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ACADM遺伝子は脂肪酸代謝に不可欠な酵素を生成し、この遺伝子の変異は中鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症(MCAD欠損症)を引き起こします。MCAD欠損症は空腹時や感染症時に重篤な低血糖を来たす可能性がある代謝疾患です。本記事ではACADM遺伝子の機能、疾患の症状や診断法、遺伝子検査の意義について詳しく解説します。
ACADM遺伝子は、私たちの体内でエネルギーを作り出す過程で重要な役割を担うミトコンドリア酵素をコードしています。この遺伝子は染色体1p31.1に位置し、中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)と呼ばれるタンパク質の設計図となっています。ACADM遺伝子に変異が生じると、中鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症(MCAD欠損症)という代謝疾患を引き起こします。
MCAD欠損症は、体が脂肪からエネルギーを適切に作り出せなくなる常染色体劣性遺伝の代謝異常です。特に空腹時や感染症に罹患した際など、体がエネルギーを必要とする状況で重篤な低血糖や代謝性アシドーシスなどの症状を引き起こす可能性があります。日本では比較的稀な疾患とされていますが、欧米では約1万〜1万5千人に1人の割合で発症すると報告されています。
この記事では、ACADM遺伝子の機能と構造、MCAD欠損症の症状や診断方法、遺伝子検査の意義と方法、そして疾患の管理や治療法について詳しく解説します。また、保因者であるかを知ることの重要性や、ミネルバクリニックで受けられる遺伝カウンセリングと遺伝子検査についてもご紹介します。遺伝性疾患に関する正確な知識は、ご本人やご家族の健康管理に大きく貢献します。
ACADM遺伝子とは?その機能と重要性
ACADM遺伝子は染色体1p31.1に位置し、中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)をコードしています。この遺伝子はヒトの脂肪酸代謝に関わる重要な酵素ファミリーの一つで、全長約76kb、12個のエクソンから構成されています。ACADM遺伝子から作られるMCAD酵素は421アミノ酸からなるタンパク質で、ミトコンドリア内で機能します。
MCAD酵素は特に空腹時やエネルギー需要が高まった時に、炭素鎖が中程度の長さ(C4〜C12)の脂肪酸をエネルギー源として利用する過程で重要な働きをします。具体的には、脂肪酸のβ酸化の最初の反応を触媒し、脂肪酸からアセチルCoAを生成する代謝経路で不可欠な役割を果たしています。このアセチルCoAはクエン酸回路に入り、さらにATP(アデノシン三リン酸)という形でエネルギーを産生します。
MCAD酵素はホモテトラマー(4つの同一サブユニットからなる複合体)として機能し、それぞれのサブユニットには補因子としてFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)が結合しています。この構造がMCAD酵素の触媒活性にとって重要です。
MCAD酵素の機能が低下または欠損すると、中鎖脂肪酸が適切に代謝されなくなり、体内に蓄積します。これにより血中や尿中のアシルカルニチン濃度が上昇し、中鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症(MCAD欠損症)の特徴的な生化学的所見が現れます。この酵素が十分に機能しないと、特に空腹時や感染症などのストレス状態では、体は十分なエネルギーを生成できなくなり、低血糖や代謝性アシドーシスなど様々な健康問題を引き起こす可能性があります。
ACADM遺伝子は脂肪酸代謝に特化した酵素をコードしているため、食事からのエネルギー摂取が減少した時や、長時間の運動など体のエネルギー需要が高まった状況で特に重要な役割を果たします。このため、ACADM遺伝子の変異による影響は、通常の状態では顕在化せず、空腹や疾病などの身体的ストレス状態で表面化することが多いという特徴があります。
ACADM遺伝子変異と中鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症(MCAD欠損症)
ACADM遺伝子に変異が生じると、中鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症(MCAD欠損症)という常染色体劣性遺伝の代謝疾患を引き起こします。この疾患は主に欧米人において約1万〜1万5千人に1人の割合で発症するとされており、遺伝性代謝疾患の中では比較的頻度の高い疾患です。日本人では発症頻度は低いと考えられていますが、正確な頻度は明らかではありません。
MCAD欠損症は常染色体劣性遺伝形式をとります。つまり、両親からそれぞれ変異したACADM遺伝子を1つずつ受け継いだ場合(両アレル変異)に発症します。片方の親からのみ変異遺伝子を受け継いだ場合(ヘテロ接合体)は通常、症状は現れず、保因者となります。保因者は一般的に健康ですが、自分の子どもに変異遺伝子を伝える可能性があります。
主な症状と特徴
MCAD欠損症の症状は、体がエネルギー源として脂肪を必要とする状況で現れることが多く、特に以下のような特徴があります:
- 低血糖発作:特に空腹時(断食)や発熱・嘔吐などの病気の際に生じやすく、けいれんや意識障害を伴うことがあります
- 嘔吐、倦怠感:急性期には食欲不振、嘔吐、全身倦怠感などの症状が現れます
- 意識障害:低血糖に伴い、傾眠、昏睡などの意識障害が起こることがあります
- 肝機能障害:肝臓に中鎖脂肪酸が蓄積することで、肝腫大や肝機能障害を引き起こすことがあります
- 筋力低下:エネルギー不足により筋力低下が生じることがあります
- 突然死のリスク増加:治療せずに放置すると、特に小児期に突然死のリスクが高まります
- Reye様症候群:ウイルス感染時に肝不全と脳症を呈するReye様症候群の症状を示すことがあります
症状は生後数ヶ月から数年の間に初めて現れることが多く、通常は生後6ヶ月から2歳の間に最初のエピソードを経験します。初めての症状は生命を脅かすほど深刻なものになる可能性があり、適切な治療が行われないと死亡リスクが15〜25%と報告されています。
一方で、近年の新生児スクリーニングの普及により、症状が現れる前に診断される患者も増えています。また、成人まで無症状で経過し、ストレス状況下で初めて症状が現れるケースも報告されています。さらに、同じ家族内でも症状の重症度に差があることも知られており、遺伝子変異の種類や環境因子などが影響していると考えられています。
MCAD欠損症が疑われる場合、血中や尿中のアシルカルニチンプロファイルの異常パターンや有機酸分析によって診断の手がかりが得られます。特に血中のオクタノイルカルニチン(C8)の上昇が特徴的です。確定診断にはACADM遺伝子解析や酵素活性測定が行われます。
早期発見と適切な管理によって、MCAD欠損症の患者さんの多くは健康な生活を送ることができます。診断後は定期的な医療フォローアップと、空腹を避ける食事管理などの生活指導が重要となります。
ACADM遺伝子における主な変異
ACADM遺伝子にはさまざまな変異が報告されていますが、民族や地域によって変異の種類や頻度に大きな違いがあることが知られています。ACADM遺伝子変異の特徴を理解することは、診断精度の向上や効率的な遺伝子検査の実施に役立ちます。
欧米人に多い変異
欧米人のMCAD欠損症患者に最も多く見られるのはK304E(c.985A>G)変異です。この変異は欧米人のMCAD欠損症患者の約80〜90%に見られ、特に北欧・西欧諸国で高頻度です。K304E変異はリジン(K)がグルタミン酸(E)に置換される変異で、MCAD酵素の安定性と四量体形成に影響を与えます。
欧米人におけるK304E変異の保因者頻度は約1/55〜1/100と高く、これは創始者効果(ファウンダー効果)によるものと考えられています。つまり、この変異は北欧の古代ゲルマン系民族の一人に生じ、その後の人口拡大と共に広がったと推測されています。
K304E変異以外にも、Y42H(c.199T>C)変異もスクリーニングで検出される比較的頻度の高い変異です。Y42H変異はチロシン(Y)がヒスチジン(H)に置換される変異で、タンパク質の折りたたみに軽度の影響を与えますが、K304E変異よりも軽症と考えられています。保因者頻度は約1/500と報告されています。
日本人に多い変異
日本人では、c.449_452delCTGA変異が最も頻度が高いと報告されています。この変異は4塩基(CTGA)の欠失によりフレームシフトを起こし、結果的に異常終止コドンが生じてタンパク質が途中で合成停止します。日本人MCAD欠損症患者のアレルの約60%がこの変異を持つとの報告があります。
その他、日本人では以下の変異も報告されています:
- R17H(アルギニンからヒスチジンへの置換)
- G362E(グリシンからグルタミン酸への置換)
- R53C(アルギニンからシステインへの置換)
- R281S(アルギニンからセリンへの置換)
これら5つの変異で日本人MCAD欠損症患者の変異アレルの約60%を占めるとされています。日本人ではK304E変異はほとんど検出されず、これは欧米人との遺伝的背景の違いを反映しています。
その他の変異と遺伝子型・表現型相関
上記以外にも多くの変異が報告されており、現在までに約50種類以上のACADM遺伝子変異が同定されています。これらには以下のようなものがあります:
- G267R(グリシンからアルギニンへの置換)
- S220L(セリンからロイシンへの置換)
- R256T(アルギニンからスレオニンへの置換)
- T96I(スレオニンからイソロイシンへの置換)
MCAD欠損症では遺伝子型と表現型(症状の重症度など)の相関は必ずしも明確ではありませんが、一般的に以下のような傾向があります:
- K304E変異のホモ接合体(両方のアレルに同じ変異がある状態)は典型的なMCAD欠損症を引き起こします
- Y42Hなどの軽度の影響を与える変異を持つ場合は、症状が軽いか無症状の場合があります
- タンパク質のβドメインに影響する変異は、酵素の安定性に大きく影響し、重症化しやすい傾向があります
ACADM遺伝子変異の多様性とその臨床的意義の理解は進歩していますが、同じ変異を持つ患者でも症状の現れ方には個人差があり、環境因子や他の遺伝的要因も影響していると考えられています。遺伝子検査を行う際には、これらの民族的背景の違いを考慮することが重要です。
MCAD欠損症の診断と新生児スクリーニング
現在、多くの国では新生児スクリーニングプログラムの一環としてMCAD欠損症の検査が行われています。タンデム質量分析計(MS/MS)を用いた血中アシルカルニチン濃度の測定により、早期発見が可能です。
診断には遺伝子検査も重要な役割を果たします。ACADM遺伝子の解析により、変異の特定や保因者検査が可能となります。
MCAD欠損症の治療と管理
MCAD欠損症の治療と管理は、発作の予防と急性期の適切な対応が中心となります。早期に診断され適切に管理されれば、患者さんの多くは健康な生活を送ることができます。
日常的な管理
MCAD欠損症患者の日常管理で最も重要なポイントは、以下の通りです:
- 長時間の空腹を避ける:特に乳幼児期は、夜間を含め定期的な食事摂取が必要です。年齢に応じた食事間隔の目安は以下の通りです。
- 0〜12ヶ月:3〜4時間おき(夜間も含む)
- 1〜2歳:4〜5時間おき(夜間8〜10時間の断食も可能な場合が多い)
- 2〜6歳:4〜6時間おき
- 6歳以上:通常の食事パターン(長時間の空腹は避ける)
- 適切な食事内容:バランスの取れた食事が基本ですが、極端な低脂肪食は避けます。炭水化物を中心とした食事が推奨されますが、通常の脂質制限は不要です。
- 就寝前のコーンスターチ:年長児や成人では、就寝前にコーンスターチを摂取することで緩やかな糖質供給が可能となり、夜間の低血糖予防に役立つことがあります。
- 運動時の対応:激しい運動や長時間の運動の前後には追加の糖質摂取が必要な場合があります。
体調不良時の対応(シックデイの管理)
発熱、胃腸炎などの体調不良時は代謝危機を引き起こすリスクが高まるため、特別な対応が必要です:
- 頻回の糖質摂取:通常より短い間隔(2〜3時間おき)での炭水化物摂取が必要です。
- 経口摂取が困難な場合:嘔吐や食欲不振で経口摂取が難しい場合は、糖分を含む飲料(スポーツドリンクなど)を少量ずつ頻回に摂取します。
- 医療機関の受診判断:以下の場合は早めに医療機関を受診しましょう。
- 経口摂取が困難な場合
- 嘔吐が続く場合
- 発熱が続く場合
- 意識レベルや活動性に変化がある場合
- 緊急時の対応計画:主治医と相談して、緊急時の対応計画(エマージェンシープラン)を作成しておくことが重要です。
薬物療法
MCAD欠損症の薬物療法としては、以下が考慮されます:
- L-カルニチン補充:一部の患者さんでは、二次的なカルニチン欠乏が生じることがあり、L-カルニチンの補充が必要になる場合があります。ただし、すべての患者に推奨されているわけではなく、血中カルニチン濃度に基づいて個別に判断されます。
- ビタミンやミネラルのサプリメント:特定の栄養素の不足がある場合は、サプリメントによる補充が検討されることがあります。
急性期の治療(代謝性クリーゼ時)
低血糖発作や代謝性クリーゼを起こした場合、緊急治療が必要です:
- ブドウ糖の静脈内投与:十分な量のブドウ糖を静脈内に投与し、低血糖を改善します。
- 電解質バランスの補正:電解質異常がある場合は適切に補正します。
- 代謝性アシドーシスの治療:必要に応じて重炭酸ナトリウムなどによるアシドーシスの補正を行います。
- 肝機能や凝固系のモニタリング:肝機能障害や凝固異常が生じている場合は適切に対応します。
長期フォローアップ
MCAD欠損症患者の長期管理には、以下が含まれます:
- 定期的な医療機関の受診:成長や発達の評価、栄養状態の確認などを行います。
- 血液検査:定期的な血中アシルカルニチンプロファイルや肝機能検査などを行います。
- 成長に応じた管理計画の見直し:年齢に応じて食事間隔や対応方法を調整します。
- 学校や保育園との連携:緊急時の対応について学校や保育園と情報共有することが重要です。
予後
早期診断と適切な管理により、MCAD欠損症患者の多くは通常の生活を送ることができます。新生児スクリーニングの普及により発症前に診断される例が増え、適切な予防的管理が行われれば、長期的な予後は良好です。
ただし、診断されずに放置された場合や、急性期の適切な治療が行われない場合は、死亡率が高くなることも報告されています。そのため、診断後は医療機関と連携し、緊急時の対応計画を家族や関係者で共有しておくことが非常に重要です。
また、発達や知能に影響が生じるリスクは、初回発作の重症度や低血糖の程度によって異なります。重度の低血糖発作を起こした場合、神経学的後遺症が残る可能性がありますが、早期診断・早期治療により、こうした合併症のリスクは大幅に減少します。
ACADM遺伝子検査の重要性
ACADM遺伝子検査は以下のような場合に重要です:
- MCAD欠損症の確定診断
- 家族内の保因者検査
- 出生前診断
- 新生児スクリーニングで陽性結果が出た場合の確認検査
遺伝子検査により、個人に合わせた治療計画や予防策の立案が可能になります。
ミネルバクリニックでの遺伝子検査と遺伝カウンセリング
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングとともに、ACADM遺伝子を含む様々な遺伝子検査を提供しています。
MCAD欠損症の疑いがある方、家族にMCAD欠損症患者がいる方、また将来お子さんを持つことを考えている方で保因者検査をご希望の方は、当クリニックの遺伝カウンセリングをご利用ください。
まとめ
ACADM遺伝子の理解は、MCAD欠損症の診断、治療、予防において重要な役割を果たします。早期発見と適切な管理により、この疾患を持つ方々も健康な生活を送ることが可能です。
遺伝的リスクについて懸念がある方は、専門家による遺伝カウンセリングを受けることをお勧めします。ミネルバクリニックでは、患者様一人ひとりに合わせた遺伝カウンセリングと遺伝子検査を提供しています。
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ミネルバクリニックでは、「未来のお子さまの健康を考えるすべての方へ」という想いのもと、東京都港区青山にて保因者検査を提供しています。遺伝性疾患のリスクを事前に把握し、より安心して妊娠・出産に臨めるよう、当院では世界最先端の特許技術を活用した高精度な検査を採用しています。これにより、幅広い遺伝性疾患のリスクを確認し、ご家族の将来に向けた適切な選択をサポートします。
保因者検査は唾液または口腔粘膜の採取で行えるため、採血は不要です。 検体の採取はご自宅で簡単に行え、検査の全過程がミネルバクリニックとのオンラインでのやり取りのみで完結します。全国どこからでもご利用いただけるため、遠方にお住まいの方でも安心して検査を受けられます。
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