目次
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応、Polymerase Chain Reaction)とは、DNAの特定の領域だけを選んで、試験管の中で大量に増やす技術です。わずかな量のDNAからでも解析に十分な量を得られるため、遺伝子検査や感染症の診断、研究、法医学まで、現代の医学・生命科学を支える基盤技術になっています。この記事では、PCRとは何か、熱変性・アニーリング・伸長という3つのステップでどのようにDNAが増えるのか、そしてRT-PCR・リアルタイムPCR・デジタルPCRといった種類の違いや、遺伝子検査との関わりまでを、臨床遺伝学の観点から解説します。
Q. PCRとは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)とは、DNAの特定の領域を、試験管の中で選択的に何百万倍にも増やす技術です。一対のプライマー(短い一本鎖DNA)で挟んだ標的を、耐熱性DNAポリメラーゼで合成する反応を、温度を上げ下げしながら繰り返します。これにより、微量のDNAから解析に必要な量を短時間で得られます。1983年にキャリー・マリスが着想し、1993年にノーベル化学賞の対象となりました。
- ➤正体 → DNAの特定領域だけを選び、試験管内で指数関数的に増やす増幅技術
- ➤3つのステップ → 熱変性(一本鎖に分ける)→ アニーリング(プライマーが結合)→ 伸長(DNAを合成)を繰り返す
- ➤必要なもの → 鋳型DNA・一対のプライマー・耐熱性DNAポリメラーゼ(Taq)・dNTP・マグネシウムイオン
- ➤種類 → 通常PCRのほか、RNAを扱うRT-PCR、量を測るリアルタイムPCR(qPCR)、絶対数を数えるデジタルPCRがある
- ➤医療との関わり → 遺伝子検査・感染症診断・出生前検査など、DNAを調べる検査の土台になっている
🧬 PCRの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方・正式名 | ピーシーアール。正式名はポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)。手法を指すときは「PCR法」とも呼ばれる |
| 何をする技術か | DNAの特定領域を試験管内で選択的に増幅する技術。微量のDNAから解析可能な量を得る |
| 基本の3ステップ | 熱変性(変性)→ アニーリング → 伸長。この温度サイクルを繰り返す |
| 必要な主な要素 | 鋳型DNA/一対のプライマー/耐熱性DNAポリメラーゼ(Taq)/dNTP/マグネシウムイオン(Mg2+) |
| 増幅の規模 | 理論上は2のべき乗(20サイクルで約100万倍)。実験では単一コピー配列が1,000万倍以上に増幅された報告がある[1] |
| 代表的な種類 | 通常PCR/RT-PCR(逆転写PCR)/リアルタイムPCR(qPCR)/デジタルPCR/マルチプレックスPCR など |
| 歴史 | 1983年にキャリー・マリスが着想。1993年ノーベル化学賞の対象 |
| 医療との関わり | 遺伝子検査・感染症診断・出生前検査など、DNAを調べる検査の基盤技術 |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた用語解説です。特定の検査を勧めるものではありません。数値や温度は代表的な目安であり、実際の条件は標的・試薬・機器によって異なります。

PCRは、二本鎖DNAを一本鎖にする熱変性、プライマーを結合させるアニーリング、DNAポリメラーゼが新しい鎖を合成する伸長を繰り返し、標的DNAを増幅する技術です。
1. PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)とは
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応、Polymerase Chain Reaction)とは、DNAの中の目的とする特定領域だけを選んで、試験管の中で選択的に増やす技術です。手法そのものを指すときは「PCR法」と呼ばれることもあります。ヒトのゲノムは約30億塩基対もありますが、その中から自分の調べたい数百〜数千塩基対の領域だけを取り出して、何百万倍にも複製できるのがPCRの大きな特徴です。ごく微量のDNAからでも、解析に十分な量を短時間で得られます[1]。
PCRが増やすのは「量」だけではありません。狙った領域だけを、正確に、大量にコピーできる点にこそ価値があります。この性質のおかげで、遺伝子の変化(バリアント)を調べたり、病原体の遺伝物質を検出したり、犯罪捜査で微量のDNAを解析したりと、幅広い応用が可能になりました。今日の遺伝子検査や出生前検査の多くも、その工程のどこかでPCRの原理を使っています。
💡 用語解説:「PCR」という言葉の使われ方に注意
「PCR」は文脈によって別のものを指すことがあります。この記事で扱うのは、DNAを増幅する分子生物学の技術としてのPCRです。一方、歯科で使われる「PCR」はプラークコントロールレコード(歯垢の付着率を示す指標)で、まったく別の意味です。また、細胞の受容体であるGPCR(Gタンパク質共役型受容体)も名前は似ていますが、PCRとは無関係です。新型コロナウイルスの「PCR検査」との関係は、後の章で改めて説明します。
2. PCRの原理 ─ 3つのステップでDNAが2倍ずつ増える
PCRは、熱変性・アニーリング・伸長という3つのステップを1サイクルとして、温度を上げ下げしながら何度も繰り返す反応です。1サイクルごとに標的DNAは理論上2倍になり、サイクルを重ねるほど指数関数的に増えていきます。まず全体の流れを図で見てみましょう。

PCRでは、94〜98℃で二本鎖DNAを一本鎖に分ける熱変性、50〜65℃でプライマーを結合させるアニーリング、約72℃でDNAポリメラーゼが新しいDNA鎖を合成する伸長を1サイクルとして繰り返し、標的DNAを増幅します。
① 熱変性(変性)─ 二本鎖DNAを一本鎖に分ける
最初のステップでは、反応液を一般に94〜98℃(多くは95℃前後)まで加熱します。DNAの二重らせんは、向かい合う塩基どうしの水素結合でつながっていますが、この高温では結合が切れ、二本鎖が2本の一本鎖にほどけます。こうして、次のステップでプライマーが結合できる状態が整います。塩基どうしの結合は、A(アデニン)とT(チミン)が2本、G(グアニン)とC(シトシン)が3本の水素結合でつながっているため、G・Cの割合(GC含量)が高い配列ほど、ほどくのに高い温度が必要になります。加熱する温度や時間は、増幅したいDNAの長さや配列によって調整されます。
② アニーリング ─ プライマーが目的の場所に結合する
次に温度を一般に50〜65℃まで下げると、一本鎖になったDNAの、狙った領域の両端に、あらかじめ用意しておいたプライマーが相補的に結合します。この工程をアニーリングといいます。プライマーは、DNAポリメラーゼが合成を始めるための「スタート地点」になります。結合の温度は、プライマーのTm値(融解温度)より約5℃低い温度を目安に設定するのが一般的で、この設定が適切かどうかが、狙った領域だけを正確に増やせるか(特異性)を大きく左右します。
③ 伸長 ─ DNAポリメラーゼが新しい鎖を合成する
最後に、温度を一般に約72℃に上げると、DNAポリメラーゼがプライマーを起点として、鋳型に相補的な新しいDNA鎖を5′→3′の方向へ合成していきます。このとき、材料であるdNTP(A・T・G・Cの各ヌクレオチド)が、鋳型の塩基と対になるように次々と連結されていきます。合成にかかる時間は、増やす領域の長さに応じて調整します(長い領域ほど長い伸長時間が必要になります)。ここまでの3ステップで1サイクルが完了し、二本鎖DNAが2本に増えます。
サイクルを繰り返すと ─ 指数関数的な増幅
同じ3ステップを繰り返すたびに、標的DNAは理論上は2のべき乗(2n)で増えていきます。単純計算では、20サイクルで約100万倍、30サイクルで約10億倍になります。実際、耐熱性ポリメラーゼを使った実験では、単一コピーの配列が1,000万倍以上に増幅されたことが報告されています[1]。
⚠️ ここは正確に:増幅倍率は「理論値」
「20サイクルで100万倍」はあくまで、毎回きっちり2倍になったと仮定した理論値です。実際には増幅効率が100%に満たなかったり、反応後半では材料が減って増え方が頭打ちになったり(プラトー)するため、得られる量は理論値より少なくなります。また、温度やサイクル数、試薬の量は標的やプライマー、酵素によって変わるため、唯一の正解値があるわけではありません。
3. PCRに必要なもの ─ 3つの要素と、その名脇役
PCRを行うには、鋳型DNA・一対のプライマー・耐熱性DNAポリメラーゼという3つの主役に、dNTPとマグネシウムイオンが加わります。それぞれが欠かせない役割を持っています。
🧪 PCRに必要な主な要素
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| 鋳型(テンプレート)DNA | 増やしたい配列を含む、もとになるDNA |
| プライマー(一対) | 標的領域の両端に結合する短い一本鎖DNA。合成の開始点になり、どこを増やすかを決める |
| 耐熱性DNAポリメラーゼ | プライマーを起点にDNAを合成する酵素。代表がTaqポリメラーゼ |
| dNTP | 新しいDNA鎖の材料となる4種類のヌクレオチド(A・T・G・C) |
| マグネシウムイオン(Mg2+) | DNAポリメラーゼが働くために必要な補助因子 |
この中で、PCRの自動化を可能にした立役者が耐熱性DNAポリメラーゼ「Taq(タック)ポリメラーゼ」です。Taqは、温泉などの高温環境にすむ好熱菌サーマス・アクアティクス(Thermus aquaticus)から見つかった酵素で、その至適温度は約80℃と報告されています[2]。
💡 用語解説:なぜ「耐熱性」でなければならないのか
PCRでは、毎サイクルの熱変性で反応液を95℃前後まで加熱します。ふつうの酵素はこの高温で壊れて(失活して)しまうため、サイクルごとに酵素を足す必要がありました。高温でも壊れないTaqを使うことで、酵素を1回入れれば最後まで反応が進むようになり、自動化が実現しました。さらに、より高い温度で反応させられるようになったことで、増幅の特異性・収量・感度・扱える長さも向上しました[1]。なお、伸長の72℃はPCRで広く使われる実用的な温度で、Taqという酵素そのものの至適温度(約75〜80℃)とは区別されます[2]。
プライマーは、「どこを増やすか」を決める設計の要です。標的領域の両端に相補的な、通常18〜24塩基ほどの短い一本鎖DNAを一対デザインします。プライマーの設計や、前述のTm値に基づくアニーリング温度の設定が適切でないと、目的以外の場所で増えてしまう(非特異的増幅)ことがあります。DNAの合成材料であるdNTPと、酵素の働きを支えるマグネシウムイオンも、濃度が反応の効率と正確さに影響する重要な脇役です[2]。
💡 用語解説:プライマーダイマーと非特異的増幅
プライマーどうしが互いに結合してしまい、鋳型がないのに増えてしまう副産物をプライマーダイマーといいます。また、狙った場所以外にプライマーが結合して別の産物ができてしまうことを非特異的増幅と呼びます。どちらも、目的の増幅を妨げたり結果を読みにくくしたりする原因になります。これらを避けるために、プライマーの配列設計と、Tm値に基づくアニーリング温度の最適化が重要になります。
4. PCRでわかること・応用分野
PCRで直接評価できるのは、目的の核酸配列が検出されるかどうかや、手法によってはその量です。配列そのものを決定するには、PCR産物に対してシークエンシングなど別の解析を組み合わせます。RNAを対象とする場合は、通常、逆転写によってcDNAに変換してからPCRを行います。この基本的な力が、医療・研究・法医学など幅広い分野で応用されています。
医療・遺伝子検査
感染症では、細菌やウイルスの遺伝物質を検出することで、原因を特定します。遺伝性疾患やがんの分野では、特定の遺伝子の変化を調べる遺伝子検査の一工程として使われます。PCRは、狙った領域を選んで増やせるため、「この遺伝子のこの場所を調べたい」という目的にまっすぐ応えられるのが強みです。感染症では、培養が難しい、あるいは結果が出るまで時間のかかる病原体でも、その遺伝物質を直接増幅して検出できるため、比較的迅速な診断につながります。
研究
特定のDNA断片を増やしてクローニングに使ったり、配列を解析して変異を見つけたり、逆転写と組み合わせて遺伝子の発現量を調べたりと、分子生物学の基盤ツールとして欠かせません。
法医学・DNA鑑定
犯罪現場に残されたごく微量の、あるいは劣化したDNAからでも増幅できるため、個人の識別(DNAプロファイリング)や親子鑑定に用いられます。「微量でも増やせる」というPCRの感度の高さが、法医学を大きく前進させました。
5. PCRの種類 ─ RT-PCR・リアルタイムPCR・デジタルPCRの違い
PCRには、目的に応じたいくつかの発展形があります。とくに混同されやすいのが「RT-PCR」と「リアルタイムPCR」です。この2つはまったく別の概念で、名前が似ているだけです。まず全体像を整理します。
🔬 主なPCRの種類
| 種類 | 特徴 |
|---|---|
| 通常PCR (エンドポイントPCR) |
反応が終わった後に、電気泳動などで増えたかどうかを確認する |
| リアルタイムPCR (qPCR/定量PCR) |
増幅の進み具合を蛍光でリアルタイムに追い、DNAの量まで測定できる |
| RT-PCR (逆転写PCR) |
RNAが対象。逆転写でRNAをDNA(cDNA)に変換してから増幅する |
| デジタルPCR (dPCR) |
反応を微小区画に分けて、DNAの絶対数を数える |
| マルチプレックスPCR | 複数の標的を一度に同時に増幅する |
リアルタイムPCR(qPCR)─ 増えながら量を測る
通常PCRが「反応後に確認する」のに対し、リアルタイムPCR(qPCR)は、増幅されるDNA量を蛍光でリアルタイムに追いながら、その量を測定できる方法です[4]。蛍光の強さが一定の閾値を超えるまでのサイクル数をCt値(またはCq値)といい、この値は初期の標的核酸量と逆の関係を示します(一般に、最初に多いほどCt/Cq値は小さくなります)[4]。定量的PCRとも呼ばれます。蛍光の検出には、二本鎖DNAに結合して光る色素を使う方法(インターカレーター法)と、標的配列に特異的な蛍光標識プローブを使う方法があり、目的に応じて使い分けられます。Ct値の具体的な目安や解釈は目的によって異なるため、詳しくはCt値の解説をご覧ください。
RT-PCR(逆転写PCR)─ RNAを扱う
PCRはそのままではDNAしか扱えません。RNAを調べたいときは、まず逆転写酵素を使ってRNAをDNA(cDNA)に変換し、そのうえでPCRを行います。これがRT-PCR(逆転写PCR、Reverse Transcription PCR)です。RT-PCRとリアルタイムPCRを組み合わせたものは、正確には「リアルタイムRT-PCR(RT-qPCR)」と呼びます。
⚠️ よくある混同:RT-PCR ≠ リアルタイムPCR
「RT-PCR」の「RT」は逆転写(Reverse Transcription)の略で、RNAを扱う手法を指します。これに対して「リアルタイムPCR」は、増幅をリアルタイムに測定する手法です。両者は別の軸の話で、名前が似ているために混同されがちです。両方を同時に使う場合が「リアルタイムRT-PCR」です。
デジタルPCR(dPCR)─ 絶対数を数える
デジタルPCRは、DNAを含む反応液を多数の微小区画に分け、各区画でPCRを行う方法です。各区画には0個、1個、場合によっては複数個の標的分子が確率的に分配されます。陽性区画と陰性区画の割合を数え、通常はポアソン統計で補正することで、検量線に頼らず標的核酸を絶対定量できます[5]。この考え方は1999年に提唱され、微量の変異を検出する手法として、大腸がん患者の便の中の変異遺伝子の検出などに応用できることが示されました[5]。ごく少数の変異を高感度に見つけたい場面で強みを発揮します。
その他の発展形
複数の標的を一度に増やすマルチプレックスPCRなど、PCRには目的に応じた多くの発展形があります。一方、LAMP法は一定温度で核酸を増幅する等温核酸増幅法であり、PCRとは異なる増幅原理を用います。ここでは代表的なものにとどめ、詳細は各用語ページに譲ります。
6. PCR検査(新型コロナなど)とPCR(技術)は同じ?
増幅の原理としては同じです。「PCR検査」は、PCRという技術を使って病原体の遺伝物質を検出する検査の呼び方です。新型コロナウイルスはRNAウイルスなので、逆転写を組み合わせたリアルタイムRT-PCRで検出します。2020年初頭に国際的に広く参照されたCormanらの初期プロトコルでは、E遺伝子を標的とするスクリーニングと、RdRp遺伝子を標的とする確認検査を組み合わせる方法が示されました[6]。
⚠️ 誤解しやすい点:「PCR陽性」の意味
PCR検査が陽性であることは、標的の核酸が検出されたという意味であり、そのまま「感染性がある」「発症している」という意味ではありません。また、リアルタイムPCRのCt値は最初の標的量に関係しますが、Ct値と感染性や重症度の関係は一律ではありません。検査結果は、症状や経過、他の検査とあわせて、状況に応じて解釈されるものです。相関(一緒に動く傾向)と因果(原因と結果)は分けて考える必要があります。
🩺 院長コラム【「検出できる」と「意味する」は違う】
PCRは、ごく微量の核酸を何百万倍にも増やせる、たいへん感度の高い技術です。だからこそ、この結果を解釈するときに重要なのは、「検出できた」ことと「それが臨床的に何を意味するか」を分けて考えることです。医学的には、核酸が検出されたという事実と、その人が感染性を持つかどうか、病気を発症しているかどうかは、必ずしも一致しません。
遺伝子検査でも同じ姿勢が求められます。ある配列や変化が「見つかった」としても、それが体にどう影響するのかは、別に丁寧に検討すべき問いです。技術の感度が上がるほど、「見つかったものをどう読むか」という解釈の重要性はむしろ増していきます。
7. PCRの歴史とこれから
PCRは、1983年にキャリー・マリスが着想し、その後の応用と改良を経て、分子生物学の基盤技術として広く普及しました。1993年には、その発明に対してノーベル化学賞が贈られました。
技術としての最初の大きな一歩は、1985年に報告された鎌状赤血球症の診断への応用でした。ヒトのβグロビン遺伝子の領域を増幅し、目的のDNAを約22万倍に増やして遺伝子型を判定する方法が示されたのです[3]。ただし、この1985年の報告では、まだ耐熱性でない酵素(クレノウ断片)が使われていました。その後、1988年に耐熱性のTaqポリメラーゼが導入されたことで、反応の自動化と、特異性・収量・感度・扱える長さの大幅な向上が実現し、PCRは一気に普及しました[1]。
PCRには限界もあります。きわめて微量のDNAでも増幅できるがゆえに、わずかな混入(コンタミネーション)が偽陽性の原因になりやすいという弱点です。このため、実際の検査や研究では、作業環境を清潔に保ち、陰性対照を置くなどの対策がとられます。こうした限界を補い、より多くの情報を一度に読み取る技術として、次世代シークエンサー(NGS)などが発展してきました。PCRが「あらかじめ決めた領域を狙い撃ちして増やす」のに対し、NGSは「多数の領域や全体を一度に読む」ことに向いており、両者は対立するものではなく、目的に応じて使い分けたり組み合わせたりする、相補的な関係にあります。実際、多くのNGS検査でも、調べたい領域を集める工程でPCRの原理が使われています。今後も、より速く、より高感度で、現場でも使える小型化など、PCR技術の発展は続いていくと考えられます。
まとめ
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は、DNAの特定領域だけを選んで、試験管の中で選択的に増やす技術です。熱変性・アニーリング・伸長という3つのステップを繰り返すことで、微量のDNAから解析に十分な量を得られます。鍵となるのは、高温でも壊れない耐熱性DNAポリメラーゼ(Taq)と、狙う場所を決めるプライマーです。
PCRには、RNAを扱うRT-PCR、量を測るリアルタイムPCR(qPCR)、絶対数を数えるデジタルPCRといった発展形があり、目的に応じて使い分けられます。そして、PCRは今日の遺伝子検査や出生前検査を支える基盤技術でもあります。検査で「検出できる」ことと、それが臨床的に「何を意味するか」を分けて考えることは、遺伝医療において特に大切な視点です。
よくある質問(FAQ)
Q1. PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)とは何ですか?
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)とは、DNAの特定の領域を試験管内で選択的に、そして大量に増やす技術です。一対のプライマーで挟んだ標的領域を、耐熱性DNAポリメラーゼを使って合成する反応を、温度を上げ下げしながら繰り返すことで、目的のDNAを指数関数的に増幅します。1983年にキャリー・マリスが着想し、1993年にノーベル化学賞の対象となりました。遺伝子検査、感染症の診断、研究、法医学など幅広い分野で使われています。
Q2. PCRの3つのステップとは何ですか?
PCRは、熱変性・アニーリング・伸長という3つのステップを1サイクルとして繰り返します。熱変性では二本鎖DNAを一本鎖に分け(一般に94〜98℃)、アニーリングではプライマーを標的配列に結合させ(一般に50〜65℃)、伸長ではDNAポリメラーゼが新しい鎖を合成します(一般に約72℃)。このサイクルを繰り返すと、標的DNAは理論上2のべき乗で増えていきます。温度やサイクル数は、標的やプライマー、酵素によって調整されます。
Q3. リアルタイムPCRと通常のPCRの違いは何ですか?
通常のPCR(エンドポイントPCR)は、反応が終わったあとに電気泳動などで増幅されたかどうかを確認します。一方、リアルタイムPCR(qPCR)は、増幅の進み具合を蛍光でリアルタイムに追いながら、DNAの量まで測定できる方法です。蛍光が一定の閾値を超えるサイクル数(Ct値)は、一般に初期の標的量が多いほど小さくなります。RNAを対象にする場合は、逆転写でRNAをDNAに変換してから増幅するRT-PCRと組み合わせます。
Q4. Taqポリメラーゼはなぜ耐熱性が必要なのですか?
PCRでは、各サイクルの熱変性で反応液を95℃前後まで加熱します。ふつうの酵素はこの高温で壊れてしまいますが、温泉などにすむ好熱菌サーマス・アクアティクス由来のTaqポリメラーゼは高温でも失活しません。このため、サイクルごとに酵素を足す手間がなくなり、反応の自動化と、増幅の特異性・収量の向上が実現しました。
Q5. PCR検査(新型コロナなど)とPCR(技術)は同じものですか?
増幅の原理としては同じです。「PCR検査」は、PCRという技術を使って病原体の遺伝物質を検出する検査の呼び方です。新型コロナウイルスはRNAウイルスのため、逆転写を組み合わせたリアルタイムRT-PCRで検出します。ただし、PCR検査が陽性であることは、核酸が検出されたという意味であり、そのまま感染性がある・発症しているという意味ではありません。検査結果の解釈は状況によって異なります。
Q6. PCRは何倍まで増えますか?
理論上は、1サイクルごとにDNAが2倍になるため、nサイクルで2のn乗倍になります。たとえば20サイクルで約100万倍、30サイクルで約10億倍という計算になります。ただし、これはあくまで理論値で、実際には増幅効率が100%に満たないため、増える量は理論値より少なくなります。
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PCRは、さまざまな遺伝学的検査を支える基盤技術の一つです。
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参考文献
- [1] Saiki RK, Gelfand DH, Stoffel S, et al. Primer-directed enzymatic amplification of DNA with a thermostable DNA polymerase. Science. 1988;239(4839):487-491. [PubMed 2448875]
- [2] Chien A, Edgar DB, Trela JM. Deoxyribonucleic acid polymerase from the extreme thermophile Thermus aquaticus. J Bacteriol. 1976;127(3):1550-1557. [PMC232952]
- [3] Saiki RK, Scharf S, Faloona F, et al. Enzymatic amplification of beta-globin genomic sequences and restriction site analysis for diagnosis of sickle cell anemia. Science. 1985;230(4732):1350-1354. [PubMed 2999980]
- [4] Higuchi R, Fockler C, Dollinger G, Watson R. Kinetic PCR analysis: real-time monitoring of DNA amplification reactions. Biotechnology (N Y). 1993;11(9):1026-1030. [PubMed 7764001]
- [5] Vogelstein B, Kinzler KW. Digital PCR. Proc Natl Acad Sci U S A. 1999;96(16):9236-9241. [PubMed 10430926]
- [6] Corman VM, Landt O, Kaiser M, et al. Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill. 2020;25(3):2000045. [PubMed 31992387]



