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ARSA遺伝子と異染性白質ジストロフィー:特徴と遺伝形式の理解


ARSA遺伝子(アリルスルファターゼA遺伝子)は、リソソーム酵素であるアリルスルファターゼAをコードする重要な遺伝子です。この酵素に問題が生じると、神経系に深刻な影響を与える異染性白質ジストロフィー(MLD)という稀な遺伝性疾患を引き起こす可能性があります。

ARSA遺伝子の変異は、常染色体劣性(潜性)遺伝形式で次世代に伝わります。健康な保因者から生まれた子どもが発症するケースが多く、その早期発見と家族への遺伝カウンセリングは非常に重要です。

ARSA遺伝子の基本情報

ARSA遺伝子(アリルスルファターゼA遺伝子)は、22番染色体長腕の末端(22q13.33)に位置しています。ゲノム座標(GRCh38)では22:50,622,754-50,628,152に位置し、この遺伝子は8つのエクソンで構成され、リソソーム内で働くアリルスルファターゼA酵素(EC 3.1.6.8)をコードしています。HGNC(HUGO Gene Nomenclature Committee)によって承認された正式な遺伝子シンボルはARSAです。

ARSA遺伝子の構造と発現

ARSA遺伝子から転写されるmRNAは、主に2.1kb、3.7kb、4.8kbの3種類があり、これらは異なるポリアデニル化シグナルの使用によって生じると考えられています。Kreysing氏らの1990年の研究により、これらの異なるサイズのmRNAが同定されました。ヒトの線維芽細胞やヒト肝臓のRNAにおいては、2.0kbと3.9kbのmRNA種が確認されています。

この遺伝子がコードするアリルスルファターゼA酵素は、507個のアミノ酸からなるタンパク質で、その中には18個のアミノ酸からなるシグナルペプチドが含まれています。このシグナルペプチドは、タンパク質がリソソームへと正しく輸送されるために重要な役割を果たします。また、このタンパク質配列には3つの潜在的なN-グリコシル化部位が含まれており、これらの部位は酵素の安定性や機能に関与していると考えられています。

アリルスルファターゼA酵素の構造と機能

アリルスルファターゼA酵素の三次元構造は、1998年にLukatela氏らによって2.1オングストロームの解像度で決定されました。この酵素の中心部は、2つのベータプリーテッドシート構造で、これらは複数の水素結合と1つのジスルフィド橋で連結されています。大きな中央ベータプリーテッドシートは両側にいくつかのヘリックス構造と関連しており、この構造は細菌のアルカリホスファターゼに類似しています。

アリルスルファターゼA酵素の四次構造はpH依存性が高く、2つの状態間を行き来します:

  • 中性pH条件下では、主に二量体(2つの酵素分子が結合した形)として存在
  • リソソームの酸性pH条件下では、主に八量体(4つの二量体が環状に配置された構造)として存在

この二量体-八量体間の平衡は、424番目のグルタミン酸残基(Glu424)のプロトン化・脱プロトン化によって調節されています。この構造変化は酵素活性の調節に重要な役割を果たしていると考えられています。

ARSA遺伝子と酵素の生化学的役割

アリルスルファターゼA酵素は、脳や末梢神経系に存在するスルファチド(硫酸化ガラクトシルセラミド)の分解に重要な役割を果たしています。この酵素は、スルファチド分子から硫酸基を切り離す反応を触媒します。

具体的には、次の反応を促進します:

スルファチド(3-O-硫酸ガラクトシルセラミド)+ H2O → セレブロシド(ガラクトシルセラミド)+ 硫酸イオン(SO42-

この酵素反応は、ミエリン鞘の主要な構成成分であるスルファチドの代謝回転に不可欠です。ARSA酵素の欠損や機能低下が生じると、スルファチドが神経系や他の組織に蓄積し、異染性白質ジストロフィー(MLD)の特徴的な病態を引き起こします。

ARSA遺伝子と関連疾患

ARSA遺伝子の変異は、主に異染性白質ジストロフィー(MLD)という神経変性疾患を引き起こします。これはリソソーム蓄積症の一種で、神経系のミエリン鞘に影響を与える深刻な病気です。

異染性白質ジストロフィー(MLD)とは

異染性白質ジストロフィーは、アリルスルファターゼA酵素活性の低下により、脳や末梢神経系でスルファチド(硫酸化糖脂質)が蓄積することで起こる遺伝性疾患です。この蓄積がミエリン鞘を破壊し、進行性の神経機能障害を引き起こします。「異染性」という名称は、この疾患で蓄積する物質が通常とは異なる染色性を示すことに由来しています。

MLDの発症頻度は約4万人に1人と推定されていますが、特定の集団(例えばイエメン系ユダヤ人など)ではより高い頻度で見られることがあります。この疾患はリソソーム蓄積症の一種であり、リソソーム内で特定の物質を分解できないことが原因で起こります。

MLDの臨床症状は、発症年齢によって異なります:

  • 晩期乳児型(0-2歳で発症):最も重症で、一般的に生後1年から2年の間に症状が現れます。最初は運動発達の遅れや獲得した運動能力の喪失(退行)が見られ、次第に筋力低下、四肢の痙性(筋肉の異常な緊張)、視力・聴力障害、嚥下困難、てんかん発作などが進行します。多くの場合、発症から5年以内に生命予後に関わる合併症を発症します。
  • 若年型(3-16歳で発症):学童期に発症することが多く、初期症状として学業成績の低下、注意力散漫、行動の変化などの認知・情緒面の問題が現れることがあります。また、運動面では歩行障害、つまずきやすさ、筋力低下などから始まり、時間の経過とともに徐々に悪化します。晩期乳児型と比べて進行は緩やかですが、最終的には重度の障害に至ることが多いです。
  • 成人型(16歳以降に発症):精神症状が初発症状となることが特徴的で、統合失調症様の症状(幻覚、妄想)、うつ症状、人格変化、認知機能障害などから始まることが多く、誤って精神疾患と診断されることもあります。身体症状としては、運動失調(バランスや協調運動の障害)、歩行困難、末梢神経障害による感覚異常などが徐々に現れます。進行は3つのタイプの中で最も緩やかで、診断から10年以上生存する例も少なくありません。

診断と検査

MLDの診断には以下の検査が重要です:

  • ARSA酵素活性測定:血液検査で酵素活性の低下を確認します
  • 尿中硫酸化糖脂質の測定:スルファチドの排泄増加は診断の手がかりになります
  • 神経伝導速度検査:末梢神経の脱髄を評価します
  • 脳MRI検査:白質の特徴的な変化を確認します
  • 遺伝子検査:ARSA遺伝子の変異を同定します

通常、初期評価では症状と臨床所見に基づいて疑いを持ち、ARSA酵素活性の測定を行います。しかし、酵素活性の低下だけでは、臨床的に無症状の偽欠損と区別できないため、遺伝子検査や尿中硫酸化糖脂質の測定なども組み合わせて総合的に診断することが重要です。

MLDの自然経過

治療を行わない場合のMLDの自然経過は以下のようになります:

  • 晩期乳児型:急速に進行し、最終的には完全な四肢麻痺、嚥下障害、視力・聴力の喪失、けいれん発作などを引き起こします。多くの場合、診断から5年以内に呼吸器感染症などの合併症により死亡します。
  • 若年型:晩期乳児型よりも進行は緩やかですが、同様に運動機能、認知機能の進行性の低下がみられます。発症から10〜20年の経過で重度の障害状態に至ることが多いです。
  • 成人型:症状の進行は最も緩やかで、発症から数十年にわたって経過することもあります。しかし、最終的には同様に重度の神経障害に至ります。

遺伝形式と保因者頻度

MLDは常染色体劣性(潜性)の遺伝形式を示します。つまり、両親からそれぞれ変異したARSA遺伝子を1つずつ(合計2つ)受け継いだ場合にのみ発症します。両親は通常、症状を示さない保因者です。

対象集団 保因者頻度 検出率 検査後保因確率 残存リスク
一般集団 100人に1人 99% 9,901人に1人 3,960,400人に1人
白人/ヨーロッパ系集団 78人に1人 99% 7,701人に1人 2,402,712人に1人
イエメン系ユダヤ人集団 75人に1人 99% 7,401人に1人 2,220,300人に1人

ARSA遺伝子の変異タイプ

ARSA遺伝子には多くの変異タイプが報告されており、これらの変異がアリルスルファターゼA酵素の活性に影響を与え、MLDの症状の重症度や発症年齢に関連しています。

主な病的変異

ARSA遺伝子の病的変異には、ミスセンス変異(アミノ酸置換)、ナンセンス変異(終止コドンの形成)、スプライシング変異、小さな欠失などが含まれます。白人集団では、以下の2つの変異が特に頻度が高いことが知られています:

  • IVS2DS+1G-A変異(459+1G-A):エクソン2のスプライスドナー部位の変異で、MLDアレルの約25%を占め、主に晩期乳児型MLDと関連
  • P426L変異(プロリンからロイシンへの置換):MLDアレルの約25%を占め、主に若年型または成人型MLDと関連

偽欠損アレル(Pseudodeficiency Allele)

ARSA偽欠損アレルは、酵素活性が低下するものの、臨床的なMLD症状を引き起こさない変異です。一般集団の約1-2%がこのアレルのホモ接合体であると推定されています。

この偽欠損アレルには主に2つの変異が含まれています:

  • N350S変異:アスパラギンからセリンへの置換により、N-グリコシル化部位が失われる
  • ポリアデニル化シグナルの変異:AATAACからAGTAACへの変化により、ARSA mRNAの量が約90%減少

MLDの診断において、ARSA酵素活性の低下が検出された場合、それが病的変異によるものか、臨床的に無症状の偽欠損アレルによるものかを区別することが重要です。このため、遺伝子解析やスルファチド分解能の評価が診断に不可欠となります。

ARSA遺伝子検査の重要性

ARSA遺伝子検査は、以下のような様々な状況で重要な役割を果たします:

ARSA遺伝子検査が推奨される状況

  • MLDの症状が疑われる患者の確定診断
  • MLDの家族歴がある場合の保因者検査
  • 出生前診断(羊水検査や絨毛検査)
  • 新生児スクリーニング(一部の国や地域)
  • NIPTで母体の低頻度モザイクが検出された場合の確定検査

検査方法と解釈

ARSA遺伝子検査には、以下のようなアプローチがあります:

  • 酵素活性測定:血液や培養皮膚線維芽細胞でのアリルスルファターゼA酵素活性を測定
  • 遺伝子変異解析:ARSA遺伝子の特定の変異や全遺伝子配列を調べる
  • スルファチド分解能評価:培養細胞でのスルファチド代謝能力を評価(偽欠損と真の欠損を区別するのに有用)

ARSA遺伝子検査の結果解釈には、専門的な知識が必要です。検査結果によっては、以下のような複雑な状況が生じることがあります:

  • 病的変異と偽欠損アレルの区別
  • 複数の変異がある場合の相互作用の評価
  • 新規変異の病的意義の解釈
  • モザイク状態の評価

このため、検査前後の遺伝カウンセリングが非常に重要です。

ミネルバクリニックでのARSA遺伝子関連検査

ミネルバクリニックでは、ARSA遺伝子に関連する以下の検査サービスを提供しています:

拡大版保因者検査

結婚前や妊娠前のカップルを対象とした拡大版保因者検査では、ARSA遺伝子を含む多数の遺伝性疾患の保因者状態を調べることができます。この検査は、将来の妊娠計画に役立つ情報を提供します。

NIPTと確定検査

妊娠中の方には、非侵襲的出生前検査(NIPT)を提供しています。必要に応じて、確定検査(絨毛検査や羊水検査)も推奨しています。

遺伝カウンセリング

当院では、臨床遺伝専門医による専門的な遺伝カウンセリングを提供しています。検査前後のカウンセリングを通じて、検査の意義、結果の解釈、今後の選択肢について丁寧に説明します。

専門医による遺伝カウンセリングを受けてみませんか?

ARSA遺伝子やメタクロマティックロイコジストロフィーについて、専門的な観点からご相談いただけます。

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よくある質問

Q1: ARSA遺伝子の変異による病気は治療できますか?

現在、MLDに対する確立された治療法としては、早期の造血幹細胞移植や酵素補充療法があります。特に発症前や症状が軽度の段階での介入が重要です。また、遺伝子治療も研究が進められており、一部の国では承認されているアプローチもあります。

Q2: 保因者検査で陽性だった場合、どうすればよいですか?

保因者であることが判明した場合、パートナーも検査を受けることが推奨されます。両方が保因者である場合、妊娠ごとに子どもが異染性白質ジストロフィーを発症するリスクは25%です。出生前診断や着床前診断などの選択肢について、遺伝カウンセリングで相談することができます。

Q3: MLDの症状はいつ頃から現れますか?

MLDの発症年齢は、変異のタイプによって大きく異なります。晩期乳児型は生後6ヶ月から2歳頃、若年型は3歳から16歳頃、成人型は16歳以降に症状が現れます。同じ家族内でも発症年齢や重症度に差がある場合があります。

まとめ

ARSA遺伝子の変異は、異染性白質ジストロフィー(MLD)という重篤な神経変性疾患を引き起こします。この疾患は常染色体劣性(潜性)遺伝形式を示し、発症年齢によって晩期乳児型、若年型、成人型に分類されます。

ARSA遺伝子検査は、疑わしい症状がある患者の診断、保因者検査、出生前診断などに有用です。特に、遺伝的リスクが懸念される方は、専門医による適切な遺伝カウンセリングを受けることが重要です。

ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングと、ARSA遺伝子を含む拡大版保因者検査を提供しています。遺伝子検査について不安や疑問がある方は、ぜひご相談ください。

参考文献

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  5. Rauschka H, et al. Genotype-phenotype correlation in adult metachromatic leukodystrophy. Brain. 2006.
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プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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