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妊娠に気づく前に薬を飲んでしまった、レントゲンを撮ってしまった、お酒を飲んでしまった――そうした不安から、この記事にたどり着かれた方が多いと思います。催奇形因子(さいきけいいんし/テラトゲン)とは、胎児の発育を妨げて先天的な形の異常を引き起こしうる薬剤・化学物質・感染症・放射線などの外的要因のことです。ただし、実際に多くの方が心配されている曝露の大半は、リスクを大きく押し上げるものではありません。この記事では、催奇形性の意味、影響を受けやすい「器官形成期」という時期、そして先天異常の3〜5%という誰にでもある基礎リスクを、臨床遺伝専門医の視点から順に整理します。
Q. 催奇形因子(テラトゲン)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 母体を通じて胎児に届き、正常な発生を妨げて先天的な形の異常や機能の障害を引き起こしうる外的な要因のことです。薬剤・感染症・放射線・アルコール・母体の病気などが含まれます。ただし、ヒトで催奇形性が確立している薬剤はごく限られており、先天異常のうち催奇形因子が原因と考えられるのは全体の数%程度です。曝露があっても、時期・量・薬剤の種類によってリスクはまったく異なります。
- ➤前提となる基礎リスク → どんな妊娠にも先天異常は約3〜5%あり、ゼロにはできません
- ➤最も重要な時期 → 受精後3〜8週の器官形成期。逆に受精後2週までは「全か無かの法則」
- ➤分子メカニズム → 葉酸代謝の阻害、酸化ストレス、神経堤細胞の障害、SALL4の分解など
- ➤最も危険な行動 → 自己判断で持病の薬をやめること。てんかん・喘息・うつ病では母体悪化のほうが害になりえます
- ➤相談先 → 主治医、そして厚生労働省事業「妊娠と薬情報センター」
1. 催奇形因子(テラトゲン)とは|催奇形性の正確な意味

催奇形因子(テラトゲン)とは、母体を通して胎児に到達し、正常な発生プロセスを妨げることで、永続的な構造の異常や機能の障害を引き起こしうる外因性の要因のことをいいます[1]。含まれるものは薬剤だけではありません。感染症を起こす病原体、電離放射線、アルコールなどの嗜好品、環境中の化学物質、そして母体自身が持つ病気(コントロール不良の糖尿病やフェニルケトン尿症など)も、すべて催奇形因子として扱われます。
ここで大切なのは、「催奇形性がある」という言葉が、「曝露すれば必ず異常が起こる」という意味ではないということです。催奇形性とは、あくまで「ある特定の時期に、ある一定量以上さらされた場合に、先天異常の発生頻度を集団として押し上げる性質」を指します。ヒトで催奇形性が確立している薬剤は、実は驚くほど限られています[7]。世の中に流通している医薬品の大半については、催奇形性は証明されていません。
💡 用語解説:「奇形」という言葉について
この記事では検索してこられた方に届くよう「奇形」という語も併用していますが、現在の医学では「形態異常」「先天異常」「構造異常」という表現が推奨されています。日本の学会でも、定義があいまいであること、そして当事者やご家族の尊厳を損ないうることから、用語の置き換えが進められています。
たとえば「先天性心血管奇形」は「先天性心疾患」へ、というように言い換えが提案されています。詳しくは「奇形」という用語の解説ページと、大奇形・小奇形(Major / Minor anomalies)をご覧ください。
催奇形学が生まれるまで:グレッグとサリドマイド
20世紀の前半まで、出生時の形の違いは「純粋に遺伝的なプログラムの破綻によるもの」と考えられていました。この決定論を覆したのが、1940年代に環境因子(栄養障害や化学的刺激)が哺乳類で発生異常を起こすことを実証したジョセフ・ワルカニーの一連の実験です[2]。さらに1941年、オーストラリアの眼科医ノーマン・グレッグが、母体の風疹感染と新生児の白内障・心疾患・難聴という三徴の間に強い相関を見出しました。病原体が胎盤を越えて特異的な器官形成不全をもたらすという、ヒト催奇形因子の存在が初めて確立した瞬間です[1]。
そして1957年から1962年にかけて起きたのが、サリドマイド禍です。つわりの治療薬として安全性を強調して販売されたこの薬により、世界で1万人を超える赤ちゃんが四肢の短縮や欠損(アザラシ肢症)、耳・心臓・眼などの重い異常を持って生まれました[8]。この惨事が、新薬の承認制度に「母体だけでなく胎児への影響を系統的に評価する」という発想を強制的に持ち込みました。今日の生殖発生毒性試験の枠組みは、この悲劇の上に築かれています。
2. 奇形児の原因は何か|催奇形因子はそのうちどれくらいか
「奇形児の原因を知りたい」と検索される方に、まずお伝えしたいことがあります。それは、先天異常には、どんな妊娠にも存在する「基礎リスク(バックグラウンドリスク)」があり、その割合はおよそ3〜5%であるということです[4]。何も特別なことをしていなくても、100人のうち3〜5人には何らかの先天異常が見つかります。これはゼロにできる数字ではありません。したがって、ある薬を飲んだ方のリスクを評価するときは、必ずこの3〜5%と比べて「どれだけ増えるのか」を見る必要があります。
では、その3〜5%の内訳はどうなっているのでしょうか。先天異常の原因は、大きく次の5つに分けて考えます。
先天異常の原因の内訳(概念図)
① 染色体の異常
21トリソミーなど。数や構造の変化。
② 単一遺伝子の変化
1つの遺伝子の変化で起こるメンデル遺伝疾患。
③ 多因子(遺伝+環境)
複数の遺伝素因と環境の相互作用。心疾患・口唇口蓋裂など。
④ 催奇形因子
薬剤・感染症・放射線・アルコール・母体疾患など。全体の数%程度。
⑤ 原因不明
現時点では最も大きな割合を占めます。
ここで注目していただきたいのは、催奇形因子が原因と特定できるものは、先天異常全体のごく一部にすぎないという点です。一方で、原因が特定できていないケースが依然として大きな割合を占めています。「何かをしたから」ではなく、「原因が分からない」ことのほうがはるかに多いのが実情です。
それぞれの原因については、染色体異常の種類、遺伝形式(多因子遺伝を含む)、新生突然変異(de novo変異)の各ページで詳しく解説しています。
3. いつ曝露したかで結果が変わる|器官形成期という臨界期
催奇形学において最も重要な原則は、「同じ量の同じ物質でも、いつ曝露したかで結果がまったく変わる」ということです。この時間的な感受性の違いは、大きく3つの時期に分けて理解します[4]。
胚・胎児の感受性の時間軸
① 受精後0〜2週:全か無かの法則(All-or-None)
この時期の細胞はどの細胞にもなれる能力(全能性)を保っています。ダメージを受けても残った細胞が完全に補うため、正常に育つか、着床せずに終わるかのどちらかになります。形の異常だけが残ることは基本的にありません。
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② 受精後3〜8週:器官形成期(最も感受性が高い臨界期)
心臓・脳・四肢・顔面といった主要臓器の原型が一斉につくられます。細胞の分裂・移動・接着が分単位で進行しているため、この時期の妨害が重い構造異常(大奇形)につながります。妊娠週数でいうと、およそ妊娠5週〜10週にあたります。
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③ 受精後9週〜出生:胎児期
臓器の骨格はできあがり、成長と微細構造の成熟が中心になります。大きな構造異常のリスクは下がりますが、脳・耳・生殖器は成熟の途上にあり、発育不全や出生後の機能障害(学習面の問題など)は起こりえます。この時期の問題は「催奇形性」ではなく「胎児毒性」と呼び分けます。
⚠️ 補足:胎生週数は受精日から、妊娠週数は最終月経から数えます。妊娠週数=胎生週数+約2週です。「受精後3〜8週」は「妊娠5〜10週」にあたります。
器官ごとに臨界期は違う
同じ器官形成期のなかでも、臓器ごとに「つくられる時期」は異なります。ある器官の臨界期を過ぎてしまえば、その器官については形の異常は起こりにくくなります。たとえば口唇や口蓋の癒合は受精後6〜9週ごろに進むため、この時期を過ぎた曝露で口唇口蓋裂が新たに生じることは考えにくくなります。
なぜ器官形成期に集中するのか:胎盤がまだ完成していない
近年の発生解剖学の研究で興味深い事実が明らかになりました。それは、主要な構造異常が起こる感受性の臨界期は、母体と胎児の血液交換を本格的に担う成熟した胎盤(血絨毛胎盤)が完成するよりも前に集中しているということです[5]。この時期の胚は、母体から絨毛を介してしみ出る子宮腺の分泌物から酸素や栄養を受け取る、きわめて酸素の少ない環境で発生を進めています。血管や器官形成のシグナルはわずかな酸素濃度の変化にも敏感で、だからこそ、この局所の生理状態を乱す物質の侵入が破壊的に働きうるのです。
なお胎盤は、あらゆる有害物質を止める完璧な壁ではありません。むしろ胎児に必要な脂質やアミノ酸を効率よく取り込むための輸送体が備わっており、脂に溶けやすく分子量の小さい物質(おおむね500ダルトン以下)は、胎盤を比較的容易に通過します[6]。多くの医薬品はこの条件に当てはまります。
4. 催奇形因子はどう作用するのか|4つの分子メカニズム
かつて「なぜそうなるのか分からない」とされていた催奇形性の仕組みは、この20年ほどで急速に解明が進みました。ここでは代表的な4つの経路をご紹介します。専門的な内容ですが、「同じ薬が、どの経路に効いてしまうかによって、起こる異常のパターンが決まる」という点を押さえていただければ十分です。
① 葉酸の代謝を止めてしまう
葉酸(ビタミンB9)は、急速に分裂する胚にとって二重の意味で不可欠な物質です。ひとつはDNAの材料(プリン・ピリミジン)をつくる一炭素の供給源として。もうひとつは、遺伝子のスイッチを制御するDNAメチル化に必要なS-アデノシルメチオニンを再生するサイクルの中心として、です[6]。
葉酸サイクルと薬剤の阻害ポイント
食事由来の葉酸/葉酸サプリメント
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ジヒドロ葉酸(DHF)
【阻害】メトトレキサート・トリメトプリム・スルファサラジン(DHFR酵素を阻害)
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テトラヒドロ葉酸(THF)→ 活性型の5-MTHF
【阻害】バルプロ酸・カルバマゼピン・フェニトイン(吸収阻害/分解の亢進)
↓
DNA合成・細胞分裂/DNAメチル化による遺伝子制御
これが破綻すると → 神経管閉鎖障害・心中隔欠損・口唇口蓋裂
② 胚のなかで活性酸素が暴走する
成人の体では、薬物の解毒はおもにシトクロムP450という酵素群が担っています。ところが器官形成期の胚組織では、このP450の発現量が成人のごく一部しかありません[6]。その代わりに、プロスタグランジンH合成酵素などの過酸化酵素が局所的に強く発現しています。フェニトインやバルプロ酸といった薬剤がこの酵素によって「共酸化」されると、不安定なフリーラジカル中間体に変わり、活性酸素種(ROS)を胚のなかで一気に増やします。
この酸化ストレスは、DNAを直接傷つけ、細胞膜の脂質を過酸化させ、最終的にミトコンドリア経由のアポトーシスを引き起こして組織の芽となる細胞を死滅させます。フリーラジカルは寿命が極端に短いため母体から胚へ移行することはなく、あくまで胚のなかで局所的に生成される点が重要です。
③ 神経堤細胞の旅を妨げる
💡 用語解説:神経堤細胞(しんけいていさいぼう)
「第4の胚葉」とも呼ばれる、驚くほど多彩な細胞になれる遊走性の細胞集団です。神経管の縁で生まれたあと、胚のなかを長い距離にわたって「旅」をして、顔面の骨や軟骨、末梢神経、色素細胞、胸腺、そして心臓の大血管の流出路までをつくります。この旅が妨げられると、口唇口蓋裂・耳介の低形成・胸腺の無形成・ファロー四徴症といった一連の異常(神経堤病変)がまとめて起こります。
重症のニキビ治療に使われるイソトレチノインなどのレチノイド製剤や、エタノールは、この神経堤細胞の発達段階を選択的に狙い撃ちします[6]。分子レベルでは、細胞表面の接着因子(インテグリンやカドヘリン)の発現を乱して移動に必要なガイダンスを断つとともに、WntシグナルやBMPシグナル、Hox遺伝子群の制御を狂わせます。レチノイドの詳しい仕組みはレチノイン酸(RA)シグナルの解説をご覧ください。
④ サリドマイドの謎が解けた:SALL4の分解
サリドマイドがなぜ四肢の異常を起こすのか。半世紀以上にわたる謎は、2018年のプロテオミクス研究で決着しました[9]。サリドマイドは、細胞内でタンパク質に「分解の目印」をつけるユビキチン・プロテアソーム系の一部であるセレブロン(CRBN)に結合します。すると、本来なら結合しないはずの転写因子SALL4を引き寄せる「新しい接着面」がつくられてしまうのです[10]。
SALL4は、四肢のパターン形成、内耳・外耳、眼、心臓の流出路をつくる司令塔です。サリドマイドを橋渡し役として捕まえられたSALL4は、不可逆的に分解されてしまいます。決定的な傍証として、SALL4遺伝子に生まれつきの変化を持つ方(Duane橈骨線症候群・Holt-Oram症候群)は、サリドマイド胎児症とほぼ同じ形の異常を示します[11]。さらにこの機序は、なぜマウスやラットではサリドマイドの被害が再現できなかったのかも説明しました。ヒトのセレブロンでは388番目がバリンであるのに対し、マウス・ラットでは対応する位置がイソロイシンになっており、このアミノ酸1文字の違いのためにSALL4を引き寄せられないのです[9]。動物実験の安全性がヒトに直結しないという教訓は、ここに由来します。
5. 薬剤の催奇形因子|代表例と、リスクの「大きさ」
🔍 関連記事:胎児バルプロ酸症候群/エピシグネチャーとは/妊娠中の薬との付き合い方
以下に、ヒトで催奇形性が確立している、あるいは強く疑われている代表的な薬剤を整理します[7]。ただし表を読む前に、必ず次の2点を心に留めてください。ひとつは、この表は「服用してはいけないリスト」ではないということ。もうひとつは、自己判断で中止すること自体が、しばしば最大のリスクになるということです。
💡 用語解説:もう「カテゴリーC」では語れません(PLLR)
かつて米国FDAは薬剤の妊娠リスクをA・B・C・D・Xの5段階で示していました。しかしこの記号は「Aが安全でXに向かって危険度が直線的に上がる」という誤解を生み、十分な治療上の利益がある薬まで、妊婦さんが自己判断で中止してしまう事例が相次ぎました。
そのためFDAは2015年6月30日にPLLR(妊婦・授乳婦情報提供規則)を施行し、A〜Xの文字カテゴリーを廃止しました[26]。現在は、ヒトのデータ・動物データ・基礎リスクとの比較を文章で記述し、医師と患者さんが個別に利益とリスクを天秤にかけられる形式に変わっています。「カテゴリーCだから危ない」という語り方は、すでに過去のものです。
アルコール・タバコ・環境化学物質
アルコールは、確立したヒト催奇形因子です。米国CDCは「妊娠中に安全とされる飲酒量は知られておらず、安全な時期も存在しない」という立場をとっています[25]。胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)では、特徴的な顔つき、成長の遅れ、そして生涯にわたる学習・行動面の困難が生じうるためです。詳しくは胎児性アルコール症候群のページをご覧ください。
喫煙は、胎児発育不全や早産と強く関連します。妊娠中のタバコ・受動喫煙の影響で詳述していますが、これは受動喫煙でも同様です。また環境化学物質では、メチル水銀が中枢神経の重い障害と、鉛が発育制限や神経障害と関連することが知られています[3]。
6. 感染症・放射線・母体の病気という催奇形因子
先天感染:TORCH症候群とジカウイルス
母体の感染症のうち、胎盤を越えて胎児に影響しうるものは、頭文字をとってTORCH(トキソプラズマ、その他、風疹、サイトメガロウイルス、単純ヘルペス)と総称されてきました。近年はここに水痘・パルボウイルスB19・梅毒・HIV・ジカウイルスなどを加えた、より広い枠組みで捉えます。
✅ 不活化ワクチンの接種は、催奇形因子ではありません。むしろ風疹などの先天感染を防ぐ手段です。妊娠前の抗体確認と必要な予防接種は、最も確実な「催奇形因子対策」のひとつです。
放射線:診断用のX線・CTで中絶を検討する必要はありません
「妊娠に気づかずレントゲンを撮ってしまった」というご相談は非常に多く、そしてそのほとんどが、過度に心配する必要のないケースです。米国産科婦人科学会(ACOG)は、胎児被ばく線量が50 mGy未満では、先天異常・発育制限・流産のリスク上昇は報告されていないとしています[18]。これは診断用の画像検査で通常到達する線量の範囲を上回る値です。
たとえば胸部単純X線撮影1枚の胎児線量は0.01 mGyにも満たず、妊娠中に自然に浴びる背景放射線が約1 mGyであることを考えると、診断目的の検査を理由に妊娠の継続を諦める医学的根拠はありません。歯科用X線も同様です。もちろん不要な被ばくは避けるべきですし、腹部の遮蔽は行いますが、必要な検査を恐れて診断が遅れることのほうが、母体にとってはるかに大きなリスクとなりえます。
母体の病気そのものが催奇形因子になる場合
遺伝診療の観点から、見落とされがちですが極めて重要なのが次の2つです。どちらも「妊娠前からのコントロールで、リスクを大きく下げられる」という点で共通しています。
🧬 母体フェニルケトン尿症
お母さん自身がフェニルケトン尿症(PKU)で、血中フェニルアラニン値が高いまま妊娠すると、赤ちゃんに小頭症・心疾患・発育不全・発達の遅れが生じます。
赤ちゃん自身がPKUでなくても起こります。妊娠前から食事療法で値を管理すれば、正常な妊娠転帰が得られることが示されています[19]。
7. 曝露が心配なとき、実際に何をすればよいか
🔍 関連記事:超音波胎児スクリーニング検査/胎児ドックとは/羊水検査・絨毛検査
① 葉酸:唯一の確立した「一次予防」
催奇形因子の話は「避ける」ことに偏りがちですが、積極的に「予防する」手段も存在します。それが葉酸です。妊娠前から葉酸を摂取することで、神経管閉鎖障害(二分脊椎・無脳症)のリスクが低下することは、複数の臨床試験で確立しています。米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、妊娠を計画している、または妊娠する可能性のあるすべての方に、1日0.4〜0.8 mgの葉酸サプリメントを推奨しています[12]。
重要なのはタイミングです。神経管が閉じるのは受精後3〜4週、つまり多くの方が妊娠に気づく前です。したがって「妊娠が分かってから飲み始める」のでは遅く、妊娠前1か月以上前からの開始が必要です。神経管閉鎖障害のお子さんを出産された既往がある方など、リスクの高い方では高用量が推奨されることがありますので、必ず主治医にご相談ください。詳しくは葉酸サプリメントの効果と神経管閉鎖障害と葉酸をご覧ください。
② 相談先:厚生労働省事業「妊娠と薬情報センター」
💡 知っておいてほしい公的な相談窓口
日本には、厚生労働省の事業として2005年に設置された「妊娠と薬情報センター」(国立成育医療研究センター内)があります[27]。妊娠中・妊娠を希望される女性が、服薬の胎児への影響について、専門の医師・薬剤師に相談できる仕組みです。全国47都道府県に「妊娠と薬外来」の拠点病院が置かれています。
厚生労働省も、「医薬品を使用中に妊娠が分かった場合、ご自身の判断で使用を中断せず、医師または薬剤師に相談してください」と明確に呼びかけています[28]。この一文が、この記事全体で最もお伝えしたいことでもあります。
③ 曝露後の確認手段:超音波検査が中心です
催奇形因子への曝露があった場合、その影響を確認する主たる手段は胎児超音波スクリーニング検査です。構造の異常は超音波で評価します。ここで誤解されやすいのですが、NIPTや染色体検査は、催奇形因子による形の異常を見つける検査ではありません。これらは染色体や遺伝子の変化を調べるものであり、薬剤やアルコールによる構造異常は検出できません。
なお、超音波で構造異常が疑われた場合や、原因の鑑別が必要な場合には、羊水検査や絨毛検査が選択肢となります。羊水検査は染色体を調べるだけの検査ではなく、先天感染の診断に用いられることもあります。発育の評価については子宮内胎児発育遅延(FGR)もあわせてご参照ください。
また、変異原性(DNAに変化を起こす性質)と催奇形性は別の概念です。試験管内で変異原性を示す物質が、必ずしもヒト胎児で先天異常を起こすわけではありません[2]。この区別は、不必要な不安を避けるうえで大切です。
8. よくある誤解
誤解①「薬を飲んだからもう諦めるしかない」
受精後2週までであれば「全か無かの法則」が働き、形の異常だけが残ることは基本的にありません。またヒトで催奇形性が確立した薬剤はごく限られています。まずは、いつ・どの薬を・どれだけ服用したのかを整理して、医療者にご相談ください。
誤解②「レントゲンを撮ったから中絶すべきだ」
診断目的の画像検査で胎児が受ける線量は、先天異常のリスク上昇が報告されている水準を大きく下回ります[18]。過去の被ばくを理由に妊娠の継続を諦める医学的根拠はありません。
誤解③「父親が薬を飲むと赤ちゃんに奇形が出る」
父親の服薬が精液を介して胎児に催奇形性を及ぼすことは、原則としてありません。ただし一部の薬剤では成分が精液中に移行するため、使用中の避妊が指示される場合があります。該当するかどうかは処方医にご確認ください[28]。
誤解④「妊娠16週を過ぎればもう安全」
大きな構造異常のリスクは確かに下がります。しかし脳や生殖器の成熟は続いており、機能面の影響は起こりえます。またACE阻害薬・ARBのように、むしろ妊娠中期以降が問題になる薬もあります。「催奇形性」と「胎児毒性」は分けて考えます。
9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
🏥 妊娠中の曝露・遺伝のご相談
妊娠中のお薬、感染症、放射線への曝露についてのご不安、
そして出生前診断・遺伝カウンセリングは、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] Identifying Human Teratogens: An Update. J Pediatr Genet. [PMC4918715]
- [2] Teratology – past, present and future. [PMC3600518]
- [3] Teratogens/Prenatal Substance Abuse. Understanding Genetics, NCBI Bookshelf. [NBK132140]
- [4] Critical Periods of Development. MotherToBaby Fact Sheets, NCBI Bookshelf. [NBK582659]
- [5] A Barrier to Understanding Teratogenicity: The Critical Periods of Sensitivity for Most Structural Birth Defects Precede the Established Hemochorial Placenta. [PMC12480643]
- [6] Teratogenic mechanisms of medical drugs. Human Reproduction Update. [Oxford Academic]
- [7] Teratogenic Medications. StatPearls, NCBI Bookshelf. [NBK553086]
- [8] Thalidomide-induced teratogenesis: History and mechanisms. Birth Defects Res C. [PMC4737249]
- [9] Thalidomide promotes degradation of SALL4, a transcription factor implicated in Duane Radial Ray syndrome. eLife. [eLife 38430]
- [10] Molecular Mechanisms of the Teratogenic Effects of Thalidomide. [PMC7281272]
- [11] Integrative Role of the SALL4 Gene: From Thalidomide Embryopathy to Genetic Defects of the Upper Limb, Internal Organs, Cerebral Midline, and Pituitary. Horm Res Paediatr. [Karger]
- [12] Folic Acid Supplementation to Prevent Neural Tube Defects: Preventive Medication. US Preventive Services Task Force. [USPSTF]
- [13] Comparative Risk of Major Congenital Malformations With 8 Different Antiepileptic Drugs: A Prospective Cohort Study of the EURAP Registry. Lancet Neurol. [PubMed 30955418]
- [14] Dose-dependent risk of malformations with antiepileptic drugs: an analysis of data from the EURAP epilepsy and pregnancy registry. Lancet Neurol. [PubMed 21652013]
- [15] Lithium Use in Pregnancy and the Risk of Cardiac Malformations. N Engl J Med. [PMC5667676]
- [16] Statins: Drug Safety Communication – FDA Requests Removal of Strongest Warning Against Using Cholesterol-lowering Statins During Pregnancy (2021). U.S. FDA. [FDA]
- [17] Diethylstilbestrol (DES) Exposure and Cancer. National Cancer Institute. [NCI]
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- [19] Maternal Phenylketonuria. Pediatrics (AAP Committee on Genetics). [AAP Pediatrics]
- [20] Periconception glycemic control and congenital anomalies in women with pregestational diabetes. BMJ Open Diabetes Res Care. [PMC8070859]
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- [22] Congenital Zika Syndrome and Other Birth Defects. U.S. CDC. [CDC]
- [23] Mycophenolate (CellCept). MotherToBaby Fact Sheets, NCBI Bookshelf. [NBK582864]
- [24] Use of Angiotensin II Receptor Blockers (ARBs) in Pregnancy. UK Teratology Information Service (UKTIS). [UKTIS]
- [25] About Fetal Alcohol Spectrum Disorders (FASDs). U.S. CDC. [CDC]
- [26] Pregnancy and Lactation Labeling (Drugs) Final Rule / Labeling Resources. U.S. FDA. [FDA PLLR]
- [27] 妊娠と薬情報センター(厚生労働省事業). 国立成育医療研究センター. [国立成育医療研究センター]
- [28] 妊娠と薬. 厚生労働省. [厚生労働省]
- [29] Fast Facts: Rubella and Congenital Rubella Syndrome (CRS). U.S. CDC. [CDC]
※ジエチルスチルベストロール(DES)については、胎内曝露を受けた女性で膣・子宮頸部の明細胞腺癌の相対リスクが約40倍に上昇する一方、絶対リスクは約1,000人に1人と報告されています[17]。相対リスクと絶対リスクを区別して読むことの重要性を示す代表例です。



