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遺伝性疾患とは?種類・遺伝子疾患や染色体異常との違い・遺伝する確率を臨床遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医・総合内科専門医・がん薬物療法専門医。

遺伝性疾患とは、遺伝子や染色体の変化が原因で起こる病気の総称です。大きく「単一遺伝子疾患」「染色体異常」「多因子疾患」に分けられ、これにミトコンドリア遺伝によるものを加えて整理されます。「遺伝性」という言葉から「必ず家族に同じ病気の人がいる」と受け取られがちですが、親から受け継ぐとは限らず、新しく生じることもあります。この記事では、遺伝性疾患とは何か、種類と代表的な病気、遺伝子疾患・染色体異常・先天性疾患との違い、子どもに遺伝する確率、検査でわかること・わからないことまでを、臨床遺伝専門医が整理して解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約12分
🧬 遺伝性疾患の定義・種類・違い・確率・検査
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. 遺伝性疾患とは何ですか?種類や、遺伝子疾患・染色体異常との違いを知りたいです

A. 遺伝性疾患とは、遺伝子や染色体の変化が原因で起こる病気の総称で、大きく単一遺伝子疾患・染色体異常・多因子疾患の3つ(+ミトコンドリア遺伝)に分けられます。「遺伝子疾患」「遺伝病」はほぼ同義で使われ、「遺伝子異常」は遺伝子(配列)レベル、「染色体異常」は染色体(数・構造)レベルの変化を指します。「先天性疾患(生まれつきの病気)」のうち、原因が遺伝子・染色体にあるものが遺伝性疾患にあたります。すべてが親から遺伝するわけではなく、新しく生じる変化(新生突然変異)もあります。

  • ➤3つの種類(+1) → 単一遺伝子疾患/染色体異常/多因子疾患、およびミトコンドリア遺伝
  • ➤紛らわしい言葉の違い → 遺伝子疾患・遺伝病/遺伝子異常と染色体異常/先天性疾患との違いを整理
  • ➤遺伝する確率 → 顕性1/2・潜性1/4・X連鎖など。発症は浸透率で変わる
  • ➤必ず遺伝するとは限らない → 親にない変化が新しく生じることがある(de novo)
  • ➤検査でわかること・限界 → 遺伝子・染色体検査、出生前診断。すべては網羅できない

1. 遺伝性疾患とは何か

遺伝性疾患とは、遺伝子や染色体といった遺伝情報(ゲノム)の変化が原因で起こる病気の総称です。この変化は、親から受け継がれる場合もあれば、精子や卵子ができる過程、あるいは受精のときに新しく生じる場合もあります。原因となる変化のタイプによって、後の章で見るように大きくいくつかのグループに分類されます。

遺伝性疾患は、決してまれな一部の人だけの話ではありません。世界保健機関(WHO)などの整理では、生まれてくる赤ちゃんのうち何らかの先天性疾患を持つのはおよそ3〜6%とされ、その原因は遺伝子・染色体の変化、環境要因、複数の要因の組み合わせなど多岐にわたります[2]。また、原因遺伝子や病態が判明している遺伝性疾患だけでも、その数は7,000を超え、原因となる遺伝子は4,800以上が知られています[1]。

💡 用語解説:ゲノム・遺伝子・染色体

ゲノムは、体の設計図であるDNA全体のことです。DNAのうち特定の働きを担う区切りが遺伝子で、その遺伝子が多数まとまって折りたたまれた構造が染色体です。ヒトは通常、46本(23対)の染色体を持ちます。遺伝性疾患は、この「遺伝子1個」から「染色体まるごと」まで、さまざまな階層の変化によって起こります。

遺伝性疾患は「必ず遺伝する」とは限らない

「遺伝性」という言葉は、しばしば「必ず親から子へ伝わる」という意味に誤解されます。しかし実際には、両親のどちらも持っていない変化が、精子・卵子ができるときや受精のときに新しく生じることがあります。これを新生突然変異(de novo〈デノボ〉変異)と呼びます。研究では、一人の子どもが受け継ぐDNAには、平均しておよそ70個前後の新しい一塩基の変化が生じていると報告されています[3]。その大半は健康に影響しませんが、まれに病気の原因となる場所に生じることがあります。

つまり、家族に同じ病気の人がいなくても、遺伝性疾患が起こることはあります。この点は、後の「家族歴」や「確率」の理解にも関わる、重要な出発点です。

2. 遺伝性疾患と紛らわしい言葉の違い

遺伝性疾患の周辺には、似ているけれど意味が異なる言葉がいくつかあります。まず、それぞれの違いを整理します。言葉の使い分けには幅があり、文脈によって重なる部分もありますが、大まかな区別を知っておくと混乱を避けられます。

遺伝子疾患・遺伝病との違い

「遺伝性疾患」「遺伝子疾患」「遺伝病」は日本語では重なって使われることが多い言葉ですが、完全な同義語ではありません。英語のgenetic disorderは遺伝情報の変化が原因となる疾患を広く指し、親から受け継いだ変化だけでなくde novoに生じた病的バリアントによる疾患も含みます。一方、hereditaryは一般に親から子へ受け継がれる性質を強く示す語です。本記事では、日本語として広く用いられる「遺伝性疾患」を、遺伝情報の変化が病因に関与する疾患を扱う総称として用います。

💡 用語解説:genetic と hereditary は同じ?

geneticは「遺伝情報に関係する」という広い概念で、de novo変異による疾患も含みます。hereditaryは「親から子へ受け継がれる」という意味合いがより強い語です。したがって、遺伝情報の変化による病気が必ず家族内で受け継がれているとは限りません。

遺伝子異常と染色体異常の違い

この2つは主に「変化が起きる階層」が異なります。遺伝子レベルの病的バリアントには、一塩基置換(SNV)、小さな挿入・欠失、反復配列の伸長、エクソン単位または遺伝子全体の欠失・重複など、さまざまな大きさ・種類の変化があります。一方、染色体異常には、染色体の本数が多い・少ない数的異常と、欠失・重複・転座・逆位などの構造異常があります。したがって単純に「遺伝子異常=小さい、染色体異常=大きい」とだけ分けるのではなく、検査目的に応じてシーケンス、コピー数解析、核型検査、染色体マイクロアレイなどを使い分けます。染色体異常の種類は、染色体異常の種類(数的異常・構造異常・モザイク)でくわしく解説しています。

生まれつきの変化と、がんの遺伝子異常(体細胞)の違い

「遺伝子異常」という言葉は、がんの分野でもよく使われます。ただし、がんで起こる遺伝子異常の多くは、生まれた後に特定の細胞で後天的に生じる体細胞(たいさいぼう)の変化で、原則として子どもに受け継がれるものではありません。本記事で扱う遺伝性疾患は、精子・卵子や全身の細胞に関わる生殖細胞系列(せいしょくさいぼうけいれつ)の変化が中心です。がん細胞そのものの遺伝子異常は、この記事の対象外として整理しています。

遺伝性疾患と先天性疾患の違い

先天性疾患(congenital disorder)は、胎内で生じる構造的・機能的な異常の総称で、出生前・出生時に分かるものだけでなく、出生後に初めて認識されるものもあります[12]。原因には遺伝子・染色体の変化のほか、妊娠中の感染、薬剤・化学物質への曝露、栄養要因などがあります。したがって先天性疾患と遺伝性疾患は重なりますが同一ではありません。環境要因による先天性疾患は遺伝性とは限らず、逆にハンチントン病のように遺伝学的変化を生まれた時から持っていても成人期以降に発症する遺伝性疾患があります。

💡 用語解説:先天性疾患と遺伝性疾患

先天性疾患は胎内で生じる構造的・機能的な異常で、出生後に初めて分かるものもあります。原因は遺伝的要因だけでなく環境要因などさまざまです。一方、遺伝性疾患は遺伝情報の変化が病因に関与する疾患です。「先天性=すべて遺伝」でも、「遺伝性=出生時から症状がある」でもありません。

3. 遺伝性疾患の種類(分類)と代表的な病気

遺伝性疾患は、原因となる変化のタイプによって、大きく次の4つに整理されます。それぞれ遺伝の仕組みも、調べ方も異なります。

種類 原因となる変化 代表的な病気
単一遺伝子疾患 1つの遺伝子の変化(顕性・潜性・X連鎖などの遺伝形式) 嚢胞性線維症、鎌状赤血球症、血友病、筋ジストロフィーなど
染色体異常 染色体の数や構造の変化 ダウン症候群、ターナー症候群など
多因子疾患 複数の遺伝子と環境要因の組み合わせ 先天性心疾患、口唇口蓋裂、生活習慣病など
ミトコンドリア遺伝 ミトコンドリアのDNAの変化(主に母から伝わる) ミトコンドリア病(MELASなど)

💡 この4分類だけでは説明しきれない遺伝もあります

この分類は全体像を理解するための大きな枠組みです。実際には、少数の複数遺伝子の組み合わせが発症や表現型に関与するオリゴジェニック遺伝(oligogenic inheritance)のように、古典的な単一遺伝子疾患と多因子疾患の中間的な遺伝的アーキテクチャもあります。2つの遺伝子が関与するdigenic inheritanceはその代表的な形です。

① 単一遺伝子疾患(メンデル遺伝)

1つの遺伝子の変化によって起こる病気で、遺伝の仕方(遺伝形式)に規則性があります。原因遺伝子や病態が判明している遺伝性疾患の多くはこのタイプで、その数は数千種類にのぼります[1]。代表的なものに、嚢胞性線維症、鎌状赤血球症、フェニルケトン尿症(常染色体潜性)、ハンチントン病、マルファン症候群(常染色体顕性)、血友病、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(X連鎖潜性)などがあります。個別の病気は、当院の遺伝性疾患の一覧(疾患索引)や単一遺伝子疾患のページから確認できます。

② 染色体異常

染色体の数が多い・少ない、あるいは構造が変化していることで起こる病気です。21番染色体が3本になるダウン症候群(21トリソミー)や、女性でX染色体が1本または一部しかないターナー症候群などが代表的です。特定の1遺伝子ではなく多数の遺伝子を含む領域が関わるため、保因者検査ではなく、主に染色体検査や妊娠中のNIPTなどで調べます。種類のくわしい整理は染色体異常の種類をご覧ください。

③ 多因子疾患

1つの遺伝子だけでなく、複数の遺伝子と生活環境などの要因が組み合わさって起こる病気です。先天性心疾患や口唇口蓋裂のほか、多くの生活習慣病もこのグループに含まれます。原因が複雑なため、1つの遺伝子検査で発症を予測することは難しいのが特徴です。

④ ミトコンドリア遺伝

細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアが持つ独自のDNAの変化によって起こる病気です。ミトコンドリアDNAは主に母親から子へ伝わるため、核の遺伝子とは異なる伝わり方をします。伝わり方の全体像は遺伝形式のページで解説しています。

代表的な遺伝性疾患の一覧

代表的な遺伝性疾患を、種類・遺伝形式ごとに整理します。ここに挙げるのはごく一部です。より広い疾患名から探す場合は遺伝性疾患の一覧(疾患索引)をご利用ください。

疾患名 種類・遺伝形式 主な特徴
嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう) 単一遺伝子・常染色体潜性 粘液の過剰分泌により、呼吸器や消化器に症状が出る
鎌状赤血球症(かまじょうせっけっきゅうしょう) 単一遺伝子・常染色体潜性 赤血球が変形し、貧血や痛みの発作を起こす
フェニルケトン尿症 単一遺伝子・常染色体潜性 特定のアミノ酸を分解できない代謝の病気。食事療法で管理
デュシェンヌ型筋ジストロフィー 単一遺伝子・X連鎖潜性 進行性の筋力低下。主に男児に発症する
血友病(けつゆうびょう) 単一遺伝子・X連鎖潜性 血が固まりにくい。主に男児に発症する
ハンチントン病 単一遺伝子・常染色体顕性 進行性の神経変性。成人以降に発症することが多い
マルファン症候群 単一遺伝子・常染色体顕性 骨格・心血管・眼に症状。FBN1遺伝子が関わる
ダウン症候群 染色体異常(21トリソミー) 特徴的な顔つき、発達の遅れ、心疾患を伴うことがある
ターナー症候群 染色体異常(X染色体が1本または一部) 低身長、卵巣機能の低下など。女児に生じる
先天性心疾患 多因子疾患 心臓の構造の異常。複数の要因が関わる
仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「遺伝の病気」とひとくくりにしない】

臨床遺伝専門医として大切にしているのは、まず正しく分けて理解していただくことです。ここまで見てきたように、遺伝性疾患は種類によって仕組みも、調べ方も、対応もまったく異なります。1つの遺伝子の変化による病気、染色体まるごとが関わる病気、複数の要因が重なる病気——同じ「遺伝の病気」でも、次に取れる手段はそれぞれ違います。

「遺伝=どうしようもないもの」という思い込みは、正確ではありません。どのタイプの話なのかが分かれば、検査でわかること・わからないことも見えてきます。医学的に何が分かっていて、何が分からないのかを区別することが、落ち着いて次を考えるための土台になります。

4. 遺伝性疾患は、どう遺伝するのか(遺伝形式と確率)

遺伝性疾患が子どもに伝わる確率は、その病気の遺伝形式によって決まります。代表的な形式と、子どもに変化が伝わる確率は次のとおりです。ただし、これは「変化を受け継ぐ確率」であり、受け継いでも実際に発症するかどうか・症状の程度は、病気ごとの浸透率(発症のしやすさ)などによって変わります。

遺伝形式 子どもへ伝わる確率の目安 特徴
常染色体顕性(優性)遺伝 1/2(50%) 片方の親が変化を持つと、子に1/2で伝わる
常染色体潜性(劣性)遺伝 1/4(25%) 両親がともに保因者のとき、子に1/4で発症しうる
X連鎖潜性(劣性)遺伝 男児の1/2が発症、女児の1/2が保因者 母が保因者の場合。主に男児に症状が出る

遺伝子・染色体・DNAの基礎

遺伝のしくみをもう少し深く知りたい場合は、DNA・遺伝子・染色体の関係を土台から知っておくと理解しやすくなります。基礎から順に読める解説は、遺伝のしくみ(ヒトゲノム索引)にまとめています。

なぜ「男の子に多い」病気があるのか

血友病やデュシェンヌ型筋ジストロフィーのように、男性で発症頻度が高い遺伝性疾患があります。これは原因遺伝子がX染色体上にあるX連鎖遺伝によるものです。男性は通常X染色体を1本しか持たないため、そのX上の病的バリアントの影響が表現型に現れやすくなります。一方、女性ヘテロ接合体も必ず無症状とは限りません。X染色体不活化や疾患固有の機序などによって症状を呈することがあり、血友病では女性・女児を単純に「無症候の保因者」とみなさない分類がISTHから提案されています[13]。

保因者とは ─ 「保因者=必ず無症状」ではない

常染色体潜性疾患では、一方のアレルに病的バリアントを持つ人を保因者(キャリア)と呼び、多くの場合はその疾患を発症しません。ただし、「保因者=生涯無症状」と一律には言えません。疾患によってはヘテロ接合体に症状がみられ、X連鎖疾患の女性ヘテロ接合体でも症状が現れる場合があります[13]。また、保因者頻度や一人が持つ病的バリアント数の推定値は、対象集団・対象遺伝子・病的バリアントの定義によって変わります。家族歴がなくても潜性疾患の保因者であることはあり、同じ疾患原因遺伝子について両親が保因者の場合には子に発症リスクが生じます。現在の保因者概念は保因者とはでくわしく解説しています。

💡 血縁が近い両親(近親婚)とリスク

血縁関係が近いご両親では、共通祖先に由来する同じ病的バリアントを共有する可能性が高くなるため、常染色体潜性疾患の発症リスクが一般集団より高くなります。実際のリスクは血縁の程度、集団背景、家族内に存在する病的バリアントなどによって異なります。特定研究の相対リスクだけを個々のご夫婦の絶対リスクとして解釈することはできません。

\ 遺伝形式や確率の意味を、専門医と整理できます /臨床遺伝専門医が「何が分かり、何が分からないか」から一緒に確認します

※検査を検討している方向けの案内です/遺伝子検査トップはこちら

5. 遺伝性疾患は検査でわかる?診断の方法

遺伝性疾患の一部は、検査で調べることができます。何を調べたいか(遺伝子か、染色体か)と、いつ調べるか(妊娠前・妊娠中)によって、適した検査が変わります。まず全体像を整理します。

検査 主に調べるもの 受ける時期
遺伝子検査(パネル・全エクソーム等) 単一遺伝子疾患の原因となる遺伝子の変化 症状や目的に応じて
染色体検査(核型分析・マイクロアレイ) 染色体の数・構造の変化 症状や目的に応じて
保因者検査(キャリアスクリーニング) 潜性・X連鎖疾患の保因者かどうか 妊娠前が理想
NIPT(新型出生前診断) 胎児の主な染色体異常(21・18・13トリソミー) 妊娠中(10週前後〜)
確定検査(羊水検査・絨毛検査) 胎児の染色体・遺伝子(確定診断) 妊娠中(絨毛11〜14週/羊水15〜16週以降が目安)
着床前診断(PGT-M) 特定の単一遺伝子疾患(体外受精と組み合わせ) 妊娠前(体外受精時)

生まれる前に調べる ─ 出生前診断

胎児の染色体異常を調べたい場合、NIPT(新型出生前診断)が選択肢になります。NIPTで解析する妊娠由来cfDNAは一般に「胎児由来DNA」と呼ばれることがありますが、主な由来は胎盤の栄養膜細胞です[14]。21トリソミーなどについて高い感度・特異度が報告されています[8]。ただしNIPTは診断を確定する検査ではなく、あくまで可能性を調べるスクリーニング検査です。「陽性」と出た場合に本当にその疾患を持つ確率(陽性的中率)は、年齢などの事前のリスクによって変わり、必ずしも高くありません[11]。妊娠の継続を検討する判断には、確定検査での確認が必要です。

💡 用語解説:スクリーニング検査と確定検査、陽性的中率(PPV)

スクリーニング検査は「可能性がどのくらいあるか」を調べる検査、確定検査は「実際にあるかないか」を確定する検査です。陽性的中率(PPV)とは、検査で「陽性」と出た人のうち、本当にその疾患を持っている人の割合のこと。NIPTの感度が高くても、PPVは対象集団での病気の頻度に左右されるため、陽性=確定ではありません。

確定検査には、羊水検査・絨毛検査があります。これらは胎児の細胞を直接調べる検査です。検査に伴う流産のリスクは、以前は1〜2%程度と説明されてきましたが、近年の大規模なメタ解析では従来考えられていたよりも低く、条件をそろえて比較した検討では手技に関連する流産リスクは羊水検査でおおむね0.1〜0.3%程度、絨毛検査でも同程度と報告されています[7]。数値は研究の条件によって幅があるため、実際に受ける際は担当医と確認してください。

💡 日本では「認証施設」の枠組みがあります

日本には、日本医学会の出生前検査認証制度等運営委員会によるNIPTの認証制度があり、認証施設では定められた体制のもとで検査と遺伝カウンセリングが提供されます。国内には認証制度の枠外でNIPTを提供する医療機関もあり、認証の有無と検査を実施できるかどうかは同義ではありません。指針で主な対象とされているのは21・18・13トリソミーで、これら以外の疾患は現時点で分析的・臨床的な妥当性が十分に確立されていないとされています[9]。

妊娠・結婚前に備える ─ 保因者スクリーニング

妊娠前に受けられる中心的な検査が、保因者スクリーニング(キャリアスクリーニング)です。ご夫婦・カップルのDNAを調べ、潜性遺伝やX連鎖遺伝の病気の原因となる変化を持っていないかを確認します。保因者スクリーニングは、常染色体潜性疾患やX連鎖疾患について将来の子どもの遺伝学的リスクを評価し、生殖に関する情報に基づく意思決定につなげる検査です[15]。家族歴がなくても保因者であることはあり、家族歴だけではリスクを判断できません。ご夫婦がともに同じ病気の保因者だと分かった場合には、体外受精と組み合わせる着床前診断(PGT-M)という選択肢もあります。

当院では、女性版・男性版それぞれに最適化した保因者検査のパネルを用意しています。参考として、主な検査の費用は次のとおりです(いずれも税込・自費)。

💴 保因者検査の費用(参考)

検査 遺伝子数 費用(税込)
単一遺伝子検査 1遺伝子 242,000円
保因者検査(女性版) 787遺伝子 253,000円
保因者検査(男性版) 714遺伝子 253,000円
拡大版(女性版) 1009遺伝子 275,000円
拡大版(男性版) 911遺伝子 275,000円
遺伝カウンセリング ─ 22,000円/30分

ご夫婦で同時に受ける場合、遺伝カウンセリングは1回分(22,000円)でお二人分をまとめて行えます(検査料は各自)。最新の費用・プランはカウンセリング時にご確認ください。

6. 遺伝性疾患は治る?治療と予防の考え方

遺伝性疾患の治療は、病気の種類によって大きく異なります。多くの治療は、原因となる遺伝子の変化そのものを元に戻すのではなく、症状を和らげ、合併症を防ぐことを目的とします。一方で、一部の病気では、原因に直接はたらきかける遺伝子治療も実用化され始めています。

治療は「疾患ごと」に組み立てる

現在行われている治療には、症状に応じた対症療法、不足する酵素を補う酵素補充療法、フェニルケトン尿症などで行う食事療法、重症の血液・免疫の病気に対する造血幹細胞移植(骨髄移植)などがあります。近年は、特定の遺伝性疾患に対する遺伝子治療やゲノム編集を用いた治療も登場しています。たとえば、遺伝性網膜ジストロフィー(2017年)、脊髄性筋萎縮症(2019年)、鎌状赤血球症・βサラセミア(2023年)などに対する遺伝子治療が、米国で承認されています[10]。ただしこれらは特定の病気に限られ、すべての遺伝性疾患に使えるわけではありません。

発症予防・合併症予防と、生殖に関する選択肢は分けて考える

遺伝性疾患を一律に「予防できる/できない」と表現することは適切ではありません。疾患によっては、食事療法や薬物療法、定期的なサーベイランスなどによって発症を防いだり、発症を遅らせたり、合併症を予防・早期発見したりできる場合があります。一方、保因者スクリーニング、出生前検査、PGT-Mは本人の疾患を治療・予防する検査ではなく、生殖に関する遺伝学的リスクや選択肢について情報を得るための方法です。

\ 「何を、いつ調べるべき?」も相談できます /検査で分かること・分からないことを、臨床遺伝専門医と確認できます

※染色体を調べたい方はNIPT(新型出生前診断)もご覧ください

7. よくある誤解

誤解①「遺伝性疾患は必ず遺伝する」

親のどちらも持っていない変化が、受精のときなどに新しく生じる(de novo変異)ことがあります。家族に病気の人がいなくても、遺伝性疾患は起こりえます。

誤解②「家族に病気がなければ関係ない」

常染色体潜性疾患では、保因者本人が明らかな症状を示さないことが多く、家族歴がなくても保因者であることがあります。家族歴だけでは保因者かどうかを判断できません。

誤解③「遺伝子異常と染色体異常は同じ」

遺伝子異常は遺伝子(配列)レベル、染色体異常は染色体(数・構造)レベルの変化で、調べる検査も異なります。

誤解④「遺伝性疾患はすべて治らない」

治療は病気ごとに異なります。対症療法・酵素補充・移植のほか、一部の病気では遺伝子治療も実用化されています。「治らない」と一律に決めつけることはできません。

この記事のまとめ ─ 遺伝性疾患の全体像

ここまでの要点を、一覧で整理します。詳しくは各セクションをご覧ください。

🧬 遺伝性疾患のポイント

項目 内容
定義 遺伝子・染色体の変化が原因で起こる病気の総称。判明しているものだけで7,000超
種類 単一遺伝子疾患・染色体異常・多因子疾患+ミトコンドリア遺伝
紛らわしい言葉 遺伝性疾患・遺伝子疾患・遺伝病は重なって使われるが完全な同義語ではない/遺伝子レベルの病的バリアントと染色体異常では変化の階層・検査法が異なる/先天性疾患と遺伝性疾患は重なるが同一ではない
遺伝する確率 顕性1/2・潜性1/4・X連鎖など。発症は浸透率で変わり、個人の確率と混同しない
必ず遺伝しない 新しく生じる変化(de novo)があり、家族歴がなくても起こる
検査 遺伝子検査・染色体検査・保因者検査・NIPT・確定検査・着床前診断。すべては網羅できない
治療・予防 疾患ごとに対症療法・補充療法・移植・遺伝子治療など。発症・合併症予防と、生殖に関する検査・選択肢は区別して考える

個別の疾患名から探す場合は遺伝性疾患の一覧(疾患索引)をご利用ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 遺伝性疾患と遺伝子疾患・遺伝病はどう違いますか?

「遺伝性疾患」「遺伝子疾患」「遺伝病」は日本語では重なって使われることが多い言葉ですが、完全な同義語ではありません。英語のgenetic disorderは遺伝情報の変化が原因となる疾患を広く指し、親から受け継いだ変化だけでなく、de novoに生じた病的バリアントによる疾患も含みます。一方、hereditaryは一般に親から子へ受け継がれる性質を強く示す語です。本記事では、日本語として広く用いられる「遺伝性疾患」を、遺伝情報の変化が病因に関与する疾患を扱う総称として用います。

Q2. 遺伝性疾患は必ず子どもに遺伝しますか?

必ずしも遺伝しません。両親のどちらも持っていない変化が、精子・卵子ができる過程や受精のときに新しく生じることがあり、これを新生突然変異(de novo変異)といいます。一人の子どもが受け継ぐDNAには平均して70個前後の新しい変化が生じるとされ、その大半は健康に影響しませんが、まれに病気の原因となる場所に生じます。そのため、家族に同じ病気の人がいなくても遺伝性疾患は起こりえます。

Q3. 遺伝性疾患が子どもに遺伝する確率は?

遺伝形式によって異なります。常染色体顕性(優性)遺伝では子に1/2(50%)、常染色体潜性(劣性)遺伝では両親がともに保因者のとき子に1/4(25%)、X連鎖潜性遺伝では母が保因者の場合に男児の1/2が発症します。ただしこれは「変化を受け継ぐ確率」であり、受け継いでも発症するかどうかや症状の程度は、病気ごとの浸透率などによって変わります。集団の確率をそのまま個人に当てはめられない点に注意が必要です。

Q4. 遺伝性疾患は何種類ありますか?

原因遺伝子や病態が判明しているものだけでも、7,000を超える疾患が知られており、原因となる遺伝子は4,800以上にのぼります(OMIMデータベース)。その多くは1つの遺伝子の変化による単一遺伝子疾患です。ただし研究の進展により数は日々更新されており、これらは概数として理解してください。

Q5. 遺伝子異常と染色体異常の違いは何ですか?

変化が起きる「階層」が異なります。遺伝子異常は、1つの遺伝子の中のDNAの並び(配列)が変わる小さな変化です。染色体異常は、染色体の本数が多い・少ない(数的異常)、あるいは一部が欠けたり入れ替わったりする(構造異常)といった、より大きな単位の変化です。前者は遺伝子検査、後者は染色体検査(核型分析やマイクロアレイ)で調べます。

Q6. 遺伝性疾患と先天性疾患の違いは何ですか?

先天性疾患は、胎内で生じる構造的・機能的な異常の総称で、出生後に初めて認識されることもあります。原因には遺伝子・染色体の変化のほか、感染や薬剤などの環境要因もあります。遺伝性疾患は遺伝情報の変化が病因に関与する疾患で、両者は重なりますが同じではありません。

Q7. 遺伝性疾患は治りますか?

病気の種類によって異なります。多くの治療は、原因の遺伝子変化そのものを元に戻すのではなく、症状を和らげ合併症を防ぐことを目的とします(対症療法・酵素補充療法・食事療法・移植など)。一方で、遺伝性網膜ジストロフィー、脊髄性筋萎縮症、鎌状赤血球症などの一部の病気では、原因に直接はたらきかける遺伝子治療が承認されています。ただし適用は特定の病気に限られ、すべてに使えるわけではありません。

Q8. 遺伝性疾患は予防できますか。検査でわかりますか?

遺伝子・染色体の変化そのものを生活習慣で防ぐことはできません。「予防」とは、前もって正確な情報と選択肢を知っておくことを指し、遺伝カウンセリング、妊娠前の保因者スクリーニング、出生前・着床前の検査といった方法があります。検査で調べられるのは一部で、新しく生じる変化(de novo変異)や多因子疾患のように予測が難しいものもあります。検査が陰性でも、リスクがゼロになるわけではありません。

Q9. なぜ男の子に多い遺伝性疾患があるのですか?

原因遺伝子がX染色体上にあるX連鎖疾患では、男性は通常X染色体を1本しか持たないため、病的バリアントの影響が表現型に現れやすくなります。一方、女性ヘテロ接合体も必ず無症状とは限らず、症状を呈することがあります。血友病やデュシェンヌ型筋ジストロフィーが代表例です。

🏥 遺伝性疾患・遺伝子検査のご相談

遺伝性疾患や遺伝子検査、検査結果の意味についてのご質問は、
臨床遺伝専門医が運営し、責任をもって支援するミネルバクリニックへ。
検査を検討している方に向けて、分かること・分からないことを整理します。

参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 当サイトの記事は、院長が自ら執筆し、医学的な内容を確認してから公開しています。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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