疾患概要
Ehlers-Danlos syndrome, arthrochalasia type, 1 エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型1 130060 AD 3
エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型1(EDSARTH1)は、染色体17q21.33に位置するCOL1A1遺伝子のヘテロ接合性変異によって引き起こされる遺伝性の結合組織疾患です。COL1A1遺伝子は、I型プロコラーゲンのα1鎖をコードしており、この蛋白質は結合組織の主要な構造成分であるI型コラーゲンの重要な構成要素です。
I型コラーゲンは、皮膚、骨、腱、靱帯、血管壁などの結合組織において最も豊富なコラーゲンであり、組織の強度と弾性を提供します。COL1A1遺伝子の変異により、プロコラーゲンの正常な処理が阻害され、構造的に異常なコラーゲン線維が形成されることで、結合組織の強度が低下し、エーラス・ダンロス症候群の特徴的な症状が現れます。
関節弛緩型エーラス・ダンロス症候群は、他のエーラス・ダンロス症候群タイプとは異なり、先天性股関節脱臼の頻度の高さと極度の関節弛緩、反復する関節亜脱臼、皮膚症状の軽微さによって特徴づけられます。この疾患は、多くの場合、出生時から明らかな関節の不安定性として現れ、発達とともに様々な整形外科的合併症を引き起こす可能性があります。
COL1A1遺伝子の変異によるエーラス・ダンロス症候群関節弛緩型1では、特にエクソン6の欠失やスプライシング異常が多く見られます。これらの変異により、プロコラーゲンN-プロテイナーゼの切断部位が失われ、プロコラーゲンの正常な成熟過程が妨げられます。その結果、異常なコラーゲン線維が形成され、組織の構造的完全性が損なわれることになります。
エーラス・ダンロス症候群は、結合組織の遺伝性疾患の一群であり、皮膚の過伸展性、関節の過可動性、組織の脆弱性などの特徴を持ちます。この症候群には複数のタイプがあり、それぞれ異なる遺伝子変異と臨床的特徴を示します。関節弛緩型は、特に関節の不安定性が顕著であることから、他のタイプと区別されます。
COL1A1遺伝子の変異は、エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型1だけでなく、骨形成不全症の一部の病型の原因でもあります。これは、I型コラーゲンが多くの結合組織において重要な役割を果たしていることを反映しており、変異の種類と位置によって異なる表現型が現れることを示しています。
疾患の別名
OMIM ID: 130060
主要疾患名:
EHLERS-DANLOS SYNDROME, ARTHROCHALASIA TYPE, 1; EDSARTH1
別名・同義語:
- EHLERS-DANLOS SYNDROME, TYPE VIIA, AUTOSOMAL DOMINANT
- EDS7A
- EDS VIIA
- ARTHROCHALASIS MULTIPLEX CONGENITA
- EDS VII, MUTANT PROCOLLAGEN TYPE
- エーラス・ダンロス症候群7A型
- エーラス・ダンロス症候群VIIA型
- 関節弛緩症多発性先天性
これらの別名は、疾患の分類体系の変遷や臨床的特徴に基づいて使用されてきた歴史的経緯を反映しています。現在は国際的にEDSARTH1(エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型1)として統一された命名法が採用されています。
遺伝的不均一性
エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型2(EDSARTH2; 617821)は染色体17q21.33に位置するCOL1A2遺伝子(120160)の変異によって引き起こされます。
臨床的特徴
エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型1は、結合組織の異常によって引き起こされる遺伝性疾患であり、主に関節系と皮膚に影響を及ぼします。この疾患は、COL1A1遺伝子の変異により正常なI型コラーゲンの産生が阻害されることで、結合組織の構造的完全性が損なわれることに起因します。
関節系の異常
関節弛緩型EDSの最も特徴的な所見は、極度の関節弛緩と先天性関節脱臼です。特に股関節の先天性脱臼が高頻度で見られ、診断の重要な手がかりとなります。膝関節の脱臼も出生時から認められることがあります。関節の過可動性により、反復する関節の亜脱臼や脱臼が生じ、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
特徴的な顔貌と体型
顔面組織の弛緩により、ふっくらとした顔貌を呈することがあります。大泉門の膨隆や前頭部の突出、深いブルーの強膜、小さな顎、鼻梁の陥凹、大きな口などの特徴的な顔貌所見が見られます。過度の眼間開離(眼間隔離)も報告されています。
成長と発達の異常
低身長が一般的に見られ、成長曲線の3パーセンタイル以下になることがあります。進行性の側弯症により、身長の低下がさらに顕著になる場合もあります。胸郭の変形として軽度の漏斗胸を呈することもあります。
皮膚と結合組織の異常
皮膚の過伸展性は軽度ですが、皮膚の質感はビロードのように柔らかく感じられます。皮膚の脆弱性により、軽微な外傷でも皮膚裂傷を生じやすくなります。創傷治癒の遅延と異常瘢痕形成も見られることがあります。
骨格異常
手足の関節拘縮、特に指の屈曲拘縮が出生時から認められることがあります。内反足(club foot)や関節拘縮症(arthrogryposis)様の所見を呈する場合もあります。大腿骨の短縮や骨格の発達異常が画像検査で確認されることがあります。
その他の合併症
- 臍ヘルニアや鼠径ヘルニアなどのヘルニア形成
- 筋緊張低下(hypotonia)
- 呼吸器系の問題(胸郭変形による)
- 心血管系合併症(まれ)
- 骨折のリスク増加(骨のコラーゲン異常による)
コラーゲン線維の異常
皮膚生検による電子顕微鏡検査では、コラーゲン線維の形態異常が観察されます。線維の輪郭が不規則で、直径のばらつきが大きく、正常な周期構造が失われています。これらの超微構造的変化は、エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型の診断において重要な所見となります。
症状の重症度は個人により異なり、同じ家族内でも表現型の可変性が見られます。早期診断と適切な管理により、関節の安定性を保ち、合併症を予防することが重要です。理学療法、作業療法、整形外科的介入などの包括的なアプローチが患者の生活の質向上に寄与します。
分子遺伝学
初期の分子遺伝学的発見
Cole et al.(1986)により報告された症例では、I型プロコラーゲンのプロα1(I)鎖から24アミノ酸(136-159番目)の欠失が同定されました。この欠失領域には、NH2-プロペプチドの小球状領域、プロコラーゲンN-プロテイナーゼ切断部位、NH2-テロペプチド、およびα1(I)コラーゲン鎖のヘリックス部分の最初のトリプレットが含まれていました。
Weil et al.(1989)は、この症例でCOL1A1遺伝子のde novo変異を同定し、エクソン6のスキッピングが生じることを確認しました。D’Alessio et al.(1991)も別の症例で同様のCOL1A1変異を同定し、分子遺伝学的同質性を示しました。
エクソン6変異の重要性
Byers et al.(1997)の研究では、EDS VIIA患者においてCOL1A1遺伝子のヘテロ接合性変異によりエクソン6がスキップされることが確認されました。このエクソン6の欠失により、プロコラーゲンの正常な処理に必要なN-プロテイナーゼ切断部位が失われ、NH2-プロペプチドが持続することが判明しました。
興味深いことに、変異型線維芽細胞では、NH2-プロペプチドによるフィードバック阻害の減少により、コラーゲン産生が2倍に増加していることが観察されました。しかし、この代償メカニズムは疾患の進行を防ぐには不十分でした。
変異の分子メカニズム
COL1A1遺伝子のエクソン6変異は、主にスプライス部位変異や小規模なゲノム欠失によって引き起こされます。これらの変異により、前駆体mRNAの異常スプライシングが生じ、エクソン6がスキップされた成熟mRNAが産生されます。その結果、24アミノ酸が欠失したプロα1(I)鎖が合成され、正常なコラーゲン線維の形成が阻害されます。
表現型と遺伝子型の相関
Byers et al.(1997)の研究では、I型コラーゲンがCOL1A1鎖2本とCOL1A2鎖1本から構成されることから、COL1A1変異は全コラーゲン分子の3/4に影響を及ぼし、COL1A2変異(EDS VIIB)は半分にのみ影響することが示されました。この違いが、EDS VIIAがEDS VIIBよりも重篤な表現型を示す理由の一つとして考えられています。
超微構造的変化
Giunta et al.(2008)の電子顕微鏡研究では、EDS VIIA患者の皮膚生検において、高度に不規則で直径の変動が大きいコラーゲン線維が観察されました。これらの変化は、EDS VIIB(EDSARTH2)で観察されるものより顕著であり、分子遺伝学的診断の重要性を強調しています。
これらの研究成果は、エーラス・ダンロス症候群関節弛緩型1の分子病態の理解を深め、正確な遺伝学的診断と遺伝カウンセリングの基盤を提供しています。
遺伝形式
しかし、多くの症例は孤発例(散発例)であり、両親に変異がない新規変異(de novo変異)によって発症します。Cole et al.(1986)で報告された症例でも、両親には変異が認められず、患児における新規変異であることが確認されています。
常染色体優性遺伝疾患として、理論的には罹患者の子供が50%の確率で同じ変異を受け継ぐ可能性がありますが、実際には新規変異による孤発例が多いため、家族歴のない症例が多く見られます。遺伝カウンセリングにおいては、個々の家族の状況に応じたリスク評価と適切な情報提供が重要です。
診断基準
主要な診断基準
関節弛緩型EDSの診断には、以下の特徴的な臨床所見が重要です:
- 先天性両側股関節脱臼
- 極度の関節弛緩と関節の不安定性
- 反復する関節亜脱臼
- 筋緊張低下(乳児期)
- 皮膚症状の軽微さ(他のEDSタイプと比較して)
補助的診断所見
診断を支持する追加的な所見として以下があげられます:
- 特徴的顔貌(大泉門の膨隆、前頭部突出、深いブルーの強膜)
- 低身長と成長遅延
- 側弯症などの脊椎異常
- ヘルニア(臍ヘルニア、鼠径ヘルニア)
- 手指の関節拘縮
- 内反足や足部奇形
組織学的診断
皮膚生検による電子顕微鏡検査では、コラーゲン線維の特徴的な異常所見が観察されます:
- コラーゲン線維の輪郭の不規則性
- 線維直径の著明な変動
- 正常な周期構造の消失
Giunta et al.(2008)は、コラーゲン線維の超微構造検査の診断的価値を強調しており、分子遺伝学的検査と組み合わせることで正確な診断が可能となります。
分子遺伝学的診断
確定診断には、COL1A1遺伝子の変異解析が必要です。特にエクソン6に関連する変異の検出が重要であり、以下の変異タイプが検索されます:
- エクソン6のスキッピングを引き起こすスプライス部位変異
- エクソン6領域の小欠失・挿入
- ナンセンス変異
- フレームシフト変異
鑑別診断
他のエーラス・ダンロス症候群タイプ、特にEDSARTH2(COL1A2変異による)との鑑別が重要です。また、骨形成不全症や他の結合組織疾患との鑑別も考慮する必要があります。



