疾患概要
デスモイド腫瘍は結合組織の異常増殖で、骨、靭帯、筋肉などに強度と柔軟性を与える組織から発生します。腫瘍は通常単発ですが、場合によっては複数発生することもあり、体の任意の部位に現れる可能性があります。腹壁に発生するものを腹部デスモイド腫瘍、腹腔内の組織から発生するものを腹腔内デスモイド腫瘍、その他の部位に発生するものを腹腔外デスモイド腫瘍と呼びます。
デスモイド腫瘍は線維性で瘢痕組織に似ており、他の部位への転移はしないものの、周囲の組織に積極的に浸潤し、外科的切除が困難で再発しやすいです。症状は主に疼痛で、腹腔内デスモイド腫瘍は便秘、腹腔外デスモイド腫瘍は関節の動きの制限など、腫瘍の大きさや部位によって異なります。
デスモイド腫瘍は特に家族性大腸腺腫症(FAP)の患者に多く、これらの患者は腸の異常増殖やがん性腫瘍に加えて腹腔内デスモイド腫瘍を発症することがあります。遺伝性でない散発性のデスモイド腫瘍もあります。
遺伝
一方、APC遺伝子の遺伝的な変異があると、家族性腺腫性ポリポーシスが生じ、その結果、デスモイド腫瘍を発症しやすくなります。デスモイド腫瘍は、APC遺伝子の2番目のコピーに体細胞突然変異が生じた場合に発生します。この場合、疾患は遺伝性デスモイド病とも呼ばれます。
頻度
日本におけるデスモイド腫瘍の年間発症数に関する具体的な統計は、異なる情報源によって異なる数値が示されています。一つの情報源によると、日本全国で新規に診断されたデスモイド腫瘍の患者数は2018年に173名、2019年に156名であるとされています。これはデスモイド腫瘍が非常にまれな疾患であることを示しています(参照元)。一方、別の情報源では、日本では年間におよそ300から400人が新たにデスモイド腫瘍と診断されると推測されています(参照元)。
これらの情報から、デスモイド腫瘍は日本においても非常に稀な疾患であることがわかりますが、正確な年間発症数については異なる情報が存在します。これは、デスモイド腫瘍の希少性と、集計されるデータの範囲や方法による違いが影響している可能性があります。
原因
CTNNB1遺伝子は、β-カテニンというタンパク質の生成を指示します。このタンパク質は細胞シグナルの一部として、他のタンパク質との相互作用を通じて遺伝子の活性をコントロールし、細胞の増殖と分化を促進します。CTNNB1遺伝子に変異が起こると、β-カテニンタンパク質が異常に安定し、通常なら不要時に分解されるべきものが分解されなくなります。その結果、細胞内に蓄積し、制御できない形で機能し続けます。
APC遺伝子から作られるタンパク質は、細胞内のβ-カテニンの量を調整する役割を持っています。β-カテニンが不要になると、APCタンパク質はβ-カテニンに結合し、その分解を促進します。しかし、デスモイド腫瘍を引き起こすAPC遺伝子の変異により、β-カテニンとの相互作用ができない不完全なAPCタンパク質が生じます。その結果、β-カテニンが分解されずに細胞内に蓄積し、CTNNB1やAPCのどちらの遺伝子変異によっても、細胞の無制限な増殖と分裂を促進し、デスモイド腫瘍の形成につながります。
分子遺伝学
Ecclesら(1996年)は、遺伝性デスモイド病の家系の一部の罹患者で、APC遺伝子エクソン15の3-プライム末端にヘテロ接合性の生殖細胞系列変異(611731.0025)を発見しました。デスモイド腫瘍の中には、野生型APC対立遺伝子の体細胞喪失が見られました。
Hallingら(1999年)は、アーミッシュ家系で見られる常染色体優性デスモイド病の罹患者に、APC遺伝子の切断変異(611731.0040)を同定しました。
Coutureら(2000年)は、遺伝性デスモイド病を持つフランス系カナダ人の大家族の中で、APC遺伝子のヘテロ接合体変異(611731.0045)を発見しました。この家系のデスモイド腫瘍の患者は、APC遺伝子の体細胞性変異(611731.0046)を持っていました。
体細胞変異
Sen-Guptaらによる研究(1993年):
この研究では、家族性大腸ポリポーシス(FAP)患者由来のデスモイド腫瘍組織において、染色体5qの欠失とAPC遺伝子の体細胞欠失が同定されました。APC遺伝子は大腸がんの発生に関連する重要な遺伝子であり、この発見はFAP患者におけるデスモイド腫瘍の発生機序を理解する上で重要です。
Shitohらによる研究(1999年):
この研究では、散発性疾患の患者(FAPの病歴がない)のデスモイド腫瘍組織において、β-カテニンをコードする遺伝子の体細胞変異が同定されました。β-カテニンは細胞接着やシグナル伝達に関与するタンパク質で、その変異は腫瘍の発生に影響を与える可能性があります。
これらの研究は、デスモイド腫瘍の発生における遺伝的要因を明らかにする上での重要なステップであり、腫瘍の発生機序や治療法の開発において重要な情報を提供しています。
動物モデル
疾患の別名
Deep fibromatosis
Desmoid fibromatosis
Familial infiltrative fibromatosis
Hereditary desmoid disease
Musculoaponeurotic fibromatosis
進行性線維腫症
深在性線維腫症
デスモイド線維腫症
家族性浸潤性線維腫症
遺伝性デスモイド病
筋神経線維腫症