によると、ADSL欠損症患者の細胞では、ADSL遺伝子変異の種類に応じてプリノソーム形成能力が異なり、これが疾患の重症度と相関することが示されています。重症例では変異ADSL蛋白質の構造安定性が著しく損なわれ、プリノソームの形成が困難になります。
また、マウスモデルを用いた研究では、ADSL遺伝子のノックアウトがホモ接合体では致死的であることが示されており、この遺伝子が生命維持に不可欠であることを裏付けています。
治療アプローチと管理
現在のところ、アデニロコハク酸リアーゼ欠損症に対する根治的治療法は確立されていません。治療は主に対症療法が中心となり、てんかん発作のコントロールや発達支援が重要です。
一部の症例では以下のような治療アプローチが試みられています:
- D-リボース補充療法
- ウリジン補充療法
- 抗てんかん薬によるてんかん発作のコントロール
- 理学療法、作業療法、言語療法などのリハビリテーション
しかし、これらの治療法の有効性は限定的であり、多くの場合、症状の進行を完全に阻止することはできません。そのため、早期診断と適切な支援が重要です。
遺伝カウンセリングの重要性
アデニロコハク酸リアーゼ欠損症は常染色体劣性遺伝形式をとるため、両親がともにADSL遺伝子変異の保因者である場合、子どもが疾患を発症するリスクは25%(1/4)となります。
遺伝性疾患の診断がついた場合や、家族内に患者がいる場合には、将来の家族計画や疾患の理解のために遺伝カウンセリングが重要です。ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医による専門的な遺伝カウンセリングを提供しています。
臨床例と家族内多様性
ADSL遺伝子変異による症状の多様性を示す興味深い例として、Edery氏らが2003年に報告したポルトガル出身の同胞(兄弟姉妹)の例があります。この家族では、発端者(最初に診断された患者)が顕著な精神運動退行と進行性の小脳虫部萎縮を示したのに対し、他の2人の罹患同胞は主に自閉症的特徴を示しました。3人とも同じR426Hバリアントのホモ接合体でしたが、症状の現れ方には大きな違いがありました。
また、Gitiaux氏らが2009年に報告したモロッコ人姉妹の例では、M225Tバリアントのホモ接合体を持つ2人が、全般的発達遅滞、運動失行、重度の言語障害、てんかん発作に加えて、過度の笑い、非常に幸せな気質、多動性、注意散漫、物を口に入れる行動、かんしゃく、常同運動などの独特の行動特性を示しました。これらの特徴はアンジェルマン症候群を彷彿とさせるものでした。
このような症例報告は、ADSL遺伝子変異による臨床像の多様性を理解する上で重要です。原因不明の知的障害や発達障害、特に特徴的な行動パターンを伴う症例では、アデニロコハク酸リアーゼ欠損症を鑑別診断の一つとして考慮すべきでしょう。
まとめ:ADSL遺伝子への理解を深めるために
ADSL遺伝子変異による疾患は、その臨床像の多様性から診断が困難な場合があります。しかし、原因不明の発達遅滞、知的障害、てんかん、自閉症的特徴を持つ患者さんにおいては、この疾患の可能性を考慮し、適切な検査を行うことが重要です。
ミネルバクリニックでは、発達障害や知的障害の原因となる遺伝子変異を調べる検査を提供しています。遺伝子検査による正確な診断は、適切な治療やケアの選択、将来の家族計画に関する情報提供において重要な役割を果たします。
発達の遅れやてんかん、自閉症的特徴などが見られ、原因がわからないとお悩みの方は、遺伝子検査をご検討ください。
ADSL遺伝子に関する研究は今後も進展し、新たな治療法の開発につながる可能性があります。当院では最新の医学的知見に基づいた情報提供と適切な遺伝医療を提供できるよう努めています。ご質問やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
参考文献
- Jurecka A, et al. Adenylosuccinate lyase deficiency. J Inherit Metab Dis. 2015;38(2):231-242.
- Baresova V, et al. Mutations of ADSL and ADSS cause purine nucleotide synthesis disorders. J Inherit Metab Dis. 2012;35(2):259-269.
- Gitiaux C, et al. Misleading behavioural phenotype with adenylosuccinate lyase deficiency. Eur J Hum Genet. 2009;17(1):133-136.
- Edery P, et al. Mutation analysis of the ADSL gene in 24 patients affected with adenylosuccinase deficiency. J Med Genet. 2003;40(3):e16.
- Marie S, et al. Mutation in the ADSL gene associated with adenylosuccinate lyase deficiency. Clin Chim Acta. 2002;326(1-2):115-124.

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