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BCAHH症候群 – 遺伝子疾患情報 | 症状・原因・診断基準

BCAHH症候群 – 遺伝子疾患情報 | 症状・原因・診断基準

疾患概要

BRANCHIAL ARCH ABNORMALITIES, CHOANAL ATRESIA, ATHELIA, HEARING LOSS, AND HYPOTHYROIDISM SYNDROME; BCAHH
BCAHH syndrome BCAHH症候群 620186 AD 3 

BCAHH症候群(鰓弓異常、後鼻孔閉鎖、無乳頭症、難聴、甲状腺機能低下症候群)は、染色体12q13.12に位置するKMT2D遺伝子のヘテロ接合性変異によって引き起こされる常染色体優性遺伝疾患です。

この症候群は、後鼻孔閉鎖、無乳頭症または乳頭形成不全、鰓洞異常、頸部窩、涙道異常、難聴、外耳奇形、甲状腺異常を特徴とする多系統障害です。その他の特徴には、発達遅延、知的発達障害、成長障害などが含まれることがあります。

KMT2D遺伝子は、リジン特異的メチルトランスフェラーゼ2Dをコードしており、この酵素はヒストンのメチル化を介して遺伝子の発現を調節します。BCAHH症候群の原因となるKMT2D変異は主にエクソン38または39に位置するミスセンス変異であり、これらの変異はH3K4トリメチル化活性には異常を示さないものの、タンパク質の二次構造に変化をもたらします。

興味深いことに、BCAHH症候群患者の末梢血のメチル化プロファイルは、歌舞伎症候群やCHARGE症候群の患者とは異なるパターンを示し、これらがそれぞれエピジェネティック的に異なる疾患であることを示唆しています。BCAHH症候群患者では、頭部形態、胚発生、細胞増殖、体軸発達に関連する遺伝子のCpGサイトでメチル化の変化が認められます。

本症候群の患者は歌舞伎症候群の臨床診断基準を満たさず、独特な臨床的特徴を持つことから、KMT2D関連疾患の表現型の拡張として位置づけられています。

臨床的特徴

BCAHH症候群は、多系統にわたる先天異常を特徴とする遺伝性疾患です。主な臨床的特徴は以下の通りです。

鰓弓・頸部の異常

鰓洞や頸部窩は本症候群の特徴的な所見の一つです。報告された症例の大部分で鰓洞異常や頸部窩が見られ、一部の症例では鰓裂瘻孔も認められます。これらの異常は胚発生期の鰓弓の発達異常に起因するものと考えられています。

後鼻孔閉鎖

後鼻孔閉鎖は本症候群の中核的特徴の一つであり、ほぼすべての患者で認められます。これは鼻腔と鼻咽頭を結ぶ部分が先天的に閉塞した状態で、新生児期から呼吸困難を引き起こす可能性があります。

無乳頭症・乳頭形成不全

無乳頭症(athelia)または乳頭形成不全は、本症候群を特徴づける重要な所見です。多くの患者で乳頭の欠如または著明な形成不全が認められます。

聴覚異常

ほぼすべての患者で難聴が認められます。外耳の異常や耳介窩も一般的な所見です。聴力障害の程度や種類は症例により異なりますが、感音性難聴、伝音性難聴、または混合性難聴のいずれの形態も報告されています。

内分泌異常

甲状腺機能低下症は本症候群の重要な特徴の一つです。中枢性甲状腺機能低下症を示す症例もあり、下垂体形成不全を伴うことがあります。また、副甲状腺機能低下症も多くの患者で認められ、一時的なものから持続性のものまで様々です。

一部の症例では、インスリン依存性糖尿病、成長ホルモン欠乏症、低IGF1レベルなどの内分泌異常も報告されています。思春期発来の異常や性腺機能低下症を示す症例もあります。

発達・成長異常

発達遅延は多くの患者で認められ、知的発達障害を伴うことがあります。成長障害や成長遅延もほぼ全例で見られる重要な特徴です。摂食困難により栄養状態の悪化や成長障害が助長されることもあります。

涙道異常

涙道の異常は本症候群でしばしば認められる所見です。涙道閉塞や涙道の形成異常により、流涙や反復性結膜炎を引き起こすことがあります。

その他の異常

  • 先天性心疾患(心房中隔欠損、右室肥大、動脈管開存など)
  • 間質性肺疾患
  • 子宮形成不全
  • 反復感染や免疫異常
  • 低血糖症

本症候群の重篤度は症例により大きく異なり、乳児期早期に死亡する重篤な症例から成人期まで生存する比較的軽症な症例まで様々な臨床スペクトラムを示します。多職種による包括的な管理とフォローアップが重要です。

頻度

BCAHH症候群は非常に稀な遺伝性疾患です。現在までに世界で報告された症例は限られており、正確な発生頻度は不明です。これまでに文献で報告された症例は、Cuvertinoら(2020)による7家系9症例とBaldridgeら(2020)による4症例を含む十数例程度です。

本症候群が初めて詳細に記載されたのは比較的最近(2020年)であることから、実際にはより多くの症例が存在する可能性がありますが、診断が困難であることや疾患の認知度が低いことから、過少診断されている可能性があります。

KMT2D遺伝子変異による疾患としては、歌舞伎症候群の方が頻度が高く(新生児約32,000人に1人)、BCAHH症候群はこれよりもかなり稀な疾患と考えられています。性別による発生率の差については、現在のところ明確な傾向は報告されていません。

原因

BCAHH症候群は、染色体12q13.12に位置するKMT2D遺伝子の特定の変異によって引き起こされる遺伝性疾患です。

KMT2D遺伝子変異の特徴

BCAHH症候群を引き起こすKMT2D変異は、主にエクソン38または39に位置するミスセンス変異です。これは歌舞伎症候群で見られる変異(主に切断変異)とは異なる変異スペクトラムを示しています。

これらの変異を持つ組換えKMT2Dタンパク質は、正常なH3K4トリメチル化活性を維持している一方で、タンパク質の二次構造に変化が生じることが確認されています。この構造変化が疾患の発症機序に関与していると考えられています。

エピジェネティック異常

BCAHH症候群患者の末梢血メチル化プロファイル解析により、歌舞伎症候群やCHARGE症候群とは異なる独特なメチル化パターンを示すことが明らかになっています。具体的には、以下の遺伝子群のCpGサイトでメチル化異常が認められます:

  • 頭部形態形成に関連する遺伝子
  • 胚発生に関わる遺伝子
  • 細胞増殖調節遺伝子
  • 体軸発達に関連する遺伝子

遺伝形式

BCAHH症候群は常染色体優性遺伝形式を示します。報告された症例の多くは孤発例(de novo変異)ですが、家族性の症例も報告されており、親から子への遺伝が確認されています。

変異の機能的影響

KMT2D遺伝子は、リジン特異的メチルトランスフェラーゼ2Dをコードし、ヒストンH3のリジン4残基(H3K4)のメチル化を触媒します。BCAHH症候群で見られる特定の変異は、酵素活性自体は保持しているものの、タンパク質の立体構造に変化をもたらし、正常な遺伝子発現調節に影響を与えると考えられています。

この結果、胚発生期における適切な遺伝子発現パターンが変化し、鰓弓、神経堤細胞、内分泌系などの発達に異常が生じることで、BCAHH症候群の多様な臨床症状が現れると推測されています。

分子遺伝学

BCAHH症候群の分子遺伝学的研究は、KMT2D遺伝子の特定の変異スペクトラムが独特な表現型を引き起こすことを明らかにしています。

変異の同定

Cuvertinoら(2020)は、7家系9症例において、KMT2D遺伝子のエクソン38または39にヘテロ接合性変異を同定しました。これらの変異はすべてミスセンス変異であり、同じ遺伝子の変異によって引き起こされる歌舞伎症候群で見られる切断変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異)とは明確に異なるパターンを示しています。

Baldridgeら(2020)も4例の非血縁患者において、KMT2D遺伝子のde novoヘテロ接合性ミスセンス変異を全エクソーム解析により同定しました。

機能解析

組換えKMT2Dタンパク質を用いた機能解析により、BCAHH症候群で見られる変異は以下の特徴を示すことが明らかになりました:

  • H3K4トリメチル化活性は正常に保たれている
  • タンパク質の二次構造に変化が生じている
  • これらの構造変化が疾患発症に関与している可能性

エピジェネティックプロファイリング

BCAHH症候群患者4例の末梢血メチル化プロファイルを解析した結果、歌舞伎症候群患者4例やCHARGE症候群患者4例とは明確に異なるパターンを示すことが判明しました。これは、同じKMT2D遺伝子の変異でも、変異の種類や位置により異なるエピジェネティック効果をもたらすことを示唆しています。

BCAHH症候群でメチル化異常を示すCpGサイトは、以下の生物学的機能に関連する遺伝子に濃縮されていました:

  • 頭部形態形成(head morphology)
  • 胚発生(embryonic development)
  • 細胞増殖(cell proliferation)
  • 体軸発達(body axis development)

変異の位置と疾患特異性

BCAHH症候群で見られるKMT2D変異が特定のエクソン(38-39)に集中している事実は、これらの領域が疾患特異的な機能ドメインに相当する可能性を示唆しています。この領域の変異は、酵素活性を完全に失わせることなく、特定の基質認識や蛋白質相互作用に影響を与えることで、歌舞伎症候群とは異なる表現型を引き起こすと考えられています。

診断への応用

これらの分子遺伝学的知見により、BCAHH症候群は歌舞伎症候群とは独立した疾患概念として確立されつつあります。KMT2D遺伝子解析において、特定の領域のミスセンス変異が同定された場合、臨床症状と合わせてBCAHH症候群の診断を考慮することが重要です。

遺伝子型と表現型の関係

BCAHH症候群における遺伝子型と表現型の関係は、KMT2D遺伝子変異の位置と種類が特定の臨床症状と密接に関連していることを示しています。

変異の位置特異性

BCAHH症候群で報告されているKMT2D変異は、主にエクソン38および39に位置するミスセンス変異に限定されています。これは歌舞伎症候群で見られる変異(遺伝子全体に分布する切断変異)とは明確に異なる分布パターンを示しており、変異の位置が表現型の決定に重要な役割を果たしていることを示唆しています。

歌舞伎症候群との表現型比較

同じKMT2D遺伝子の変異でありながら、BCAHH症候群患者は歌舞伎症候群の臨床診断基準を満たさない独特な表現型を示します:

  • BCAHH症候群特異的特徴:
    • 後鼻孔閉鎖(ほぼ全例)
    • 無乳頭症・乳頭形成不全
    • 鰓弓異常・頸部窩
    • 涙道異常
    • 甲状腺機能低下症
  • 歌舞伎症候群で特徴的だが、BCAHH症候群では見られにくい特徴:
    • 特徴的な歌舞伎様顔貌
    • 持続性指尖パッド
    • 短い第5指

重症度の可変性

BCAHH症候群では、症例間で重症度に大きな違いが認められます:

  • 重篤な症例:乳児期早期(生後28日、4か月)に死亡
  • 中等症例:小児期に低血糖性昏睡で死亡(14歳)
  • 比較的軽症例:成人期まで生存(最高35歳)

内分泌異常の多様性

BCAHH症候群では、多彩な内分泌異常が認められ、これも表現型の可変性の一因となっています:

  • 甲状腺機能低下症(中枢性・原発性の両方)
  • 副甲状腺機能低下症(一時性・持続性)
  • 成長ホルモン欠乏症
  • インスリン依存性糖尿病
  • 性腺機能低下症

エピジェネティックプロファイルと表現型

BCAHH症候群患者で観察される特異的なメチル化パターンは、頭部形態、胚発生、体軸発達に関連する遺伝子群に集中しており、これが本症候群の特徴的な表現型(後鼻孔閉鎖、鰓弓異常など)と一致しています。

診断への示唆

これらの遺伝子型-表現型相関は、臨床診断において重要な意義を持ちます:

  • 後鼻孔閉鎖、無乳頭症、鰓弓異常の組み合わせがあれば、KMT2D遺伝子のエクソン38-39の解析を優先する
  • 歌舞伎症候群の典型的顔貌を欠く患者でも、KMT2D変異の可能性を除外すべきではない
  • 内分泌異常が多彩な症例では、BCAHH症候群の可能性を考慮する

診断基準

BCAHH症候群は比較的最近確立された疾患概念であり、現在のところ国際的なコンセンサス診断基準は策定されていません。しかし、これまでの報告症例の臨床的特徴に基づいて、以下の診断の手がかりが提案されています。

主要臨床的特徴

BCAHH症候群の診断において重要な臨床的特徴:

  • 後鼻孔閉鎖:ほぼ全例で認められる中核的特徴
  • 無乳頭症または乳頭形成不全:症候群名にも含まれる特徴的所見
  • 鰓弓異常:鰓洞、頸部窩、鰓裂瘻孔など
  • 難聴:感音性、伝音性、または混合性難聴
  • 甲状腺機能低下症:中枢性または原発性

補助的診断所見

診断を支持する追加の臨床的特徴:

  • 涙道異常
  • 外耳異常・耳介窩
  • 発達遅延・知的発達障害
  • 成長障害
  • 副甲状腺機能低下症
  • 摂食困難
  • 先天性心疾患
  • 間質性肺疾患
  • 反復感染・免疫異常

遺伝学的診断

確定診断には、KMT2D遺伝子の分子遺伝学的解析が必要です:

  • 対象領域:主にエクソン38および39
  • 変異のタイプ:ミスセンス変異
  • 遺伝形式:常染色体優性遺伝(多くはde novo変異)

鑑別診断

BCAHH症候群の診断においては、以下の疾患との鑑別が重要です:

  • 歌舞伎症候群:
    • 同じKMT2D遺伝子変異によるが、異なる変異スペクトラム
    • 特徴的顔貌、持続性指尖パッド、短い第5指はBCAHH症候群では少ない
  • CHARGE症候群:
    • 後鼻孔閉鎖、難聴、心疾患などの共通点があるが、CHD7遺伝子変異による
    • 網膜コロボーマ、前庭機能異常はBCAHH症候群では稀
  • 22q11.2欠失症候群:
    • 甲状腺機能低下症、心疾患、免疫不全などの共通点
    • 口蓋裂、特徴的顔貌はBCAHH症候群とは異なる

診断アプローチ

BCAHH症候群が疑われる場合の診断手順:

  1. 臨床的評価:
    • 詳細な病歴聴取と身体診察
    • 主要臨床的特徴の確認
    • 家族歴の聴取
  2. 検査:
    • 内分泌機能検査(甲状腺、副甲状腺、成長ホルモンなど)
    • 聴力検査
    • 画像検査(頭頸部CT/MRI、心エコーなど)
  3. 遺伝学的検査:
    • KMT2D遺伝子の配列解析(特にエクソン38-39に注目)
    • 必要に応じて他の関連遺伝子の解析
  4. 遺伝カウンセリング:
    • 遺伝形式の説明
    • 再発リスクの評価
    • 家族計画への助言

BCAHH症候群の診断には、臨床的特徴と遺伝学的検査結果を総合的に評価することが重要です。疑いのある症例では、専門的な遺伝医学施設での評価を受けることが推奨されます。

参考文献



プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、1995年に医師免許を取得して以来、のべ10万人以上のご家族を支え、「科学的根拠と温かなケア」を両立させる診療で信頼を得てきました。『医療は科学であると同時に、深い人間理解のアートである』という信念のもと、日本内科学会認定総合内科専門医、日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医、日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医としての専門性を活かし、科学的エビデンスを重視したうえで、患者様の不安に寄り添い、希望の灯をともす医療を目指しています。

仲田洋美のプロフィールはこちら

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