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卵巣がんと関連遺伝子

疾患概要

OVARIAN CANCER

このテキストは、卵巣がんの遺伝的背景と、特定の遺伝子変異がこのがんの発症にどのように関連しているかについて説明しています。卵巣がんは、多くの遺伝子の変異によって影響を受けることが知られていますが、ここでは特に重要な役割を果たすいくつかの遺伝子に焦点を当てています。

OPCML (600632): 卵巣がんの発症に関与する可能性のある遺伝子。
PIK3CA (171834): PI3K/AKTシグナル経路を活性化し、細胞の成長と生存に影響を与える。
AKT1 (164730): PI3K経路の重要な成分で、細胞の成長、分裂、生存に関与する。
CTNNB1 (116806): Wntシグナリング経路におけるβ-カテニンのコード遺伝子で、細胞接着と遺伝子転写の調節に関与する。
RRAS2 (600098): 細胞増殖と生存の調節に関与するRASファミリーのメンバー。
CDH1 (192090): 細胞間接着を調節するE-カドヘリンのコード遺伝子。
ERBB2 (164870): HER2/neuとしても知られ、細胞成長と分裂を促進する受容体チロシンキナーゼ。
PARK2 (602544): パーキンとしても知られるこの遺伝子は、通常はパーキンソン病と関連していますが、がんの発症にも関与する可能性があります。
さらに、卵巣がん感受性遺伝子座(OVCAS1)、マップされた染色体3p25-p22に関する言及があります。これは、特定の遺伝的領域が卵巣がんのリスクに影響を及ぼす可能性があることを示唆しています。

家族性卵巣がんは、BRCA1とBRCA2遺伝子の変異と密接に関連しており、これらは乳がんと卵巣がんのリスクを高めることで知られています。また、リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸がん、HNPCC)と関連するDNAミスマッチ修復遺伝子(MSH2、MSH3、MSH6、MLH1)の変異も、家族性卵巣がんのリスクに寄与することが示されています。

これらの遺伝子の変異に基づく理解は、卵巣がんの早期発見、リスク評価、および個別化された治療戦略の開発に役立ちます。遺伝的検査を通じてこれらの変異を特定することで、高リスクの個人に対して予防措置や早期介入が可能になり、がんの発症を遅らせるか、または防ぐことができる場合があります。

卵巣がんは婦人科悪性腫瘍において最も致命的な病態の一つであり、その進行性の特徴は腹膜腔への局所播種と稀な内臓転移によるものです。Chi et al. (2001)によると、これらの進行特性は卵巣がんがもたらす予後の悪さの主な理由の一つであり、疾患の生物学的性質が予後の主要な決定因子であるとされています。Auersperg et al. (2001)もこれらの生物学的特性と予後の関連性を指摘しています。

上皮性卵巣がんは、卵巣がんの中で最も一般的な形態であり、その起源は卵巣表面上皮の持続する遺伝子変化にあります。これは、Stany et al. (2008)やSoslow (2008)によっても支持されています。上皮性卵巣がんは以下の5つの主要な組織型に分類されます:

漿液性乳頭癌: 最も一般的な上皮性卵巣がんのサブタイプで、しばしば進行した段階で診断されます。
子宮内膜癌: 卵巣がんの中で比較的まれなタイプで、子宮内膜がんと類似した組織学的特徴を持ちます。
粘液性卵巣癌: 卵巣がんの中で見られる別のサブタイプで、粘液を産生することが特徴です。
明細胞癌: このタイプの卵巣がんは、比較的まれで予後が悪いことが知られています。
移行細胞癌: 卵巣と膀胱の移行上皮から発生すると考えられています。
これらの組織型それぞれが特有の臨床的特性と治療応答を示します。上皮性卵巣がんの発生における遺伝子変化の理解は、疾患の早期発見、予後評価、および治療戦略の開発において重要です。特に、卵巣がんの診断が多くの場合、進行した段階でなされるため、これらのがんの生物学的性質と進行様式に関する知識は、より効果的な治療アプローチの開発に役立ちます。

マッピング

染色体2q22.1

Songらによる2009年の研究は、卵巣がんと乳がんの間に存在する遺伝的関連性を探求し、特に浸潤性卵巣がんとの関連性に焦点を当てました。この研究は、乳がんに関する以前のゲノムワイド関連研究(GWAS)から選出された11の重要な遺伝子座を評価し、卵巣がんとの関連を調査しました。このアプローチは、乳がんと卵巣がんの間に共通の遺伝的リスク因子が存在する可能性があるという仮説に基づいています。

研究では、6つの卵巣癌症例対照研究から得られた2,927例の浸潤性卵巣癌患者と4,143例の対照群を対象に、11の遺伝子座における単一塩基多型(SNP)の遺伝子型を決定しました。その結果、NXPH2遺伝子の上流7.0kb未満に位置するSNP(rs4954956)が、卵巣がんリスクと有意に関連していることが示されました。この関連性は、追加の再現研究および患者5,353人、対照8,453人を含む複合解析でも確認されました。

特に、rs4954956の関連は、漿液性卵巣がんの組織型において最も強く(p = 0.0004、オッズ比OR = 1.14)、これはすべてのタイプの卵巣がん(p = 0.05、OR = 1.07)よりも顕著でした。これは、特定の遺伝子座が卵巣がんのリスクを増加させる可能性があり、特に漿液性卵巣がんにおいてその影響が顕著であることを示唆しています。

この研究は、卵巣がんの遺伝的基盤に関する理解を深める上で重要であり、特に乳がんと卵巣がんの間に共通の遺伝的リスク因子が存在する可能性を示しています。これは、将来的な予防戦略や治療法の開発において、特定の遺伝子座を標的とすることの重要性を強調しています。

染色体9p24

Halversonら(1990年)とChenevix-Trenchら(1994年)の研究は、卵巣癌の発生における染色体9p24領域の重要性を示唆しています。Halversonらは、NIH-3T3細胞にヒト卵巣腺癌腫瘍細胞株由来のゲノムDNAをトランスフェクションすることで、形態学的形質転換と腫瘍形成を誘導する再配列ヒトDNA配列を同定しました。この研究で特定された一方の断片が9p24に、もう一方が8番染色体にマップされたことは、特定の染色体領域が癌の発生に直接関与していることを示唆しています。

Chenevix-Trenchらは、卵巣癌とその細胞株における9p領域の欠失を調べ、91の散発性腫瘍のうち34(37%)でヘテロ接合性の欠損がみられることを発見しました。これは、卵巣腺癌の発生における早期の事象である可能性があると示唆されました。さらに、独立した細胞株のうち2個で9p上のホモ接合性欠失が確認され、D9S171とIFNA遺伝子座の間の領域に癌抑制遺伝子の不活性化が関与していることが示唆されました。

この領域はメラノーマ素因遺伝子座を含むことが知られており、Chenevix-Trenchらは、これらの9p欠失の標的がCDKN2(サイクリン依存性キナーゼ阻害因子2、またはp16INK4aとも呼ばれる)である可能性を示唆しました。CDKN2は細胞周期の調節に重要な役割を果たすタンパク質であり、その不活性化は細胞の無制限な増殖と癌の発生に直接関与しています。

これらの研究は、卵巣癌の発生メカニズムにおける遺伝的要因の理解を深めるものであり、特に染色体9p24領域が重要な役割を果たしていることを示しています。この知見は、卵巣癌の診断、治療、および予防戦略の開発において重要な意味を持ちます。

染色体11q25

染色体11q25における遺伝子の研究は、特に散発性卵巣がんに関連するがん抑制遺伝子の存在を示唆しています。Gabraら(1996年)とLaunonenら(1998年)による研究は、この領域にがん抑制遺伝子が存在する可能性を初めて示しました。続くSellarら(2003年)の研究では、上皮性卵巣癌患者118人の腫瘍組織における11q25の特定のマーカー(D11S4085)で49%のピーク損失ヘテロ接合性(LOH)率が観察されました。これは、情報提供症例74例中36例でLOHが確認されたことを意味します。この高いLOH率は、この領域が卵巣がんの発生において重要な役割を果たす可能性があることを示唆しています。

対照的に、同じマーカーを使用した大腸癌および正常DNAサンプルから採取した39対のDNAのLOH解析では、LOH率はわずか23%(情報提供例26例中6例)であり、完全なLOHの証拠は示されませんでした。この結果は、11q25のLOHが卵巣がんにおいてより顕著であり、この遺伝的変化が特定のがんタイプに特異的である可能性があることを示しています。

これらの研究成果は、がん発生の分子メカニズムの理解を深める上で重要であり、特に卵巣がんにおける標的化治療や早期診断の開発に貢献する可能性があります。11q25に位置するがん抑制遺伝子の同定とその機能の解明は、がん治療における新たなアプローチの開発に繋がることが期待されます。

17p染色体

染色体17pの領域は、特に卵巣がんの研究において重要な関心の対象となっています。この領域におけるLOH(Loss of Heterozygosity、ヘテロ接合性の消失)は、卵巣がんの発生と進行において重要な役割を果たす可能性があることを示しています。

Ecclesら(1990)の研究では、上皮性卵巣がん腫瘍の69%で17p染色体のLOHが認められました。これは、卵巣がんにおいて17p染色体が重要な遺伝的変化を受けやすいことを示しています。

Schultzら(1996)は、卵巣腫瘍のコホートから、染色体17p13.3上のOVCA1(DPH1; 603527)とOVCA2(607896)の2つの遺伝子を同定しました。これらの遺伝子の発現が正常な卵巣上皮細胞に比べて卵巣腫瘍組織および細胞株で減少しているか検出されなかったことは、この領域に癌抑制遺伝子が存在する可能性を示唆しています。特に、TP53遺伝子とは異なる17p染色体上の遺伝子が関与していることが示されました。

Phillipsら(1996)による研究では、17p13.3の領域内に位置するDPH1(OVCA1)遺伝子が全卵巣上皮性悪性腫瘍の80%で欠失していることが明らかにされました。これは、DPH1遺伝子が卵巣がんにおいて癌抑制遺伝子として機能する可能性があることを示唆しています。

これらの研究結果は、染色体17pに存在する遺伝子が卵巣がんの発生と進行において重要な役割を果たすことを強く示唆しています。特に、17p13.3の領域が卵巣がんの分子生物学的研究において注目されるべき重要な領域であり、将来の治療標的の同定において重要な意味を持つ可能性があります。これらの発見は、卵巣がんの診断、治療、予防戦略の開発に向けた研究の方向性を示すものです。

17q染色体

染色体17qは、卵巣がんの発生に重要な役割を果たす複数の遺伝子を含んでいます。これには、BRCA1遺伝子(17q21)、ERBB2遺伝子(17q21.1)、およびSEPT9遺伝子(17q25)が含まれます。これらの遺伝子は、卵巣がんの発症に直接関与していることが示されています。

Ecclesら(1990)の研究では、上皮性卵巣がん腫瘍の77%において染色体17qのLOH(Loss of Heterozygosity: 異型性喪失)が認められました。LOHは、がん抑制遺伝子の機能不全につながる可能性がある遺伝的イベントです。

Godwinら(1994)は、散発性および家族性の上皮性卵巣がん患者のDNAを調査し、BRCA1遺伝子近傍のマーカーでLOHが最も高く、73%に達したことを発見しました。これは、BRCA1遺伝子領域の外に卵巣がんに関与する別の遺伝子座が存在する可能性を示唆しています。

Russellら(2000)は、染色体17q25のLOHを示す卵巣がん抑制遺伝子の候補としてSEPT9遺伝子を同定しました。セプチンは細胞質分裂と細胞周期制御に関与し、これはSEPT9が卵巣がん抑制遺伝子である可能性があることを示唆しています。

Rafnarら(2011)は、全ゲノム配列決定とゲノムワイド関連研究を通じて、BRIP1遺伝子における卵巣がんリスクを上昇させるフレームシフト変異を発見しました。この変異は、卵巣がんのみならず、一般的ながんのリスク増加や寿命の短縮とも関連していました。また、スペインの集団においても、BRIP1遺伝子の別のフレームシフト変異が卵巣がんおよび乳がんと関連していました。

これらの研究は、染色体17q上の遺伝子が卵巣がんの発生において重要な役割を果たしていることを示しており、これらの遺伝子の変異が卵巣がんのリスクを高める可能性があることを強調しています。特に、BRCA1、ERBB2、SEPT9、およびBRIP1遺伝子は、卵巣がんの発症メカニズムの理解と治療戦略の開発において重要なターゲットです。

遺伝

家族性卵巣癌がしばしば常染色体優性遺伝のパターンを示します。特に、卵巣癌の発生が複数の世代にわたり観察され、特定の家系内での発症率が高くなっています。これらの家族の中には、乳癌-卵巣癌症候群やリンチ症候群といった特定の遺伝的症候群に関連する可能性があるケースも含まれています。

Liber (1950): 5人の姉妹とその母親が卵巣乳頭腺癌を発症した家族を報告。
Jackson (1967): 祖母、母、娘が卵巣腫瘍を発症したジャマイカの家族を報告。2つの腫瘍は異胚葉腫と診断された。
LewisおよびDavison (1969): 6人姉妹のうち5人とその母親が卵巣がんを発症した家族について記述。1人は悪性卵巣嚢腫であり、その後結腸がんで死亡。
Liら (1970): 4人の姉妹を含む7人の女性が卵巣癌に罹患した家族を報告。その他3人の女性に卵巣癌が疑われた。
Philipp (1979): 卵巣の低分化嚢胞腺癌が多発した家系を報告。発端者の母親、母方の叔母、その女性の娘、そして別の母方の叔母の娘が発症。

これらの事例は、特定の遺伝子変異が家族内で卵巣癌のリスクを高めることを示唆しており、遺伝的カウンセリングや予防的措置が重要であることを強調しています。特に、家族歴に基づいて予防的卵巣摘出術が行われる場合もあることが、LewisおよびDavisonの報告からわかります。これらのケーススタディは、家族性卵巣癌の理解を深め、遺伝的リスクの評価と管理に対する洞察を提供しています。

治療・臨床管理

Chienらによる2006年の研究は、上皮性卵巣がんおよび胃がん患者の腫瘍におけるHTRA1(PRSS11)遺伝子の発現と化学療法の奏効率との関連性に焦点を当てました。この研究では、HTRA1の発現量が高い腫瘍を持つ患者が、発現量が低い腫瘍を持つ患者に比べて、化学療法に対して有意に高い奏効率を示すことが見出されました。

HTRA1は、蛋白質分解酵素であり、細胞のシグナル伝達、細胞周期制御、アポトーシス(細胞のプログラムされた死)など、多くの生物学的プロセスに関与しています。この研究により、HTRA1が卵巣がんおよび胃がんにおいて重要な役割を果たしており、特に化学療法に対する感受性に影響を及ぼしている可能性が示唆されました。

この発見は、卵巣がんおよび胃がんの臨床管理において重要な意味を持ちます。HTRA1の発現量を評価することによって、化学療法の効果を予測し、個々の患者に最適な治療戦略を選択するための有用なバイオマーカーとして利用できる可能性があります。また、HTRA1の機能を標的とした新たな治療法の開発にもつながるかもしれません。

この研究は、がん治療における個別化医療の実現に向けた一歩であり、化学療法の選択と管理における新たな方向性を提供しています。さらなる研究によって、HTRA1に関連する治療法の開発や、他のがん種におけるHTRA1の役割の解明が進むことが期待されます。

病因

Mokらの研究では、正常卵巣上皮細胞で発現しているが卵巣癌細胞株では発現が低下しているか、または発現していないDOC2遺伝子が特定されました。この遺伝子は染色体5p13にマップされており、その機能の喪失が卵巣癌の発生に寄与する可能性が示唆されています。さらに、DOC2遺伝子を卵巣癌細胞株にトランスフェクションすることで、腫瘍形成能が有意に低下することが観察されました。

Blechschmidtらの研究では、原発性卵巣癌組織におけるE-カドヘリンの発現低下が全生存期間の短縮と有意に関連していることが見出されました。また、E-カドヘリンの発現減少とSNAILの発現増加が死亡リスクの上昇と関連していることが示されました。これは、E-カドヘリンとSNAILが転移性癌の挙動において重要な役割を果たすことを示唆しています。

Merrittらの研究では、浸潤性上皮性卵巣癌検体において、DICER1とDROSHAのmRNAとタンパク発現の低下が観察され、これらの発現低下が腫瘍の進行期や外科的サイトリアクションが最適でないことと有意に関連していることが明らかにされました。さらに、DICER1とDROSHAの高発現が生存期間の延長と関連しており、低DICER1発現が疾患特異的生存期間の短縮の独立した予測因子であることが示されました。

これらの研究結果は、卵巣癌の発生と進行における遺伝子の発現と機能の重要性を示しており、特にDOC2、E-カドヘリン、SNAIL、DICER1、およびDROSHA遺伝子ががんの病態において重要な役割を果たしていることを強調しています。これらの遺伝子に関する知見は、卵巣癌の診断、治療、予後評価における新たな標的やバイオマーカーの同定に貢献する可能性があります。

Jonesらの2010年の研究は卵巣明細胞癌における遺伝的変異を探求し、PIK3CA、KRAS、PPP2R1A、ARID1Aの4つの遺伝子が少なくとも2つの腫瘍で変異していることを特定しました。これらの遺伝子は卵巣明細胞癌の発生に重要な役割を担っていることが示唆されました。特に、PPP2R1Aは癌遺伝子として、ARID1Aは癌抑制遺伝子として機能している可能性があるとされ、卵巣明細胞癌サンプルの大部分でARID1Aの変異が見られました。

Flesken-Nikitinらの2013年の研究では、マウス卵巣のhilum領域が卵巣表面上皮の幹細胞ニッチとして機能することが特定され、この領域の細胞が卵巣がんの発生に関与している可能性が示唆されました。この研究は、卵巣がんの起源と発展のメカニズムを理解する上で重要な洞察を提供しました。

Patchらの2015年の研究は、高悪性度漿液性卵巣がんの全ゲノム配列を解析し、RB1、NF1、RAD51B、PTENの遺伝子切断やCCNE1の増幅が化学療法抵抗性に寄与していることを明らかにしました。この研究は、治療抵抗性の背後にある遺伝的メカニズムの理解を深めました。

Eckertらの2019年の研究では、卵巣がんの腫瘍と間質区画のプロテオーム解析を通じて、NNMTが転移に関与する間質の特徴として顕著に含まれていることが示されました。NNMTはCAFの分化とがん進行における中心的な代謝制御因子として機能し、新たな治療標的としての可能性を示唆しました。

これらの研究は卵巣がんの理解を深め、新たな治療標的の発見や疾患管理の改善に向けた貴重な情報を提供しています。

細胞遺伝学

Whang-Pengらによる1984年の研究は、上皮性卵巣癌患者の卵巣腫瘍組織における細胞遺伝学的特徴を詳細に調査しました。この研究は、44人の患者から採取された腫瘍組織サンプルにおいて、全例に数的な染色体異常が認められ、そのうちの39検体で複数の染色体にわたる構造的異常が観察されたことを示しました。これらの結果は、上皮性卵巣癌が遺伝学的に非常に異質で、複雑な染色体異常を持つことを示唆しています。

研究によると、クローン形成に関与する染色体数と構造異常は、罹病期間が長くなるにつれて増加しました。これは、がんが進行するにつれて遺伝学的にさらに不安定になり、新たな遺伝的変異が蓄積することを示しています。また、化学療法を受けた患者の腫瘍組織では、手術のみで治療した患者に比べて、より広範囲の遺伝学的変化が観察されました。これは、化学療法が腫瘍細胞に選択圧をかけ、遺伝的変異を持つ細胞クローンが生存または拡大する可能性があることを示唆しています。

異数性(染色体数の異常)は全例で観察され、染色体数には2倍体、3倍体、4倍体といった幅広いばらつきがありました。この多様性は、上皮性卵巣癌の細胞集団が遺伝的に非常に不安定であることを反映しており、異なる倍数体の存在は、がん細胞が獲得する多様な適応戦略の結果と考えられます。

Whang-Pengらの研究は、上皮性卵巣癌の腫瘍生物学を理解する上で重要な貢献をしました。この研究は、卵巣癌の診断、予後評価、および治療戦略の開発に役立つ可能性がある遺伝学的特徴を明らかにしました。特に、腫瘍の遺伝学的プロファイルを詳細に分析することで、より個別化された治療アプローチの開発につながる可能性があります。

分子遺伝学

生殖細胞系列変異

以下の研究は、遺伝性がん症候群としての卵巣がん、特に若年で診断された上皮性卵巣がんにおける生殖細胞系列変異の役割を探求しています。生殖細胞系列変異は、個人の全細胞に存在し、親から子へ遺伝する変異です。これらの変異は特定のがん発症リスクを高めることが知られています。

Strattonら(1999)の研究では、30歳以前に診断された101人の上皮性卵巣がん患者を対象に、MLH1、BRCA1、BRCA2、MSH2などの遺伝子における生殖細胞系列変異の存在を調査しました。この中で、2人の患者がHNPCC2に関与するMLH1遺伝子に生殖細胞系列変異を有していたことが発見されました。これは卵巣がんがHNPCC(リンチ症候群)の一部として現れる可能性があることを示唆しています。一方で、他の解析した遺伝子においては生殖細胞系列変異は同定されませんでした。この研究から、早期発症上皮性卵巣がんの症例のごく少数にしかこれらの遺伝子の変異が寄与していないことが示されました。

Liedeら(1998)は、遺伝性乳癌卵巣癌症候群とは異なる遺伝的実体としての遺伝性部位特異的卵巣癌の存在を提案しました。彼らの研究では、アシュケナージ・ユダヤ人の大血統における卵巣がん症例に焦点を当て、その中でBRCA1遺伝子の特定の変異が卵巣がんと分離していることを発見しました。これは、特定の家系において卵巣がんがBRCA1またはBRCA2の変異による乳癌-卵巣癌症候群の変種として現れる可能性があることを示唆しています。

これらの研究結果は、遺伝性がん症候群の理解と管理において重要です。生殖細胞系列変異のスクリーニングと識別は、高リスク個人の早期発見と予防策の実施に役立つ可能性があります。また、遺伝的カウンセリングにおいても、これらの知見は遺伝性がんリスクの評価と対処に不可欠です。

体細胞突然変異

これらの研究は、卵巣がんの発生における体細胞突然変異と遺伝子の不活性化の重要な役割を強調しています。

PARK2遺伝子: Cesariら(2003)による研究は、染色体6q25-q27のLOH領域内に完全なPARK2遺伝子を同定し、悪性乳癌および卵巣腫瘍における共通の最小欠損領域を特定しました。この領域はPARK2遺伝子内に位置し、腫瘍生検と腫瘍細胞株ではPARK2遺伝子の発現がダウンレギュレートされるか消失していることが示されました。これはPARK2が癌抑制遺伝子として機能する可能性を示唆しています。ただし、この研究に関しては、図の重複に関する懸念が後に提起されましたが、著者は科学的結論に影響はないと述べています。

Denisonら(2003): 卵巣癌細胞株と原発性卵巣腫瘍の一部においてPARK2遺伝子のエクソンの重複または欠失が見られ、パーキンの発現減少または消失が観察されました。これは、パーキンが卵巣がんにおいて癌抑制遺伝子として機能する可能性があることを示唆しています。

OPCML遺伝子: Sellarら(2003)は、OPCML遺伝子が上皮性卵巣がん組織において体細胞内でしばしば不活性化されていることを発見しました。これは、対立遺伝子の欠損やCpGアイランドメチル化によるもので、OPCMLが癌抑制遺伝子の性質と一致する機能的特徴を持つことを示しています。

Zhangらの研究は、miRNAとその制御遺伝子(特にDICER1、AGO2)のコピー数変化が癌の発生に広く関与していることを示し、これらの変化がmiRNAの発現に直接影響を与えることを明らかにしました。miRNAは遺伝子発現の微妙な調節に関与しており、そのコピー数の変化はがん細胞の挙動に大きな影響を及ぼす可能性があります。

Kanらの研究は、複数のがんタイプにわたる遺伝子変異の広範なスペクトルを同定し、腫瘍のタイプやサブタイプによって変異率と変異遺伝子のセットが大きく異なることを明らかにしました。プロテインキナーゼやGタンパク質共役型受容体など、治療可能な標的遺伝子に関する知見は、新たな治療戦略の開発に貢献する可能性があります。

Cancer Genome Atlas Research Networkによる2011年の研究は、高悪性度漿液性卵巣がんに関する包括的なゲノム解析を提供しており、このがんの遺伝的特徴と分子的異質性に関する重要な洞察を提供しています。この研究は489個の高悪性度漿液性卵巣がんのサンプルを対象に行われ、以下の主な発見を報告しています。
TP53変異の普遍性: 解析された高悪性度漿液性卵巣がんの約96%でTP53遺伝子の変異が見られました。これは、このタイプの卵巣がんにおけるTP53変異の高い普遍性を示しており、この遺伝子が疾患の発生において重要な役割を果たしていることを示唆しています。
その他の遺伝子の変異: NF1、BRCA1、BRCA2、RB1、CDK12を含む9つの遺伝子においても変異が見られましたが、これらの遺伝子の変異頻度はTP53に比べて低いものの、統計的に意味のある再発性の体細胞変異でした。
DNAコピー数異常とメチル化事象: 研究では、113の有意な局所的DNAコピー数異常と168の遺伝子を含むプロモーターメチル化事象が同定されました。これらの変化は、卵巣がんの分子的特徴を理解する上で重要です。
分子サブタイプの同定: 4つの卵巣がん転写サブタイプ、3つのマイクロRNAサブタイプ、4つのプロモーターメチル化サブタイプが同定され、これらのサブタイプは生存期間と関連しています。特に、BRCA1/2異常およびCCNE1異常を有する腫瘍は生存に影響を及ぼすことが示されました。
パスウェイ解析: 解析した腫瘍の約半数で相同組換えの欠損が見られ、NOTCHとFOXM1のシグナル伝達が漿液性卵巣がんの病態生理に関与していることが示唆されました。
この研究は、高悪性度漿液性卵巣がんの遺伝的および分子的特徴に関する理解を大きく前進させ、将来の治療戦略の開発に向けた新たな方向性を提供しています。特に、相同組換え欠損の同定は、この欠損を標的とする治療法(例えば、PARP阻害剤)の可能性を示しています。また、特定された分子サブタイプは、患者の治療計画をパーソナライズするための基盤を提供する可能性があります。

これらの研究結果は、がんの分子生物学的基盤を理解し、患者に最も効果的な治療を提供するための個別化医療の開発に向けた重要なステップです。

修飾因子

Quayeらによる2009年の研究は、卵巣がんにおける遺伝的変異と患者の生存率の関連性についての重要な発見を報告しています。研究チームは、微小細胞を介した染色体移植アプローチと発現マイクロアレイ解析を組み合わせることで、卵巣がん細胞株における腫瘍抑制関連候補遺伝子を同定しました。このプロセスを通じて、ヨーロッパの3つの集団ベースの研究から得られた1,600人以上の卵巣がん患者における9つの候補遺伝子から68のタグSNP(単一塩基多型)を遺伝子型決定しました。

その結果、RBBP8遺伝子(604124)の2つのタグSNP、rs4474794とrs9304261が生存率と有意に関連していることが見出されました。rs4474794のハザード比は0.85(95%信頼区間[CI]、0.75-0.95;p=0.007)であり、rs9304261のハザード比は0.83(95%CI、0.71-0.95;p=0.009)でした。この結果は、これらのSNPが卵巣がん患者の生存率に有利な影響を与える可能性があることを示しています。

さらに、314の卵巣腫瘍におけるタグSNPのヘテロ接合性の消失(LOH)解析を行ったところ、体細胞遺伝子の欠失が生存率と関連していることが確認されました。特に、101例の有益な症例において、腫瘍の35%がRBBP8遺伝子のLOHを示し、これは有意に予後不良と関連していました(ハザード比、2.19;95%CI、1.36-3.54;p=0.001)。

この研究は、卵巣がんの予後に影響を及ぼす可能性のある遺伝的および体細胞的変異を同定し、特にRBBP8遺伝子の変異が患者の生存に重要な役割を果たすことを示しています。このような知見は、卵巣がんの治療と管理において遺伝的バイオマーカーの使用を促進し、個別化医療の発展に貢献する可能性があります。

遺伝子型と表現型の関係

Grindedalら(2010年)による研究は、MMR(ミスマッチ修復)遺伝子変異を持つ卵巣がん女性に関する重要なレトロスペクティブ(後ろ向き)生存研究を提供しています。この研究は、MLH1、MSH2、MSH6の各遺伝子に変異を持つ女性を対象にしており、卵巣がんの発症年齢、診断時のステージ、生存率、および他のがんの発症リスクに関する貴重なデータを提供しています。

研究の主要な発見は以下の通りです。
MMR遺伝子変異保有者の平均発症年齢は44.7歳であり、これはBRCA1遺伝子変異保有者(51.2歳)やBRCA2遺伝子変異保有者(57.5歳)の卵巣がん発症年齢よりも若いことを示しています。
MMR変異を有する女性の大多数(81.5%)が、診断時に早期ステージ(ステージ1または2)であった。
卵巣がんで死亡した女性は全体の20.1%であり、卵巣がんによる5年、10年、20年、30年生存率はそれぞれ82.7%、80.6%、78.0%、71.5%でした。
約50%の女性がリンチ症候群(HNPCC)の腫瘍スペクトルに含まれる別のがんを発症しました。
MMR変異保有者の生涯卵巣がんリスクは約10%であり、卵巣がんで死亡するリスクは20%、全体の卵巣がんで死亡するリスクは約2%でした。

研究の意義:
この研究は、MMR遺伝子変異を持つ卵巣がん女性の生存率が、BRCA1/2変異保有者よりも良好であることを示しています。これは、MMR変異による卵巣がんとBRCA1/2変異による卵巣がんが、生物学的に異なるタイプの腫瘍を示す可能性があることを示唆しています。また、MMR変異保有者における卵巣がんの早期発見の可能性と、リンチ症候群関連がんに対するスクリーニングの重要性を強調しています。

この研究は、遺伝的リスクに基づく個別化されたがんスクリーニングと管理戦略の開発において、MMR変異とBRCA1/2変異の異なる影響を考慮する必要性を示しています。特に、MMR変異保有者では、卵巣がんだけでなく、リンチ症候群に関連する他のがん種に対しても注意深いモニタリングが推奨されます。

動物モデル

Dinulescuらによる2005年の研究は、卵巣がん研究における重要な進展を示しています。彼らは、卵巣表面上皮に特異的に発癌性Kras対立遺伝子を発現させる組換えアデノウイルスベクターを用いて、マウスモデルを開発しました。このアプローチにより、良性の上皮性病変が発生しましたが、単独で卵巣がんには進行しませんでした。興味深いことに、試験されたマウスの約47%が腹膜子宮内膜症も発症しました。

さらに、Dinulescuらは、Kras変異とPtenの条件的欠失を組み合わせることで、全てのマウスに浸潤性子宮内膜様卵巣腺癌が発生することを発見しました。この結果は、子宮内膜症および子宮内膜様卵巣腺癌の病態発生におけるKrasとPtenの重要な役割を示しており、これらの遺伝子変異の組み合わせが卵巣がんの発生に対してどのように作用するかについての貴重な洞察を提供しています。

この研究は、卵巣がんの発生メカニズムの理解を深めるとともに、卵巣がんおよび子宮内膜症の治療薬の開発に向けた新たな方向性を提供しています。特に、このマウスモデルは、卵巣がんおよび子宮内膜症の病理学的プロセスを模倣し、将来的に新しい治療法の試験に利用される可能性があります。また、特定の遺伝子変異に基づく疾患のモデル化は、疾患の分子的基盤を解明し、個別化医療に貢献する重要な手段です。

参考文献

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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