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ACTG1遺伝子(Actin Gamma 1)は、細胞骨格の重要な構成要素であるγ-アクチンをコードしています。この遺伝子の変異は、主に常染色体優性遺伝性難聴(DFNA20/26)とBaraitser-Winter症候群2型という2つの疾患に関連しています。本記事では、ACTG1遺伝子の機能、関連疾患、そして遺伝子検査の重要性について詳しく解説します。
ACTG1遺伝子とは
ACTG1遺伝子(正式名称:Actin Gamma 1)は、17番染色体長腕(17q25.3)に位置し、細胞質γ-アクチンタンパク質をコードしています。この遺伝子はゲノム上で約2.8キロベース(17:81,509,971-81,512,799)の領域を占め、6つのエクソンから構成されています。ACTG1遺伝子は別名「ACTG」「DFNA20」「DFNA26」「cytoskeletal gamma-actin」などとも呼ばれます。
ACTG1遺伝子がコードするγ-アクチンは375個のアミノ酸からなるタンパク質で、アクチンファミリーに属しています。アクチンは真核生物の細胞において最も高度に保存されたタンパク質の一つであり、細胞分裂、細胞移動、エンドサイトーシス、収縮力の発生、形態維持など、ほぼすべての細胞機能に関わる基本的な細胞骨格タンパク質です。
アクチンの種類と特徴
アクチンには主に以下のタイプがあります:
- 筋肉型アクチン:骨格筋や平滑筋に主に発現
- α-骨格筋アクチン(ACTA1遺伝子によりコード):骨格筋に優位
- α-心筋アクチン(ACTC1遺伝子によりコード):心筋に優位
- α-平滑筋アクチン(ACTA2遺伝子によりコード):平滑筋に優位
- 細胞質型非筋肉アクチン:すべての細胞に存在
- γ-アクチン(ACTG1遺伝子によりコード)
- β-アクチン(ACTB遺伝子によりコード)
γ-アクチンとβ-アクチンは構造的に非常に類似しており、アミノ酸レベルでの相同性は約99%と極めて高いです。両者の違いは主にN末端の4つのアミノ酸配列のみです。β-アクチンのN末端はアスパラギン酸-アスパラギン酸-アスパラギン酸-イソロイシン(DDDI)であるのに対し、γ-アクチンのN末端はグルタミン酸-グルタミン酸-グルタミン酸-グルタミン酸(EEEE)となっています。
この微妙な配列の違いにより、翻訳速度や翻訳後修飾(特にアルギニル化)の差異が生じ、細胞内での異なる機能、局在、安定性をもたらしています。研究によれば、β-アクチンはγ-アクチンよりも速く翻訳され、アルギニル化されたβ-アクチンは安定であるのに対し、アルギニル化されたγ-アクチンは不安定でユビキチン化・分解される傾向があることが示されています。
ACTG1遺伝子の発現パターン
ACTG1遺伝子は様々な組織で発現していますが、特に以下の組織での発現が高いことが知られています:
- 脳(特に神経細胞)
- 腎臓
- 肺
- 精巣
- 内耳(特に有毛細胞)
発生段階では、ACTG1遺伝子は胎児期の脳、腎臓、肝臓、栄養膜で高い発現を示します。また、マクロファージの分化過程やマウス神経芽細胞腫細胞株では、分化に伴ってγ-アクチンの発現が増加することも報告されています。
特に内耳の有毛細胞では、アクチン細胞骨格が聴覚機能において中心的な役割を果たしており、ACTG1遺伝子の変異が難聴を引き起こす分子メカニズムの基盤となっています。
ACTG1遺伝子の機能
γ-アクチンの基本的機能
ACTG1遺伝子がコードするγ-アクチンは、細胞骨格の主要成分として様々な細胞機能に関与しています。アクチンは単量体(G-アクチン)から重合してフィラメント(F-アクチン)を形成し、ダイナミックな細胞骨格ネットワークを構築します。γ-アクチンは特に以下のような重要な機能を担っています:
- 細胞骨格の形成と維持:細胞の内部構造を支え、細胞の形状を決定します
- 細胞の形態や運動性の制御:アクチンフィラメントの重合・脱重合により、細胞の移動や形態変化を可能にします
- 細胞分裂過程における収縮環の形成:細胞質分裂時に必要な収縮環を形成し、娘細胞への分離を促進します
- 細胞内小胞輸送:細胞内でのタンパク質や小胞の輸送を支援します
- 細胞接着と細胞間結合の維持:細胞間および細胞-基質間の接着に寄与します
- シグナル伝達への関与:様々な細胞内シグナル伝達経路に関与しています
- 内耳の有毛細胞における聴覚機能の維持:音の機械的刺激を電気信号に変換するプロセスを支えています
- 神経細胞の発達と機能維持:神経突起の伸長や神経シナプスの形成に関与します
分子レベルでの機能メカニズム
γ-アクチンは分子レベルでは、以下のような特徴的な機能と相互作用を持っています:
- ATP/ADPの結合と加水分解:アクチンはATPを結合し、重合過程でATPをADPに加水分解します。この化学エネルギーの放出が、アクチン重合に伴う力の発生と細胞運動の原動力となります
- アクチン結合タンパク質との相互作用:
- フィンブリン(PLS3):アクチンフィラメントの束化に関与し、特にACTG1の89番目のスレオニン残基がこの相互作用に重要です
- ミオシン:アクチンフィラメントに沿って移動し、細胞収縮や運動を引き起こします
- Arp2/3複合体:アクチンフィラメントの分岐を促進し、細胞運動に必要な網目状構造を形成します
- プロフィリン:アクチン重合を促進します
- コフィリン(CFL1):アクチンフィラメントの切断と脱重合を促進します
- キャッピングタンパク質:アクチンフィラメントの先端に結合し、さらなる伸長を防ぎます
- α-アクチニン:アクチンフィラメントの架橋に関与します
- アネキシンV:特にγ-アクチンと選択的に結合することが報告されています
- ホスホリパーゼDとの相互作用:γ-アクチンはホスホリパーゼD(PLD1)の活性を調節し、細胞増殖や小胞輸送、分泌に影響を与えます
- 翻訳後修飾の影響:アルギニル化などの翻訳後修飾がγ-アクチンの安定性や機能に大きく影響します
β-アクチンとの機能的差異
γ-アクチンとβ-アクチンは構造的に非常に類似していますが、細胞内での機能や局在に以下のような違いがあります:
- β-アクチンは主に細胞の辺縁部(ラメリポディアなど)に局在し、細胞移動に関与します
- γ-アクチンは主に細胞内の応力線維や中心部に多く分布し、細胞の形態維持に重要です
- β-アクチンはアルギニル化されても安定ですが、γ-アクチンはアルギニル化されると不安定になり、選択的にユビキチン化・分解される傾向があります
- γ-アクチンはβ-アクチンよりも翻訳速度が遅く、この違いがタンパク質の運命に影響を与えます
内耳における特殊な機能
ACTG1遺伝子がコードするγ-アクチンは、特に内耳の有毛細胞において重要な役割を果たしています:
内耳の有毛細胞は、アクチン細胞骨格に基づく特殊な超微細構造を持っており、ACTG1遺伝子の変異による影響を受けやすい組織の一つです。有毛細胞の不動毛(ステレオシリア)はアクチンフィラメントの束から構成されており、音の振動を電気信号に変換する重要な役割を果たしています。
ステレオシリアは階段状に配列した微小突起で、その内部は高度に架橋されたアクチンフィラメントの緊密な束から構成されています。音の振動によってステレオシリアが傾くと、先端に存在する機械感受性イオンチャネルが開き、カリウムイオンが流入して細胞の脱分極が起こります。この電気信号が聴神経を通じて脳に伝達され、音として認識されます。
γ-アクチンはこのステレオシリアの形成と維持に必須であり、ACTG1遺伝子の変異は以下のような影響を与える可能性があります:
- ステレオシリアの構造的安定性の低下
- アクチンフィラメントの動的再構成の障害
- ステレオシリア内のアクチン束の崩壊や異常な再構築
- 機械電気変換過程の効率低下
- 時間経過に伴う有毛細胞の変性
これらの影響により、ACTG1遺伝子の変異を持つ患者では、進行性の感音性難聴が生じると考えられています。特に中〜高音域における聴力低下が特徴的であり、通常は言語習得後(小児期〜思春期)に発症し、年齢とともに徐々に進行します。
ACTG1遺伝子変異関連疾患
1. 常染色体優性遺伝性難聴(DFNA20/26)
ACTG1遺伝子の特定の変異は、DFNA20/26として知られる進行性感音性難聴を引き起こします。この難聴の特徴は以下の通りです:
- 常染色体優性の遺伝形式(親の一方が変異を持つ場合、子に50%の確率で遺伝)
- 通常は言語習得後(学童期から青年期)に発症
- 中音域から高音域における進行性の難聴
- 両側性で対称的な聴力低下
- 年齢とともに徐々に進行
ACTG1遺伝子における異なる変異によって、難聴の重症度や進行速度が異なることが知られています。例えば、P264L変異を持つ患者は早期発症と急速な進行を示す傾向があります。
2. Baraitser-Winter症候群2型
Baraitser-Winter症候群は、ACTG1遺伝子(2型)またはACTB遺伝子(1型)の特定の変異によって引き起こされる先天性疾患です。ACTG1関連のBaraitser-Winter症候群2型の特徴には以下が含まれます:
- 特徴的な顔貌(眼間開離、眼瞼下垂、広い鼻根など)
- 脳奇形(特に脳回形成異常)
- 知的障害(程度は様々)
- 先天性または進行性の難聴
- 短頸、翼状頸
- 骨格筋の異常
- 先天性心疾患(一部の患者)
- 眼の異常(小眼球症、虹彩欠損など)
Baraitser-Winter症候群の大部分は新生突然変異(両親は変異を持たない)によるものです。研究により、ACTG1遺伝子のS155F変異が複数の非関連患者で見つかっており、この部位がホットスポットである可能性が示唆されています。
ACTG1遺伝子の主な変異
ACTG1遺伝子にはいくつかの病的変異が報告されており、変異の位置によって異なる疾患を引き起こします:
難聴(DFNA20/26)に関連する主な変異
- T89I(スレオニンからイソロイシンへの置換)- フィンブリン結合ドメイン近傍
- K118M/N(リジンからメチオニンまたはアスパラギンへの置換)
- P264L(プロリンからロイシンへの置換)- アクチン自己集合部位近傍
- P332A(プロリンからアラニンへの置換)- ミオシン結合部位近傍
- T278I(スレオニンからイソロイシンへの置換)- アクチン重合に影響
- V370A(バリンからアラニンへの置換)- C末端領域の安定性に影響
- E241K(グルタミン酸からリジンへの置換)- アクチンフィラメントの束形成異常
Baraitser-Winter症候群2型に関連する主な変異
- S155F(セリンからフェニルアラニンへの置換)- 最も頻度の高い変異
- T120I(スレオニンからイソロイシンへの置換)
- A135V(アラニンからバリンへの置換)
- T203K(スレオニンからリジンへの置換)
- R254W(アルギニンからトリプトファンへの置換)
- R256W(アルギニンからトリプトファンへの置換)
これらの変異はすべて機能獲得型(gain-of-function)の変異と考えられており、変異したアクチンが細胞骨格の形成や機能に異常をもたらします。研究により、特にBaraitser-Winter症候群の細胞では、F-アクチン含量の増加や異常な突起形成が観察されています。
ACTG1遺伝子検査の重要性
ACTG1遺伝子検査は以下のような場合に考慮されます:
- 家族性の進行性難聴がある場合(特に中〜高音域の難聴)
- Baraitser-Winter症候群が疑われる特徴的な症状を示す場合
- 家族歴があり、妊娠前または出生前診断を希望する場合
- 原因不明の難聴の遺伝的原因を特定したい場合
遺伝子検査は、適切な治療計画の立案、症状の進行予測、家族計画のサポートなど、様々な面で患者さんとご家族の助けとなります。特に難聴の場合、早期の診断により適切な聴覚リハビリテーションや補聴器・人工内耳の検討が可能になります。
遺伝カウンセリングを受けることで、検査の意義や結果の解釈、今後の医療計画について専門家の支援を得ることができます。ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が常駐しており、患者さん一人ひとりに合わせた遺伝医療を提供しています。
ACTG1遺伝子と発達障害・知的障害遺伝子検査
ACTG1遺伝子の変異は、特にBaraitser-Winter症候群2型において知的障害や発達障害を引き起こすことが知られています。家族計画を考える上で、遺伝子検査は重要な情報を提供します。
特に以下のような方には、発達障害・学習障害・知的障害遺伝子検査をご検討いただくことをお勧めします:
- 家族にACTG1関連疾患の患者がいる方
- 原因不明の知的障害や発達障害、難聴を併せ持つお子さんの原因を調べたい方
- Baraitser-Winter症候群の特徴的な症状がある方
検査の結果に基づき、必要に応じて出生前診断や着床前診断などの選択肢も検討できます。ミネルバクリニックでは、患者さんの様々なニーズに応じた遺伝子検査を提供しています。
まとめ:ACTG1遺伝子と遺伝医療
ACTG1遺伝子は細胞骨格の重要な構成要素であるγ-アクチンをコードし、その変異は主に常染色体優性遺伝性難聴(DFNA20/26)とBaraitser-Winter症候群2型という2つの疾患を引き起こします。
遺伝子検査技術の進歩により、これらの疾患の早期診断や適切な治療計画の立案、家族計画のサポートが可能になっています。特に進行性難聴の場合、早期の介入により言語発達や教育、社会生活の質を向上させることができます。
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医による専門的な遺伝カウンセリングと高品質な遺伝子検査を提供しています。遺伝性疾患に関するご不安やご質問がある方は、お気軽にご相談ください。
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参考文献
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