ASS1遺伝子はアルギニノコハク酸合成酵素-1をコードし、尿素回路において重要な役割を果たしています。この遺伝子の変異は、シトルリン血症と呼ばれる代謝疾患を引き起こします。本記事では、ASS1遺伝子の機能や変異、そしてシトルリン血症の症状や診断方法について詳しく解説します。

ASS1遺伝子とは

ASS1遺伝子(Argininosuccinate Synthetase 1)は、9番染色体長腕(9q34.11)に位置する遺伝子です。この遺伝子は、アルギニノコハク酸合成酵素-1(EC 6.3.4.5)をコードしています。この酵素は主に肝臓の門脈周囲肝細胞に発現していますが、体の他の組織にも存在します。

ASS1酵素の主な機能

  • シトルリンとアスパラギン酸からアルギニノコハク酸を合成する反応を触媒
  • ATP(アデノシン三リン酸)をエネルギー源として使用
  • 尿素回路において重要な役割を果たす
  • アルギニンの合成に関与

ASS1酵素は、分子量45kDのモノマーが4つ結合したホモテトラマー構造を持つタンパク質です。この酵素は3つのドメインから構成されています:

  • ヌクレオチド結合ドメイン
  • 合成酵素ドメイン
  • C末端オリゴマー化ドメイン

ASS1遺伝子の構造

ASS1遺伝子は16個のエクソンから構成されています。開始コドンはエクソン3に、終止コドンはエクソン16に位置しています。この遺伝子からコードされるタンパク質は412アミノ酸残基から成り、分子量は約46kDaです。

興味深いことに、ASS1遺伝子には10〜14個の相同配列が人間のゲノム全体に散在していますが、9q34に位置する配列のみが機能的なタンパク質をコードしています。他の配列は偽遺伝子(pseudogenes)として存在しています。

ASS1遺伝子と細胞増殖

最近の研究により、がん細胞においてASS1の活性が低下すると、ピリミジン合成が促進され、細胞増殖が支援されることが明らかになっています。これは、ASS1の活性低下ががん細胞の増殖メカニズムの一つである可能性を示唆しています。

がん研究との関連

ASS1の活性低下は、細胞質内のアスパラギン酸レベルを上昇させ、CAD(カルバモイルリン酸合成酵素2、アスパラギン酸トランスカルバミラーゼ、ジヒドロオロターゼ複合体)の活性化を促進します。この経路を阻害することで、ASS1が低下しているさまざまながんの増殖を抑制できる可能性があります。

シトルリン血症とASS1遺伝子変異

シトルリン血症(Citrullinemia)は、ASS1遺伝子の変異によって引き起こされる常染色体劣性(潜性)遺伝疾患です。この疾患には主に2つのタイプがあります:

  1. I型(古典型)シトルリン血症:ASS1酵素の欠損によるもの
  2. II型シトルリン血症:ASS1の基質の利用可能性が低下することによるもの(シトリン[SLC25A13]の欠損が原因)

これまでにASS1遺伝子には87種類以上の変異が報告されており、遺伝子全体にわたって分布しています。遺伝子型から表現型(症状の現れ方)を予測することは難しいケースが多いですが、エクソン15のG390R変異(603470.0009)が古典的表現型を持つ患者で最も一般的な単一変異であることがわかっています。

ASS1変異の地域差

日本人の古典的シトルリン血症患者では、エクソン7の欠失(IVS6AS-2 A-G変異、603470.0003)が高頻度で見られます。この変異は日本人の罹患アレルの19/33(約58%)を占めていますが、米国ではより多様な変異が見られます。

また、G390R変異(603470.0009)は18家系、R304W変異(603470.0010)は10家系(9家系は日本から、1家系はトルコから)で報告されています。

遺伝子 疾患 遺伝形式 対象人口 保因者頻度 検出率 検査後保因確率 残存リスク
ASS1 シトルリン血症 常染色体劣性 一般集団 119人に1人 96% 2,951人に1人 1,404,676人に1人
東アジア集団 132人に1人 96% 3,276人に1人 1,729,728人に1人

シトルリン血症の症状と診断

シトルリン血症の症状は、発症時期や重症度によって異なります。大きく分けて以下のようなタイプがあります:

  • 新生児型/早期発症型:生後間もなく症状が現れ、治療せずに放置すると致命的になりうる最も重篤な形態
  • 遅発型/成人型:症状が穏やかで、成人期まで気づかれないことも
  • 無症候性:血液検査でシトルリンの上昇が見られるが、症状を示さないタイプ

シトルリン血症の主な症状

  • 高アンモニア血症
  • 嘔吐
  • 哺乳困難(新生児の場合)
  • 嗜眠(異常な眠気)
  • けいれん
  • 発達遅延
  • 肝機能障害
  • 意識障害(重症の場合)

特に妊娠中や産後に症状が悪化するケースも報告されています。

診断は以下の検査によって行われます:

  • 血中アミノ酸分析(シトルリンの上昇を確認)
  • 血中アンモニア値の測定
  • 肝生検によるASS1酵素活性の測定
  • ASS1遺伝子の遺伝子検査
  • 新生児マススクリーニング(一部の国や地域で実施)

ASS1遺伝子のバリアント(変異型)

ASS1遺伝子には多くのバリアント(変異型)が報告されています。主なものには以下のようなものがあります:

バリアント 変異内容 疾患表現型
EX5DEL (603470.0001) エクソン5の欠失(3-4kb) 古典型シトルリン血症
IVS6AS, A-G, -2 (603470.0003) イントロン6のアクセプタースプライス部位の変異 古典型シトルリン血症(日本人に多い)
GLY390ARG (603470.0009) コドン390のグリシンからアルギニンへの置換 古典型シトルリン血症(最も一般的な変異の一つ)
ARG304TRP (603470.0010) コドン304のアルギニンからトリプトファンへの置換 古典型シトルリン血症(日本とトルコに多い)
TRP179ARG (603470.0015) コドン179のトリプトファンからアルギニンへの置換 軽症シトルリン血症
GLY362VAL (603470.0016) コドン362のグリシンからバリンへの置換 軽症シトルリン血症

特筆すべきは、ASS1変異の多くがCpGジヌクレオチド内のC:G-T:A遷移を含んでいることです。これは、DNA変異が起こりやすいホットスポットとなっている可能性を示唆しています。

CpGジヌクレオチドとDNA変異のホットスポット

CpGジヌクレオチドとは、DNAの塩基配列において「シトシン-グアニン」の順で並んだ部分を指します。このCpG配列は以下の理由でDNA変異が特に起こりやすい領域となっています:

  • CpG配列のシトシンは、メチル化(化学修飾)されやすい特性があります
  • メチル化されたシトシン(5-メチルシトシン)は、自然に脱アミノ化してチミンに変換されやすい
  • この結果、C→T変異(相補鎖ではG→A変異)が高頻度で発生します
  • 通常のDNA修復システムでは、この特殊な変異を完全に防ぐことができません

ASS1遺伝子においても、こうしたCpG配列での変異が多数報告されており、コバヤシらの研究(1991年)では、シトルリン血症の原因となる9つのミスセンス変異のうち8つがCpGジヌクレオチドでのC→T(またはG→A)変異だったことが示されています。

このようなCpG配列での高頻度変異は、ASS1遺伝子に限らず、多くの遺伝性疾患の原因となる遺伝子変異のホットスポットとなっています。

最新の研究知見:ASS1とニューロン発達の関連

最近の研究(2024年)では、ゼブラフィッシュを用いたASS1ノックダウン実験により、ASS1が脳の発達においても重要な役割を果たしている可能性が示唆されています。ASS1遺伝子の機能低下は、幼生期の中脳構造の乱れや脳サイズの縮小と関連していました。

ASS1と脳発達の関連

研究者らは、ASS1が尿素回路における既知の役割とは別に、脳発達において「ムーンライティング効果」(一つの遺伝子が複数の異なる機能を持つこと)を持つ可能性を提案しています。この知見は、シトルリン血症患者の神経学的症状の理解にも重要な示唆を与えるものです。

遺伝カウンセリングと保因者検査の重要性

シトルリン血症は常染色体劣性(潜性)遺伝形式をとるため、両親が共に保因者(キャリア)である場合、子供がこの疾患を発症するリスクは25%となります。そのため、家族計画を考える際には、遺伝カウンセリング保因者検査が重要な役割を果たします。

遺伝カウンセリングで得られる情報

  • 遺伝的リスクの評価
  • 検査オプションの説明
  • 疾患の自然経過と管理方法についての情報
  • 心理的サポートと意思決定の支援

ミネルバクリニックでは、ASS1遺伝子を含む拡大版保因者検査を提供しています。この検査では、血液サンプルからDNAを抽出し、次世代シーケンシング技術を用いてASS1遺伝子の変異を検出します。

まとめ:ASS1遺伝子とシトルリン血症の重要ポイント

  • ASS1遺伝子は尿素回路に関わる重要な酵素をコードしています
  • この遺伝子の変異はシトルリン血症を引き起こします
  • シトルリン血症は常染色体劣性(潜性)遺伝形式をとり、両親が保因者の場合、子供の発症リスクは25%です
  • 症状は新生児期の重篤な症状から、軽度あるいは無症状のケースまで多様です
  • 日本人では特定の変異(IVS6AS-2 A-G)が高頻度に見られます
  • 最新の研究では、ASS1が脳発達にも関わっている可能性が示唆されています
  • 家族計画を考える際には、遺伝カウンセリングと保因者検査が重要です

医療専門家への相談の重要性

シトルリン血症の症状や診断について懸念がある場合は、必ず医療専門家に相談してください。また、家族にシトルリン血症の患者がいる場合や、妊娠を計画している場合は、遺伝カウンセリングを受けることをお勧めします。

参考文献

  1. Engel K, Höhne W, Häberle J. (2009). Mutations and polymorphisms in the human argininosuccinate synthetase (ASS1) gene. Human Mutation, 30(3), 300-307.
  2. Kobayashi K, Jackson MJ, Tick DB, et al. (1990). Heterogeneity of mutations in argininosuccinate synthetase causing human citrullinemia. Journal of Biological Chemistry, 265(19), 11361-11367.
  3. Kobayashi K, Kakinoki H, Fukushige T, et al. (1995). Nature and frequency of mutations in the argininosuccinate synthetase gene that cause classical citrullinemia. Human Genetics, 96(4), 454-463.
  4. Rabinovich S, Adler L, Yizhak K, et al. (2015). Diversion of aspartate in ASS1-deficient tumours fosters de novo pyrimidine synthesis. Nature, 527(7578), 379-383.
  5. Seidl E, Darvish S, Jufen Z, et al. (2024). Deficiency of argininosuccinate synthetase 1 in zebrafish leads to neuronal developmental defects independent of ammonia and citrulline levels. Scientific Reports, 14, 4521.

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