(更新日:2025/10/02)
NOP56遺伝子リピート伸長検査(脊髄小脳変性症36型)|ミネルバクリニック
脊髄小脳変性症36型(SCA36)とは
脊髄小脳変性症36型(Spinocerebellar Ataxia Type 36: SCA36)は、NOP56遺伝子の第1イントロン内にあるGGCCTG六塩基配列の異常伸長によって引き起こされる、遺伝性の神経変性疾患です。小脳性運動失調を主症状とし、特徴的に舌萎縮や線維束性収縮、進行性の運動ニューロン障害を伴います。
本疾患は2011年に日本の西日本地方で初めて報告され、「Asidan(足谷川の川に由来)」という通称でも知られています。その後、スペインのガリシア地方、中国の漢民族、フランス、ベトナムなどでも報告されており、東アジアと西ヨーロッパの一部地域に集積する特徴があります。日本では脊髄小脳変性症全体の0.6~1.6%を占めると推定されています。
脊髄小脳変性症(Spinocerebellar Degeneration)は、小脳や脊髄を中心とした神経系の変性を起こす疾患群の総称です。遺伝性と孤発性に大別され、遺伝性の場合はSCA(Spinocerebellar Ataxia)という名称で番号が付けられています。現在までにSCA46まで登録されており、それぞれ異なる原因遺伝子と臨床的特徴を持ちます。日本ではSCA3(マシャド・ジョセフ病)、SCA6、SCA31、DRPLA(歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)の頻度が高く、これら4疾患で遺伝性脊髄小脳変性症の約70~80%を占めます。
症状と病態
脊髄小脳変性症36型の発症年齢は平均50歳代で、初期症状として歩行時のふらつきや平衡障害が現れます。疾患は緩徐に進行し、小脳性運動失調に加えて、特徴的な運動ニューロン障害の徴候が出現します。
主要症状
体幹失調(ほぼ100%の患者で認められる)
失調性構音障害(発語が不明瞭になる)(100%)
四肢運動失調(手足の協調運動障害)(約93%)
深部腱反射亢進(約79%)
舌の線維束性収縮と舌萎縮(約71%、特に罹病期間が長い症例で顕著)
骨格筋の線維束性収縮と四肢・体幹の筋萎縮(約57%)
眼振(眼球の不随意運動)
企図振戦(目標物に手を伸ばす際の震え)
嚥下障害(飲み込み困難)
運動ニューロン障害の特徴
SCA36の特徴的な所見として、下位運動ニューロン障害の徴候が挙げられます。舌の萎縮と線維束性収縮は、罹病期間が長くなるにつれて出現率が高まり、70%以上の患者さんで認められます。筋電図検査では脱神経所見が確認され、筋生検でも神経原性変化が観察されます。
このため、SCA36は「脊髄小脳変性症と運動ニューロン疾患の交叉点に位置する疾患」とも表現されます。純粋な小脳失調だけでなく、進行性の運動ニューロン障害を伴うことが、他の脊髄小脳変性症との重要な鑑別点となります。
神経病理学的所見
病理学的には、小脳プルキンエ細胞の著明な変性と消失、下位運動ニューロンの明らかな喪失が認められます。NOP56タンパク質は様々な神経細胞の核内に局在しますが、細胞質内や核内の封入体形成は観察されていません。
聴覚障害
一部の患者さん、特に中国本土の症例では、神経性難聴を合併することが報告されています。これはNOP56遺伝子が聴覚経路にも関与している可能性を示唆しています。
進行と予後
疾患は緩徐進行性で、発症から長期間かけて徐々に症状が進行します。発症年齢は中年以降が多く、比較的遅発性です。進行速度は比較的ゆっくりで、長期間にわたって日常生活が維持できる場合が多いですが、進行すると嚥下障害や運動障害により介助が必要となります。
遺伝形式と原因遺伝子
脊髄小脳変性症36型は常染色体優性(顕性)遺伝形式をとります。患者さんの子どもが病的変異を受け継ぐ確率は50%です。男女差はなく、どちらの性別にも同じ確率で遺伝します。
NOP56遺伝子とGGCCTGリピート
原因遺伝子であるNOP56は20番染色体短腕(20p13)に位置し、核小体タンパク質をコードしています。NOP56タンパク質は、box C/D小核小体リボ核タンパク質複合体の中核となる足場タンパク質として機能し、リボソームRNAのメチル化を触媒する複合体を安定化させる役割を担っています。
正常なNOP56遺伝子では、第1イントロン内のGGCCTGヘキサヌクレオチド(六塩基)リピートの回数は3~14回です。しかし、SCA36患者さんではこのリピートが異常に伸長しており、30~2500回(多くは650~2500回)の範囲に及びます。
分子病態機序
SCA36の病態機序については、いくつかの仮説が提唱されています:
ハプロ不全(haploinsufficiency): NOP56タンパク質の機能低下による病態
リピートRNAの機能獲得(gain-of-function): 異常に伸長したリピート配列を含むRNAが凝集体を形成し、細胞毒性を示す
非定型翻訳によるリピートペプチドの産生: 伸長したリピート配列から異常なペプチドが翻訳され、神経細胞に障害を与える
近年の研究では、SCA36患者由来のiPS細胞を用いた解析により、リピートRNAが凝集体を形成することが確認されており、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)による治療戦略の研究が進められています。
遺伝カウンセリングの重要性
常染色体優性遺伝であるため、患者さんのご家族も50%の確率で変異を受け継ぐ可能性があります。発症前診断や出生前診断の選択肢もありますが、これらの検査を受けるかどうかは個人の価値観や家族の状況によって異なります。十分な遺伝カウンセリングを受けることが重要です。
ミネルバクリニックのNOP56遺伝子リピート伸長検査の特徴
「NOP56遺伝子リピート伸長検査」は、脊髄小脳変性症36型(SCA36)の原因となるNOP56遺伝子の第1イントロン内のGGCCTGヘキサヌクレオチドリピートの異常伸長を検出する検査です。
SCA36は比較的稀な疾患ですが、東アジアと西ヨーロッパの一部地域では一定の頻度で見られます。小脳性運動失調に加えて舌萎縮や運動ニューロン障害を呈する場合、本疾患を疑って検査することが重要です。
当院では、リピートプライムドPCR(repeat-primed PCR)とアンプリコン長解析を用いて、NOP56遺伝子のGGCCTGリピートの伸長を正確に検出します。従来は臨床症状のみで診断が困難だった症例でも、遺伝子検査により確定診断が可能になります。
一般的な遺伝子検査のメリットとデメリットについてはこちらのページ をご覧ください。
1.確実な診断確定
SCA36は臨床症状から他の脊髄小脳変性症や運動ニューロン疾患との鑑別が困難な場合があります。特に、舌萎縮などの運動ニューロン徴候が出現する前の早期段階では、診断が難しいことがあります。
遺伝子検査により、NOP56遺伝子のGGCCTGリピートの異常伸長を確認することで、確実な診断確定が可能になります。これにより、適切な疾患管理と将来の治療計画を立てることができます。
2.結果が出るまでがはやい
一般的な医療機関でリピート伸長検査を行う場合、結果が出るまでに数週間から数ヶ月かかることがあります。
当院で行う「NOP56遺伝子リピート伸長検査」の場合、約2週間程度で結果をお知らせできます。
3.家族計画への情報提供
常染色体優性遺伝形式のため、患者さんのお子さんが変異を受け継ぐ確率は50%です。遺伝子検査により確定診断が得られると、ご家族の遺伝リスク評価や将来の家族計画について、より具体的な情報を提供できます。
オプション
リピート伸長解析 (料金に含まれる)
至急:結果が出るまでの期間が約7日短くなります。 33,000円
検査内容
「NOP56遺伝子リピート伸長検査」では、NOP56遺伝子の第1イントロン内に存在するGGCCTGヘキサヌクレオチドリピートの伸長を、リピートプライムドPCR(repeat-primed PCR)とアンプリコン長解析により検出します。
正常では3~14回のリピートが、SCA36患者さんでは30回以上(多くは650~2500回)に伸長していることを確認します。この検査により、脊髄小脳変性症36型の遺伝学的診断が確定します。
どんな人が受けたらいいの?
【脊髄小脳変性症36型の個人歴または家族歴のある方】に
「NOP56遺伝子リピート伸長検査」を受けることをおすすめします。
この検査は以下のような方に適しています:
・体幹失調や歩行時のふらつきがある方
・失調性構音障害(呂律が回らない、話しにくい)がある方
・手足の協調運動障害がある方
・舌の萎縮や線維束性収縮(舌がぴくぴく動く)がある方
・四肢や体幹の筋萎縮がある方
・運動ニューロン障害の徴候を伴う小脳失調がある方
・神経性難聴を伴う運動失調がある方
・脊髄小脳変性症36型の家族歴がある方
・東アジアまたは西ヨーロッパの特定地域(日本西部、スペイン・ガリシア地方など)の出身で、運動失調症状がある方
・将来子どもを持つことを考えている保因者の方で、リスク評価を希望される方
この検査は、血液、抽出DNA、頬粘膜スワブ、または唾液検体で実施可能です。
検査で得られる患者さんの潜在的利益は?
遺伝子検査により脊髄小脳変性症36型の診断が確定すると、適切な疾患管理、リハビリテーション計画、将来の合併症への備えが可能になります。また、家族の遺伝リスクを明確にすることで、適切な遺伝カウンセリングと家族計画を立てることができます。
遺伝子検査により以下の利益が期待できます:
・脊髄小脳変性症36型の確定診断
・他の脊髄小脳変性症や運動ニューロン疾患との鑑別
・適切なリハビリテーションプログラムの立案
・嚥下機能評価と誤嚥予防対策の実施
・構音障害に対する言語療法の導入
・舌萎縮・筋萎縮の経過観察と栄養管理
・聴覚障害のスクリーニングと対策
・疾患の進行予測と長期的な管理計画の立案
・家族の遺伝リスクに関する情報提供
・家族計画のためのオプション提供
・出生前診断・着床前診断の選択肢提供
・将来的な治療法開発への参加機会
患者さんで病原性変異(GGCCTGリピートの異常伸長)が同定された場合、常染色体優性遺伝形式のため、子どもが変異を受け継ぐリスクは50%です。ご家族を検査することでそのリスクを明らかにすることが重要です。
検査の限界
詳しくはこちら
すべてのリピート伸長検査には限界があります。本検査はリピートプライムドPCR(repeat-primed PCR)とアンプリコン長解析により実施されます。この検査の範囲は、NOP56遺伝子のGGCCTGヘキサヌクレオチドリピートの伸長解析に限定されています。
リピート伸長検査では、大規模な伸長が存在する場合、正確なリピート回数を決定できない場合があります。特に650回を超える非常に大きな伸長では、正確な数値を提供できないことがあります。ただし、病原性の伸長が存在するかどうかの判定は可能です。
本検査には、NOP56遺伝子の塩基配列変異(点変異)の検出や、欠失・重複解析は含まれていません。これらの解析が必要な場合は、別途、遺伝子配列決定解析を依頼することができます。
本検査には、メチル化解析は含まれていません。
本検査は体細胞モザイクや生殖細胞系列モザイクの検出を目的として設計または検証されていません。
リピート伸長の検出には高い精度がありますが、非常に稀なケースとして、技術的な制約により偽陰性結果が生じる可能性があります。臨床的にSCA36が強く疑われるにもかかわらず検査結果が陰性の場合は、臨床所見を重視し、必要に応じて再検査や他の検査法の追加を検討してください。
この検査で陰性結果が得られても、脊髄小脳変性症や運動ニューロン疾患を完全に否定することはできません。他の遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、SCA6、SCA31など)や、運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症など)の可能性も考慮する必要があります。
結果が出るまでの期間
約2週間
※至急オプションを利用すると、結果が出るまでの期間が約7日短くなります。
料金
税込み220,000円
遺伝カウンセリング料金は別途30分16,500円(税込)
検体
血液(EDTAチューブ4ml×2本、紫色キャップ)、抽出DNA(EBバッファー中3μg)、頬粘膜スワブ、唾液(要請により採取キット提供)
※唾液・口腔粘膜擦過組織・血液いずれもオンライン診療が可能 です。
ほとんどの検査は唾液・口腔粘膜擦過組織で実施できます。
血液検体の場合は、全国の提携医療機関で採血をお願いします。
オンライン診療(ビデオ通話での診療)で遺伝カウンセリングを行った後、検体を当院にお送りいただく流れとなります。
検体採取キットは検査料金をお支払いいただいた後にお送りいたします。ご自身で勝手に検体を採取しないでください。
よくあるご質問
どのような症状があれば検査を受けるべきですか?
歩行時のふらつき、構音障害(呂律が回らない)、手足の協調運動障害などの小脳失調症状に加えて、舌の萎縮や線維束性収縮、四肢の筋萎縮などの運動ニューロン障害の徴候がある方に検査をおすすめします。また、家族に脊髄小脳変性症36型の方がいる場合も検査をご検討ください。
検査はどのように行いますか?
血液採取(4ml×2本)または唾液・頬粘膜スワブで検査可能です。唾液や頬粘膜の場合はオンライン診療も可能で、遠方の方でもクリニックにお越しいただかずに検査を受けられます。
他の脊髄小脳変性症との違いは何ですか?
SCA36の特徴は、小脳性運動失調に加えて、舌萎縮や線維束性収縮、進行性の運動ニューロン障害を伴うことです。このため、「脊髄小脳変性症と運動ニューロン疾患の交叉点に位置する疾患」とも言われます。遺伝子検査により、他のSCA(SCA3、SCA6など)との鑑別が可能になります。
家族も検査を受ける必要がありますか?
SCA36は常染色体優性遺伝形式のため、患者さんのお子さんが変異を受け継ぐ確率は50%です。ご家族の検査により、将来の発症リスクを評価し、家族計画に重要な情報を提供できます。ただし、発症前診断を受けるかどうかは個人の選択であり、十分な遺伝カウンセリングが必要です。
検査で異常が見つからなかった場合はどうなりますか?
検査でNOP56遺伝子のリピート伸長が検出されなくても、脊髄小脳変性症を完全に否定することはできません。他の遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、SCA6、SCA31、DRPLAなど)の可能性も考慮し、必要に応じて追加の遺伝子検査や臨床評価を行います。
保険は適用されますか?
当検査は自費診療となり、保険適用外です。費用は税込み220,000円、別途遺伝カウンセリング料金(30分16,500円)が必要です。
結果はどのように説明されますか?
検査結果は遺伝カウンセリングにて詳しくご説明いたします。結果の意味、今後の疾患管理、ご家族への影響、治療・リハビリテーションの選択肢などについて、専門的な観点から分かりやすくお伝えします。
子どもや将来の妊娠への影響はありますか?
常染色体優性遺伝のため、お子さんが変異を受け継ぐ確率は50%です。検査結果により、出生前診断や着床前診断など、将来の家族計画についてもご相談いただけます。これらの選択肢については、十分な遺伝カウンセリングの上で検討することをおすすめします。
脊髄小脳変性症36型の治療はどのように行われますか?
現在のところ根本的な治療法はありませんが、理学療法、作業療法、言語療法などのリハビリテーション、嚥下訓練、栄養管理などの対症療法が行われます。甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)製剤などが運動失調症状の改善に用いられることもあります。近年、アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いた治療法の研究も進められています。
予後はどうですか?
SCA36は緩徐進行性の疾患で、発症年齢は平均50歳代と比較的遅く、進行速度も比較的ゆっくりです。適切なリハビリテーションと症状管理により、長期間にわたって日常生活を維持できる場合が多いです。ただし、進行すると嚥下障害や運動障害により介助が必要となることがあります。
他の医療機関での検査との違いは何ですか?
当院では専門的なリピート伸長解析技術により、約2週間で結果をお知らせできます。また、臨床遺伝専門医が常駐しており、すべての患者さんに対して専門医が必ず診療と遺伝カウンセリングを行います。オンライン診療にも対応しており、全国どこからでも専門的な診療を受けることが可能です。
脊髄小脳変性症36型はどのくらい稀な病気ですか?
SCA36は比較的稀な疾患ですが、日本の脊髄小脳変性症全体の約0.6~1.6%を占めると推定されています。東アジア(特に日本、中国)と西ヨーロッパの一部地域(スペイン・ガリシア地方、フランス)で報告が多く、地域集積性があります。日本では西日本地方で初めて報告され、「Asidan」という通称でも知られています。
プロフィール
この記事の筆者:仲田洋美(医師)
ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、1995年に医師免許を取得 して以来、のべ10万人以上 のご家族を支え、「科学的根拠と温かなケア」を両立させる診療で信頼を得てきました。『医療は科学であると同時に、深い人間理解のアートである』という信念のもと、日本内科学会認定総合内科専門医、日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医、日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医としての専門性を活かし、科学的エビデンスを重視したうえで、患者様の不安に寄り添い、希望の灯をともす医療を目指しています。
仲田洋美のプロフィールはこちら