重要なお知らせ:1p36欠失症候群は、重度の知的障害やてんかん、先天性心疾患を引き起こす可能性がある染色体異常症です。早期診断と適切な管理が重要です。
1p36欠失症候群について
1p36欠失症候群(いちぴーさんろくけっしつしょうこうぐん)は、1番染色体短腕末端の1p36領域における遺伝子欠失によって引き起こされる先天性の染色体異常症候群です。この疾患はヒトにおいて最も頻度の高い末端欠失症候群として知られており、重度の知的障害、特徴的な顔貌、難治性てんかん、先天性心疾患などの多彩な症状を呈します。
本記事では、この疾患について、臨床遺伝専門医が最新の医学的知見に基づいて詳細に解説し、患者様やご家族が正確な理解を得るための包括的な情報を提供いたします。
疾患の概要
微小欠失症候群としての特徴
1p36欠失症候群は「微小欠失症候群」の一つであり、染色体の非常に小さな領域が欠失することによって引き起こされる疾患です。通常の染色体検査(G-band法)では検出困難な場合があり、より高精度な検査法が必要とされます。
発症頻度:1p36欠失症候群は新生児5,000人から10,000人に1人の頻度で発症すると推定されています。日本では年間約10〜20人の患者さんが出生していると考えられ、男女比は約3:7で女児に多い傾向があります。厚生労働省により指定難病197番に認定されています。
欠失領域に含まれる遺伝子
1p36領域には推定で100以上の遺伝子が含まれており、これらの遺伝子の欠失により様々な症状が引き起こされます:
1. GABRD遺伝子
- 機能:GABA受容体をコード
- 役割:てんかんや神経発達に関与
- 臨床的意義:GABRD遺伝子の欠失がてんかん発症の原因と考えられているが、浸透率は100%ではない
2. KCNAB2遺伝子
- 機能:カリウムチャネルをコード
- 役割:神経伝達に関与
3. SKI遺伝子
- 機能:発達に関与する転写因子
4. PRDM16遺伝子
- 機能:心筋症の原因遺伝子として同定
- 臨床的意義:先天性心疾患の発症に関与
遺伝形式と原因
遺伝形式の内訳
1p36欠失症候群は、遺伝性または新規の染色体異常の結果として発症します。その内訳は以下の通りです:
均衡転座について:
均衡転座とは、染色体の一部が入れ替わっているものの、遺伝情報の量には過不足がない状態です。保因者の親は通常健康ですが、子供に遺伝する際に不均衡転座となり、1p36領域の欠失が生じることがあります。そのため、1p36欠失症候群の患者さんの両親は、染色体検査を受けることが強く推奨されます。
欠失のパターン
臨床症状の詳細解析
1. 特徴的な顔貌
1p36欠失症候群の患者さんは、時間が経過しても容易に認識可能な特徴的で認識可能な顔貌を示します。これらの顔貌は診断の重要な手がかりとなります。
- まっすぐな眉毛:水平に近い直線的な眉(約75〜90%)
- 深く落ちくぼんだ眼:眼球が眼窩の奥に位置(約50〜75%)
- 顔面中部後退:顔の中央部がくぼんだ状態
- 広く低い鼻稜:鼻筋が広く平坦(約65〜75%)
- 長い人中:鼻と口の間が長い
- 尖った顎:顎が尖っている(約80%)
- 小頭短頭症:頭囲が小さく、頭の前後径が短い(約65〜75%)
- 大きな大泉門:出生時に3cm以上、閉鎖遅延(約77%)
- 耳介低位・後方傾斜:耳が通常より低く後ろに傾いた位置(約59%)
2. 神経発達症状
精神発達遅滞・知的障害 – ほぼ100%
全ての患者さんに何らかの程度の知的障害が認められます。その重症度は以下の通りです:
- 重度から最重度の知的障害:約90%(IQ 20未満〜35未満)
- 軽度から中等度の知的障害:約10%(IQ 35〜70)
運動発達遅滞 – 約92〜95%
- 首のすわり、お座り、歩行などの運動発達マイルストーンの顕著な遅れ
- 一部の患者では自力歩行が困難
- 多くの患者は時間をかけて座位、歩行などの運動機能を獲得
言語発達遅滞 – 約75〜90%
- 約75%の患者が言葉をほとんど話せない、または全く話せない
- 構音障害(正しい発音ができない)が一般的
- 非言語コミュニケーション(ジェスチャー、表情)の活用が重要
筋緊張低下 – 約92〜95%
- 乳児期から顕著な筋緊張の低下
- 「ぐにゃぐにゃした赤ちゃん」として気づかれることが多い
- 哺乳困難や嚥下障害の原因となる
3. 神経学的症状とてんかん
てんかんは1p36欠失症候群における主要な合併症の一つであり、予後や発達に大きな影響を与えます。
- 発症年齢:生後4日〜2歳(平均1歳前後)
- 点頭てんかん(West症候群):最も頻度が高い
- 難治性てんかん:約30〜50%が薬剤抵抗性
- 寛解率:約30〜40%で抗てんかん薬により発作が消失
脳構造異常 – 約88%
- 脳室拡大:側脳室の拡大(約40〜60%)
- 脳梁の形成不全:脳梁無形成または低形成(約30〜40%)
- 大脳皮質の萎縮:大脳の容積減少(約30〜50%)
- 大脳皮質形成障害:神経細胞の移動異常(約20〜30%)
4. 心血管系異常 – 約71%
心血管系の異常は1p36欠失症候群における生命予後を左右する重要な合併症です。
先天性心疾患 – 約60〜71%
- 心室中隔欠損症(VSD):最も頻度が高い – 左心室と右心室の間の壁に穴
- 心房中隔欠損症(ASD):左心房と右心房の間の壁に穴
- 動脈管開存症(PDA):胎児期の血管が出生後も閉じない
- 複雑心奇形:ファロー四徴症、大血管転位など
- 心筋症:拡張型心筋症、肥大型心筋症(約10〜20%)
5. その他の合併症
診断と治療
確定診断の方法
1p36欠失症候群の診断は、特徴的な臨床症状に基づいて疑われ、以下の検査により確定されます:
1. 染色体マイクロアレイ検査(CMA)
最も高感度で正確な検査法
- アレイCGH(comparative genomic hybridization)またはSNPアレイを使用
- 非常に小さな欠失(100kb以下)も検出可能
- 欠失の正確な範囲(サイズとブレークポイント)を特定できる
- 全ゲノムを同時にスクリーニング可能
- 費用:税込198,000円(ミネルバクリニック)
2. FISH法(蛍光in situハイブリダイゼーション)
- 蛍光標識したDNAプローブを用いて特定の染色体領域を検出
- 末端欠失および中間部欠失の検出が可能
- 親の均衡転座の同定が可能
3. G-band法(Gバンド法)による染色体検査
- 大きな欠失(5Mb以上)の検出に有用
- 基本的な染色体検査として広く実施
- 制限:小さな欠失(5Mb未満)は検出できない
治療法
現在のところ、1p36欠失症候群に対する根本的な治療法は存在しません。治療の基本は、個々の症状に対する対症療法と多職種によるサポートです。
薬物治療
- 抗てんかん薬:バルプロ酸ナトリウム、レベチラセタム、カルバマゼピンなど
- 甲状腺ホルモン補充療法:甲状腺機能低下症に対して
- 胃食道逆流症の治療薬:プロトンポンプ阻害薬など
外科的治療
- 心臓手術:心室中隔欠損症の閉鎖術、心房中隔欠損症の閉鎖術など
- 口蓋裂の手術:口蓋裂閉鎖術、口唇裂閉鎖術
- 胃瘻造設術:経口摂取困難な場合
リハビリテーション・療育
1p36欠失症候群の治療において、リハビリテーションと療育は最も重要です。
- 理学療法(PT):運動機能の向上、筋力強化
- 作業療法(OT):日常生活動作(ADL)の獲得、微細運動機能の向上
- 言語療法(ST):コミュニケーション能力の向上、摂食嚥下機能の改善
予後と寿命
1p36欠失症候群の予後は、症状の重症度、特に心疾患とてんかんの状態に大きく影響されます。
生命予後
- 適切な医療管理とサポートにより、多くの患者が成人期まで生存
- 重症心疾患を有する患者では、心疾患の治療が生命予後を左右
- 原因不明の突然死が約2%(100人中約2人)で報告
機能予後
- 知的障害は生涯にわたって持続、治癒することはない
- 適切な療育と教育により、基本的な日常生活動作の一部を獲得できる患者もいる
- てんかんの予後:約30〜40%で抗てんかん薬により発作が消失
- 運動機能:大多数の患者が座位保持や独歩が可能(ただし歩行開始年齢は遅い)
出生前診断 – NIPT検査
ミネルバクリニックの最新COATE法NIPT
2024年8月より、ミネルバクリニックでは最新のCOATE法NIPTを採用しました。
- • 従来のNIPT法に比べ、微細な染色体異常もより正確に検出
- • 1p36欠失症候群のような微小欠失の診断精度が大幅に向上
- • 陽性的中率が99.9%超を実現(従来法では約50〜70%)
- • 偽陽性による不必要な不安を大幅に軽減
- • 確定検査(羊水検査)の必要性を正確に判断可能
NIPTの検査精度
- • COATE法:最新の次世代NIPT技術により自院採用検査のなかで最高精度を実現(微細欠失症候群従来検査の陽性的中率70%台➡99.9%超)
- • 臨床遺伝専門医常駐:専門医による遺伝カウンセリング
- • オンライン対応:全国どこからでも受検可能
- • 24時間サポート:陽性時の手厚いフォロー体制
- • 国内最大12か所13疾患の微小欠失症候群を検査可能(2025年8月2日ミネルバクリニック調べ)
- • 国内唯一父親の高齢化により精子に生じる突然変異による疾患を56遺伝子検査可能(2025年8月2日ミネルバクリニック調べ)
- • 陽性時の確定検査を自院で可能:NIPT検査から陽性時の確定検査までワンストップで対応いたします
よくある質問(FAQ)
まとめ
1p36欠失症候群は、1番染色体短腕末端の1p36領域における遺伝子欠失によって引き起こされる染色体異常症です。発症頻度は新生児5,000〜10,000人に1人で、微小欠失症候群の中では最も頻度が高いものです。
主な症状として、重度の知的障害(ほぼ100%)、特徴的顔貌、運動発達遅滞、てんかん(44〜72%)、先天性心疾患(60〜71%)などがあります。約80%は親から遺伝しない新規発生で、約20%は親の均衡転座から遺伝します。
現在、根本的な治療法は存在せず、対症療法と多職種によるサポートが中心となりますが、適切な医療管理により多くの患者さんが成人期まで生存可能です。
- 早期診断の重要性:適切な遺伝学的診断により、予防的医療介入が可能
- 多職種連携:小児科、神経科、循環器内科などの専門家による包括的管理が必要
- 長期的管理:生涯にわたる症状管理と定期的な経過観察が重要
- 遺伝カウンセリング:家族計画に関する適切な情報提供
- NIPT検査:最新のCOATE法により陽性的中率99.9%超を実現し、出生前診断の精度が大幅に向上
ミネルバクリニックの最新COATE法NIPTは、陽性的中率99.9%超を実現し、妊娠10週から非侵襲的に1p36欠失症候群を検出できます。早期発見により、出生後の医療体制を準備し、適切な支援を受けることが可能になります。
参考文献
- Heilstedt HA, et al. “Physical map of 1p36, placement of breakpoints in monosomy 1p36, and clinical characterization of the syndrome.” Am J Hum Genet. 2003.
- Gajecka M, et al. “Monosomy 1p36 deletion syndrome.” Am J Med Genet C Semin Med Genet. 2007.
- Battaglia A, et al. “Further delineation of deletion 1p36 syndrome in 60 patients: a recognizable phenotype and common cause of developmental delay and mental retardation.” Pediatrics. 2008.
- 厚生労働省 難病情報センター「1p36欠失症候群」www.nanbyou.or.jp/
- GRJ「1p36欠失症候群」grj.umin.jp/grj/1p36del.htm
- 1p36欠失症候群家族会 square.umin.ac.jp/ch1p36/
本記事の内容は医学的情報の提供を目的としており、特定の医学的アドバイスを意図するものではありません。症状や治療に関する具体的なご相談は、必ず専門医にご相談ください。



