目次 [∧]
ACOX1遺伝子は、私たちの体内で脂肪酸を代謝する上で重要な役割を果たす遺伝子です。この遺伝子に変異が生じると、様々な健康問題を引き起こす可能性があります。この記事では、ACOX1遺伝子の基本的な機能から関連疾患、そして遺伝子検査の重要性まで詳しく解説します。
ACOX1遺伝子の基本情報
ACOX1遺伝子(Acyl-CoA Oxidase 1)は17番染色体長腕(17q25.1)に位置しており、ゲノム座標では17番染色体の75,941,507塩基から75,979,166塩基までの約38kb(キロベース)の領域に広がっています。この遺伝子はパーオキシソームと呼ばれる細胞内小器官での脂肪酸代謝に関わる重要な酵素をコードしています。
ACOX1遺伝子は複数の別名を持っています:
- ACYL-CoA OXIDASE, PALMITOYL, PEROXISOMAL
- ACYL-CoA OXIDASE(ACOX)
- PALMITOYL-CoA OXIDASE
- ACYL-CoA OXIDASE, STRAIGHT-CHAIN(SCOX)
この遺伝子がコードするアシルCoAオキシダーゼ(EC 1.3.3.6)は、パーオキシソーム内での脂肪酸β酸化経路における最初の、そして律速段階となる酵素です。この酵素は特に直鎖状の脂肪酸、特にパルミトイルCoAなどの長鎖脂肪酸や超長鎖脂肪酸の代謝に重要な役割を担っています。酵素の活性により、脂肪酸の代謝過程で過酸化水素(H₂O₂)が副産物として生成されます。
ACOX1遺伝子により産生されるタンパク質は661アミノ酸からなり、活性型では二量体として機能します。このタンパク質はC末端にSer-Lys-Leu(SKL)という特徴的な配列を持ち、これがペルオキシソーム標的シグナル(PTS1)として機能します。このシグナルにより、合成されたタンパク質が細胞質からパーオキシソーム内部へと正確に輸送されるのです。
人体では、ACOX1遺伝子は主に肝臓で高い発現を示しますが、腎臓、脳、脂肪組織など他の組織でも発現しています。特に脳の発達過程では、授乳期に発現量が増加することがマウス研究で示されており、この時期の脳発達においてペルオキシソームβ酸化が重要な役割を果たしていることが示唆されています。
ACOX1とは別に、分岐鎖脂肪酸の代謝を担うACOX2(ペルオキシソーム分岐鎖アシルCoAオキシダーゼ)や、プリスタン酸などの代謝を担うACOX3(ペルオキシソームプリスタノイルアシルCoAオキシダーゼ)などの関連酵素も存在します。これらの酵素はそれぞれ異なる種類の脂肪酸の代謝に特化しており、パーオキシソーム内での多様な脂肪酸代謝を可能にしています。
ACOX1遺伝子の働き
ペルオキシソーム脂肪酸β酸化における役割
ヒトの体内では、脂肪酸の分解(β酸化)は主に2つの場所で行われています。一つはミトコンドリアであり、もう一つはペルオキシソームです。ペルオキシソームでのβ酸化は、特に超長鎖脂肪酸(C22以上)や分岐鎖脂肪酸などの特殊な脂肪酸の代謝に重要な役割を果たしています。
ペルオキシソームでの脂肪酸β酸化は、以下の3つの主要酵素によって段階的に触媒されます:
- アシルCoAオキシダーゼ(ACOX1遺伝子がコード):この酵素は脂肪酸のβ炭素とγ炭素の間の二重結合形成を触媒し、同時に分子状酸素を利用して過酸化水素(H₂O₂)を副産物として生成します。この反応によりアシルCoAから2-トランス-エノイルCoAが生成されます。
- D-3-ヒドロキシアシルCoAデヒドラターゼ/デヒドロゲナーゼ二機能性タンパク質(D-二機能性タンパク質、HSD17B4遺伝子がコード):この酵素は2つの連続した反応を触媒します。まず、2-トランス-エノイルCoAに水を付加してD-3-ヒドロキシアシルCoAを形成し、次にこれを3-ケトアシルCoAに酸化します。
- 3-オキソアシルCoAチオラーゼ(ACAA1遺伝子がコード):この酵素は3-ケトアシルCoAを切断し、アセチルCoAと、元の脂肪酸よりも2炭素短いアシルCoAを生成します。
ACOX1遺伝子がコードするアシルCoAオキシダーゼは、この経路の最初のステップを担うだけでなく、ペルオキシソームβ酸化全体の代謝速度を制御する律速酵素としての役割も果たしています。そのため、この遺伝子の異常は脂肪酸代謝に重大な影響を与えることになります。
ACOX1酵素の反応過程では、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)と呼ばれる補因子が電子伝達体として機能します。酵素反応の最初の段階でFADは還元され(FADH₂になり)、次に分子状酸素と反応して再酸化されます。この過程で過酸化水素が生成されます。ペルオキシソーム内にはカタラーゼが豊富に存在し、この過酸化水素を水と酸素に分解して解毒します。
また、ACOX1の活性によって生成される過酸化水素は、単なる副産物ではなく、細胞内のシグナル伝達にも関与しています。研究によれば、ACOX1の発現増加によって生成される過酸化水素は、転写因子NF-κB(核因子カッパB)を活性化することが示されています。この経路を通じて、ACOX1はペルオキシソーム増殖剤による細胞応答の一部を仲介していると考えられています。
遺伝子構造と発現の詳細
ACOX1遺伝子は17番染色体長腕(17q25.1)に位置し、約33キロベース(kb)のDNA領域にわたって広がっています。この遺伝子は14のエクソンから構成されており、イントロン-エクソン構造の特徴として複雑な選択的スプライシングを示します。
特に注目すべき特徴は、エクソン3に2つの異なる形態(3Iおよび3II)が存在することです。これらは選択的スプライシングに使用され、互いに排他的にmRNAに組み込まれます。その結果、以下の2つの主要なACOX1アイソフォームが生成されます:
- ACOX1-3Iアイソフォーム:このアイソフォームはエクソン3Iを含み、主にC10-CoA(中鎖脂肪酸)に対して高い活性を示します。鎖長が長くなるにつれて活性は減少します。
- ACOX1-3IIアイソフォーム:このアイソフォームはエクソン3IIを含み、より広範囲の基質に対して活性を示します。特に超長鎖アシルCoAに対しても活性を持つことが特徴です。
ヒトの繊維芽細胞を用いた研究では、両方のアイソフォームがほぼ同量で発現していることが示されています。これらの異なるアイソフォームの存在により、ACOX1は様々な鎖長の脂肪酸を効率的に代謝することができるのです。
ACOX1遺伝子の発現調節については、プロモーター領域の分析によってその詳細が明らかになっています。プライマー伸長分析の結果、開始メチオニンコドンの上流50、52、53ヌクレオチドの位置に3つの主要なキャップサイトが存在することが示されています。また、このプロモーター領域には、ペルオキシソーム増殖剤応答配列(PPRE)が含まれており、これによりペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(PPAR)を介した転写調節が可能となっています。
ACOX1遺伝子から翻訳されるタンパク質は661アミノ酸からなり、分子量約75kDaです。このタンパク質は、C末端にペルオキシソーム標的シグナル(PTS1)として機能するSer-Lys-Leu(SKL)配列を持っています。このシグナルは、タンパク質が翻訳された後、細胞質からペルオキシソーム内へと輸送されるために必須の役割を果たしています。ペルオキシソーム膜上に存在するPEX5というレセプターがSKL配列を認識し、ACOX1タンパク質をペルオキシソーム内へと運び込むのです。
ACOX1タンパク質は、活性型では二量体(ホモダイマー)として機能します。各単量体にはFAD補因子が結合しており、これが酵素反応に必須の役割を果たしています。タンパク質の結晶構造解析により、二量体形成に重要なドメインや、FAD結合部位、基質結合ポケットなどの詳細が明らかにされています。
ACOX1遺伝子の変異と関連疾患
ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ欠損症
ACOX1遺伝子に両アレル性(劣性)の変異が生じると、ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ欠損症(OMIM #264470)を引き起こします。この疾患は常染色体劣性遺伝形式をとり、両親から変異遺伝子を1つずつ受け継いだ場合に発症します。
この疾患は非常に稀であり、世界中でこれまでに約50例ほどしか報告されていません。臨床的特徴としては、乳児期から始まる進行性の神経発達障害が挙げられます。
主な症状には以下が含まれます:
- 新生児期からの筋緊張低下(筋緊張低下症)
- 重度の精神運動発達遅滞
- 難治性てんかん発作
- 感覚神経障害(特に末梢神経障害)
- 視神経萎縮による視力障害や失明
- 肝腫大や肝機能異常
- 聴覚障害
- 痙性四肢麻痺
- 顔貌異常(一部の患者で観察される)
この疾患の生化学的特徴としては、超長鎖脂肪酸(VLCFA、特にC26:0やC24:0)が血漿や組織内に著しく蓄積することが挙げられます。診断の際には、血漿中C26:0濃度の上昇やC26:0/C22:0比の増加が重要な指標となります。一方、フィタン酸やプリスタン酸などの分岐鎖脂肪酸の値は正常範囲内であることが多いです。
脳MRI検査では、白質の進行性の異常(白質ジストロフィー)が特徴的な所見として認められます。特に大脳皮質下白質、脳梁、内包などに病変が見られます。これらの白質病変は、疾患の進行に伴って拡大していきます。
ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ欠損症の病態生理学的メカニズムとしては、ACOX1酵素の欠損により超長鎖脂肪酸の分解が障害され、これらが神経系を含む各組織に蓄積することで細胞障害を引き起こすと考えられています。特にミエリン鞘(神経線維を覆う絶縁体)の形成や維持に障害が生じ、これが神経症状の主な原因となっています。
現在のところ、この疾患に対する根治的治療法は確立されておらず、対症療法が中心となります。てんかん発作に対する抗てんかん薬の投与、理学療法やリハビリテーションによる運動機能の維持、栄養サポートなどが主な治療アプローチです。また、一部の患者では脂肪制限食や特定の油脂(中鎖トリグリセリド)の摂取が推奨されることもありますが、その効果については十分な科学的根拠が示されていません。
ミッチェル症候群
近年、ACOX1遺伝子のヘテロ接合性(優性)変異がミッチェル症候群(OMIM #618960)と呼ばれる別の疾患を引き起こすことが明らかになりました。この疾患は常染色体優性遺伝形式をとり、2020年に初めて報告された比較的新しい疾患概念です。
ミッチェル症候群の特徴的な所見には以下が含まれます:
- 幼児期からの発達遅延および知的障害
- 小頭症(頭囲が小さい)
- 特徴的な顔貌(広い鼻根部、薄い上唇など)
- 末梢神経障害(感覚異常や運動障害)
- 小脳性運動失調(バランスや協調運動の障害)
- 痙性(筋肉の異常な緊張)
- 視神経萎縮による視力低下
- 脳MRIでの白質異常
興味深いことに、ミッチェル症候群は現在までに報告されたすべての症例で、ACOX1遺伝子の同じ変異(c.710A>G, p.Asn237Ser, N237S)によって引き起こされています。この変異は新生突然変異(de novo mutation)として発生することが多く、両親からの遺伝ではなく、配偶子形成時や初期胚発生の段階で生じると考えられています。
N237S変異はACOX1タンパク質の基質結合ポケット近傍に位置しており、機能獲得型(gain-of-function)変異と考えられています。モデル生物(ショウジョウバエ)を用いた研究では、この変異によりACOX1タンパク質の二量体形成が増加し、酵素活性が上昇することが示されています。また、変異タンパク質はタンパク質分解に対する抵抗性を持ち、通常より長く細胞内に留まることも明らかにされています。
この酵素活性の上昇は、過剰な過酸化水素の産生をもたらし、酸化ストレスの増加を引き起こします。実際、ミッチェル症候群のモデル動物では、脂質過酸化の増加やヒドロキシノネナール修飾タンパク質(酸化ストレスのマーカー)の蓄積が観察されています。
ミッチェル症候群の治療アプローチとしては、抗酸化物質であるN-アセチルシステインアミド(NACA)の投与が有効である可能性がモデル動物の研究で示唆されています。しかし、ヒトにおける有効性や安全性については、さらなる研究が必要です。
ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ欠損症(機能喪失型変異による)とミッチェル症候群(機能獲得型変異による)という2つの異なる疾患が同じACOX1遺伝子の異常から生じるという事実は、この遺伝子の脂肪酸代謝における重要性と、その機能のバランスが細胞の健康維持にいかに重要であるかを示しています。
ACOX1遺伝子の主要なバリアント
ACOX1遺伝子にはさまざまな病的バリアント(変異)が報告されています。以下に主要なバリアントの一部を示します:
- c.1789_1792delACTC – フレームシフト変異
- c.190_192delGTC – アミノ酸欠失変異
- c.191delT – フレームシフト変異
- c.1276_1277delGT – フレームシフト変異
- c.372_389delCATGCCCGCCTGGAACTT – エクソン3IIの18塩基欠失
- c.167dupG – フレームシフト変異
- c.1872T>A – ナンセンス変異
- c.926A>G – Q309R(グルタミンからアルギニンへの置換)
- c.928T>C – ミスセンス変異
- c.904C>T – ミスセンス変異
- c.538+1G>A – スプライシング変異
- c.431-1G>A – スプライシング変異
- c.442C>T – R148X(アルギニンから終止コドンへの置換)
これらのバリアントは、ペルオキシソームアシルCoAオキシダーゼ欠損症の原因となる可能性があります。
遺伝カウンセリングの重要性
ACOX1遺伝子変異が見つかった場合や、関連疾患のリスクが懸念される場合には、専門的な遺伝カウンセリングを受けることをおすすめします。
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が常駐し、遺伝子検査の結果解釈や今後の対応について丁寧に説明いたします。遺伝子検査の結果は時に複雑で、専門家のサポートがあることで、より適切な健康管理や家族計画の意思決定が可能になります。
まとめ:ACOX1遺伝子の理解と健康管理への活用
ACOX1遺伝子は脂肪酸代謝において重要な役割を果たし、その変異は重篤な健康問題を引き起こす可能性があります。特に家族計画を考えている方や妊娠中の方にとっては、保因者検査やNIPTを通じてACOX1遺伝子を含む遺伝子変異の有無を確認することが、将来の健康リスク管理において重要なステップとなります。
ミネルバクリニックでは、最新の遺伝子検査技術と専門的な知識を活かし、皆様の健康管理と家族計画をサポートいたします。遺伝子検査や遺伝カウンセリングについてご興味がある方は、ぜひお気軽にご相談ください。

ミネルバクリニックでは、「未来のお子さまの健康を考えるすべての方へ」という想いのもと、東京都港区青山にて保因者検査を提供しています。遺伝性疾患のリスクを事前に把握し、より安心して妊娠・出産に臨めるよう、当院では世界最先端の特許技術を活用した高精度な検査を採用しています。これにより、幅広い遺伝性疾患のリスクを確認し、ご家族の将来に向けた適切な選択をサポートします。
保因者検査は唾液または口腔粘膜の採取で行えるため、採血は不要です。 検体の採取はご自宅で簡単に行え、検査の全過程がミネルバクリニックとのオンラインでのやり取りのみで完結します。全国どこからでもご利用いただけるため、遠方にお住まいの方でも安心して検査を受けられます。
まずは、保因者検査について詳しく知りたい方のために、遺伝専門医が分かりやすく説明いたします。ぜひ一度ご相談ください。カウンセリング料金は30分16500円です。
遺伝カウンセリングを予約する