IGF1抵抗症(インスリン様成長因子I抵抗症)
IGF1抵抗症(IGFIRES;OMIM 270450)は、インスリン様成長因子I(IGF1)受容体の遺伝子変異により引き起こされる稀な遺伝性疾患です。胎児期および出生後の成長障害を主徴とし、低身長、小頭症、骨年齢遅延などの症状を呈します。
疾患の概要
IGF1抵抗症は、IGF1受容体(IGF1R)遺伝子の変異により、IGF1に対する組織の感受性が低下することで発症する成長障害です。患者では血清IGF1濃度が正常または高値を示すにも関わらず、IGF1の生物学的作用が十分に発揮されないため、成長促進効果が得られません。
この疾患は常染色体優性または常染色体劣性の遺伝形式を示し、変異の種類や部位により重症度が異なります。ヘテロ接合性変異では比較的軽症の表現型を示すことが多く、ホモ接合性または複合ヘテロ接合性変異では重篤な症状を呈する傾向があります。
IGF1抵抗症は、成長ホルモン(GH)分泌不全症や他の成長障害との鑑別が重要であり、血清IGF1濃度の測定と遺伝子解析により診断されます。現在のところ根治的な治療法はありませんが、成長ホルモン治療により一部の患者で成長速度の改善が認められる場合があります。
症状
成長障害
IGF1抵抗症の最も特徴的な症状は、胎児期からの成長障害です。患者は胎内発育不全(IUGR)として出生し、出生後も持続的な成長障害を示します。低身長は全例に認められ、最終身長は標準偏差-5から-6程度となることが多く、特に重症例では著明な低身長を呈します。
頭部・顔面の特徴
小頭症は本疾患の重要な特徴の一つです。多くの患者で頭囲の成長が不良となり、小頭症を呈します。顔面の形態異常として、三角形状の顔貌、頬骨の低形成、上向きの眼瞼裂、鼻梁の拡大、鼻尖部の拡大と丸み、長くて平坦な人中、薄い上唇、外反した厚い下唇などが認められます。
四肢・骨格系の異常
骨年齢の遅延は多くの患者で認められる重要な所見です。手足の小ささ、短く幅広い指、末節骨の短縮、両側性のクリノダクチリー(指の側彎)などが特徴的です。一部の患者では漏斗胸や胸骨の異常も認められます。
発達・神経学的症状
軽度から中等度の精神発達遅滞や学習障害が認められることがあります。言語発達の遅れ、運動発達の遅れ、軸性筋緊張低下、下肢の軽度筋緊張亢進などの神経学的症状を呈する場合があります。一部の患者では不安傾向、強迫的傾向、社会恐怖などの精神症状も報告されています。
その他の合併症
心血管系の異常として、卵円孔開存、心室中隔欠損、肺動脈分枝の狭窄などが報告されています。眼科的異常には斜視、リーガー異常などがあります。一部の患者では皮下脂肪の減少、脂肪異栄養症、早老症様の外観を呈することもあります。また、糖代謝異常やインスリン抵抗性を合併する場合があります。
原因
IGF1R遺伝子
IGF1抵抗症は、15q26.3に位置するIGF1R遺伝子(OMIM 147370)の変異により引き起こされます。IGF1R遺伝子は、インスリン様成長因子I受容体をコードしており、この受容体はIGF1の細胞への結合と細胞内シグナル伝達に重要な役割を果たしています。
変異の種類
IGF1R遺伝子には様々な種類の変異が報告されており、ナンセンス変異、ミスセンス変異、スプライシング変異などがあります。変異の位置や種類により、受容体の数の減少、結合親和性の低下、シグナル伝達機能の障害などが起こり、IGF1に対する組織の反応性が低下します。
分子病態
正常なIGF1受容体は、IGF1が結合することにより自己リン酸化が起こり、細胞内のシグナル伝達カスケードが活性化されます。これにより細胞の増殖、分化、生存が促進され、成長が促されます。IGF1R遺伝子変異により受容体機能が障害されると、IGF1の生物学的作用が十分に発揮されず、成長障害が生じます。
遺伝形式
IGF1抵抗症は常染色体優性遺伝または常染色体劣性遺伝の形式をとります。多くの症例では常染色体優性遺伝の形式で、片方の親から変異遺伝子を受け継ぐことで発症します。この場合、軽度から中等度の症状を呈することが多く、家族内で複数の患者が認められることがあります。
一方、両親がそれぞれ異なる変異を持つ場合(複合ヘテロ接合性)や、同一変異のホモ接合性の場合には、より重篤な症状を呈する傾向があります。これらの症例では常染色体劣性遺伝の形式をとり、両親は通常無症状の保因者です。
遺伝子変異を持つ患者から子どもへの遺伝確率は、常染色体優性の場合は50%、常染色体劣性の場合は両親が保因者の場合に25%となります。遺伝カウンセリングにより、家族計画や遺伝リスクについて適切な情報提供と支援が重要です。
診断
臨床診断
IGF1抵抗症の診断は、特徴的な臨床症状と検査所見に基づいて行われます。胎内発育不全、出生後の持続的な成長障害、小頭症、特徴的な顔貌、骨年齢遅延などの症状に加えて、血清IGF1濃度が正常または高値を示すことが診断の手がかりとなります。
内分泌学的検査
血清IGF1濃度の測定が最も重要な検査です。IGF1抵抗症患者では、成長障害があるにも関わらず血清IGF1濃度が年齢・性別の正常範囲またはそれ以上の値を示します。成長ホルモン分泌刺激試験では正常反応を示し、成長ホルモン分泌不全症との鑑別が可能です。
細胞機能検査
患者由来の培養皮膚線維芽細胞を用いたIGF1反応性試験により、IGF1に対する細胞の反応性を評価することができます。IGF1受容体の数の減少や機能低下が確認される場合があります。
遺伝子検査
IGF1R遺伝子の塩基配列解析により、確定診断が可能です。現在では次世代シーケンサーを用いた包括的な遺伝子解析により、効率的に変異を検出することができます。家族内での変異の分離解析も診断の確定に有用です。
画像検査
骨年齢の評価のため手のX線撮影を行います。頭部MRIにより小頭症の程度や脳の構造異常を評価し、心エコー検査により心血管系の異常の有無を確認します。
治療
成長ホルモン治療
現在のところIGF1抵抗症に対する根治的治療法は確立されていませんが、成長ホルモン治療により一部の患者で成長速度の改善が期待できます。特にヘテロ接合性変異を持つ患者では、成長ホルモン治療に対する反応性が保たれている場合があります。治療効果は個人差が大きく、定期的な評価が必要です。
対症療法
発達遅滞に対しては早期からの療育支援、言語療法、作業療法などの包括的なリハビリテーションが重要です。学習障害がある場合には特別支援教育の提供が必要となることがあります。
合併症の管理
心血管系の異常が認められる場合には、循環器科での定期的な経過観察と必要に応じた治療が行われます。眼科的異常に対しては眼科での管理が必要です。糖代謝異常がある場合には、食事療法や薬物療法により血糖コントロールを行います。
栄養管理
適切な栄養摂取により、可能な限り成長を促進することが重要です。必要に応じて栄養士による栄養指導を行い、バランスの取れた食事の提供を心がけます。
心理社会的支援
低身長や発達遅滞により生じる心理社会的問題に対して、患者・家族への心理的支援が重要です。同じ疾患を持つ患者・家族との交流やピアサポートも有効です。
予後
IGF1抵抗症の予後は変異の種類や重症度により大きく異なります。ヘテロ接合性変異を持つ患者では比較的軽症の経過をたどることが多く、適切な治療により社会生活への適応が可能な場合が多くあります。一方、重篤な変異を持つ患者では著明な低身長や発達遅滞が持続し、より集約的な支援が必要となります。
成長ホルモン治療により成長速度の改善が得られる患者もいますが、最終身長は通常正常範囲には達しません。しかし、適切な医学的管理と社会的支援により、多くの患者で良好な生活の質を維持することが可能です。
定期的な医学的フォローアップにより、合併症の早期発見と治療を行うことが重要です。また、遺伝カウンセリングにより家族計画に関する適切な情報提供を行うことで、将来の遺伝リスクについて十分な理解を得ることができます。
遺伝カウンセリング
遺伝形式の説明
IGF1抵抗症の遺伝形式について、患者・家族に分かりやすく説明することが重要です。常染色体優性遺伝の場合は50%の確率で子どもに遺伝すること、常染色体劣性遺伝の場合は両親が保因者の場合に25%の確率で発症することを説明します。
家族内検査
患者で病的変異が同定された場合、家族内での保因者診断や発症前診断が可能となります。特に妊娠を希望する場合には、遺伝子検査による正確なリスク評価が重要です。
出生前診断
既知の家族内変異が同定されている場合、妊娠中の出生前診断が技術的に可能です。ただし、疾患の重症度や治療選択肢、生活の質などを総合的に考慮した上で、十分な情報提供とカウンセリングを行う必要があります。
心理社会的支援
遺伝性疾患の診断は患者・家族に大きな心理的影響を与えるため、継続的な心理社会的支援が重要です。疾患に関する正確な情報提供と同時に、患者・家族の感情や不安に寄り添うカウンセリングを提供します。



