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ATRX遺伝子と関連疾患 – 遺伝子検査の重要性

ATRX遺伝子は、クロマチン構造の維持と遺伝子発現の調節に重要な役割を果たす遺伝子です。この遺伝子の変異は、X連鎖α-サラセミア精神遅滞症候群(ATR-X症候群)をはじめとする複数の希少疾患を引き起こすことが知られています。本記事では、ATRX遺伝子の機能関連疾患遺伝形式、そして遺伝子検査の重要性について詳しく解説します。

ATRX遺伝子とは

ATRX(Alpha Thalassemia/Mental Retardation Syndrome X-linked)遺伝子は、X染色体の長腕(Xq21.1)に位置しています。この遺伝子は、クロマチン再構成因子として機能するタンパク質をコードしており、DNAの巻き付き構造(クロマチン)を調節する役割を担っています。

ATRX遺伝子は非常に大きく、約300キロベース(kb)にわたり、36個のエクソンで構成されています。このエクソンからATRXタンパク質が合成され、そのサイズは約280kDaと非常に大きなタンパク質です。ATRXタンパク質は主に2つの機能的に重要な領域を持っています。

  • N末端領域:PHD様(plant homeodomain-like)ドメインと呼ばれる亜鉛フィンガードメインを含み、特定のDNA配列やヒストン修飾を認識する役割を担っています。この領域は、特にヒストンH3のメチル化修飾(H3K9me3、H3K4me0)を認識することが知られています。
  • C末端領域:SWI/SNF2(SWItch/Sucrose Non-Fermentable)ファミリーに類似したATPase/ヘリカーゼドメインを含み、ATPのエネルギーを利用してクロマチン構造を変化させる活性を持っています。

ATRX遺伝子がコードするタンパク質は、以下のような重要な機能を持っています。

  • クロマチン構造の維持と再構成:ATRXタンパク質は、特に異質染色質(ヘテロクロマチン)領域やテロメア近傍、遺伝子繰り返し配列など特殊なDNA構造を持つ領域でクロマチン構造を調節します。これにより遺伝子の発現が適切に制御されます。
  • ヒストンシャペロンDAXXとの相互作用:ATRXはDAXX(Death Domain-Associated Protein)と複合体を形成し、ヒストンバリアントH3.3の特定のゲノム領域への取り込みを促進します。これは遺伝子発現調節において重要な役割を果たします。
  • DNA修復プロセスへの関与:DNA損傷の修復過程に関与し、ゲノムの安定性維持に貢献しています。特に複製ストレスや二本鎖切断の修復プロセスに関わっています。
  • 細胞分裂時の染色体分配:有糸分裂中の染色体の適切な分配を確保し、染色体不安定性を防ぐ役割があります。
  • 遺伝子発現の調節:ATRXは特定の遺伝子座での転写活性を調節し、適切な遺伝子発現パターンを維持します。特に発生過程や神経細胞分化において重要です。
  • テロメア(染色体末端)の保護:テロメア領域のクロマチン状態を調節し、テロメアの安定性を維持する役割があります。ATRXの機能喪失は、テロメア伸長の代替機構(ALT: Alternative Lengthening of Telomeres)の活性化と関連しています。
  • G四重鎖(G-quadruplex)DNA構造の解消:グアニンに富んだDNA配列が形成する特殊な構造(G四重鎖)を解消し、DNA複製やDNA修復を促進します。

特に、ATRX遺伝子は脳の発達過程において重要な役割を果たしており、この遺伝子の機能異常は神経発達に大きな影響を及ぼします。実験モデルでは、ATRX遺伝子の欠損により神経前駆細胞の分化および生存に障害が生じることが示されています。これが知的障害などの神経学的症状につながると考えられています。

また、ATRXタンパク質はα-グロビン遺伝子クラスターの発現調節にも関与しており、その機能喪失によりα-グロビン鎖の産生が減少します。これがα-サラセミア(α型サラセミア)の原因となります。興味深いことに、ATRXはα-グロビン遺伝子の発現を特異的に調節し、β-グロビン遺伝子の発現には影響を与えません。これはα-グロビン遺伝子クラスターがG四重鎖構造を形成しやすいDNA配列を持つことと関連していると考えられています。

ATRX遺伝子に関する研究は現在も進行中であり、その複雑な機能や疾患との関連性について新たな知見が蓄積されています。特に、がん研究においては、ATRX遺伝子変異が特定の腫瘍(膵臓神経内分泌腫瘍、小児膠芽腫など)で高頻度に認められることから、腫瘍発生メカニズムとの関連性が注目されています。

ATRX遺伝子関連疾患

ATRX遺伝子の変異は、主に以下の疾患と関連しています。

1. X連鎖α-サラセミア精神遅滞症候群(ATR-X症候群)

この症候群は、ATRX遺伝子の機能喪失型変異によって引き起こされる希少な遺伝性疾患です。主な特徴として。

  • 重度から中等度の知的障害
  • 特徴的な顔貌(三角形の顔、小さな鼻、上唇の異常など)
  • α-サラセミア(軽度から中等度の貧血)
  • 生殖器の異常(尿道下裂、停留精巣など)
  • 筋緊張低下
  • 骨格の異常
  • てんかん発作

臨床的特徴の多様性:ATR-X症候群の症状の重症度は個人によって大きく異なります。同じ家族内でも、同じ遺伝子変異を持つ患者間で症状の表れ方が異なることがあります。これは、ATRX遺伝子が多数の遺伝子発現を調節するため、その影響が幅広く現れるためです。

サラセミアとは

サラセミア(英:Thalassemia)は、ヘモグロビンを構成するグロビン鎖の合成障害によって起こる遺伝性の貧血症です。ヘモグロビンは主にα鎖とβ鎖から構成されており、それぞれの合成に障害がある場合に応じて。

  • α-サラセミア:α-グロビン鎖の産生が減少する疾患で、軽度から重度まで様々な症状を示します。最も重症の型は通常、胎内死亡をきたします。
  • β-サラセミア:β-グロビン鎖の産生が減少する疾患で、地中海沿岸地域やアジアで比較的多く見られます。

サラセミアの症状は、貧血、疲労、顔面蒼白、黄疸、肝臓や脾臓の腫大などが一般的です。ATRX症候群に見られるα-サラセミアは通常軽度で、血液検査でHbH封入体(異常なヘモグロビン凝集体)が観察されることがあります。

2. X連鎖知的障害・低緊張顔貌症候群

この症候群は、ATR-X症候群の一部として、または独立した疾患としても報告されています。主な特徴は。

  • 知的障害
  • 顔面の筋緊張低下による特徴的な顔貌
  • α-サラセミアを伴わない場合もある

3. 体細胞性α-サラセミア骨髄異形成症候群

主に高齢男性に発症する後天的な疾患で、骨髄異形成とATRX遺伝子の体細胞変異によるα-サラセミアを特徴とします。

膵臓神経内分泌腫瘍や小児膠芽腫との関連:近年の研究により、ATRX遺伝子の体細胞変異が特定のがん(膵臓神経内分泌腫瘍や小児膠芽腫など)の発生に関与していることが明らかになっています。これらの腫瘍では、テロメア伸長の代替機構(ALT)が活性化されていることが多く、ATRX機能の喪失がこのプロセスに関与していると考えられています。

ATRX遺伝子の遺伝形式

ATRX遺伝子関連疾患の主な遺伝形式はX連鎖劣性(潜性)遺伝です。これは以下を意味します。

  • 男性患者:男性はX染色体を1つしか持たないため、変異のあるX染色体を持つと症状が現れます。
  • 女性保因者:女性は2つのX染色体を持ち、そのうち1つに変異がある場合は通常「保因者」となります。保因者は通常無症状か、非常に軽度の症状を示すのみです。
  • X染色体不活性化:女性の体内では、2つあるX染色体のうち1つがランダムに不活性化されます(ライオニゼーション)。ATRX遺伝子変異を持つ女性では、正常なX染色体が優先的に活性化される「偏ったX染色体不活性化」がしばしば観察されます。

遺伝的モザイシズム:まれに、ATRX遺伝子変異が生殖細胞系列モザイシズム(親の一部の生殖細胞のみに変異がある状態)または体細胞モザイシズム(体の一部の細胞のみに変異がある状態)として存在することがあります。このような場合、症状は通常より軽度であったり、部分的であったりすることがあります。

ATRX遺伝子変異の遺伝リスク

ATRX遺伝子変異を持つ方の子どもへの遺伝リスクは以下の通りです。

  • 変異を持つ男性の場合
    • 全ての娘さんが保因者となります(100%)
    • 息子さんには変異は遺伝しません(0%)
  • 女性保因者の場合
    • 息子さんが変異を受け継ぐ確率は50%
    • 娘さんが保因者となる確率は50%

ATRX遺伝子検査と保因者検査

ATRX遺伝子の検査は、以下のような場合に考慮されます。

  • ATR-X症候群の臨床症状を示す患者さん
  • X連鎖知的障害・低緊張顔貌症候群の症状がある方
  • 原因不明のα-サラセミアを伴う知的障害がある方
  • ATR-X症候群の家族歴がある女性(保因者検査)

保因者検査の重要性

ATRX遺伝子関連疾患の家族歴がある女性は、将来の妊娠計画に関する重要な情報を得るために保因者検査を検討することが推奨されます。この検査により、お子さんに疾患が遺伝するリスクを事前に把握し、適切な対応を計画することができます。

ミネルバクリニックでは、拡大版保因者検査においてATRX遺伝子を含む多数の遺伝子変異の検査を提供しています。

拡大版保因者検査についてもっと詳しく

ATRX遺伝子の検査データ

遺伝子 疾患 遺伝形式 対象人口 保因者頻度 検出率 検査後保因確率 残存リスク
ATRX X連鎖α-サラセミア精神遅滞症候群 X連鎖 一般集団 25万人に1人未満 99% 2500万人に1人 1000万人に1人未満

ATRX遺伝子変異と遺伝カウンセリング

ATRX遺伝子関連疾患は複雑で、その影響は多岐にわたります。そのため、以下のような方には遺伝カウンセリングをお勧めしています。

  • ATRX遺伝子関連疾患の診断を受けた方とそのご家族
  • 家族にATR-X症候群患者がおり、保因者の可能性がある女性
  • 保因者検査で陽性結果が出た女性
  • ATRX遺伝子関連疾患の家族歴があり、妊娠を計画している方

ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医による専門的な遺伝カウンセリングを提供しています。遺伝カウンセリングでは、以下のようなサポートを受けることができます。

  • ATRX遺伝子と関連疾患についての詳細な情報提供
  • 遺伝形式と家族への影響の説明
  • 適切な検査オプションについての相談
  • 検査結果の解釈と今後の対応についての助言
  • 妊娠前・妊娠中の選択肢についての情報提供
  • 心理的・社会的サポート

遺伝カウンセリングについてもっと詳しく

ATRX遺伝子変異と妊娠・出産

ATRX遺伝子変異の保因者である女性が妊娠を計画または妊娠中の場合、以下のような選択肢があります。

  • 出生前診断:妊娠中に胎児がATRX遺伝子変異を持っているかどうかを検査する方法です。
    • 絨毛検査(CVS):妊娠11〜13週頃に実施
    • 羊水検査:妊娠15〜18週頃に実施
  • 着床前遺伝子診断(PGT):体外受精(IVF)と組み合わせて、ATRX遺伝子変異を持たない胚を選択して移植する方法です。
  • 配偶子提供:ドナーの卵子または精子を使用する選択肢です。
  • 養子縁組:遺伝的なリスクを回避する別の選択肢です。

個別化された対応:どの選択肢が最適かは、個人の価値観、信念、状況によって大きく異なります。臨床遺伝専門医との相談を通じて、ご自身の状況に最も適した選択肢を検討することをお勧めします。

ATRX遺伝子研究の最新動向

ATRX遺伝子に関する研究は現在も活発に行われており、以下のような分野で進展が見られています。

  • 分子メカニズムの解明:ATRX遺伝子がどのようにクロマチン構造を調節し、遺伝子発現に影響するかについての理解が深まっています。
  • がん研究:ATRX遺伝子変異とテロメア維持機構の関連性、およびそのがん発生への影響に関する研究が進んでいます。
  • 治療法の開発:ATRX遺伝子関連疾患に対する新たな治療アプローチの開発が進められています。
  • 診断技術の向上:より正確で包括的な遺伝子検査方法の開発が進んでいます。

これらの研究の進展により、将来的にはATRX遺伝子関連疾患の診断、管理、そして治療の改善が期待されています。

まとめ

ATRX遺伝子はクロマチン構造の維持と遺伝子発現の調節に重要な役割を果たす遺伝子です。その変異は、X連鎖α-サラセミア精神遅滞症候群(ATR-X症候群)をはじめとする複数の希少疾患の原因となります。

ATRX遺伝子関連疾患は、X連鎖劣性遺伝形式をとるため、主に男性に症状が現れ、女性は通常保因者となります。保因者検査と遺伝カウンセリングは、リスクのある方々が将来の計画を立てる上で重要な情報を提供します。

ミネルバクリニックでは、拡大版保因者検査臨床遺伝専門医による専門的な遺伝カウンセリングを通じて、ATRX遺伝子関連疾患に関する不安や疑問にお応えしています。

専門家のサポート:遺伝子に関するご質問やご不安は、一人で抱え込まずに専門家にご相談ください。ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が個別の状況に応じた適切な情報と支援を提供いたします。

参考文献

  1. Gibbons RJ, Higgs DR. Molecular-clinical spectrum of the ATR-X syndrome. Am J Med Genet. 2000;97(3):204-212.
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プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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