染色体不安定症候群は、染色体の構造や数に異常が起こりやすくなる遺伝性疾患の総称です。この疾患を持つ人は、がんの発症リスクが高まるだけでなく、成長や免疫機能に影響を受けることがあります。さらに、精子や卵子の形成に異常が生じることで、不妊や流産の原因となる可能性もあります。
本記事では、染色体不安定症候群の原因や症状、遺伝子検査の重要性、そして生殖への影響について詳しく解説します。不妊に悩んでいる方や、家族に遺伝性疾患の既往がある方は、早めの検査が将来の選択肢を広げる
染色体不安定症候群とは?
染色体不安定症候群(Chromosomal Instability Syndromes)は、染色体の構造や数に異常が生じやすい遺伝性疾患の総称です。本来、細胞は正常に分裂する際にDNAの損傷を修復し、遺伝情報を正しく次の世代へ受け渡す機能を備えています。しかし、この疾患ではDNA修復機能に異常があるため、細胞分裂のたびに染色体が欠損したり、余分に増えたりすることがあります。
このような染色体の不安定性は、身体のさまざまな機能に影響を及ぼします。特に、細胞の増殖と深く関わる免疫系や造血系に異常を引き起こしやすく、がんの発症リスクが著しく高くなることが知られています。例えば、小児期に白血病やリンパ腫を発症するケースが多く報告されています。また、免疫機能が低下することで、感染症にかかりやすくなるなどの健康リスクも伴います。
さらに、成長障害や神経発達の遅れが見られることもあり、日常生活に支障をきたす場合があります。外見的な特徴として、低身長や皮膚の色素異常、顔貌の変化などが見られることがあり、病気の発見につながることもあります。
最近では、遺伝子検査技術の進歩により、染色体不安定症候群の早期発見が可能になっています。特に、次世代シーケンス(NGS)を用いたパネル検査では、関連する遺伝子異常を特定し、正確な診断が行われるようになってきました。早期に診断を受けることで、適切な医療管理やリスク軽減のための対策を講じることが可能となります。
主な原因
染色体不安定症候群は、DNA修復や染色体の維持に関わる遺伝子の変異が原因で発生します。代表的なものには以下のような遺伝子異常があります。
- ATM遺伝子の変異(毛細血管拡張性運動失調症)
- BLM遺伝子の変異(ブルーム症候群)
- FANCA遺伝子の変異(ファンコニー貧血)
- NBN遺伝子の変異(ニーマン・ピック症候群)
症状
染色体不安定症候群の症状は、疾患の種類によって異なりますが、主に以下のような影響があります。
- 発がんリスクの上昇(特に白血病、リンパ腫、固形がん)
- 成長障害や発達遅延
- 免疫不全による感染症リスクの増加
- 神経系の異常(運動失調など)
遺伝子検査の重要性
染色体不安定症候群は、遺伝子検査によって診断されることが多く、特に次世代シーケンス(NGS)を用いたパネル検査が有効です。早期に診断することで、適切な医療管理や予防的対策を講じることができます。
遺伝子検査のメリット:
- 病気の早期発見・早期対応が可能
- 適切な治療法や管理方法を選択できる
- 家族への遺伝リスクの説明ができる
- がんリスクが高い場合、予防的対策が取れる
生殖の問題・不妊との関係
染色体不安定症候群は、生殖機能にも影響を及ぼすことがあります。染色体の異常により、精子や卵子の形成が正常に行われず、不妊や流産の原因となることがあります。
不妊の原因としての染色体異常
染色体の不安定性が高いと、以下のような生殖の問題が発生する可能性があります。
- 受精が成立しにくい
- 流産のリスクが高まる
- 胎児の発達異常が発生する可能性
妊娠を希望する場合の検査の重要性
不妊治療中の方や流産を繰り返している方は、遺伝子検査を受けることで原因を特定し、適切な対応策を検討することが重要です。特に、カップルのどちらかに染色体不安定症候群の疑いがある場合は、検査を受けることでリスクを明確にできます。
検査を受けるべき人
以下の条件に当てはまる方は、遺伝子検査を検討することをおすすめします。
- 家族に染色体不安定症候群の患者がいる
- 若年でがんを発症したことがある
- 不妊や流産を繰り返している
治療法と管理方法
染色体不安定症候群には根本的な治療法はありませんが、症状に応じた管理が可能です。
- 定期的な健康診断とがん検診
- 免疫不全がある場合、感染予防対策を徹底
- 適切な栄養管理と成長サポート
- 遺伝カウンセリングの活用
検査対象遺伝子
番号 |
遺伝子名 |
疾患名 |
主な症状 |
1 |
ATM |
毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia-Telangiectasia, A-T) |
進行性運動失調、免疫不全、白血病・リンパ腫のリスク増加、毛細血管拡張 |
2 |
BLM |
ブルーム症候群(Bloom Syndrome) |
低身長、皮膚の色素異常、紫外線感受性の増加、がん発症リスクの上昇 |
3 |
ERCC6 |
コケイン症候群(Cockayne Syndrome) |
発達遅延、神経障害、早期老化、感覚異常(視力・聴力低下) |
4 |
ERCC8 |
コケイン症候群(Cockayne Syndrome) |
成長障害、知的障害、感覚障害、光過敏症、皮膚の老化 |
5 |
MRE11 |
ニーマン・ピック症候群様疾患(Ataxia-Telangiectasia-Like Disorder, ATLD) |
運動失調、DNA修復異常、免疫不全、がんリスク増加 |
6 |
NBN |
ニーマン・ピック症候群(Nijmegen Breakage Syndrome, NBS) |
小頭症、成長障害、免疫不全、がん(特にリンパ腫)のリスク増加 |
7 |
WRN |
ウェルナー症候群(Werner Syndrome) |
早期老化、白内障、糖尿病、がんのリスク増加、骨粗しょう症 |
カバレッジ
カバレッジ(Coverage)とは、遺伝子検査において特定の領域がどれだけ正確に解析されるかを示す指標です。一般的に、特定のリード深度(シーケンシングの回数)で何%の領域が解析されているかを表します。高いカバレッジ率は、より信頼性の高い検査結果につながります。
20倍の深度で96%をカバー
検体要件
- 血液: 4ml EDTA管(ラベンダートップ)×2本
- 抽出DNA: EBバッファー中に3μg
- 口腔スワブ
- 唾液
検査の限界
すべてのシーケンシング技術には限界があります。本解析は次世代シーケンシング(NGS)によって実施され、コーディング領域およびスプライシングジャンクションの解析を目的としています。次世代シーケンシング技術と当社のバイオインフォマティクス解析により、偽遺伝子配列やその他の高度に相同な配列の影響を大幅に低減していますが、まれにこれらが解析の技術的な精度に影響を与え、シーケンシングや欠失/重複解析において病的バリアントの同定を妨げる場合があります。
品質スコアが低いバリアントは、サンガーシーケンシングを用いて確認し、カバレッジ基準を満たすようにしています。また、欠失/重複解析を実施する場合、全血または口腔スワブ検体では、1つの遺伝子全体を含むゲノム領域の変化を検出できます。全血検体においては、2つ以上の連続したエクソンサイズの変化を検出可能です。単一エクソンの欠失や重複は、まれに検出されることがありますが、本検査では通常検出されません。推定される欠失または重複が特定された場合、qPCRまたはMLPAなどの別の手法を用いて確認を行います。
本検査では、以下のような特定のゲノム異常を検出することはできません。
- 転座や逆位
- リピート拡張(例: 三塩基リピートや六塩基リピート)
- 大部分の制御領域(プロモーター領域)の変異
- 深部イントロン領域(エクソンから20bp以上離れた領域)の変異
また、本アッセイは体細胞モザイク変異や体細胞突然変異の検出を目的としたものではなく、そのための検証も行われていません。
費用
275,000円(税込)。遺伝カウンセリング料金165000円(税込み)
検査結果が出るまでの期間
3~5週間
まとめ
染色体不安定症候群は、がんリスクだけでなく生殖機能にも影響を与え、不妊や流産の原因となる可能性があります。遺伝子検査を受けることで、早期診断と適切な対策が可能になります。不妊症のカップルや流産を繰り返している方は、一度専門医に相談し、検査を検討してみてください。
わかりやすく動画で紹介
【不妊症、本当の原因は遺伝子かもしれません】現役医師がこっそり教えます
プロフィール
この記事の筆者:仲田洋美(医師)
ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、1995年に医師免許を取得して以来、のべ10万人以上のご家族を支え、「科学的根拠と温かなケア」を両立させる診療で信頼を得てきました。『医療は科学であると同時に、深い人間理解のアートである』という信念のもと、日本内科学会認定総合内科専門医、日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医、日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医としての専門性を活かし、科学的エビデンスを重視したうえで、患者様の不安に寄り添い、希望の灯をともす医療を目指しています。
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