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ADSL遺伝子とは?アデニロコハク酸リアーゼの働き・構造・進化的意義をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

ADSL遺伝子(アデニロコハク酸リアーゼ遺伝子)は、私たちの細胞がエネルギーを生み出したり、DNAを複製したりするために不可欠な「プリン」という物質の代謝において、2つの全く異なる化学反応を1つの酵素で担うという他に類を見ない特異な役割を持ちます。この遺伝子はさらに、現生人類(ホモ・サピエンス)の進化の過程でネアンデルタール人と分岐した後に強力な自然選択を受けたという驚くべき事実が明らかになっており、私たちの脳の高度な発達と深く関わっている可能性が研究者たちの注目を集めています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約12分
🧬 ADSL遺伝子・プリン代謝・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. ADSL遺伝子とはどんな遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 第22番染色体長腕(22q13.1)に位置し、プリン代謝の2つの経路で触媒反応を担う酵素「アデニロコハク酸リアーゼ」をコードする遺伝子です。変異が生じるとアデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD)という重篤な神経発達障害を引き起こします。また、現生人類の進化の過程でこの酵素の活性が「意図的に低下する方向に」強力な自然選択を受けた特異な変異履歴を持ちます。

  • 遺伝子の基本情報 → 22q13.1に位置、別名ASL/AMPS/ASASE、ホモ四量体酵素をコード
  • タンパク質構造 → 3つの構造ドメイン・4つの活性部位・触媒中心はドメイン境界に形成
  • 代謝での2役 → de novo合成(SAICAR→AICAR)とプリンヌクレオチド回路(SAMP→AMP)
  • プリノソーム → 複数の合成酵素が集合する超分子複合体で基質チャネリングを実現
  • 進化遺伝学 → A429V変異と現生人類の脳進化の関係、がんへの新たな応用可能性

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1. ADSL遺伝子の基本情報:染色体上の位置と概要

ADSL遺伝子(正式名称:Adenylosuccinate Lyase)は、ヒトの第22番染色体の長腕領域(22q13.1)に位置しており、ゲノム上の絶対位置としては40,346,461 bp から 40,390,463 bp にかけてマッピングされています。データベース上の別名として ASL・AMPS・ASASE などが知られており、それぞれの表記が文献によって混在することがあります。比較ゲノム解析によると、マウス(Mus musculus)における対応遺伝子(オルソログ)は第15番染色体上に保存されており、生物種を超えた進化的な重要性が示されています。

💡 用語解説:プリンとは?

「プリン(purine)」は、アデニン(A)とグアニン(G)を含む含窒素塩基の総称です。DNAやRNAの構成成分として遺伝情報を担うだけでなく、細胞のエネルギー通貨であるATP(アデノシン三リン酸)の主成分でもあります。さらに神経伝達や免疫応答にも関与するなど、生命活動の根幹を支える物質群です。私たちの体はプリンを食事からとる「サルベージ経路」と、ゼロから自力で合成する「de novo合成経路」の2つの方法で調達しています。

ADSL遺伝子がコードするアデニロコハク酸リアーゼ(ADSL酵素)は、リアーゼ第1ファミリーに分類される酵素で、プリンヌクレオチドの新規合成(de novo合成)経路と、エネルギー代謝を調節するプリンヌクレオチド回路(PNC)の両方に不可欠な触媒として機能します。このように単一の酵素が2つの独立した代謝経路に関与するのは非常に稀な例であり、細胞内のプリン供給を効率的に調整するうえで中心的な役割を担っています。

🔎 ADSL遺伝子の基本データ 染色体位置:22q13.1 | 別名:ASL、AMPS、ASASE | コードするタンパク質:アデニロコハク酸リアーゼ(ホモ四量体) | OMIM遺伝子ID:103050

2. アデニロコハク酸リアーゼの立体構造:3つのドメインと活性部位

ADSL酵素は、同一のサブユニット4つが強固に結合したホモ四量体(homotetramer)を形成して初めて触媒活性を発揮します。この四量体は「D2二面体対称性」という高度に秩序立った立体配座を持ち、個々のモノマー(サブユニット)はさらに3つの明確な構造ドメインに分割されます。

💡 用語解説:ホモ四量体(homotetramer)とは

同じアミノ酸配列を持つ4つのタンパク質(サブユニット)が結合して1つの機能的な複合体を形成した状態を「ホモ四量体」と呼びます。ADSL酵素の場合、1つのサブユニット単独では触媒活性を持たず、4つが集まって初めて酵素として機能します。これは、4つのサブユニットが交差する境界部分に活性部位(化学反応が起こる場所)が形成されるためです。変異によってこの集合が乱れると、活性部位から遠く離れた箇所の変異であっても酵素活性が著しく低下します。

3つの構造ドメインと各機能

ドメイン アミノ酸範囲・構造 生化学的機能
ドメイン 1 N末端側 1〜93残基
7本のα-ヘリックス構造
進化的に高度に保存されたHis68(ヒスチジン68番)を内包し、四量体の空間的配置に関与する
ドメイン 2 94〜341残基
5本のα-ヘリックス+β-シート構造
His171(ヒスチジン171番)が触媒過程においてプロトンを提供する「触媒酸」として機能する。モノマー内で唯一β-シート構造を持つ
ドメイン 3 C末端領域
7本のα-ヘリックス構造
他のドメインとの立体的な相互作用を通じ、酵素全体の安定性と基質結合ポケットの形成に寄与する

酵素の活性部位(化学反応が起こる場所)は単一のドメイン内には存在せず、四量体の中で3つの異なるドメインが複雑に交差する境界部分に、合計4箇所形成されます。この構造上の特異性が、後述する疾患関連変異において「活性部位から物理的に離れた場所の変異でも酵素活性が大きく損なわれる」理由の根本となっています。

⚠️ 活性部位から離れた変異でも重篤化する理由: 活性部位から遠く離れた変異(例:R194C変異)でも、四量体全体の立体配座を不安定化させることで酵素活性を急速に失わせます。これは四量体構造が活性発現の前提となっているためです。

3. 触媒メカニズム:β-脱離反応のしくみ

ADSL酵素は触媒の分類上「β-脱離スーパーファミリー」に属し、「E1cb反応(単分子共役塩基脱離反応)」と呼ばれる精緻な2段階の化学反応を実行します。この反応はすべての生物に共通する非常に保存された機構です。

💡 用語解説:E1cb反応(単分子共役塩基脱離反応)とは

化学的に少し難しい話ですが、要点だけ説明します。ADSL酵素が基質(反応させたい物質)を受け取ると、以下の2ステップが起こります。

ステップ①:酵素中の塩基(His171)が基質のβ炭素から水素を引き抜き、「カルバニオン中間体」(負電荷を帯びた不安定な中間状態)を形成します。

ステップ②:その後速やかに「フマル酸」が脱離して最終産物が生成されます。このフマル酸はTCA回路(エネルギー産生の経路)にも取り込まれます。

さらに興味深いことに、ADSL酵素は細胞内の代謝需要に応じて活性を動的に変化させる「モルフェイン・モデル(morpheein model)」による調節を受けている可能性が示唆されています。モルフェインモデルとは、タンパク質が複数の異なる立体構造(コンフォメーション)の間を行き来することで活性をオン/オフ切り替えるアロステリック制御の一形態です。これにより、細胞の状態に応じたきめ細かなプリン代謝の調節が可能となっています。

4. プリン代謝における「2つの役割」:de novo合成とプリンヌクレオチド回路

ADSL酵素の最も際立った特徴は、生体内プリン代謝ネットワークの中で、互いに独立した2つの生化学的ステップを担う唯一の酵素であるという点です。同じ「フマル酸を脱離させる」という反応でありながら、基質と文脈が異なる2つの経路に関与しています。

ADSL酵素が触媒する2つの代謝反応

① de novo プリン合成経路

SAICAR

ADSL

AICAR

+ フマル酸 脱離

DNA・RNA合成の前駆体を供給

② プリンヌクレオチド回路(PNC)

SAMP

ADSL

AMP

+ フマル酸 脱離

筋肉・神経でのエネルギー代謝を調節

SAICAR:サクシニルアミノイミダゾールカルボキサミドリボチド AICAR:アミノイミダゾールカルボキサミドリボチド SAMP:アデニロコハク酸 AMP:アデノシン一リン酸

💡 用語解説:プリンヌクレオチド回路(PNC)とは

プリンヌクレオチド回路(Purine Nucleotide Cycle)は、主に筋肉細胞と神経系で活発に働くエネルギー代謝の調節システムです。激しい運動で筋肉が大量のエネルギーを消費するとき、このサイクルが回ることで窒素のバランスを保ちながらフマル酸(TCA回路の中間体)を補充し、エネルギー産生を維持します。ADSL遺伝子はこのサイクルの進行に欠かせないステップを担っており、筋肉の持久力や神経機能に直結しています。

ADSL酵素の機能が低下すると、これら2つの経路が滞ります。すると本来の基質である SAICAR および SAMP が細胞内に過剰蓄積し、細胞内のホスファターゼ(リン酸基を切り離す酵素)によって脱リン酸化されて、細胞膜を通り抜けられる形——SAICAr(サクシニルアミノイミダゾールカルボキサミドリボシド)とS-Ado(サクシニルアデノシン)——へと変換されます。これら2物質が体液中に漏れ出し、脳に毒性をもたらすことがアデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD)の核心メカニズムです。

🔍 関連記事:ADSL遺伝子の機能不全が引き起こす疾患について詳しくは → アデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD)の解説ページ

5. プリノソーム複合体への参加:基質チャネリングのしくみ

ADSL酵素は細胞の中で孤立して機能しているわけではありません。細胞が分裂を始めるとき、あるいは細胞内のプリン塩基が不足した環境下において、ADSLは他の複数のプリン合成酵素群と物理的に結合し、「プリノソーム(purinosome)」と呼ばれる巨大な多タンパク質複合体を形成します。

💡 用語解説:プリノソームと基質チャネリング

プリノソーム(purinosome)とは、プリン合成に関わる複数の酵素が細胞質内で集合して形成する「超分子複合体(工場のような酵素の集合体)」です。ADSLのほか、ATIC・GART・PAICS・PFAS・PPATなど、プリン合成経路の各ステップを担う酵素群が参加します。

基質チャネリング(substrate channeling)とは、ある酵素で作られた中間産物が細胞液中に拡散することなく、直接隣の酵素に受け渡されるしくみです。これにより不安定な中間体の消失を防ぎ、反応効率を劇的に高めることができます。プリノソームはまさにこの基質チャネリングを実現するための「生体内工場」です。詳しくは→ プリノソームの解説ページ

重要なのは、ADSL遺伝子の変異は酵素の触媒活性を低下させるだけでなく、このプリノソームの構造的安定性を根本から崩壊させ、複合体の組み立て(アセンブリ)自体を阻害するという点です。つまりADSL欠損症の病態は、単なる一酵素の機能不全にとどまらず、細胞内の精密な代謝システム全体の崩壊を意味しています。これが、変異の位置や種類にかかわらず重篤な症状が現れる理由の一つです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【プリノソームの崩壊が示すこと】

ADSL欠損症を「1つの酵素が欠けた病気」として単純に理解すると、治療のアプローチを誤ることがあります。プリノソームという超分子複合体が機能しなくなるということは、プリン合成工場そのものが機能停止するということです。

これは臨床上も重要で、単純に不足したプリンを外から補充しようとした治療(D-リボース療法)が、この複雑なシステムを迂回できずに失敗した大きな理由の一つと考えられています。酵素レベルの理解から複合体レベルへと研究が深化したことで、より根本に迫る治療法の開発が加速しています。

6. 組織特異的な発現プロファイル:どこで強く働いているか

ADSL遺伝子は全身に発現していますが、特にエネルギー需要が高くプリンの供給を大量に必要とする組織で発現レベルが顕著に高いことが各種データベースの解析から明らかになっています。この組織特異的な発現パターンは、ADSL遺伝子が機能不全に陥った際にどの臓器が影響を受けやすいかを理解するうえで重要な手がかりとなります。

💪 骨格筋系

大腿筋・腓腹筋・ヒラメ筋・長趾伸筋・上腕三頭筋など全身の骨格筋で高発現。筋収縮時のプリンヌクレオチド回路の需要を反映しています。

🧠 神経系

脳の脳室帯(ventricular zone)で高発現。神経系の発達時期における旺盛なDNA・RNA合成需要と一致しており、ADSLD患者の神経症状の背景となっています。

🫀 膵臓・内分泌

膵臓(特にランゲルハンス島)で高発現。インスリン分泌細胞のエネルギー代謝との関係が考えられます。

🔬 その他の組織

生殖腺・リンパ節・子宮内膜間質細胞でも高い発現レベルが確認されており、細胞増殖が活発な組織でのプリン需要を反映しています。

進化的に遠縁のモデル生物である線虫(Caenorhabditis elegans)を使った研究でも、ADSLのホモログ(adsl-1遺伝子)が動物の発生タイミング・生殖系列幹細胞の維持・筋組織の完全性・神経筋接合部(NMJ)の正常機能において重要な役割を果たすことが実証されており、この遺伝子の機能が生物進化を超えて広く保存されていることが示されています。

7. 進化遺伝学:A429V変異と現生人類の脳の謎

近年の比較ゲノム学と人類進化生物学が交差する研究分野において、ADSL遺伝子は現生人類の脳の発達と行動進化に関する驚くべき知見をもたらしています。PNAS(米国科学アカデミー紀要)などに発表された最新研究によって、現生人類のADSL遺伝子は過去の進化の過程で極めて強い正の自然選択(ポジティブ・セレクション)を受けてきた明白な痕跡を持つことが明らかになりました。

💡 用語解説:正の自然選択(ポジティブ・セレクション)とは

ある遺伝子変異が個体の生存・繁殖に有利にはたらくとき、その変異を持つ個体が子孫を多く残し、集団内での頻度が急速に高まる現象を「正の自然選択(適応進化)」と呼びます。ADSL遺伝子のA429V変異が現代人の99.99%以上に存在することは、この変異が人類の祖先に何らかの適応的メリットをもたらしたことを意味します。

A429V変異:現生人類だけが持つアミノ酸置換

ネアンデルタール人やデニソワ人などの旧人類系統から現生人類の祖先が分岐した後、ADSLタンパク質には「A429V(429番目のアミノ酸がアラニンからバリンに置き換わる変異)」というアミノ酸置換が定着しました。この変異型アレルは現代人の集団において驚異的な広がりを見せており、数百万規模の国際的なゲノムデータベース(gnomADなど)を検索しても、旧人類型の配列を持つ個体はほぼ皆無か、わずか1例が確認されるのみです。

⚠️ 進化のパラドックス:構造生化学的解析によると、A429V置換は酵素の熱力学的安定性を低下させ、ADSL活性を「意図的に」弱める効果を持つことが示されています。さらに現生人類の97%以上は、ADSL遺伝子の発現量そのものを低下させる非コード領域の塩基置換(ハプロタイプ)も保有していることが判明しており、活性と発現量の両方が二重の仕組みで引き下げられています。

なぜ酵素活性が低下する変異が「選択」されたのか

なぜ細胞の根幹代謝を担う酵素の活性を下げる変異が、これほど強力に選択されたのでしょうか。研究者たちはその答えを現生人類特有の脳機能と結びつけています。ADSL活性の低下は、酵素の基質(特にS-Ado等のプリン前駆体)を脳内に意図的に蓄積させる結果をもたらし、これらの代謝産物が脳内で神経修飾物質として作用し、高度な認知機能・社会的行動・言語能力の発達に進化的な優位性をもたらしたという仮説が提唱されています。

この仮説を検証するため、A429V変異を人工的に導入した「ヒト化マウスモデル」が作出されました。このマウスでは下流のプリン合成が低下し基質が蓄積しただけでなく、変異を持つメスマウスが野生型の同腹子より頻繁に水を求めるという特異な行動変容が確認されました。また逆に、ヒトの細胞でこの変異をネアンデルタール型に戻す編集を行うと、細胞内の下流プリン生成量が顕著に増加することも確かめられています。

この進化的トレードオフの代償として、現生人類はADSL遺伝子の機能的な「余裕(バッファー)」を極限まで削ぎ落とした状態にあります。そのため、さらに追加の病的変異が加わった際に細胞が容易に代謝不全に陥る脆弱性を、種として抱え込むことになりました。これが現代人においてADSLDが「わずかな変異で発症する」理由の一つと考えられています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【人類の知性と代謝疾患リスクは表裏一体】

この進化の話は、遺伝学を深く理解するうえで非常に示唆的です。「活性を下げる変異が選ばれた」という一見矛盾した事実は、生命の進化には常に何らかのトレードオフが伴うことを教えてくれます。ヒトの脳がここまで高度に発達できた背景に、ADSL活性の微妙な調整が関わっていた可能性があるのです。

一方で、それが現代人に「ほんの少しの変異の追加でADSLDが発症してしまう」という脆弱性をもたらしました。知性と疾患リスクが同じコインの表裏であるとすれば、ADSLDという希少疾患は人類の進化の過程そのものを体現しているとも言えます。こうした視点を持って患者さんに向き合うことが、遺伝専門医には求められると私は思っています。

8. ADSL遺伝子に関連する疾患とがん研究の最前線

アデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD)

ADSL遺伝子の両アレル性変異(常染色体潜性/劣性遺伝)によって発症するのが、アデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD;OMIM: 103050)です。1984年にJaekenらによって初めて報告されて以来、世界全体で約100〜109例程度しか報告されていない超希少疾患(オーファン疾患)です。主な症状として重度の精神運動発達遅滞・難治性てんかん・自閉症スペクトラム様行動・小頭症などが挙げられ、致死性新生児型・重症型(Type I)・軽症〜中等症型(Type II)の3病型に分類されます。疾患の詳細・診断・治療についてはこちらの疾患ページをご参照ください。

🔍 関連記事:症状・診断基準・治療戦略(アロプリノール療法・遺伝子治療)の詳細はこちら → アデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD)の解説ページ

がん生物学における新たなパラダイム

ADSL遺伝子の研究は稀な小児遺伝性疾患の枠を超え、2024〜2025年にかけて成人のがん生物学においても全く新しいパラダイムをもたらしています。最新の分子腫瘍学研究によって、ADSLが特定のがん種で腫瘍の増殖を促進する「発がんドライバー」として機能することが相次いで証明されました。

🔴 過剰発現によるがん促進

大腸がん組織でADSLは正常組織と比べて著しく発現が亢進しており、ミトコンドリア障害の回避・NRF2経路およびmTOR-MYC軸の活性化を通じて腫瘍の増殖・生存・アポトーシス抵抗性を促進することが判明しました。トリプルネガティブ乳がんでも同様の働きが報告されています。

🟣 ADSL阻害→免疫活性化

がん細胞内でADSLを特異的に阻害するか、ADSLとSTING(免疫シグナルの要となるタンパク質)の相互作用を遮断すると、STING経路が劇的に活性化されI型インターフェロンが大量分泌されます。これが腫瘍内へのCD8+ T細胞・NK細胞の浸潤を促し、抗腫瘍免疫を再活性化させることが示されています。

💡 用語解説:STING経路とI型インターフェロンとは

STING(Stimulator of Interferon Genes)は、細胞質内で異常なDNA(がん細胞や病原体由来)を感知し、免疫応答のスイッチを入れる重要なタンパク質です。STINGが活性化されるとI型インターフェロン(抗ウイルス・抗腫瘍の司令塔となるサイトカイン)が大量に分泌され、免疫細胞ががん細胞を攻撃する「ホット腫瘍」状態に変えることができます。ADSLを介したSTING活性化は、従来の免疫チェックポイント阻害薬に次ぐ新たながん免疫療法の標的として注目されています。

この一連の知見は、医学の分野間に存在する興味深いパラドックスを提示しています。小児の神経疾患(ADSLD)では「低下した酵素活性の回復」が治療目標となる一方で、成人のがん治療では「ADSLの特異的な局所的阻害」ががん免疫を再活性化させる有望な創薬ターゲットとなり得る——同じ遺伝子産物でも文脈によってアプローチが正反対になるという、現代医学の複雑さと深さを象徴する発見です。

9. ADSL遺伝子を調べる遺伝子検査

アデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD)が疑われる場合、または原因不明の神経発達障害・代謝異常の精査においてADSL遺伝子変異を調べる際には、以下の検査が選択肢となります。ご自身やお子さんの状況に合わせて、臨床遺伝専門医へご相談ください。

代謝疾患代謝疾患NGSパネル先天性代謝異常症を含む代謝疾患を網羅的に解析。ADSLを含む関連遺伝子を一度に調べられます。
新生児てんかん新生児てんかんNGSパネルADSLDの致死性新生児型・重症型で見られるてんかん発作の原因遺伝子を網羅的に解析します。
小児てんかん小児てんかんNGSパネル小児期に発症する難治性てんかんの遺伝的原因を包括的に調べます。
網羅的解析全エクソーム解析(WES)タンパク質コード領域を網羅的に解析。スプライシング異常を含む非典型的な変異の検出にも対応します。
最広域解析全ゲノム解析(WGS)イントロン・スプライシング制御領域など非コード領域の変異も検出可能。最広域の解析手法です。
未診断未診断疾患向け遺伝子検査診断がつかない稀な症状の方へ。専門医が状況に合わせた解析方針を提案します。

🏥 ADSL遺伝子・代謝疾患・希少疾患のご相談

ADSL遺伝子に関わる疾患や遺伝子検査について、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. ADSL遺伝子はどの染色体にありますか?

第22番染色体の長腕領域(22q13.1)に位置しており、ゲノム上では40,346,461 bp から 40,390,463 bp にマッピングされています。データベース上の別名としてASL・AMPS・ASASEなどがあります。マウスのオルソログ遺伝子は第15番染色体上に保存されており、この遺伝子の機能が進化を超えて高度に保たれていることを示しています。

Q2. ADSLタンパク質はどんな構造をしていますか?

同一のサブユニット4つが強固に結合した「ホモ四量体(homotetramer)」です。D2二面体対称性という立体配座を持ち、個々のモノマーは3つのドメイン(N末端:1〜93残基、中央:94〜341残基、C末端領域)から構成されます。触媒反応が起こる活性部位は四量体の3つのドメインが交差する境界部分に4箇所形成されており、この構造的特異性が「活性部位から離れた場所の変異でも重篤な影響が出る」原因となっています。

Q3. プリノソームとはどんなものですか?ADSL遺伝子との関係は?

プリノソームは、プリン合成に関わる複数の酵素(ADSL・ATIC・GART・PAICS・PFAS・PPATなど)が細胞質内で集合して形成する超分子複合体(タンパク質の集合体)です。細胞が分裂するときやプリン塩基が不足したときに形成され、酵素間で中間産物を直接受け渡す「基質チャネリング」によって極めて効率的なプリン合成を実現します。ADSL遺伝子の変異は酵素活性の低下にとどまらず、このプリノソーム自体の組み立てを阻害することが多く、疾患の重篤化に関与していると考えられています。詳しくはプリノソームの解説ページもご覧ください。

Q4. 現生人類のADSL遺伝子はネアンデルタール人と違うのですか?

はい、大きく異なります。現生人類(ホモ・サピエンス)では、ADSLタンパク質の429番目のアミノ酸がアラニンからバリンに置き換わった「A429V変異」が定着しており、世界中の現代人の99.99%以上が保有しています。この変異は酵素の熱力学的安定性を低下させ、ADSL活性を弱める効果を持ちます。さらに発現量を下げる非コード領域の変異もあわせて持っており、二重の仕組みでADSL活性が引き下げられています。これら現生人類特有の変異は、脳内でのプリン代謝産物の蓄積を通じて高度な認知機能や社会的行動の発達に貢献した進化的適応である可能性が研究者から提唱されています。

Q5. ADSL遺伝子の変異があるとどんな病気になりますか?

ADSL遺伝子の両方のコピー(アレル)に変異があると、アデニロコハク酸リアーゼ欠損症(ADSLD)という常染色体潜性(劣性)遺伝の超希少神経代謝疾患が発症します。重度の精神運動発達遅滞・難治性てんかん・自閉症様行動・小頭症などを主な症状とし、世界全体で約100例程度しか報告されていません。致死性新生児型・重症型(Type I)・軽症〜中等症型(Type II)の3つの病型があり、体液中のSAICAr/S-Ado比率が重症度の指標となります。疾患の詳細は疾患ページをご参照ください。

Q6. ADSL遺伝子の変異はどのような検査で調べられますか?

代謝疾患NGSパネル・新生児てんかんNGSパネル・小児てんかんNGSパネルなど、ADSLを含む遺伝子パネル検査のほか、全エクソーム解析(WES)や全ゲノム解析(WGS)でも検出できます。特に非典型的なスプライシング変異や非コード領域の変異が疑われる場合はWGSが推奨されます。また、初期スクリーニングとして尿中のSAICAr・S-Adoをタンデム質量分析(HPLC-MS/MS)で測定する生化学的検査も診断の入り口として有用です。具体的な検査方針については臨床遺伝専門医にご相談ください。

参考文献

  • [1] Wikipedia. Adenylosuccinate lyase. [Wikipedia]
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  • [3] MedlinePlus Genetics. ADSL gene. [MedlinePlus]
  • [4] MedlinePlus Genetics. Adenylosuccinate lyase deficiency. [MedlinePlus]
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  • [6] Adenylosuccinate Lyase activity in the Purine recycling pathway is essential for developmental timing, germline maintenance and muscle integrity in C. elegans. bioRxiv. [bioRxiv]
  • [7] Van Laer L, et al. Adenylosuccinate lyase deficiency. PMC4341013. [PMC4341013]
  • [8] The activity and expression of adenylosuccinate lyase were reduced during modern human evolution, affecting brain and behavior. PNAS. 2025. [PNAS]
  • [9] Adenylosuccinate lyase deficiency. MedLink Neurology. [MedLink]
  • [10] Allopurinol Treatment Improves Cognitive Skills, Adaptive Behavior, and Biochemical Markers in Young Patients With Adenylosuccinate Lyase Deficiency. PMC12501040. [PMC12501040]
  • [11] Adenylosuccinate lyase (ADSL) is a pan-cancer prognostic and immune biomarker with distinct roles in hepatocellular carcinoma. PMC12627297. [PMC12627297]
  • [12] Inborn Errors of Purine Salvage and Catabolism. MDPI Metabolites. 2023. [MDPI]
  • [13] Diagnosis of adenylosuccinate lyase deficiency by metabolomic profiling in plasma reveals a phenotypic spectrum. PMC4969260. [PMC4969260]
  • [14] CureADSLd. HOME. [CureADSLd]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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