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乳がんや卵巣がんなど、一部のがんには遺伝的要因が深く関わっていることが明らかになっています。なかでもBARD1遺伝子は、遺伝性乳がんの発症に重要な役割を果たすことが近年の研究で明らかになってきました。この記事では、BARD1遺伝子の機能、がんとの関連性、そして遺伝子検査の重要性について詳しく解説します。
BARD1遺伝子とは
BARD1(BRCA1-Associated RING Domain 1)遺伝子は、2番染色体の長腕(2q35)に位置しており、BRCA1遺伝子と密接に関連する重要な遺伝子です。BARD1タンパク質はBRCA1タンパク質と直接結合し、細胞のDNA修復や細胞分裂の制御など、がん抑制に関わる重要な機能を担っています。
BARD1遺伝子の基本情報
- 正式名称:BRCA1-Associated RING Domain 1
- 染色体上の位置:2q35(2番染色体長腕)
- ゲノム座標(GRCh38):2:214,725,646-214,809,683
- 関連する疾患:乳がん感受性など
BARD1タンパク質はBRCA1タンパク質と同様に、N末端にRINGドメインとC末端にBRCTドメインという2つの保存された構造を持っています。さらに、BARD1には3つの連続するアンキリンリピートも含まれています。これらの構造は、タンパク質間相互作用や細胞の機能制御に重要な役割を果たしています。
BARD1遺伝子の機能
BARD1遺伝子は、BRCA1と協調してがん抑制に関わる複数の重要な機能を持っています。その主な働きは以下の通りです:
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DNA修復機能
BARD1-BRCA1複合体は、DNA二重鎖切断の修復に重要な役割を果たします。この複合体はRAD51タンパク質と相互作用し、相同組換え修復を促進します。この機能が損なわれると、DNA修復エラーが増加し、がん発症リスクが高まります。
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細胞周期制御
BARD1タンパク質は、細胞分裂のS期(DNA合成期)にBRCA1と共に核内ドットと呼ばれる構造に集合します。この現象はG1期では見られず、S期特異的です。この共局在化によって、細胞周期チェックポイントの適切な制御とDNA合成の正確性が保たれます。
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アポトーシスの調節
BARD1はp53タンパク質と結合してアポトーシス(細胞死)を促進します。DNA損傷を受けた細胞を積極的に排除することで、がん化を防ぐ役割を果たしています。BARD1のがん関連変異E564Hではこの機能が失われ、腫瘍抑制能が低下します。
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ユビキチンリガーゼ活性
BARD1-BRCA1複合体はE3ユビキチンリガーゼとして機能し、タンパク質にユビキチン分子を付加します。この活性はBREやBRCC3タンパク質によって増強され、DNA損傷後の細胞生存に重要です。この機能の障害は、DNA修復能の低下やがんリスクの上昇につながります。
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有糸分裂紡錘体の形成と染色体安定性の維持
BARD1-BRCA1複合体は、細胞分裂時の紡錘体極形成に不可欠です。特にTPX2という紡錘体形成因子の集積を促進し、染色体の正確な分配を助けます。この機能はE3ユビキチンリガーゼ活性に依存しており、機能不全は染色体の不安定性を引き起こし、がん発症リスクを高めます。
BARD1とBRCA1の協調作用
BARD1とBRCA1は互いにN末端のRINGドメインを介して結合し、安定した複合体を形成します。この結合はがん抑制機能に不可欠で、BRCA1の腫瘍原性変異はしばしばBARD1との結合を妨げます。マウスモデルの研究では、どちらかの遺伝子を不活化すると同様の乳がんが発症することから、両者が単一の経路で腫瘍抑制に働いていることが分かっています。
RNA代謝制御への関与
BARD1は切断刺激因子(CSTF1)と相互作用し、RNA処理の重要なステップであるポリアデニル化を調節します。特にDNA損傷時にはこの機能が重要で、修復が行われている間にRNA処理を一時的に抑制することで、ゲノムの安定性を保護しています。
BARD1遺伝子変異とがんリスク
BARD1遺伝子の病的バリアント(有害な変異)は、特に乳がんや卵巣がんのリスク上昇に関連しています。フィンランドの研究では、BARD1遺伝子のC557S変異(シスチンからセリンへの置換、601593.0001)が、がん家系の患者では健康な対照群と比較して高頻度に見られることが報告されています。
BARD1遺伝子変異と乳がんリスク
特に乳がん家系(卵巣がんの家族歴がない場合)では、BARD1のC557S変異の保有率が7.4%と、一般集団の1.4%に比べて有意に高いことが報告されています。この結果から、C557S変異は主に乳がんを誘発するアレルである可能性が示唆されています。
細胞実験では、病的と考えられるBARD1のバリアントを持つ細胞では、増殖抑制機能とアポトーシス誘導機能の両方が失われることが確認されています。一方、P24S、E153K、R658C、I738Vなどの良性多型と考えられるバリアントでは、機能喪失は見られませんでした。
BARD1とBRCA1・BRCA2との関係
研究では、BRCA1、BRCA2、BARD1、RAD51を含む複合体(BRCC)が同定されており、このタンパク質複合体はユビキチンE3リガーゼ活性を示します。この複合体はDNA損傷後の細胞生存を高める役割を果たしています。BRCA1やBARD1の機能低下は、このDNA修復機構の障害につながり、がんリスクを増加させると考えられています。
遺伝子 | 染色体位置 | 主な関連がん | リスク増加の程度 |
---|---|---|---|
BRCA1 | 17q21.31 | 乳がん、卵巣がん | 高リスク(乳がん45-65%、卵巣がん39-44%) |
BRCA2 | 13q13.1 | 乳がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がん | 高リスク(乳がん45-55%、卵巣がん11-18%) |
BARD1 | 2q35 | 乳がん、卵巣がん | 中程度のリスク増加 |
BARD1遺伝子に関する最新研究
BARD1遺伝子に関する研究は近年急速に進展しており、以下のような重要な知見が得られています。
DNA修復メカニズムにおけるBARD1の役割
2017年の研究では、BRCA1-BARD1複合体がRAD51タンパク質のリコンビナーゼ活性を促進することが示されました。具体的には、BRCA1-BARD1がシナプティック複合体(RAD51によるDNA結合の重要な中間体)の形成を促進します。この研究では、BRCA1とBARD1の両方がRAD51の刺激に不可欠であることが証明されています。
複製フォーク保護におけるBARD1の役割
2019年の研究では、複製フォーク(DNAの複製過程で形成される構造)の保護には、従来考えられていたBRCA1-PALB2の相互作用ではなく、BRCA1-BARD1複合体が必要であることが示されました。この機能はPIN1と呼ばれるリン酸化依存性プロリルイソメラーゼによって制御されており、BRCA1-BARD1とRAD51の相互作用を増強し、複製停止構造へのRAD51の集積を促進します。
臨床的に重要な発見
興味深いことに、複製フォーク保護能は低下しているものの相同組換え能は維持されているBRCA1-BARD1の遺伝的バリアントががん患者から同定されています。この発見は、BRCA1-BARD1複合体の特定のドメインが複製フォーク保護に必要であり、機能不全ががん発症に関連していることを示しています。
動物モデルにおけるBARD1研究
マウスモデルを用いた研究からも、BARD1遺伝子の重要性が明らかになっています。
Bard1をノックアウトしたマウス胚は胚性7.5日から8.5日の間に死亡します。この致死性は細胞増殖の著しい障害によるもので、アポトーシスの増加によるものではありません。Bard1/p53の二重変異胚では発生異常が部分的に改善され、致死性が胚性9.5日まで遅延します。これらの二重変異胚の細胞では、染色体の異数性が増加しており、Bard1がゲノム安定性の維持に役割を果たしていることが示唆されます。
また、マウスの乳腺上皮細胞でBard1を条件的に不活化すると、BRCA1変異マウスと同様の頻度、潜伏期間、組織病理学的特徴を持つ基底様乳がんが誘発されることが分かっています。これらの腫瘍はヒトのBRCA1変異による乳がんに類似しており、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2/neuの増幅が陰性(トリプルネガティブ)、基底サイトケラチンの発現、p53病変の頻度の増加、染色体不安定性の高レベルといった特徴を示します。
BRCA1とBARD1の機能的関連性
これらの研究結果から、BRCA1とBARD1の両方の腫瘍抑制活性はBRCA1/BARD1ヘテロダイマー(二量体)を介していることが示唆されています。つまり、どちらかの遺伝子に変異があると、共通の経路に障害が生じ、がんリスクが増加する可能性があります。
BARD1遺伝子検査の重要性
BARD1遺伝子の変異は乳がんや卵巣がんのリスク増加と関連しているため、以下のような場合には遺伝子検査を検討することが重要です:
- 乳がんや卵巣がんの家族歴がある
- 若年(45歳未満)で乳がんを発症した
- トリプルネガティブ乳がんを発症した
- 両側性乳がんを発症した
- 男性の乳がんを発症した
- 卵巣がん、膵がん、または転移性前立腺がんを発症した
- 家族にBRCA1、BRCA2、BARD1などの遺伝子変異が確認されている
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BARD1遺伝子のバリアント(変異)
BARD1遺伝子には様々なバリアント(変異)が存在し、その臨床的意義は異なります。
病的バリアント
病的バリアントとは、タンパク質の機能に悪影響を及ぼし、がんリスクを増加させる可能性のある変異です。代表的なものには以下があります:
- C557S変異(シスチンからセリンへの置換、601593.0001):乳がんリスクの増加と関連
- E564H変異(グルタミン酸からヒスチジンへの置換):アポトーシス誘導能の欠如と関連
良性バリアント
機能に影響を与えないと考えられる変異です:
- P24S(プロリンからセリンへの置換)
- E153K(グルタミン酸からリジンへの置換)
- R658C(アルギニンからシステインへの置換)
- I738V(イソロイシンからバリンへの置換)
バリアントの臨床的解釈
遺伝子バリアントは「病的」「おそらく病的」「意義不明」「おそらく良性」「良性」の5つに分類されます。BARD1遺伝子のバリアントが検出された場合、その臨床的意義を正確に評価するためには、専門的な遺伝カウンセリングが重要です。
BARD1遺伝子変異保有者のマネジメント
BARD1遺伝子の病的バリアントが確認された場合、以下のようなリスク管理を検討することが重要です:
サーベイランス(定期検診)
- 乳がんの早期発見のための定期的なマンモグラフィおよびMRI検査
- 必要に応じた卵巣がんのスクリーニング
- その他の関連がんの定期的な検診
リスク低減策
- 予防的手術(リスク低減乳房切除術や卵巣・卵管切除術)の検討
- ホルモン療法などの化学予防法の検討
- 生活習慣の改善(定期的な運動、健康的な食事、禁煙など)
個別化された対応の重要性
BARD1遺伝子変異保有者に対するリスク管理は、個人の家族歴、年齢、健康状態、生活環境などを考慮して個別化する必要があります。臨床遺伝専門医との詳細な相談を通じて、最適な管理計画を立てることが重要です。
遺伝カウンセリングの役割
BARD1を含む遺伝性がんに関連する遺伝子検査を受ける前後には、遺伝カウンセリングが非常に重要です。遺伝カウンセリングでは以下のようなサポートが提供されます:
- 個人および家族のがん歴の詳細な評価
- 遺伝子検査の適応、限界、意義についての説明
- 検査結果の詳細な解釈と意味づけ
- 検査結果に基づいたリスク管理の選択肢の提示
- 心理的・社会的な影響への支援
- 家族への情報共有に関するサポート
ミネルバクリニックの遺伝カウンセリング
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が直接遺伝カウンセリングを行い、遺伝性がんに関する不安や疑問に丁寧にお答えします。一人ひとりの状況に合わせた包括的なサポートを提供し、最適な意思決定をサポートします。
検査結果を受け取られた方へのメッセージ
BARD1遺伝子の変異が見つかったことで、驚きやショックを感じられることは自然なことです。遺伝子変異が見つかったことは、あなたやご家族の健康を守るための重要な情報となります。
ミネルバクリニックの臨床遺伝専門医は、あなたの気持ちに寄り添い、一緒に最善の選択肢を考えていきます。遺伝子変異があることを知ることで、適切な予防策や早期発見のための計画を立てることができます。
あなたは一人ではありません。私たちはいつでもサポートいたします。
まとめ
- BARD1遺伝子はBRCA1と密接に関連し、DNA修復や細胞周期制御などを通じてがん抑制に重要な役割を果たしています。
- BARD1遺伝子の病的バリアントは、特に乳がんリスクの増加に関連しています。
- BARD1とBRCA1は機能的に密接に関連しており、両者はヘテロダイマーを形成してDNA修復や染色体安定性維持に働きます。
- 遺伝子検査によってBARD1変異が確認された場合、適切なサーベイランスやリスク低減策を講じることでがんリスクを管理できます。
- 遺伝子検査の前後には、臨床遺伝専門医による詳細な遺伝カウンセリングが重要です。
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ミネルバクリニックでは、BRCA1、BRCA2、BARD1を含む複数の遺伝子を同時に調べる遺伝性がんパネル検査を提供しています。臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングと共に、あなたとご家族の健康を守るための適切な情報と支援を提供します。
不安や疑問がある方は、まずは遺伝カウンセリングにてご相談ください。
参考文献
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- Daza-Martin M, et al. (2019). Isomerization of BRCA1-BARD1 promotes replication fork protection. Nature, 571(7766), 521-527.

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