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ベイズの定理とは、ひとことで言えば「結果から原因をさかのぼり、新しい情報を受けて確率を更新する」ための数式です。条件付き確率という高校数学の考え方から生まれたシンプルな等式ですが、この「確率を更新する」という発想は、迷惑メールの振り分けや人工知能(AI)だけでなく、病気の検査で「陽性」と出たときに、本当に病気である確率を考えるうえでも欠かせません。この記事では、ベイズの定理とは何か、公式と各項の意味、条件付き確率との違い、そして病気の検査や出生前診断(NIPT)の陽性的中率まで、臨床遺伝専門医の視点で順を追ってわかりやすく解説します。
Q. ベイズの定理とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. ベイズの定理とは、「原因→結果」の確率がわかっているときに、逆向きの「結果→原因」の確率を求めるための等式です。公式は P(A|B) = P(B|A) × P(A) ÷ P(B) と書けます。もともと持っていた確率(事前確率)を、新しく得られたデータ(尤度)で更新し、更新後の確率(事後確率)を求める——この「確率のアップデート」がベイズの定理の本質です。病気の検査でいえば、検査を受ける前の確率(検査前確率)を、検査結果を踏まえて検査後の確率(検査後確率)へ更新するのと同じ計算になります。
- ➤本質 → 「結果から原因をさかのぼる」+「新しいデータで確率を更新する」道具
- ➤公式の4つの部品 → 事前確率・尤度・事後確率・周辺確率(周辺尤度)
- ➤条件付き確率との違い → P(A|B) を、逆向きの P(B|A) から求めるのがベイズの定理
- ➤医療での意味 → 検査前確率=事前確率、検査後確率=事後確率。両者を結ぶのがベイズの定理
- ➤重要な帰結 → 病気がまれ(有病率が低い)なほど、陽性でも本当に病気とは限らない
🧮 ベイズの定理の4つの部品(数学の用語と医療の用語の対応)
| 記号 | 数学での呼び名 | 意味 | 病気の検査での対応 |
|---|---|---|---|
| P(A) | 事前確率 | データを見る前の、原因Aの確率 | 検査前確率(有病率など) |
| P(B|A) | 尤度(ゆうど) | 原因Aのもとで結果Bが出る確率 | 感度など(病気の人が陽性になる確率) |
| P(B) | 周辺確率(周辺尤度) | 原因を問わず結果Bが出る全体の確率 | 検査全体で陽性が出る確率 |
| P(A|B) | 事後確率 | 結果Bを踏まえて更新した、原因Aの確率 | 検査後確率(陽性的中率など) |
※本記事は一般の方と、検査に関わる方の両方に向けた用語解説です。特定の検査を勧めるものではありません。

1. ベイズの定理とは ─ 結果から原因を逆算する
ベイズの定理とは、「原因から結果が起こる確率」がわかっているときに、逆向きの「結果から原因をさかのぼる確率」を求めるための、条件付き確率に関する等式です。18世紀の牧師で数学者のトーマス・ベイズにちなんで名づけられました。私たちがふつうに考えやすいのは「原因→結果」の向き、たとえば「病気の人が検査で陽性になる確率」です。しかし現実に知りたいのは、多くの場合その逆——「検査で陽性になった人が、本当に病気である確率」です。この向きの反転を可能にするのが、ベイズの定理です。
事後確率 = 尤度 × 事前確率 ÷ 周辺確率
式だけを見ると身構えてしまうかもしれませんが、意味はとてもシンプルです。左辺の P(A|B) は「結果Bが起きたときに、原因Aである確率」。右辺はそれを、考えやすい逆向きの確率 P(B|A) と、もともとの原因の確率 P(A) から計算しています。ベイズの定理は暗記するものではなく、仕組みを理解して使うものです。以下では、この4つの部品の意味と、条件付き確率との違いを順に見ていきます。
公式の各項の意味 ─ 事前確率・尤度・事後確率・周辺確率
ベイズの定理を使いこなす鍵は、4つの部品がそれぞれ何を表すのかを取り違えないことです。事前確率 P(A) は、まだデータを見る前に「原因Aがどれくらいありそうか」を表す確率です。尤度 P(B|A) は、「その原因Aが正しいとしたら、いま観測された結果Bはどれくらい起こりやすいか」を表します。周辺確率 P(B)(周辺尤度とも呼びます)は、原因が何であれ結果Bが起こる確率全体で、式の分母として「割合の基準」の役割を果たします。そして事後確率 P(A|B) が、結果Bという新しい情報を踏まえて更新された、原因Aの確率です。
💡 用語解説:尤度(ゆうど)とは
「尤度」の「尤(ゆう)」は「尤(もっと)もらしい」という意味で、英語 likelihood(ありそうなこと)の訳です。P(B|A) は「原因Aが正しいと仮定したときに、結果Bが観測されるのは、どれくらいもっともらしいか」を表します。病気の検査でいえば、「本当に病気の人が、検査で陽性になる確率(=感度)」がこれにあたります。事前確率とよく混同されますが、事前確率は「原因そのものの確率」、尤度は「原因を仮定したときの結果の確率」で、向きが異なります。
条件付き確率との違い ─ 向きを逆にして求める
ベイズの定理は、条件付き確率と別物ではなく、条件付き確率を変形しただけのものです。条件付き確率 P(A|B) は「Bが起きたという条件のもとでのAの確率」で、考える範囲をB全体に絞り込んだときに、その中でAも同時に起こる割合を指します。ここで問題になるのが、P(A|B) と P(B|A) はまったく別物だという点です。「病気の人が陽性になる確率(P(陽性|病気))」と「陽性の人が病気である確率(P(病気|陽性))」は、しばしば大きく違います。
具体的に考えてみましょう。ある病気で「病気の人が陽性になる確率(P(陽性|病気))」が99%と高くても、そもそもその病気がまれであれば、「陽性の人が病気である確率(P(病気|陽性))」は数%にとどまることがあります。前者は検査の性能を表す値であり、後者は受検者が本当に知りたい値です。この2つを混同すると、「陽性=ほぼ病気」という誤った受け止めにつながります。ベイズの定理は、性能を表す前者から、知りたい後者を正しく導くための式なのです。
私たちが直接計算しやすいのは、たいてい「原因→結果」の向き、つまり P(B|A) のほうです。一方で本当に知りたいのは「結果→原因」の P(A|B)。ベイズの定理は、求めやすい P(B|A) を使って、求めたい P(A|B) を計算するための橋渡しをしてくれます。この「向きの反転」こそが、条件付き確率にはないベイズの定理ならではの役割です。次の章では、この反転がなぜ「確率の更新」につながるのかを、直感的に見ていきます。
2. ベイズの定理をわかりやすく ─ 確率が「更新」される仕組み
ベイズの定理のいちばんの魅力は、「もともと持っていた確率が、新しいデータを受けてどう変わるか」を計算できる点にあります。私たちは最初、原因についてある程度の見込み(事前確率)を持っています。そこへ新しい観測データが入ると、その原因のもとでデータがどれくらい起こりやすかったか(尤度)に応じて、見込みを上げ下げする——こうして更新された見込みが事後確率です。この一連の流れはベイズ更新と呼ばれます。
大切なのは、検査や観測は「0か100か」で結論を出すものではなく、確率を移動させるものだという視点です。ある結果が出たからといって原因が確定するわけではなく、その結果がどれだけ「原因を示唆する力」を持つかに応じて、確率が動くだけです。この考え方を身につけると、「陽性だから病気だ」「一度の結果がすべて」といった思い込みから距離を置いて、情報を冷静に積み重ねられるようになります。
なぜ、第3章の例題で見るように「感度99%の検査で陽性なのに、本当に病気である確率は数%」という結果が、こんなにも直感に反するのでしょうか。理由は、多くの人がもともとの有病率(基準率)を見落としてしまうことにあります。「感度99%」という尤度の高さに気を取られ、「そもそも病気の人はごくわずかしかいない」という事前確率を計算に入れ忘れてしまうのです。これは基準率の無視(ベースレート・ネグレクト)と呼ばれ、確率の判断でとても起こりやすい誤りとして知られています。ベイズの定理は、この見落としを防ぎ、事前確率と尤度の両方を正しく組み合わせるための道具でもあります。
ベイズ更新 ─ データが増えるたびに見込みを塗り替える
ベイズ更新のもう一つの特徴は、繰り返せることです。1回目のデータで求めた事後確率を、2回目の計算では新しい事前確率として使えます。つまり、データが得られるたびに見込みを少しずつ塗り替えていくことができます。最初の見込みが多少ざっくりしていても、十分な数の信頼できるデータを踏まえていけば、事後確率はしだいにもっともらしい値へ近づいていきます。
この「更新の反復」は、迷惑メールの振り分けが使うほど賢くなっていく仕組みや、AIが新しいデータで予測を改善していく仕組みの土台になっています。そして医療では、検査を追加したり再検査したりすることで、病気である確率を更新していくという、日々の診療の考え方そのものにつながります。この点は、第4章の医療検査のところで具体的に見ていきます。
3. ベイズの定理の例題 ─ まず「病気の検査」で理解する
ベイズの定理は、実際の例で計算してみると一気に腑に落ちます。ここでは、最も直感に反しやすく、それだけに理解が深まる「病気の検査」を主な例に取り上げ、続いて迷惑メールとモンティ・ホール問題を簡潔に紹介します。
例題① 病気の検査 ─ 陽性でも本当に病気とは限らない
次のような、説明のための仮の数字を考えます。ある病気の有病率(罹患率)が0.1%、この病気を調べる検査の感度が99%(病気の人が正しく陽性になる割合)、偽陽性率が3%(病気でない人が誤って陽性になる割合)だとします。ある人が検査で陽性でした。この人が本当に病気である確率(=陽性的中率)はどれくらいでしょうか。
「感度99%なんだから、ほぼ確実に病気では?」と感じるかもしれませんが、答えは大きく異なります。10万人で考えてみましょう。病気の人は0.1%なので100人、そのうち99%が陽性なので約99人が正しく陽性になります。一方、残る99,900人の健康な人のうち3%が誤って陽性になるので、約2,997人が偽陽性です。陽性になった人は合わせて約3,096人。そのうち本当に病気なのは99人ですから、陽性のうち本当に病気である割合は約3%(99 ÷ 3,096)にすぎません。感度が99%と高くても、もともと病気がまれだと、陽性的中率はぐっと下がるのです。
💡 補足:この数字は説明用の仮定です
上の有病率0.1%・感度99%・偽陽性率3%は、計算の流れを示すために置いた仮の値であり、特定の病気や検査の実際の数値ではありません。ここで伝えたいのは、具体的な数字そのものではなく、「感度・特異度が同じでも、有病率(=事前確率)が低いほど陽性的中率は下がる」というベイズの定理の帰結です。実際の検査の性能については、第4章で一次資料に基づいて解説します。
例題② 迷惑メールのフィルタリング
メールソフトが迷惑メールを見分ける仕組みにも、ベイズの定理が使われています。「無料」「当選」といった単語が、迷惑メールと通常メールのどちらにどれくらいの頻度で現れるか(尤度)と、そもそも迷惑メールがどれくらいの割合で届くか(事前確率)から、そのメールが迷惑メールである確率(事後確率)を計算します。特徴となる単語ごとの確率を組み合わせて判定するこの方法はナイーブベイズ分類器と呼ばれ、届いたメールで学習を重ねるほど精度が上がっていきます。まさにベイズ更新の実用例です。
例題③ モンティ・ホール問題
3つのドアのうち1つが当たり(景品)で、残り2つがはずれです。挑戦者が1つを選んだあと、司会者が残り2つのうち「はずれのドア」を1つ開けて見せ、「選び直してもいいですよ」と言います。直感では「残り2つなら五分五分」と感じますが、ベイズの定理で計算すると、選び直したほうが当たる確率は3分の2に上がります。司会者が「必ずはずれのドアを開ける」という情報(尤度)が加わることで、確率が更新されるためです。人間の直感がいかにベイズ更新を苦手とするかを示す、有名な例として知られています。
4. 医療検査とベイズの定理 ─ 検査前確率・検査後確率と陽性的中率
ここからが、医療におけるベイズの定理の核心です。検査前確率とは事前確率のことで、検査を受ける前に見積もる「その人が病気である確率」(多くは有病率がもとになります)。検査後確率とは事後確率のことで、検査結果を踏まえて更新した確率です。両者を結ぶのがベイズの定理であり、この枠組みは臨床で古くから使われてきました[1]。そして、陽性のときの検査後確率を表すのが陽性的中率(PPV)です。
💡 用語解説:検査前確率=事前確率、検査後確率=事後確率
数学では「事前確率」「事後確率」と呼ぶものを、臨床では「検査前確率」「検査後確率」と呼びます。呼び名が違うだけで、指しているものは同じです。検査の性能は「尤度比」という形で表され、検査前のオッズに尤度比を掛けると検査後のオッズが得られます。これは、Faganが1975年に提案した図(ノモグラム)でよく知られる、ベイズの定理の臨床版です[1]。
この検査前確率から検査後確率への更新は、「尤度比」を使うと手早く扱えます。陽性の尤度比は「感度 ÷ (1 − 特異度)」で計算でき、検査前オッズにこの尤度比を掛けると検査後オッズが得られます[1]。たとえば第3章の例題①の値(感度99%・特異度97%)なら、陽性の尤度比は約33です。ところが有病率0.1%の検査前オッズはごくわずかなので、33倍しても検査後確率は約3%にしかなりません。「精度の高い検査でも、まれな病気では陽性的中率が低くなる」ことが、この尤度比の計算からも確かめられます。
なぜ有病率が低いと陽性的中率が下がるのか
感度と特異度がどれだけ高くても、対象となる病気がまれであれば、陽性的中率は低くとどまります。米国産婦人科学会(ACOG)も、家族歴や超音波所見などのリスク要因がない場合、病気がまれであるために陽性的中率は低くなると明記しています[3]。これはまさにベイズの定理の帰結です。
具体例として、出生前診断で使われるNIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)の性能を見てみましょう。システマティックレビュー・メタ解析によれば、NIPTの感度はダウン症候群(21トリソミー)で約99.3%、18トリソミーで約97.4%、13トリソミーで約97.4%、特異度は3疾患とも約99.9%と、いずれもきわめて高い水準です[2]。しかし、同じ研究が示す「一般の妊婦10万人あたりの検出数と偽陽性数」から陽性的中率を計算すると、疾患ごとに大きく異なります。
📊 NIPTの感度・特異度が同水準でも、陽性的中率は疾患で異なる(一般産科集団10万人あたり)
| 対象 | 感度 | 特異度 | 検出(真陽性) | 偽陽性 | 陽性的中率(PPV)の目安 |
|---|---|---|---|---|---|
| 21トリソミー | 約99.3% | 約99.9% | 417人 | 94人 | 約82% |
| 18トリソミー | 約97.4% | 約99.9% | 89人 | 154人 | 約37% |
| 13トリソミー | 約97.4% | 約99.9% | 40人 | 42人 | 約49% |
数値はTaylor-Phillipsら(2016)のメタ解析による一般産科集団10万人あたりの推定[2]。陽性的中率は検出数÷(検出数+偽陽性数)で計算した目安であり、集団や検査法によって変動します。同じ感度・特異度でも、もともとまれな13トリソミー・18トリソミーではPPVが下がることがわかります。
このように、検査そのものの精度(感度・特異度)が同じでも、対象がまれになるほど陽性的中率は下がるのがベイズの定理の教えるところです。だからこそ、陽性という結果は「確定」ではなく「確率が上がった」という段階として受け止める必要があります。
特異度が99.9%ときわめて高くても、検査を受ける健康な人の数は病気の人の数よりはるかに多いため、わずか0.1%の偽陽性率でも、偽陽性の「実数」は無視できない大きさになります。13トリソミーや18トリソミーが21トリソミーより陽性的中率が低いのは、これらがより頻度の低い(有病率の低い)疾患であり、真の陽性の数が偽陽性の数に対して相対的に少なくなるためです[2]。感度・特異度という「検査そのものの性能」だけを見ていては説明できないこの現象こそ、ベイズの定理が明らかにする本質だと言えます。
再検査で確率が上がる ─ ベイズ更新の実際
第2章で述べたように、ベイズ更新は繰り返せます。臨床では、1回目の検査で得られた検査後確率を、次の検査の検査前確率として使えます[1]。有病率が低く、1回の陽性では陽性的中率が低い場合でも、別の検査を追加したり、精度の高い確定的検査を行ったりすることで、病気である確率を段階的に更新していけます。「一度の結果で決めつけず、情報を積み重ねて確率を絞り込む」という診療の進め方は、まさにベイズの定理の実践です。
出生前診断(NIPT)における年齢と陽性的中率
母体年齢は、NIPTの陽性的中率に影響します。年齢が上がるほど胎児が21トリソミーである有病率(=検査前確率)が高くなるため、同じNIPTを受けても、その結果としての陽性的中率が高くなります。逆に、若い妊婦さんほど有病率が低いため、陽性と出ても偽陽性である割合が相対的に高くなります。これは検査の精度が年齢で変わるからではなく、ベイズの定理どおり、事前確率(有病率)が変わることで検査後確率(陽性的中率)が変わるためです[3]。
日本のデータでも同じ傾向が確認できます。出生前検査認証制度等運営委員会による約10万人の追跡調査では、NIPT総検査101,218件のうち、21トリソミー陽性1,100件について確定的検査を受けた981件中955件(97.3%)で診断が確定し、26件(2.7%)が偽陽性でした。一方で陽性的中率は、18トリソミーで88.0%、13トリソミーで54.3%と、疾患によって差がありました[4]。まれな疾患ほど、また若い集団ほど、陽性的中率が下がるというベイズの定理の帰結が、実際のデータに表れています。
⚠️ 大切な注意点
年齢別の陽性的中率は集団の平均値であって、特定の個人のリスクそのものではありません。また感度・特異度は集団・検査法・妊娠週数・単胎か多胎かによって変動します[2][5]。そしてNIPTは精度が高い検査ですが確定診断ではなく、陽性の場合は羊水検査などの確定的検査が必要です。ベイズの定理は「陽性でも確率が上がっただけ」という理解を助けますが、それは「気にしなくてよい」という意味ではありません。結果の受け止め方は、専門医との相談のうえで判断することが大切です。
5. ベイズの定理は何に使われるか(応用)
ベイズの定理は、医療検査以外にも幅広く使われています。すでに紹介した迷惑メールの振り分け(ナイーブベイズ)に加え、機械学習やベイズ統計・ベイズ推定の土台になっています。ベイズ推定では、パラメータについての事前の見込み(事前分布)を置き、新しいデータが得られるたびに事後分布へと更新していきます。この「不確実さを確率で表し、データで更新する」枠組みは、天気予報や需要予測、故障診断など、不確実性の下で判断が必要な多くの分野で活用されています。ここでは概要にとどめますが、いずれも本記事で見た「事前確率をデータで更新して事後確率を得る」という同じ発想の応用です。
ベイズの定理を土台とするベイズ統計は、確率を「まだわかっていないことの度合い」として扱い、データで更新していく立場をとります。これは、確率を「同じ試行を数多く繰り返したときの頻度」として捉える従来の頻度主義統計とは、考え方が異なります。かつては計算の負担が大きく限られた場面でしか使えませんでしたが、コンピュータの計算能力の向上とともに、ベイズ統計は機械学習をはじめ幅広い分野で活用されるようになりました。ただし本記事では概要にとどめ、詳しい理論は専門的な解説に譲ります。
統計検定・大学入試での位置づけ
ベイズの定理は、条件付き確率とセットで、統計検定2級などの資格試験で頻出のテーマです。また高校数学(数学A)の条件付き確率の発展としても登場し、大学入試で問われることもあります。試験対策としては、公式を丸暗記するよりも、本記事のように「原因と結果の向きを反転させて確率を更新する」という仕組みを、具体的な例題で理解しておくほうが応用が利きます。
まとめ ─ 確率を「更新する」という視点
ベイズの定理は、条件付き確率を変形しただけのシンプルな等式ですが、そこには「結果から原因をさかのぼり、新しいデータで確率を更新する」という強力な考え方が詰まっています。事前確率・尤度・事後確率という部品の意味を押さえれば、迷惑メールの振り分けからAI、そして病気の検査まで、同じ枠組みで理解できます。
とりわけ医療では、検査前確率(事前確率)が低いと、感度・特異度が高くても陽性的中率(事後確率)は下がるという帰結が重要です。NIPTのように精度の高い検査でも、対象がまれであれば陽性は「確定」ではなく「確率が上がった段階」であり、確定的検査や再検査によって確率を更新していく——この積み重ねこそが、ベイズの定理の実践です。数字を正しく読み解く土台として、そして検査結果を冷静に受け止める視点として、ベイズの定理は役立ちます。
🧬 出生前検査について詳しく知りたい方へ
NIPTをはじめとする出生前検査では、検査ごとに感度・特異度・陽性的中率などの意味が異なります。
検査の特徴や選択肢については、ミネルバクリニックの出生前診断・NIPTの案内をご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. ベイズの定理とは何ですか?
ベイズの定理とは、「原因から結果が起こる確率」がわかっているときに、逆向きの「結果から原因をさかのぼる確率」を求めるための、条件付き確率に関する等式です。公式は P(A|B) = P(B|A) × P(A) ÷ P(B) と書けます。もともと持っていた確率(事前確率)を、新しく得られたデータ(尤度)で更新し、更新後の確率(事後確率)を求める「確率のアップデート」がその本質です。
Q2. ベイズの定理と条件付き確率の違いは何ですか?
ベイズの定理は条件付き確率を変形したものです。条件付き確率 P(A|B) は「Bが起きたもとでのAの確率」を指します。ベイズの定理は、この P(A|B) を、逆向きで求めやすい P(B|A) と事前確率 P(A) から計算する点に特徴があります。「病気の人が陽性になる確率」と「陽性の人が病気である確率」は別物で、その向きを反転させて求められるのがベイズの定理です。
Q3. 事前確率・事後確率・尤度とは何ですか?
事前確率はデータを見る前の原因の確率、尤度は「その原因が正しいとしたら、この結果はどれくらい起こりやすいか」を表す確率、事後確率は結果を踏まえて更新した原因の確率です。病気の検査では、事前確率=検査前確率(有病率など)、尤度=感度など、事後確率=検査後確率(陽性的中率など)に対応します。呼び名が違うだけで、指す内容は同じです。
Q4. 検査で陽性でも病気とは限らないのはなぜですか?
もともとの有病率(検査前確率)が低いと、検査の感度・特異度が高くても、陽性のうち本当に病気である割合(陽性的中率)は下がるためです。健康な人の数が圧倒的に多いと、わずかな偽陽性率でも偽陽性の実数が多くなり、真の陽性を上回ることがあります。これはベイズの定理の帰結です。したがって陽性は「確定」ではなく「確率が上がった段階」であり、確定的検査での確認が必要です。
Q5. ベイズの定理は何に使いますか?
迷惑メールの振り分け(ナイーブベイズ)、機械学習やベイズ統計・ベイズ推定、天気予報や需要予測などの予測、そして医療の検査結果の解釈(検査前確率から検査後確率への更新)など、幅広く使われます。共通するのは「事前の見込みを新しいデータで更新して、より確からしい確率を得る」という発想です。
Q6. ベイズの定理の覚え方はありますか?
公式を丸暗記するより、「事後確率 = 尤度 × 事前確率 ÷ 全体で結果が出る確率」という意味で覚えるのがおすすめです。分母は「原因を問わず、その結果が出る確率全体(周辺確率)」で、割合の基準になります。分子で『その原因のときに結果が出る確率』を計算し、分母『結果が出る確率全体』で割る、と捉えると、数式の意味が見えてきます。
参考文献
- [1] Fagan TJ. Letter: Nomogram for Bayes theorem. N Engl J Med. 1975;293(5):257. [DOI: 10.1056/NEJM197507312930513]
- [2] Taylor-Phillips S, Freeman K, Geppert J, et al. Accuracy of non-invasive prenatal testing using cell-free DNA for detection of Down, Edwards and Patau syndromes: a systematic review and meta-analysis. BMJ Open. 2016;6(1):e010002. [PubMed 26781507]
- [3] American College of Obstetricians and Gynecologists. Screening for Fetal Chromosomal Abnormalities: ACOG Practice Bulletin No. 226. Obstet Gynecol. 2020;136(4):e48–e69.
- [4] 出生前検査認証制度等運営委員会「NIPTを受けた約10万人の妊婦さんの追跡調査」. [jams-prenatal.jp]
- [5] Iwarsson E, Jacobsson B, Dagerhamn J, et al. Analysis of cell-free fetal DNA in maternal blood for detection of trisomy 21, 18 and 13 in a general pregnant population and in a high risk population – a systematic review and meta-analysis. Acta Obstet Gynecol Scand. 2017;96(1):7–18. [PubMed 27779757]



