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PCOSと子どもの神経発達障害リスク:最新の研究から見えてくるもの

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)だと障害のある子が生まれやすいって本当ですか?という質問を患者さんからいただいたので、ページを作成します。

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、生殖年齢の女性の7〜10%に影響を与える最も一般的な内分泌疾患です。PCOSは不妊の主な原因となるだけでなく、高アンドロゲン血症、不規則な月経周期、多嚢胞性卵巣形態などの特徴的な症状を引き起こします。近年の研究により、PCOSを持つ母親から生まれた子どもたちが、様々な神経発達障害や精神疾患のリスクが高くなる可能性があることが明らかになってきました。

PCOSと子どもの神経発達障害:主な研究結果

スウェーデン、中国、フィンランドの大規模研究

Human Reproduction誌に掲載された研究では、1996年から2014年にフィンランドで生まれた100万人以上の赤ちゃんを対象に、2018年末まで追跡調査を行いました。この研究は、PCOSと幅広い障害との関連を示した最初の研究であり、これまでで最大規模のものです。

主な結果は以下の通りです:

  1. PCOSの母親から生まれた子どもは、神経発達障害または精神疾患のリスクが1.3倍高くなりました。
  2. 特に、以下の障害のリスクが増加しました:
    • 睡眠障害:1.5倍
    • ADHD、行動障害、チック障害:1.4倍
    • 知的障害と自閉症スペクトラム障害:1.4倍
    • 発達障害と摂食障害:約1.4倍
    • 不安障害:1.3倍
    • 気分障害:約1.3倍
    • その他の行動および情緒障害:約1.5倍
  3. 追跡期間中、PCOSの母親から生まれた子どもの10.3%(24,682人中2,532人)が神経精神医学的診断を受けました。一方、PCOSでない母親から生まれた子どもでは9.6%(1,073,071人中102,877人)でした。
  4. PCOSの母親から生まれた子どもの神経精神医学的障害のリスクは、PCOSでない母親の子どもと比較して1.3倍高くなりました。これは、母親のPCOSにより10万人あたり700人多くの子どもが何らかの精神的健康問題を抱えて生まれることを意味します。

カーディフ大学の研究

カーディフ大学の研究者らによる研究では、PCOSの母親から生まれた子どもがADHDと自閉症スペクトラム障害を発症するリスクが高いことが示されました。この研究では、英国の674の一次医療機関から収集された1100万人の患者記録を含むClinical Practice Research Datalink (CPRD)データベースを活用し、PCOSと診断された約17,000人の女性の精神健康歴を評価しました。

主な結果は以下の通りです:

  1. PCOSの女性は、うつ病、不安障害、双極性障害、摂食障害などの精神健康障害と診断される可能性が高くなりました。
  2. PCOSの母親から生まれた子どもは、ADHDと自閉症スペクトラム障害を発症するリスクが高くなりました。

リスク増加の要因

PCOSの母親から生まれた子どもの神経発達障害リスク上昇の要因として、以下のような可能性が考えられています:

  1. 子宮内での過剰なアンドロゲン曝露:PCOSの母親の体内では男性ホルモン(アンドロゲン)レベルが高く、胎児の脳発達に影響を与える可能性があります。
  2. 代謝異常:PCOSに伴うインスリン抵抗性や肥満が、胎盤形成や子宮内膜機能に影響を与える可能性があります。
  3. 妊娠合併症:PCOSの母親は妊娼糖尿病や周産期の問題(早産、低出生体重児など)を発症するリスクが高く、これらが子どもの神経発達に影響を与える可能性があります。
  4. 遺伝的要因:PCOSと発達障害に共通の遺伝的要因がある可能性も示唆されています。

リスクを増加させる追加要因

研究結果から、以下の要因がPCOSの母親から生まれた子どもの神経発達障害リスクをさらに高める可能性があることが分かりました:

  1. 母親の肥満:PCOSの母親が重度の肥満である場合、子どもの神経精神医学的障害のリスクは2倍以上に増加しました。
  2. 周産期の問題:PCOSの母親が周産期の問題を経験した場合、リスクは2倍に増加しました。
  3. 妊娠糖尿病:PCOSと妊娠糖尿病を併発した母親の子どもは、妊娠糖尿病のみの母親の子どもと比較してリスクが高くなりました(ハザード比1.70 vs 1.30)。
  4. 帝王切開:PCOSの母親が帝王切開で出産した場合、リスクがさらに増加しました(ハザード比1.71 vs 1.29)。

性差によるリスクの違い

いくつかの研究では、PCOSの母親から生まれた子どもの神経発達障害リスクに性差があることが報告されています:

  1. スウェーデンの研究では、ADHDと自閉症スペクトラム障害のリスクは、男児よりも女児で高くなりました:
    • ADHD:女児(調整済みハザード比1.61)vs 男児(調整済みハザード比1.37)
    • 自閉症スペクトラム障害:女児(調整済みハザード比2.02)vs 男児(調整済みハザード比1.46)
  2. ただし、チック障害については性差が見られませんでした。

PCOSの治療と神経発達障害リスク

PCOSの治療を受けることで、子どもの発達障害リスクを低減できる可能性があります。ある研究では、治療を受けていないPCOSの母親から生まれた子どもは、治療を受けているPCOSの母親の子どもと比較して、ASQ(Ages and Stages Questionnaire)の失敗リスクが高くなる傾向が見られました。

注意点と今後の課題

  1. リスク上昇は相対的なものであり、絶対的なリスクはそれほど高くありません。例えば、ある研究ではPCOSの母親の子どもの10.3%に精神神経発達障害の診断があり、PCOSでない母親の子どもでは9.6%でした。
  2. すべてのPCOSの女性から障害のある子どもが生まれるわけではありません。多くの場合、健康な子どもが生まれます。
  3. 早期発見と適切な支援により、発達障害のある子どもの予後を改善することができます。
  4. PCOSと子どもの神経発達障害の関連メカニズムについては、さらなる研究が必要です。特に、子宮内でのアンドロゲン曝露の影響や、PCOSに関連する代謝異常の役割について、より詳細な調査が求められます。
  5. PCOSの治療が子どもの神経発達障害リスクに与える影響についても、さらなる研究が必要です。

結論

PCOSを持つ母親から生まれた子どもたちは、様々な神経発達障害や精神疾患のリスクが高くなる可能性があることが、複数の大規模研究により示されています。特に、ADHD、自閉症スペクトラム障害、不安障害、気分障害などのリスクが増加する傾向が見られます。

しかし、これらの研究結果は、PCOSの女性が必ず障害のある子どもを産むということを意味するものではありません。むしろ、これらの知見は、PCOSを持つ女性とその子どもたちに対する早期スクリーニングと適切なサポートの重要性を強調するものです。

PCOSの適切な管理と治療、健康的なライフスタイルの維持、妊娠中の適切なケアなどにより、リスクを軽減できる可能性があります。また、子どもの発達を注意深く観察し、必要に応じて早期介入を行うことで、長期的な予後を改善することができるでしょう。

今後の研究では、PCOSと子どもの神経発達障害の関連メカニズムをより詳細に解明し、効果的な予防策や介入方法を開発することが期待されます。また、PCOSの女性とその家族に対する包括的なサポートシステムの構築も重要な課題となるでしょう。

参考文献

  1. Frontiers in Public Health. (2023). Association between maternal polycystic ovary syndrome and attention deficit/hyperactivity disorder in offspring.
  2. Nature. (2018). Polycystic ovary syndrome and autism: A test of the prenatal sex steroid theory.
  3. Obstetrics & Gynecology. (n.d.). Maternal polycystic ovary syndrome and attention deficit hyperactivity disorder in the offspring.
  4. PMC. (2019). Maternal polycystic ovary syndrome and risk of neuropsychiatric disorders in offspring.
  5. Human Reproduction. (2020). Association of polycystic ovary syndrome or anovulatory infertility with offspring psychiatric and mild neurodevelopmental disorders.
  6. Cardiff University. (2018). PCOS link to ADHD and autism spectrum disorder.
  7. HCPLive. (2020). PCOS Increases Risk of Psychiatric, Neurodevelopment Disorders in Offspring.
  8. Facts About Fertility. (n.d.). Association of PCOS with Psychiatric and Neurodevelopmental Disorders in Offspring.
  9. Children’s Health Council. (2024). NIH Study Suggests Children of Mothers With PCOS May Be at Higher Risk for Anxiety, ADHD.
  10. The Journal of Maternal and Child Health. (2023). Meta Analysis: Effects of Polycystic Ovarian Syndrome and Maternal Diabetes on Autism in Children.
プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、1995年に医師免許を取得して以来、のべ10万人以上のご家族を支え、「科学的根拠と温かなケア」を両立させる診療で信頼を得てきました。『医療は科学であると同時に、深い人間理解のアートである』という信念のもと、日本内科学会認定総合内科専門医、日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医、日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医としての専門性を活かし、科学的エビデンスを重視したうえで、患者様の不安に寄り添い、希望の灯をともす医療を目指しています。

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