目次
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精神遅滞と知的障害は、ほぼ同じ状態を指す新旧の呼び名です。精神遅滞(せいしんちたい、英語ではmental retardation)は、国際疾病分類の第10版(ICD-10)などで使われてきた古い医学用語で、今の診断基準では「知的能力障害(知的発達障害)」「知的発達症」と呼ばれています[1]。日本の法律でも、1999年4月に「精神薄弱」という言葉が「知的障害」に改められました[2]。5歳未満の子どもには、知的障害ではなく「全般的発達遅滞(GDD)」という別の言葉を使うことがあります。この記事では、精神遅滞・精神発達遅滞・知的障害・知的発達症・全般的発達遅滞の違いを表で整理し、原因を調べる遺伝子検査までを臨床遺伝専門医が解説します。
⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. 精神遅滞と知的障害の違いは何ですか?
指している状態はほぼ同じで、違うのは言葉の新しさです。精神遅滞はICD-10での呼び名で、米国精神医学会の診断基準DSM-5の日本語版では「知的能力障害(知的発達障害)」、WHOの最新の分類ICD-11では「知的発達症」と呼びます。
🧬 Q. 精神発達遅滞とは何ですか?
精神遅滞とほぼ同じ意味で使われてきた言い方です。今は「知的障害(知的発達症)」と言い換えます。知能の働きと、生活の中で年齢相応にできること(適応機能)の両方に、発達期から困難がある状態を指します。
🧬 Q. 全般的発達遅滞(GDD・全般性発達遅滞)とは何ですか?
5歳未満の子どもで、運動・言葉・社会性など2つ以上の領域に大きな遅れがある状態を指す言葉です。知能検査で正確に評価しにくい年齢で使われ、成長とともに知的障害と診断されることが多いと報告されています。
🧬 Q. 原因は遺伝子検査でわかりますか?
一部はわかります。原因のわからない発達の遅れでは、染色体マイクロアレイ検査で15〜20%、エクソーム解析で36%に原因が見つかったと報告されています。見つからなくても、遺伝の病気ではないという意味ではありません。
- ➤精神遅滞と知的障害 → 同じ状態の新旧の呼び名。今は知的障害・知的発達症と呼ぶ
- ➤言葉の移り変わり → ICD-10「精神遅滞」→ DSM-5「知的能力障害」→ ICD-11「知的発達症」
- ➤全般的発達遅滞(GDD) → 5歳未満で使う言葉。知的障害と同じとは限らない
- ➤診断と重さ → IQの数字だけでなく、生活の中での力(適応機能)で判断する
- ➤原因 → 一部は染色体・遺伝子の変化。マイクロアレイやエクソーム解析で調べる

1. 精神遅滞と知的障害の違いとは?
精神遅滞と知的障害の違いは、指している状態ではなく、言葉が使われた時代と基準の違いです。どちらも「知能の働き(考える・理解する・学ぶ力)と、生活の中で年齢相応にこなす力の両方に、子どもの時期から困難がある状態」を表しています。医学の国際的な分類では、ICD-10の「mental retardation(精神遅滞)」が、DSM-5では「intellectual disability/intellectual developmental disorder(知的能力障害/知的発達障害)」、ICD-11では「disorders of intellectual development(知的発達症)」に置き換えられました[1]。
ここで押さえておきたいのは、言葉が変わっただけでなく、診断の考え方も変わってきたことです。以前の診断基準(DSM-IV)でも、知的機能の低下に加えて適応機能の障害が診断に必要とされていましたが、重症度の分類には主としてIQ(知能指数)の区分が用いられていました。これに対してDSM-5では、特定のIQの数値だけで診断や重症度を決めるのではなく、臨床評価と標準化された知能検査による知的機能の評価に加え、日常生活での適応機能を重視しています[3]。
つまり、カルテや古い書類に「精神遅滞」「精神発達遅滞」と書かれていても、今の言葉でいう「知的障害」「知的発達症」とほぼ同じ状態を指していると考えてかまいません。ただし、その書類が作られた時代の基準(IQだけで判断したのか、生活の力も評価したのか)によって、同じ言葉でも判断の中身が少しずつ違うことがあります。
精神遅滞の読み方と、英語・略語(MR)
精神遅滞は「せいしんちたい」と読みます。英語の mental retardation の訳語で、医学の文書では頭文字をとって「MR」と書かれることがあります。retardation は「遅れ」という意味の英語です。現在の英語の医学用語では、intellectual disability(ID)または intellectual developmental disorder(IDD)が使われています[1]。
米国では2010年に「ローザ法(Rosa’s Law)」が成立し、連邦の法律に出てくる「mental retardation」が「intellectual disability」に改められました[4]。英語の論文や海外の資料を読むときに、年代によって MR と ID が混在しているのはこのためです。古い論文の「MR」は、今の「ID」と同じ対象だと読み替えてください。
💡 用語解説:適応機能(てきおうきのう)
適応機能とは、身の回りのこと、人とのやりとり、お金や時間の管理など、年齢や暮らしている社会の中で求められることを、自分でこなす力のことです。DSM-5では「概念的(読み書き・数・時間など)」「社会的(人づきあい・コミュニケーションなど)」「実用的(身の回りのこと・家事・仕事など)」の領域で見ます。知的障害かどうか、どのくらいの支援が必要かは、知能検査の点数に加えて、この適応機能を見て判断します。
なぜ今は「精神遅滞」という言葉を使わないのか
医学の診断基準と法律の両方が、より新しい言葉に改められたためです。日本では、平成10年(1998年)に「精神薄弱の用語の整理のための関係法律の一部を改正する法律」が公布され、1999年4月1日から、精神薄弱者福祉法が「知的障害者福祉法」に改められるなど、法律の中の「精神薄弱」が「知的障害」に置き換えられました[2]。厚生労働省も、この改正を行政の用語を変えた例として挙げています[5]。
医学の側でも、WHOの作業部会は、ICD-11に向けて「mental retardation」を「intellectual developmental disorders」に置き換えることを提案しました。「developmental(発達の)」という言葉を入れたのは、一生を通じた発達の過程として見るという考え方を表すためだと説明されています[6]。言葉の変更は、単なる言い換えではなく、障害を「固定した遅れ」ではなく「支援によって変わりうる発達の状態」としてとらえ直す流れの中にあります。
🩺 院長コラム【古い診断名を見つけたときに】
お子さんやご家族の古い診断書に「精神遅滞」と書かれているのを見て、強い言葉に驚かれる方もいると思います。この言葉は、当時の診断基準で使われていた医学用語であって、その人の価値を表すものではありません。
言葉が変わってきた背景には、IQの数字だけで人を区切らず、生活の中でどんな支援があれば力を発揮できるかを見る、という考え方の変化があります。臨床遺伝専門医としては、言葉の新旧よりも、その状態の原因が何か、ご本人とご家族に次に何が役立つかを考えることが大切だと考えています。
2. 精神遅滞・知的障害・知的発達症:呼び名の移り変わり
同じ状態が、分類・診断基準・法律ごとに違う名前で呼ばれてきました。病院の書類はICD(WHOの国際疾病分類)、心理・精神科の診断はDSM(米国精神医学会の診断基準)、行政や福祉は日本の法律の言葉を使うため、一人の人の書類の中に、複数の呼び名が並ぶことがあります。次の表に、主な呼び名をまとめます。
📘 精神遅滞から知的障害・知的発達症への呼び名の移り変わり
| 基準・法律 | 英語 | 日本語の呼び名 |
|---|---|---|
| ICD-10(WHO) | mental retardation(F70〜) | 精神遅滞 |
| DSM-5(米国精神医学会・2013年) | intellectual disability/intellectual developmental disorder | 知的能力障害/知的発達障害 |
| ICD-11(WHO・2022年発効) | disorders of intellectual development | 知的発達症 |
| 日本の法律(1999年4月〜) | ― | 知的障害(それまでは「精神薄弱」) |
| 米国の法律(ローザ法・2010年) | mental retardation → intellectual disability | ― |
※日本語の病名は日本精神神経学会の資料[1]、ICD-10のコードは[6]、DSM-5の年は[3]、ICD-11の発効は[7]、日本の法律は[2]、米国の法律は[4]による。
医学の診断基準での呼び名(ICD・DSM)
今の医学では、ICD-11の「知的発達症」と、DSM-5の「知的能力障害(知的発達障害)」が使われています。日本精神神経学会の資料では、ICD-10の「mental retardation」の訳が「精神遅滞」、DSM-5の訳が「知的能力障害/知的発達障害」、ICD-11の「disorders of intellectual development」の訳が「知的発達症」と示されています[1]。ICD-11は、2022年に各国の統計・報告に使う分類として正式に発効しました[7]。
ICD-10での精神遅滞は、F70から始まる区分のコードで表されてきました[6]。「精神遅滞 傷病名コード」「精神遅滞 icd」といった検索が多いのは、書類の上ではいまもこの分類が目に入る場面があるためだと考えられます。書類に書かれた名前が古くても、指している状態は同じです。
米国知的・発達障害協会(AAIDD)も、知的障害を「知的機能と適応行動の両方に大きな制限があり、22歳になる前に始まる状態」と定義しています[8]。「何歳までに始まるか」は資料によって表し方が異なりますが、どれも「発達期(子どもから若い大人になるまでの時期)に始まる」という点では一致しています。大人になってから脳の病気やけがで知的な力が落ちた場合は、知的障害ではなく、別の病名(認知症や脳損傷の後遺症など)で扱われます。
日本の法律・行政での呼び名(精神薄弱から知的障害へ)
日本の法律では、1999年4月1日から「精神薄弱」が「知的障害」に改められました。このとき、精神薄弱者福祉法の題名が「知的障害者福祉法」に変わったほか、児童福祉法や障害者の雇用の促進等に関する法律、学校教育法など、多くの法律の言葉がまとめて改められています[2]。
そのため、福祉や教育の窓口で使われるのは「知的障害」という言葉です。一方、医療機関の診断書では、使っている分類によって「精神遅滞」「知的能力障害」「知的発達症」など、別の言葉が書かれることがあります。書類どうしで言葉が違っても、指している状態が違うわけではありません。気になるときは、書類を作った医療機関に、どの基準で書いたものかを確かめると安心です。
3. 精神発達遅滞とは?発達遅滞・発達障害との違い
精神発達遅滞とは、精神遅滞とほぼ同じ意味で使われてきた古い言い方で、今の言葉では知的障害(知的発達症)にあたります。「精神の発達が遅れている」という字のとおり、知的な力の発達が年齢の平均よりはっきり遅く、生活の中で支援が必要な状態を指してきました。日本の医療の書類では「精神遅滞」より「精神発達遅滞」と書かれることもあり、どちらで書かれていても、現在の診断基準に当てはめると知的障害の範囲の話だと考えてよい言葉です。
似た言葉に「発達遅滞」があります。発達遅滞は、運動・言葉・社会性など、発達のどこかが年齢の目安より遅れている状態を広く指す言葉で、知的障害とは限りません。たとえば、歩き始めが遅いだけで知的な発達には問題がない子もいます。発達の遅れが複数の領域にまたがり、5歳未満で知能を正確に測れない時期には、次の章で説明する「全般的発達遅滞」という言葉が使われます。
精神遅滞(知的障害)と発達障害の違い
知的障害は、自閉スペクトラム症やADHD(注意欠如・多動症)と同じ「神経発達症(neurodevelopmental disorders)」のグループに入る状態の1つです。DSM-5は知的障害を、子どもの時期に始まる神経発達症の1つとして定義しています[3]。日常会話で「発達障害」というと、自閉スペクトラム症・ADHD・学習障害(限局性学習症)を指すことが多く、知的な遅れのない人も多く含まれます。
両者の違いをひとことで言うと、知的障害は「知的な力の全体的な遅れ」が中心で、自閉スペクトラム症は「人とのやりとりや、こだわりの強さ」が中心です。ただし、知的障害と自閉スペクトラム症を両方もつ人は少なくなく、原因になる遺伝子や染色体の変化も一部が重なっています。発達障害と染色体の変化の関係は、神経発達障害と知的障害(染色体異常との関係)で詳しく解説しています。
4. 全般的発達遅滞(GDD・全般性発達遅滞)とは?
全般的発達遅滞(global developmental delay:GDD)とは、5歳未満(60か月未満)の子どもで、運動・言葉・社会性など、2つ以上の発達の領域に大きな遅れがある状態を指す言葉です。米国神経学会の診療指針に基づく定義で、DSM-5の診断にも用いられています[9]。「全般性発達遅滞」「全般的発達遅延」「全般性発達遅延」と書かれることもありますが、どれも同じ global developmental delay の訳です。
5歳未満で別の言葉を使うのは、幼い子どもでは知能検査を正確に、くり返し安定して行うことが難しいためです。発達の速さには個人差が大きく、ある時期に遅れて見えても、その後の伸び方はさまざまです。そこで、知的障害と決める前の段階の言葉として、全般的発達遅滞が使われます。
全般的発達遅滞と診断された子どもの多くは、成長してから知的障害と診断されると報告されています[9]。一方で、全般的発達遅滞という言葉は「知的障害が確定した」という意味ではありません。同じ研究では、全般的発達遅滞の子ども521人のうち62.3%が自閉スペクトラム症の基準も満たしていたと報告されており[9]、遅れの背景にはさまざまな状態が含まれることがわかります。
🧒 全般的発達遅滞(GDD)と知的障害の違い
| 項目 | 全般的発達遅滞(GDD) | 知的障害(知的発達症) |
|---|---|---|
| 使う年齢 | 5歳未満 | 知能と適応機能を評価できる年齢から(発達期に始まる) |
| 見るもの | 運動・言葉・社会性などの2つ以上の領域の遅れ | 知的機能と適応機能の両方の困難 |
| 位置づけ | 幼児期に複数領域の発達の遅れを認め、知的機能を十分に評価できない場合などに用いる診断 | 知能検査と適応機能の評価で診断する |
| その後 | 多くは知的障害と診断されるが、全員ではない | 支援の必要度は適応機能で見直していく |
全般的発達遅滞と言われた段階でも、原因を調べることには意味があります。原因によっては、合併しやすい体の病気(心臓・てんかん・甲状腺など)に早く備えられたり、次のお子さんで同じことが起こる確率がわかったりするためです。原因の調べ方は第6章で説明します。
また、全般的発達遅滞という言葉は、お子さんの将来を決めつけるものではありません。発達の評価は一度で終わりではなく、成長に合わせてくり返し行われ、その結果によって、知的障害と診断されたり、自閉スペクトラム症など別の状態が中心だとわかったりします。今の時点での「遅れの広がり方」を表す言葉だと考えると、受け止めやすくなります。
5. 知的障害の診断はIQだけで決まらない(精神遅滞のIQとの違い)
知的障害の診断には、①知的機能の困難、②適応機能の困難、③それが子どもの時期に始まっていること、の3つが必要です。DSM-5では、①は臨床的な評価と個別に行う標準化された知能検査で確かめ、②は年齢や社会の標準に照らして生活に大きな支障があるかで判断します[3]。
「精神遅滞のIQはいくつか」という質問がよくあります。知能検査は平均が100になるように作られています。知的障害の目安は、平均より標準偏差2つ分ほど低いこと(測定の誤差を含めておよそ65〜75)とされています[10]。ただし、IQの値には測定の誤差があり、信頼区間(本当の値が入っていると考えられる幅)をつけて報告されます[3]。IQが70を少し超えていても、生活の困難が大きければ知的障害と判断されることがあり、反対にIQだけが低くても生活の力が保たれていれば、知的障害とはされません。
重さ(軽度・中等度・重度・最重度)は生活の力で分ける
DSM-5では、知的障害の重さを、IQではなく日常生活の力(適応機能)で分類します。以前のDSM-IVでは重さをIQの区分だけで決めていましたが、DSM-5は特定のIQの数値を診断の条件から外しました[3]。重さは軽度・中等度・重度・最重度の4段階で、知的障害のある人の多くは軽度に分類されます。
📊 知的障害の重さと、おおよその割合
| 重さ | 知的障害のある人の中の割合 | DSM-5での決め方 |
|---|---|---|
| 軽度 | 約85% | 概念的・社会的・実用的な領域で、日常生活にどのくらいの支援が必要かで分ける |
| 中等度 | 約10% | |
| 重度 | 約3.5% | |
| 最重度 | 約1.5% |
※割合と重さの決め方は米国科学・工学・医学アカデミーの報告書[3]による。
軽度の知的障害は、幼児期には目立たず、学校で勉強が始まってから気づかれることもあります。軽度知的障害の特徴や、学校・仕事での支援については、軽度知的障害とはで詳しく解説しています。
言語性IQ・動作性IQとの関係
IQは1つの数字だけでなく、言葉の力と、目で見て考える力などに分けて見ることもあります。以前のウェクスラー式知能検査では、全体のIQ(全検査IQ)を、言語性IQ(VIQ)と動作性IQ(PIQ)に分けて表していました。2つの差が大きいときは、得意・不得意の偏りがあると考えますが、差だけで発達障害や知的障害を診断することはできません。
それぞれの意味や、今の検査での表し方は、言語性IQ(VIQ)とはと動作性IQ(PIQ)とはで解説しています。ダウン症候群のIQについては、ダウン症の特徴と知能指数(IQ)をご覧ください。
6. 遺伝・医療とのつながり:知的障害の原因はどう調べる?
知的障害の原因はさまざまで、わからないことも多い一方、一部は染色体や遺伝子の変化で起こり、検査で見つけられます。米国の報告書は、ダウン症候群を知的障害の遺伝的な原因として最も多いものとしてあげる一方、原因がわからない例も多いと述べています[3]。原因には、染色体の数や構造の変化、染色体の一部の小さな欠失・重複、1つの遺伝子の変化、妊娠中や出産時の要因、生まれたあとの病気などがあります。
遺伝が関わる原因の代表に、脆弱X症候群があります。典型的には、FMR1遺伝子のCGGという3つの塩基のくり返しが200回を超えて伸び、遺伝子の異常なメチル化によってFMR1の働きが抑えられ、FMRPというタンパク質が不足することで起こります。男性ではおよそ4,000人に1人、女性では8,000人に1人にみられると報告されています。男性の多くは軽度から中等度の知的障害を伴います[11]。お母さんから受け継がれることがあり、家系の中で知的障害のある男性がくり返しみられることがきっかけで見つかる場合もあります。詳しくは脆弱X症候群で解説しています。
脆弱X症候群には、生まれる前に両親の保因者検査で備えることもできます。FMR1遺伝子のCGGリピートが約55〜200回の状態を前変異(プレミューテーション)、200回を超える状態を完全変異といいます[12]。前変異をもつお母さんから子どもに伝わるとき、リピートが伸びて完全変異になることがあり、その伸びやすさは、お母さんのリピートの数や、リピートの間にはさまるAGGという配列の数によって変わります。55回以下のリピートが伝わって脆弱X症候群が起きた例は、これまで知られていません[12]。
前変異をもつ女性は、10万人あたり344人(約290人に1人)と推定されています。症状のないまま何世代も前変異が受け継がれ、完全変異が生じて初めて気づかれる家系も多いため、家族に患者さんがいなくても保因者であることがあります[12]。当院の拡大版保因者検査のうち、女性787遺伝子と女性1009遺伝子の検査にはFMR1が含まれています(X染色体の遺伝子のため、男性版の714遺伝子・911遺伝子には含まれません)。どちらもオンライン診療で受けられ、唾液や頬の粘膜の検体でも受けられます。NIPTと同じ日に採血して受けたい方は、ファミリーセーフティ プラスを選ぶこともできます(ファミリーセーフティ プラスは単独では受けられません)。
マイクロアレイとエクソーム解析で原因が見つかる割合
原因のわからない発達の遅れ・知的障害では、染色体マイクロアレイ検査で15〜20%、エクソーム解析で36%に原因が見つかったと報告されています。2010年の国際的な合意声明は、原因のわからない発達の遅れ・知的障害・自閉スペクトラム症・多発奇形で、染色体マイクロアレイ検査の診断率が15〜20%と、従来の染色体検査(Gバンド法、ダウン症候群などの見てわかる染色体の病気を除くと約3%)より高いことを示し、マイクロアレイを最初に行う検査として勧めました[13]。
その後、エクソーム解析(たんぱく質を作る部分の遺伝子をまとめて読む検査)の研究が積み重なり、30本の論文をまとめた2019年の解析では、原因のわからない神経発達症でのエクソーム解析の診断率は全体で36%、知的障害や発達の遅れだけの人で31%、ほかの症状(てんかん・奇形など)を伴う人で53%でした[14]。こうした結果を受けて、米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)は2021年、先天異常・発達の遅れ・知的障害のある子どもに、エクソーム解析・全ゲノム解析を最初またはその次の検査として考えることを強く勧める指針を出しています[15]。
🔬 知的障害・発達の遅れの原因を調べる主な検査
| 検査 | 見つけられる変化 | 報告されている診断率 |
|---|---|---|
| 染色体検査(Gバンド法) | 染色体の数の変化、大きな構造の変化(転座など) | 約3%(見てわかる染色体の病気を除く) |
| 染色体マイクロアレイ検査 | 顕微鏡では見えない染色体の小さな欠失・重複 | 15〜20% |
| エクソーム解析 | 遺伝子の1文字の置きかわり、小さな欠けや入り込みなど | 36%(ほかの症状を伴う場合53%) |
※Gバンド法とマイクロアレイの数字は[13]、エクソーム解析は神経発達症を対象にした解析[14]による。対象となった人の条件によって数字は変わります。
ここで大切なのは、検査で原因が見つからなかったとしても、「遺伝とは関係がない」と決まるわけではないことです。それぞれの検査には得意な変化と苦手な変化があり、今の技術では見つけにくい変化や、まだ病気との関係がわかっていない遺伝子もあります。どの検査から始めるかは、症状の組み合わせや家族歴によって変わります。
🩺 院長コラム【「原因がわかる」ことの意味】
知的障害の原因がわかっても、それで知的障害が治るわけではありません。それでも原因を調べる意味はあると考えています。原因によって、合併しやすい体の病気、成長の見通し、次のお子さんで同じことが起こる確率が大きく変わるからです。
原因が遺伝子の新しい変化(ご両親から受け継いだものではない変化)なら、次のお子さんでの確率は低いことが多く、ご両親から受け継ぐ形の病気なら、ご兄弟や親戚にも関わる情報になります。結果は家族全体に関わるため、検査の前後に、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで意味を確かめることが大切だと考えています。
当院で受けられる、知的障害の原因を調べる検査
当院では、知的障害・発達の遅れの原因を調べる遺伝子検査を、目的に合わせて選べるようにしています。知的障害・発達の遅れ・学習障害に関わる689遺伝子を調べる遺伝子パネル、染色体の欠失・重複と片親性ダイソミー、FMR1遺伝子のリピート伸長(脆弱X症候群)を1回で調べる染色体シーケンス解析(CSA)、マイクロアレイ染色体検査、FMR1リピート伸長検査、X連鎖知的障害パネル(114遺伝子)、約2万の遺伝子を調べる全エクソーム検査(WES)などがあります。
ほかの検査で原因がわからなかったお子さんには、原因不明の症状の遺伝子検査(WES/WGS)もあります。検査によっては、血液のほか唾液や頬の粘膜でも受けられ、唾液や頬の粘膜で受けられる検査は、オンライン診療で遺伝カウンセリングを受けたあとに検体を送って受けることもできます。当院の遺伝子検査と遺伝カウンセリングは自費診療です。陰性の結果は「今回調べた範囲では見つからなかった」という意味で、すべての原因を否定するものではありません。どの検査が合うかの全体像は、知的障害・発達障害の遺伝子検査のページでまとめています。
原因を調べる検査を選ぶときに確かめたいこと
どの医療機関で検査を受ける場合でも、受ける前に「何を調べ、何は調べないか」と「結果をどう読むか」を確かめておくことが大切です。知的障害の原因を調べる検査は種類が多く、同じ「遺伝子検査」という名前でも、見つけられる変化が大きく違います。次の5つを、検査の前に確かめておくと、結果を受け取ったときに迷いにくくなります。
1つ目は調べる範囲です。染色体の小さな欠失・重複を調べる検査なのか、遺伝子の1文字の変化を調べる検査なのか、脆弱X症候群のようなリピートの伸長まで含むのかを確かめます。遺伝子パネルでも、解析方法によっては遺伝子やエクソン単位の欠失・重複を検出できますが、対応範囲は検査ごとに異なります。リピート伸長についても専用の解析が必要となることが多いため、FMR1のCGGリピート伸長が検出対象に含まれるかを確認する必要があります。2つ目は結果の読み方です。原因と判断される変化(病的バリアント)のほかに、今の知見では意味が決められない変化(VUS)が報告されることがあります。3つ目は、検査の前後に遺伝カウンセリングを受けられるかどうかです。
4つ目は、ご両親の検体もあわせて調べるかどうかです。お子さんとご両親の3人を一緒に調べる方法(トリオ解析)では、見つかった変化がご両親から受け継いだものか、新しく起こったものかがわかり、次のお子さんでの確率を考える手がかりになります。5つ目は結果までの期間で、当院の場合、染色体シーケンス解析は調べる範囲によって2〜7週、全エクソーム検査は5〜7週が目安です。
妊娠中にわかること:NIPTで調べられる原因の一部
知的障害の原因になる染色体や遺伝子の変化の一部は、妊娠中にNIPTで調べることができます。当院のNIPT(新型出生前診断)では、22q11.2欠失症候群を全プラン(スタンダード・プレミアム・ダイヤモンド・双子マックス・インペリアル)で、レット症候群をダイヤモンドプランとインペリアルプランで、フェラン・マクダーミッド症候群をインペリアルプランで、16p11.2欠失・重複を双子マックスプランとインペリアルプランで調べられます。
ただし、NIPTでわかるのは原因の一部です。陰性でも、知的障害や発達の遅れがないとは言えません。脆弱X症候群は、FMR1遺伝子リピート伸長検査や保因者検査で調べます。陽性の場合は、羊水検査などの確定検査で確かめる必要があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 精神遅滞と知的障害は同じ意味ですか?
ほぼ同じ状態を指す新旧の呼び名です。精神遅滞はICD-10などで使われてきた古い医学用語で、今はDSM-5の日本語版で「知的能力障害(知的発達障害)」、ICD-11で「知的発達症」と呼ばれます。日本の法律では1999年4月に「精神薄弱」が「知的障害」に改められました。
Q2. なぜ精神遅滞という言葉を使わなくなったのですか?
医学の国際的な分類(ICD・DSM)と日本の法律が、より新しい言葉に改められたためです。あわせて、IQの数字だけで判断するのではなく、生活の中での力(適応機能)を重く見て、必要な支援を考えるという考え方に変わってきました。
Q3. 精神遅滞(知的障害)はIQいくつからですか?
知能検査の平均は100で、知的障害の目安は、平均より標準偏差2つ分ほど低いこと(測定の誤差を含めておよそ65〜75)とされています。ただしIQには測定の誤差があり、DSM-5では特定のIQの数値を診断の条件にせず、生活の中での困難の大きさとあわせて判断します。重さも、IQではなく適応機能で分類します。
Q4. 全般的発達遅滞(全般性発達遅滞)は知的障害と同じですか?
同じではありません。全般的発達遅滞は、5歳未満の子どもで2つ以上の発達の領域に大きな遅れがある状態を指す言葉で、知的障害と決める前の段階で使われます。成長とともに知的障害と診断されることが多いと報告されていますが、全員がそうなるわけではありません。
Q5. 精神遅滞と発達障害の違いは何ですか?
知的障害(精神遅滞)は、自閉スペクトラム症やADHDと同じ神経発達症のグループに入る状態の1つで、知的な力の全体的な遅れが中心です。日常会話の「発達障害」は自閉スペクトラム症・ADHD・学習障害を指すことが多く、知的な遅れのない人も含まれます。両方をあわせもつ人もいます。
Q6. 知的障害の原因は遺伝子検査でわかりますか?
一部はわかります。原因のわからない発達の遅れ・知的障害では、染色体マイクロアレイ検査で15〜20%、神経発達症を対象にしたエクソーム解析で36%に原因が見つかったと報告されています。原因が見つからなくても、遺伝が関係しないという意味ではありません。
Q7. 検査や治療はできますか?
当院では、知的障害・発達の遅れの原因を調べる遺伝子検査(遺伝子パネル、染色体シーケンス解析、マイクロアレイ染色体検査、全エクソーム検査など)を、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングとあわせて行っています。検査によっては唾液や頬の粘膜でも受けられます。当院の遺伝子検査と遺伝カウンセリングは自費診療です。
まとめ
精神遅滞と知的障害は、ほぼ同じ状態を指す新旧の呼び名です。精神遅滞(精神発達遅滞)はICD-10などで使われてきた古い医学用語で、今はDSM-5の「知的能力障害(知的発達障害)」、ICD-11の「知的発達症」と呼ばれます[1]。日本の法律では1999年4月に「精神薄弱」が「知的障害」に改められました[2]。5歳未満で2つ以上の領域に遅れがある場合には、知的障害と決める前の言葉として全般的発達遅滞(GDD)が使われます[9]。
知的障害の診断と重さは、IQの数字だけでなく、生活の中での力(適応機能)で判断されます[3]。原因の一部は染色体や遺伝子の変化で、マイクロアレイやエクソーム解析で見つかることがあります[13][14]。原因がわかると、合併症への備えや、ご家族にとっての意味が見えてきます。
🧬 知的障害・発達の遅れの原因を調べたい方へ
当院では、知的障害・発達の遅れの原因を調べる遺伝子検査(遺伝子パネル・染色体シーケンス解析・マイクロアレイ・全エクソーム検査など)を、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングとあわせて行っています。検査を受けるかどうかまだ決めていない方は、どの検査で何がわかり、結果をどう受け止めればよいかを先に知的障害・発達障害の遺伝子検査のページでご覧ください。
参考文献
- [1] 日本精神神経学会(神庭重信). これまでの日本精神神経学会での病名検討の経緯. 2019年9月26日(厚生労働省 掲載資料). [厚生労働省]
- [2] 精神薄弱の用語の整理のための関係法律の一部を改正する法律(平成10年9月28日法律第110号). 衆議院 制定法律. [衆議院]
- [3] National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine. Chapter 9: Clinical Characteristics of Intellectual Disabilities. In: Mental Disorders and Disabilities Among Low-Income Children. Washington, DC: The National Academies Press; 2015. [National Academies]
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