目次
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約8,000文字
- ➤ Xq22.31微小欠失症候群の基本的な遺伝学的背景
- ➤ PLP1遺伝子を含むXq22.31領域の主要遺伝子
- ➤ 男性・女性における異なる表現型の詳細
- ➤ EONDT(早期発症神経疾患特性)の臨床症状
- ➤ 診断方法と治療・管理のアプローチ
- ➤ 遺伝カウンセリングと家族計画への指針
Xq22.31微小欠失症候群(PLP1含有欠失)の詳細解説
本記事で解説するのはXq22.31領域(X染色体長腕)のPLP1遺伝子を含む微小欠失です。類似の名称であるXp22.31領域(X染色体短腕のSTS遺伝子関連)とは全く異なる疾患群であることに注意が必要です。
- • Xq22.31微小欠失:本記事の対象。重度の神経発達障害を引き起こす
- • Xp22.31微小欠失:主に魚鱗癬(皮膚疾患)を引き起こす別の疾患
概要と遺伝学的背景
Xq22.31微小欠失症候群は、ヒトX染色体長腕(q)22帯域のPLP1遺伝子を含む領域が欠失することによって生じる重篤な神経発達障害群です。この症候群は、欠失の大きさと含まれる遺伝子によって、男性では主に痙性対麻痺2型(SPG2)やペリツェウス・メルツバッハー病(PMD)を、女性では従来のPLP1関連疾患とは異なる早期発症神経疾患特性(EONDT)と呼ばれる重篤な症候群を引き起こします。
Xq22.31領域の主要遺伝子とその機能
PLP1遺伝子(Proteolipid Protein 1)
中枢神経系のミエリン主要構成タンパクをコードする遺伝子です。この遺伝子の欠失や変異は、男性では痙性対麻痺2型(SPG2)やペリツェウス・メルツバッハー病(PMD)を引き起こします。PLP1は用量感受性遺伝子として知られ、欠失だけでなく重複でも疾患を引き起こすことが特徴です。
EONDT関連遺伝子群(EONDT-SRO)
最新の研究により、PLP1の上流に位置する約342kb領域chrX:102,615,641-102,957,288に含まれる6つの遺伝子が、女性における重篤な早期発症神経疾患特性(EONDT)に関与することが判明しています:
- • BEX3(NGFRAP1):神経成長因子受容体関連タンパクで、脳で高発現
- • RAB40A:小胞輸送に関与するRabファミリータンパク
- • TCEAL4, TCEAL3, TCEAL1:転写エロンゲーション関連遺伝子群
- • MORF4L2:X不活化を免れる可能性のある用量感受性遺伝子
その他の関連遺伝子
欠失範囲によっては以下の遺伝子も含まれることがあります:
- • GLRA4:グリシン受容体α4サブユニット(知的障害関連)
- • IL1RAPL2:インターロイキン1受容体アクセサリ様タンパク2
- • PIH1D3:一次繊毛機能障害関連遺伝子
関連する疾患と症候群
男性における表現型
痙性対麻痺2型(SPG2)
PLP1の半接合性欠失により生じる進行性の下肢痙性麻痺です:
- • 進行性の下肢筋力低下と痙縮
- • 歩行障害
- • 末梢神経障害を伴うことがある
- • MRIでは白質の異常信号
ペリツェウス・メルツバッハー病(PMD)
より重度のPLP1欠失で生じる脱髄性白質ジストロフィーです:
- • 眼振(特徴的な所見)
- • 痙性四肢麻痺
- • 運動失調
- • 発達遅滞
女性における表現型
早期発症神経疾患特性(EONDT)
大きなXq22.31欠失を持つ女性に特有の重篤な症候群です:
- • 新生児期の症状:筋緊張低下
- • 発達の問題:重度の発達遅滞・知的障害
- • 行動異常:自閉スペクトラム症候群様行動、不安障害
- • 神経学的症状:斜視、けいれん
- • 特徴的顔貌:三角形の顔、広い額、目立つ顎
- • MRI所見:白質の異常信号、脳梁の菲薄化、遅延性髄鞘形成
重要な性差:大きなXq22.31欠失では、男性は胎児期に致死となることが多く、生存例は極めて稀です。そのため、EONDTは主に女性で観察される症候群となっています。
発症メカニズム
遺伝学的メカニズム
Xq22.31微小欠失症候群の発症機序は、連続遺伝子症候群(contiguous gene syndrome)の概念で理解されます。単一のPLP1遺伝子欠失では説明できない重篤な症状が、隣接する複数遺伝子の同時欠失により生じます。
X連鎖遺伝の特徴
- • 男性(XY):半接合性欠失により直接的な症状発現
- • 女性(XX):X不活化の状態により症状の多様性が生じる
分子レベルでの欠失形成メカニズム
最新の研究により、Xq22.31微小欠失の形成には以下のような多様なメカニズムが関与することが判明しています:
主要な形成メカニズム
- • 非相同末端結合(NHEJ):約54%の症例
- • マイクロホモロジー介在末端結合(MMEJ):約23%の症例
- • Alu-Alu介在組換え(AAMR):約12%の症例
- • フォーク停止テンプレート交換(FoSTeS/MMBIR):約23%の症例
ゲノム不安定性ホットスポット
研究により、Xq22.31領域内の約90kb領域に欠失ブレイクポイントが集中することが判明しています。この領域には以下の特徴があります:
- • 高類似度染色体内反復配列(HSIR)RepX-i1010の存在
- • 短縦列反復(STR)の著明な濃縮
- • Z-DNA形成配列の集積
- • 逆向き反復配列の存在
臨床症状の詳細
女性EONDT患者の主要症状
MRI所見の特徴
EONDT患者では以下の脳MRI異常が高頻度に認められます:
- • 白質のT2高信号(遅延性髄鞘形成)
- • 脳梁の菲薄化
- • 大脳萎縮
- • 脳室周囲白質の異常
- • NAA(N-アセチルアスパラギン酸)の減少(MRSで検出)
診断方法
Xq22.31微小欠失の診断には、高解像度のコピー数変異(CNV)解析が必須です。
ブレイクポイント解析の重要性
正確な診断と予後予測のためには、欠失の正確な範囲とブレイクポイントの決定が重要です:
- • Sangerシーケンスによるジャンクション配列の確認
- • EONDT-SRO領域の欠失有無の確認
- • マイクロホモロジーの検出
- • 複雑な再構成の除外
X不活化と表現型の多様性
女性における表現型の多様性:
女性保因者では、X不活化の状態により症状の重篤度が大きく変動します。約80%の女性で正常または軽微な症状しか示さない一方、約20%で重篤なEONDT症状を呈します。
X不活化パターンと臨床症状の関係
- • ランダムX不活化:軽微な症状または無症状
- • 偏ったX不活化:正常X染色体の優先的不活化で重篤化
- • X不活化逃避遺伝子:MORF4L2等で用量効果が持続
治療・管理方法
根治的治療法は存在せず、多職種連携による包括的な対症療法が治療の中心となります。
急性期・新生児期管理
- • 呼吸管理(筋緊張低下による呼吸不全対応)
- • 栄養管理(哺乳困難・胃食道逆流への対応)
- • 体温調節支援
- • 感染予防
長期管理
神経発達支援
- • 早期療育プログラム
- • 理学療法・作業療法・言語療法
- • 特別支援教育
- • 行動療法(自閉症様症状への対応)
医学的管理
- • 神経学的管理:抗けいれん薬、筋弛緩薬、ボツリヌス療法
- • 眼科管理:斜視手術、弱視訓練
- • 消化器管理:胃食道逆流治療、栄養評価
- • 呼吸器管理:睡眠時無呼吸症候群の評価・治療
- • 整形外科管理:脊柱側弯症、関節拘縮への対応
家族支援
- • 遺伝カウンセリング
- • 心理社会的支援
- • 患者家族会への紹介
- • レスパイトケアの調整
生命予後と生活の質
Xq22.31微小欠失症候群の予後は、欠失の範囲、性別、X不活化の状態により大きく異なります。
男性患者の予後
- • 小規模欠失(SPG2):比較的良好な予後、正常寿命に近い
- • 大規模欠失:胎児期致死または重篤な多発奇形
- • 中間的欠失:重度障害だが生存可能
女性EONDT患者の予後
- • 生命予後:適切な医療管理により成人期まで生存可能
- • 神経発達:重度の知的障害は持続するが、支援により日常生活技能の獲得は可能
- • 合併症:けいれん、呼吸器合併症、栄養障害の管理が生命予後に影響
症例報告の代表例
症例1:3.5歳女児(5.6Mb欠失、EONDT)
欠失範囲: chrX:101,029,649-106,702,784(63遺伝子を含む)
臨床経過: 新生児期からの筋緊張低下、重度発達遅滞、自閉症様行動、斜視を呈した。MRIでは頭頂部・脳室周囲領域の遅延性髄鞘形成を認めた。X不活化は90%以上の偏りを示し、欠失X染色体が優先的に活性化していた。現在も重度の支援を要するが、早期療育により部分的な発達改善を認める。
症例2:15歳男性(6.7kb欠失、SPG2)
欠失範囲: chrX:103,029,773-103,036,548(PLP1部分欠失のみ)
臨床経過: 学童期から下肢の痙性麻痺が進行し、歩行障害が出現。MRIでは広汎な白質の異常信号、脳梁の菲薄化、脳萎縮を認めた。けいれん発作はカルバマゼピンで制御良好。母親と祖母も同様の欠失を持つが軽症で済んでいる。
症例3:9歳女児(693kb欠失、EONDT)
欠失範囲: chrX:102,615,641-103,309,503(EONDT-SRO含む)
臨床経過: 重度発達遅滞、不安障害、斜視・眼振を呈した。特徴的顔貌(三角形の顔、広い額)を認める。MRIでは遅延性髄鞘形成、脳梁の菲薄化、大脳萎縮を示した。X不活化は比較的ランダム(22:78)であったが、症状は重篤であった。
遺伝カウンセリングと家族計画
- • 新生変異:症例の約90%は新生変異(de novo)
- • 家族性:約10%で母親由来の遺伝
- • 再発リスク:
- – 新生変異の場合:次子での再発リスクは極めて低い
- – 母親保因者の場合:各妊娠で50%の確率で遺伝
出生前診断
- • 羊水検査によるアレイCGH
- • 絨毛検査によるCNV解析
- • NIPT(非侵襲的出生前検査)での大きな欠失の検出可能性
- • 着床前遺伝学的検査(PGT-M)も技術的に可能
家族への情報提供事項
- • 正確な診断名と欠失範囲の説明
- • 予想される症状と発達予後
- • 利用可能な支援サービス
- • 次子への遺伝リスクと出生前診断の選択肢
- • 患者・家族支援団体の情報
最新の研究動向と将来展望
基礎研究の進展
- • ゲノム不安定性メカニズムの解明
- • EONDT-SRO内各遺伝子の機能解析
- • X不活化と表現型の関係の詳細解明
- • マウスモデルを用いた病態解析
治療開発への期待
- • 遺伝子治療の基礎研究
- • X不活化制御による治療法開発
- • 神経保護薬・神経再生療法の応用
- • 症状特異的治療薬の開発
診断技術の向上
- • 長鎖シーケンス技術による複雑な再構成の解析
- • 単細胞解析によるX不活化状態の詳細解明
- • 機械学習を用いた表現型予測システム
よくある質問(FAQ)
Xq22.31微小欠失症候群は遺伝しますか?
症例の約90%は新生変異(de novo)で、両親から遺伝したものではありません。残りの約10%は母親から遺伝します。新生変異の場合、次子への再発リスクは極めて低く(1%未満)、母親が保因者の場合は各妊娠で50%の確率で遺伝します。家族歴がなくても発症することがほとんどです。
男女で症状に違いはありますか?
大きな違いがあります。男性は通常、痙性対麻痺2型(SPG2)やペリツェウス・メルツバッハー病(PMD)を発症しますが、大きな欠失では胎児期に致死となることが多いです。女性では、大きな欠失を持つ場合に早期発症神経疾患特性(EONDT)という重篤な症候群を呈することがありますが、X不活化の状態により症状の重篤度が大きく変動します。
出生前に診断することは可能ですか?
可能です。羊水検査や絨毛検査によるアレイCGH(比較ゲノムハイブリダイゼーション)で診断できます。大きな欠失の場合、NIPT(非侵襲的出生前検査)でも検出される可能性があります。また、着床前遺伝学的検査(PGT-M)も技術的に可能ですが、適応は慎重に検討する必要があります。
治療法はありますか?
根治的な治療法は現在のところありませんが、多職種連携による包括的な対症療法が重要です。理学療法、作業療法、言語療法による早期療育、けいれんに対する抗てんかん薬、痙縮に対する筋弛緩薬やボツリヌス療法、斜視手術、胃食道逆流の治療などが行われます。早期からの積極的な療育により、生活の質の向上は期待できます。
寿命はどの程度ですか?
欠失の大きさと性別により大きく異なります。小規模欠失の男性(SPG2)では比較的良好な予後で正常寿命に近く、女性のEONDT患者でも適切な医療管理により成人期まで生存可能です。ただし、けいれん、呼吸器合併症、栄養障害などの合併症の管理が生命予後に大きく影響するため、定期的な専門医による診療が重要です。
どのような検査で診断しますか?
高解像度のコピー数変異(CNV)解析が必須です。アレイCGHが第一選択で、33kb-5Mbの欠失を高精度で検出できます。全エクソーム解析(WES)や全ゲノム解析(WGS)も有用で、点変異も同時に検出可能です。確定診断後は、欠失の正確な範囲とブレイクポイントを決定するためのSangerシーケンスによるジャンクション配列の確認も重要です。
Xp22.31欠失症候群との違いは何ですか?
全く異なる疾患です。本記事で解説しているのはXq22.31領域(X染色体長腕)のPLP1遺伝子を含む欠失で、重度の神経発達障害を引き起こします。一方、Xp22.31領域(X染色体短腕)のSTS遺伝子関連欠失は主に魚鱗癬(皮膚疾患)を引き起こし、神経症状は通常ありません。名称が類似していますが、症状も予後も大きく異なります。
家族の検査も必要ですか?
症例の90%が新生変異ですが、残り10%は母親からの遺伝のため、患者の母親と母方祖母の検査が推奨されます。父親は男性のため、この欠失を持っていても通常は重篤な症状を呈するか胎児期致死となるため、父親由来の可能性は極めて低いです。また、将来の妊娠計画がある場合は、遺伝カウンセリングと併せて家族検査を行うことが重要です。
早期発症神経疾患特性(EONDT)とは何ですか?
大きなXq22.31欠失を持つ女性に特有の重篤な症候群です。従来のPLP1関連疾患とは異なり、新生児期の筋緊張低下、重度の発達遅滞・知的障害、自閉症様行動、斜視、特徴的顔貌(三角形の顔、広い額)などを呈します。EONDT-SRO領域に含まれるBEX3、RAB40A、TCEAL遺伝子群、MORF4L2などの複数遺伝子の欠失が関与していると考えられています。
どこで相談できますか?
臨床遺伝専門医が在籍する医療機関での相談が推奨されます。大学病院の遺伝診療部、小児病院の遺伝科、神経内科・小児神経科などが主な相談窓口です。ミネルバクリニックでも臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを提供しており、出生前診断から診断後の管理まで包括的にサポートいたします。また、患者・家族支援団体への紹介も行っています。
まとめ
Xq22.31微小欠失症候群は、PLP1遺伝子を含む連続遺伝子欠失により生じる重篤な神経発達障害群です。特に女性で観察される早期発症神経疾患特性(EONDT)は、従来のPLP1関連疾患とは大きく異なる臨床像を呈し、EONDT-SRO領域の遺伝子群が病態に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
本症候群の診断には高解像度のCNV解析が必須であり、正確な欠失範囲の同定が予後予測と適切な管理計画立案に不可欠です。治療は多職種連携による包括的な対症療法が中心となりますが、早期からの積極的な療育と医学的管理により、患者の生活の質の向上は十分に期待できます。
臨床医への提言:
重度の発達遅滞、筋緊張低下、自閉症様行動を呈する女児、または進行性の痙性麻痺を示す男児では、Xq22.31微小欠失症候群の可能性を考慮し、適切な遺伝学的検査とブレイクポイント解析を行うことが重要です。また、確定診断後は包括的な医学的管理と早期療育の導入、家族への十分な遺伝カウンセリングの提供が必要です。
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参考文献・引用元
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- Robin et al. Am J Med Genet A. 2018;176(4):936-943. “Further delineation of the female phenotype with PLP1 duplications.”
- Lopez et al. Eur J Hum Genet. 2020;28(8):1075-1085. “Genomic instability hotspot at Xq22 characterized by recurrent microdeletions.”
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