目次
気管(きかん、英語で trachea)とは、のどの奥の喉頭(こうとう)の下から胸の中まで続き、その先で左右の気管支に分かれる空気の通り道です。前と横はC字形の軟骨で支えられ、軟骨のない後ろの壁(膜様部)は食道に接しています。内側の粘膜には線毛(せんもう)という細かい毛が生えていて、吸い込んだほこりや細菌を粘液ごとのどの方へ運び出しています。この線毛を動かす部品は遺伝子からつくられており、その遺伝子の変化で起こる病気(原発性線毛機能不全症)もあります。この記事では、気管の位置・構造・働き、食道や気管支・器官との違い、気管に関わる病気と遺伝までを、臨床遺伝専門医が解説します。
⏱️ 30秒でわかる要約
🫁 Q. 気管とは何ですか?
気管とは、喉頭の下から胸の中まで続き、左右の気管支に分かれる空気の通り道です。外科解剖の総説では、成人男性で平均約11.8cm(10〜13cm)と報告されています。
🫁 Q. 気管の働き・役割は?
1つは空気を肺へ通すこと、もう1つは粘液でとらえたほこりや細菌を、線毛の動きでのどの方へ運び出すことです。分かれ目(気管分岐部)は刺激されると強いせきが出るしくみになっています。
🫁 Q. 気管と食道はどっちが前?気管支との違いは?
前が気管、後ろが食道です。気管は1本の管で、胸の中で左右に分かれた先が気管支です。「器官」は臓器を指す別の言葉です。
🫁 Q. 気管と遺伝は関係ありますか?
あります。線毛の部品の遺伝子の変化で起こる原発性線毛機能不全症(指定難病340)や、食道閉鎖・気管食道瘻を伴うことがあるCHARGE症候群などがあり、遺伝学的検査で原因を調べられる場合があります。
- ➤気管とは → 喉頭と気管支をつなぐ空気の通り道(英語:trachea)
- ➤位置 → 首の前側から胸の中へ。後ろに食道、下の端で左右の気管支に分かれる
- ➤構造 → 前と横はC字形の軟骨、後ろは軟骨のない膜様部、内側は線毛のある粘膜
- ➤働き → 空気を通す・異物を粘液ごと運び出す・せきで押し出す
- ➤遺伝とのつながり → 線毛の遺伝子(原発性線毛機能不全症)、気管と食道の分かれ方(食道閉鎖・気管食道瘻)

1. 気管とは?意味・読み方・英語
気管とは、喉頭から肺に向かって伸びる1本の管で、鼻や口から吸い込んだ空気を肺へ送る通り道です。米国の解剖学の教科書(OpenStax)は、気管(trachea、windpipe)を「喉頭から肺に向かって伸びる」管と説明しています[1]。気管は胸の中で左右に分かれ、そこから先は気管支と呼ばれます。
気管の特徴は、つぶれにくい筒でありながら、内側に掃除のしくみを備えていることです。外側は軟骨の輪で形が保たれ、内側の粘膜は粘液と線毛で異物をとらえて外へ運び出します。単なる「パイプ」ではなく、空気を通しながら肺を守る臓器だと考えると、このあとの構造や働きの話が理解しやすくなります。
読み方と英語(trachea・windpipe)
気管は「きかん」と読み、英語では trachea(トレイキア)または windpipe といいます。trachea は医学の文章や論文で使われる言葉で、windpipe は「風の管」という意味の日常語です。教科書でも trachea のあとに括弧で windpipe と添えられています[1]。
医学英語では、trachea から派生した言葉がよく出てきます。たとえば tracheal(気管の)、tracheomalacia(気管軟化症)、tracheoesophageal fistula(気管食道瘻)などです。気管支は bronchus(複数形 bronchi)で、気管と気管支をまとめて「気道(airway)」と呼ぶこともあります。
「器官」と「気管」の違い
「器官」は心臓・胃・肺など決まった働きをもつ体の部分の総称で、「気管」はそのうちの1つ、空気の通り道の名前です。どちらも「きかん」と読むため、変換で取り違えやすい言葉です。「呼吸器官」と書けば呼吸に関わる器官全体(鼻・のど・気管・気管支・肺など)を指し、「気管」と書けば喉頭と気管支のあいだの管だけを指します。
器官がどのように組織から組み立てられているか、臓器との違いなどは器官とはで詳しく解説しています。
📘 同じ「きかん」と読む言葉の使い分け
| 言葉 | 意味 | 使い方の例 |
|---|---|---|
| 気管 | 喉頭と気管支のあいだの空気の通り道 | 気管に食べ物が入る、気管挿管 |
| 器官 | 決まった働きをもつ体の部分の総称 | 呼吸器官、消化器官、感覚器官 |
| 気管支 | 気管が左右に分かれた先の空気の通り道 | 気管支炎、気管支ぜんそく |
2. 気管はどこにある?位置・長さ・食道との関係
気管は、首の前側の喉頭のすぐ下から始まり、胸の中で左右の気管支に分かれるところで終わります。首の前の真ん中を指でなぞると、のどぼとけ(甲状軟骨)の下に硬い輪がいくつも並んでいるのがわかることがあります。この輪の連なりが気管です。
始まりと終わり:輪状軟骨の下から気管分岐部まで
気管は、喉頭の一番下にある輪状軟骨(りんじょうなんこつ)の下縁から始まり、胸の中の気管分岐部(きかんぶんきぶ)で終わります。米国の胸部外科医による気管の外科解剖の総説では、輪状軟骨の下縁を気管の始まりとし、気管が左右の主気管支に分かれる気管分岐部(カリナ)は、ふつう第4胸椎の高さにあり、その上下の位置は呼吸に合わせて変わると説明しています[2]。
つまり気管は、首の部分(頸部気管)と胸の部分(胸部気管)にまたがっています。首の部分は皮膚のすぐ下にあるため、気管切開などの処置はこの部分で行われます。胸の部分は心臓や大きな血管の近くを通るため、外から触れることはできません。
気管の長さと太さ
気管の長さは、成人男性で平均約11.8cm(正常範囲10〜13cm)と報告されています。同じ総説によると、女性の気管はやや短い傾向があります。外側の太さは、左右方向で平均約2.3cm、前後方向で約1.8cmで、左右にやや広い形をしています[2]。
これらの数字は手術の計画に使われる外科解剖のデータで、体格や年齢によって幅があります。「気管 長さ」「気管 太さ」で調べたときは、平均値と範囲をセットで見るようにしてください。
📏 気管の大きさ(成人の外科解剖の総説より)
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 長さ | 平均約11.8cm(成人男性の正常範囲10〜13cm。女性はやや短い傾向) |
| 外側の太さ | 左右方向 約2.3cm・前後方向 約1.8cm |
| 軟骨の数 | 18〜22個(1cmあたり約2個) |
| 軟骨1個の高さ・壁の厚さ | 高さ約4mm・壁の厚さ約3mm |
| 終わる位置 | 気管分岐部(ふつう第4胸椎の高さ。呼吸に合わせて上下に動く) |
※Furlow PW, Mathisen DJ. Ann Cardiothorac Surg 2018[2]による。体格・年齢によって個人差があります。
気管と食道はどっちが前?位置関係
首と胸の中では、前に気管、後ろに食道が並んでいます。教科書には「食道は気管の後ろ側に接している」とあり[1]、外科解剖の総説では、気管の後ろの壁にある気管筋が食道の前の面に接していること、食道は気管の左後ろの縁に沿って胃へ向かうことが説明されています[2]。
のどの入り口では、空気の通り道と食べ物の通り道がいったん交わり、その下で前の気管と後ろの食道に分かれます。飲み込んだ食べ物や水が前の気管の方へ入ってしまうことを誤嚥(ごえん)といいます。気管と食道が前後に並んでいることは、第6章で取り上げる「気管食道瘻(きかんしょくどうろう)」という生まれつきの病気を理解するうえでも大切です。
3. 気管の構造:C字形の軟骨・膜様部・線毛のある粘膜
気管は、前と横をC字形の軟骨で、後ろを軟骨のない膜様部(まくようぶ)で囲まれた管で、内側は線毛と粘液をもつ粘膜でおおわれています。外から順に「形を保つ骨組み」「後ろの柔らかい壁」「掃除をする内張り」の3層をイメージすると、気管の構造をつかみやすくなります。
C字形の気管軟骨:つぶれないための骨組み
気管の骨組みは、C字形(馬てい形)の硝子軟骨(しょうしなんこつ)が縦に積み重なったものです。OpenStaxの教科書では16〜20個のC字形の硝子軟骨が積み重なってできていると説明され[1]、外科解剖の総説では18〜22個の「D字形の輪」で、前と横の壁がC字形の軟骨でできており、気管1cmあたり約2個の軟骨があるとされています[2]。資料によって数え方に幅がありますが、「20個前後の軟骨の輪が並んでいる」と覚えておけば十分です。
前と横を軟骨で支えることで、気管は息を吸ったときにもつぶれずに管の形を保てます。「気管軟骨」は検索の多い言葉ですが、気管軟骨は骨ではなく、弾力のある軟骨(硝子軟骨)である点がポイントです。
気管膜様部:軟骨のない後ろの壁と気管筋
気管の後ろの壁には軟骨がなく、平滑筋の気管筋(trachealis)と弾性のある結合組織でできています。この部分を膜様部といいます。教科書は、気管筋と弾性結合組織が一緒になって線維弾性膜をつくり、呼吸に合わせて気管がわずかに伸び縮みできるようにしていること、気管筋は息を吐くときの空気の流れに関わると説明しています[1]。外科解剖の総説では、せきをすると気管筋がC字形の軟骨の両端を引き寄せ、気管の内腔が狭くなるとされています[2]。
膜様部は食道の前の面に接しています[2]。なお、trachealis(気管筋)は膜様部にある筋肉の名前で、膜様部全体を指す言葉ではありません。
内側の粘膜:線毛と粘液
気管の内側は、線毛をもつ細胞が並ぶ粘膜(多列線毛円柱上皮)でおおわれ、この粘膜は喉頭から続いています。粘膜には粘液をつくる細胞(杯細胞、さかずきさいぼう)があり、粘液が吸い込んだほこりや病原体をとらえます[1]。粘膜のように体の表面や管の内側をおおう細胞の層については上皮とはで解説しています。
気道の線毛細胞は、1つの細胞の表面に100本を超える線毛をもち、線毛1本の長さは約7µm(0.007mm)です。線毛の芯には「9+2」と呼ばれる微小管の束(軸糸)があり、そこにダイニンというモータータンパク質の腕が付いて、線毛を曲げる力を生み出しています[3]。この部品の設計図が遺伝子であることが、第7章の「気管と遺伝」の話につながります。
💡 用語解説:線毛(せんもう、cilia)
線毛とは、細胞の表面から伸びる細い毛のような突起です。気管や気管支の線毛は自分で動く「運動性線毛」で、波のようにそろって打つことで粘液を運びます。「繊毛」と書かれることもあります。線毛の中の微小管やダイニンについては、微小管・ダイニンの解説をご覧ください。
気管分岐部(カリナ)
気管分岐部とは、気管が左右の主気管支に分かれる部分で、内側の分かれ目は「カリナ(carina)」と呼ばれます。カリナは内側に少し盛り上がった構造で、強いせきを起こす特殊な神経組織をもっています[1]。異物がここまで入り込むと激しくせき込むのは、このためです。
🫁 気管の構造のまとめ
| 部分 | できているもの | 役割 |
|---|---|---|
| 気管軟骨(前・横) | C字形の硝子軟骨が積み重なる | 管がつぶれないように形を保つ |
| 膜様部(後ろ) | 気管筋(平滑筋)と弾性結合組織 | 呼吸に合わせてわずかに伸び縮みする。食道に接する |
| 粘膜(内側) | 線毛細胞と粘液をつくる杯細胞 | 異物を粘液でとらえ、線毛でのどへ運ぶ |
| 気管分岐部(カリナ) | 左右の主気管支への分かれ目 | 刺激されると強いせきを起こす |
※OpenStax Anatomy and Physiology 2e[1]、Furlow & Mathisen 2018[2]をもとに作成。
4. 気管の働き・役割
気管の働きは、大きく「空気を肺へ通すこと」「吸い込んだ異物を外へ運び出すこと」「せきで異物を押し出すこと」の3つです。どれも、肺の奥の肺胞(はいほう)で酸素と二酸化炭素を交換する働きを守るためのものです。
空気の通り道:鼻から肺胞まで
吸い込んだ空気は、鼻や口から咽頭・喉頭を通って気管に入り、気管分岐部で左右の気管支に分かれて肺へ向かいます。気管支は肺の中で枝分かれを繰り返して細くなり、最後は肺胞に届きます。気管はこの「空気の木」の幹にあたる部分です。
異物を運び出す:粘液線毛クリアランス
気管の粘膜では、粘液がほこりや細菌をとらえ、線毛がその粘液をのどの方へ運び上げています。これを粘液線毛クリアランス(mucociliary clearance)といいます。運ばれた粘液はのどの下の方(喉頭咽頭)まで来ると、ふつうは気づかないうちに飲み込まれて食道へ送られます[1]。量が増えたときに「たん」として自覚されます。
線毛の動きは速く、気道の線毛は1秒間に10〜20回(10〜20Hz)打っています。たくさんの線毛が少しずつタイミングをずらして打つことで、波(メタクロナル波)が生まれ、粘液を頭の方向へ押し上げます[3]。この掃除のしくみが働かなくなると、粘液や病原体が気道にたまり、慢性的な肺の病気につながることが知られています[3]。生まれつき線毛がうまく動かない病気が、第7章で解説する原発性線毛機能不全症です。
せきで異物を押し出す
気管は、せきによって異物を勢いよく外へ押し出す役割も担っています。先に述べたように、気管分岐部(カリナ)には強いせきを起こす神経組織があり[1]、食べ物や水が気管に入るとむせて激しくせき込みます。むせは苦しいものですが、肺に異物が入るのを防ぐための大切な反応です。
また、せきのときには後ろの壁の気管筋がC字形の軟骨の両端を引き寄せ、気管の内腔が狭くなります[2]。粘液線毛クリアランスが「ゆっくり休まず働くベルトコンベア」だとすると、せきは「いざというときの強い送風」にあたります。
🩺 院長コラム【気管の掃除のしくみは、遺伝子の上に成り立っている】
気管は軟骨の筒として説明されることが多いのですが、臨床遺伝専門医としては、内側の線毛にこそ注目してほしいと考えています。線毛が1秒間に10回以上打ち続けるためには、ダイニンをはじめとする多くのタンパク質が正しい形でそろっている必要があり、その1つ1つが遺伝子から読み出されています。
つまり「気管の働き」は解剖の話であると同時に、遺伝子の話でもあります。部品の遺伝子が1つ働かないだけで、生まれつき痰を外へ出しにくい体質になることがある。その視点を持つと、子どものころから続くせきや中耳炎、副鼻腔炎の背景に遺伝の病気が隠れていないかを考えるきっかけになります。
5. 気管と気管支の違い
気管は喉頭から気管分岐部までの1本の管で、気管分岐部より先で左右に分かれたものが気管支です。教科書では、気管は気管分岐部で左右の主気管支(一次気管支)に分かれ、気管支も気管と同じ線毛のある粘膜でおおわれていると説明されています[1]。
気管と気管支は、つながった一続きの気道で、粘膜のつくりも共通しています。違いは「どこにあるか」と「何本あるか」です。気管は首から胸の上部にある1本だけ、気管支は肺の中に向かって何度も枝分かれしていきます。病名でも「気管支炎」「気管支ぜんそく」「気管支拡張症」のように、気管支の名前がつくものの方が多くみられます。気管支の構造や枝分かれ、気管支の病気については気管支とはで詳しく解説しています。
🫁 気管と気管支の違い
| 項目 | 気管 | 気管支 |
|---|---|---|
| 英語 | trachea(windpipe) | bronchus(複数形 bronchi) |
| 範囲 | 輪状軟骨の下から気管分岐部まで | 気管分岐部から肺の中の細い枝まで |
| 本数 | 1本 | 左右の主気管支から何度も枝分かれ |
| 粘膜 | 線毛のある粘膜(粘液をつくる細胞あり) | 同じく線毛のある粘膜(粘液をつくる細胞あり) |
| 代表的な病気 | 気管軟化症、気管狭窄、気管食道瘻 | 気管支炎、気管支ぜんそく、気管支拡張症 |
6. 気管の主な病気・トラブル
気管のトラブルには、食べ物や水が入る誤嚥・窒息のような日常的なものから、生まれつき気管の壁が柔らかい・狭い、気管と食道がつながっているといった先天的なものまであります。ここでは、よく調べられているものを順に説明します。せきや呼吸の症状がある場合は、呼吸器内科・小児科・耳鼻咽喉科などで診察を受けてください。
気管に食べ物や水が入ったら(誤嚥・窒息)
飲み込んだものが食道ではなく気管の方へ入ることを誤嚥(ごえん)といい、ふつうは強いせき(むせ)で押し出されます。むせは気管分岐部などの神経が反応して起こる、異物を外へ出すための反応です[1]。せき込んで出せた場合でも、せきや息苦しさ、発熱が続くときは医療機関に相談してください。
⚠️ 窒息が疑われるとき
声が出せず、十分にせきができない様子や、のどをつかむしぐさ(チョークサイン)がみられるときは、窒息が疑われます。すぐに周りの人に119番通報を頼み、誰も来ないときは自分で119番通報を優先します。電話のスピーカーモードを使い、通信指令員の指示に従って手当てをしてください。反応がある場合は背中を強くたたく方法(背部叩打法)を行い、効果がなければ腹部突き上げ法を行います。反応がない、または途中でなくなった場合は、119番通報して心肺蘇生を行います。乳児では、背部叩打法と胸部突き上げ法で異物を取り除きます[4]。詳しい手順は、消防機関の救命講習などで確認してください。
気管軟化症(きかんなんかしょう)
気管軟化症(tracheomalacia)とは、気管の壁が弱いために、呼吸に合わせて気管がつぶれやすくなる状態です。小児の気管の病気についての総説では、気管軟化症には生まれつきの一次性(原発性)のものと、感染や炎症などのあとに起こる二次性(後天性)のものがあり、一次性のものは早産児や新生児にみられることが多いとされています。いちばん目立つ症状は、ゼーゼー・ヒューヒューといった音のする呼吸(喘鳴、ぜんめい)です[5]。
tracheomalacia の malacia は「軟らかくなること」を意味し、日本語では「気管軟化症」と呼びます。「気管が形づくられない(形成不全)」という意味ではないため、訳語の取り違えに注意してください。
先天性気管狭窄症
先天性気管狭窄症とは、生まれつき気管の一部または広い範囲が狭くなっている病気で、多くは本来C字形のはずの軟骨が完全な輪(完全気管輪)になっていることによります。同じ総説では、気管の長さの50%を超えて狭くなる「長い区間の先天性気管狭窄」は必ず完全気管輪によるもので、出生約10万人に1人とまれな病気だと説明されています[5]。
正常なC字形の軟骨は後ろが開いていて膜様部で閉じられていますが、完全気管輪では後ろまで軟骨が輪としてつながっています。同じ総説は、狭い区間が短い場合(局所の完全気管輪)と長い場合を分けて治療法を検討しており[5]、治療は小児の気道の専門施設で判断されます。
食道閉鎖・気管食道瘻
食道閉鎖(しょくどうへいさ)・気管食道瘻(きかんしょくどうろう)とは、生まれる前の発生の途中で、食道が胃までつながらなかったり、食道と気管のあいだに異常な通り道(瘻)ができたりする病気です。米国国立医学図書館のMedlinePlus Geneticsによると、食道と気管はもともと1本の管として始まり、受精後4〜8週のあいだに前後2本の通り道に分かれます。この分かれ方に異常が起こると、食道閉鎖・気管食道瘻になることがあります[6]。
同じ資料では、頻度は新生児3,000〜5,000人に1人で、80%を超える例は「食道の上の部分が行き止まりになり、下の部分が気管とつながっている」型とされています。生まれた赤ちゃんでは、飲んだものが気道に入ってせき込む、呼吸が苦しくなる、皮膚や唇が青くなるといった症状がみられ、哺乳できるようにするためにふつうは手術が必要です[6]。この病気がほかの生まれつきの病気と一緒に起こることや遺伝との関係は、次の章で説明します。
7. 気管と遺伝・医療のつながり
気管に関わる病気の中には、遺伝子の変化が原因のものがあります。代表は、線毛の部品の遺伝子の変化で起こる原発性線毛機能不全症と、食道閉鎖・気管食道瘻を伴うことがある遺伝性の症候群です。ここは、ほかの解剖の解説ではあまり扱われない内容ですが、「なぜ気管の病気が起こるのか」「家族に関係するのか」を考えるときに欠かせない部分です。
線毛の遺伝子と原発性線毛機能不全症(PCD)
原発性線毛機能不全症(primary ciliary dyskinesia:PCD)とは、線毛の部品や線毛を組み立てるしくみに関わる遺伝子の病的バリアントによって、線毛が動かなくなったり、動き方やそろい方に異常が生じたりする遺伝性の病気です。日本では「線毛機能不全症候群(カルタゲナー症候群を含む。)」として指定難病(告示番号340)になっており、厚生労働省の資料には、原因遺伝子として約50の遺伝子が見つかっていること、患者数は約5,000人未満であること、現在のところ根本的な治療法はないことが記されています[7]。
気管や気管支の線毛が動かないと、粘液と細菌が気道にたまり、湿ったせき、慢性の副鼻腔炎、中耳炎、気管支拡張症などが起こります。遺伝性疾患の解説集GeneReviewsによると、PCDの原因として50を超える遺伝子が知られ、多くは常染色体潜性(劣性)遺伝です。ただし、FOXJ1とTUBB4Bによるものは常染色体顕性(優性)遺伝、DNAAF6・OFD1・RPGRによるものはX連鎖遺伝です[8]。
同じ資料では、満期で生まれたPCDの新生児の75%を超える人に新生児の呼吸障害がみられ、内臓の左右が完全に逆になる完全内臓逆位は40〜50%、内臓の配置が乱れる内臓錯位は約9〜12%にみられるとされています。また、よく調べられたPCDの人の20〜30%では、既知の遺伝子に原因が見つかりません[8]。慢性副鼻腔炎・気管支拡張症・内臓逆位の3つがそろったものを、カルタゲナー症候群と呼びます[7]。
日本人のPCDでは、原因遺伝子の分布に特徴があります。日本人で臨床的にPCDが疑われた93人(84家系)を調べた研究では、21人でDRC1という遺伝子の両方のアレルに欠失が見つかり、原因遺伝子がわかった人の49%を占めていました[9]。欧米の研究で多い遺伝子だけを調べると、日本人では原因を見落とすおそれがあるということです。
🧬 原発性線毛機能不全症(PCD)の要点
診断と当院の遺伝学的検査 PCDの診断には、鼻の中の一酸化窒素(鼻腔NO)の測定、線毛の電子顕微鏡検査、遺伝学的検査などが組み合わされます。GeneReviewsは、電子顕微鏡では線毛の構造が正常に見えるPCDが約30%あるとしています[8]。見た目で判断しにくい例があるため、遺伝学的検査の役割が大きい病気です。
当院では、線毛機能不全症候群(カルタゲナー症候群)の遺伝子検査で、DRC1・DNAH5・DNAI1などを含む49遺伝子を調べることができます。検体は血液のほか、唾液や頬の粘膜でも受けられ、検査ページには、塩基の変化に加えて欠失・重複も解析すること(血液検体では2つ以上続くエクソンの欠失が対象)が示されています。原因がはっきりしない気管支拡張症については、気管支拡張症の遺伝子検査(嚢胞性線維症のCFTRなどを含む18遺伝子)もあります。ただし、気管支拡張症の検査の18遺伝子にはDRC1が含まれていないため、PCDが疑われる場合はPCDの49遺伝子の検査の方が適しています。内臓逆位が見つかった方は内臓錯位症・完全内臓逆位の遺伝子検査も参考にしてください。代表的な病型については原発性線毛機能不全症1型(CILD1)で詳しく解説しています。
食道閉鎖・気管食道瘻と遺伝(CHARGE症候群など)
食道閉鎖・気管食道瘻は、単独で起こることもあれば、ほかの生まれつきの病気や遺伝性の症候群の一部として起こることもあります。MedlinePlus Geneticsによると、食道閉鎖・気管食道瘻だけがみられる人は約40%で、残りはほかの先天異常を伴うか、遺伝性の症候群の一部です。単独の場合は多くの要因が関わると考えられ、特定の原因がわからないことがほとんどで、家族の中で1人だけのことが多いとされています[6]。
同じ資料では、CHD7遺伝子の変化で起こることが多いCHARGE(チャージ)症候群の約10%、18トリソミーの約25%に食道閉鎖・気管食道瘻がみられ、VACTERL(バクテール)連合では50〜80%に気管食道瘻があるとされています[6]。GeneReviewsのCHD7関連疾患の章では、遺伝子で確認されたCHARGE症候群の約20%に、食道閉鎖(瘻を伴う・伴わない)、喉頭・気管の軟化、胃食道逆流といった気管・食道の異常がみられるとされ、その多くは親から受け継いだものではない新生(de novo)の変化で起こるとされています[10]。
CHARGE症候群は、当院のNIPT(新型出生前診断)ではダイヤモンドプランとインペリアルプランの対象疾患に含まれています。この単一遺伝子の検査は、赤ちゃんに新しく起きた変化(de novo変異)を調べるスクリーニング検査で、調べられる変化の種類や範囲には限りがあり、陰性でもCHARGE症候群を完全に否定できるわけではありません。陽性の場合は羊水検査などの確定検査で確かめる必要があります。CHARGE症候群の症状や診断はCHARGE症候群、原因遺伝子はCHD7遺伝子、複数の異常が重なる組み合わせはVACTERL連合で解説しています。
生まれる前に分かる:両親の保因者検査
PCDの多くは常染色体潜性(劣性)遺伝で、両親がともに同じ遺伝子の保因者のとき、子どもが発症する確率は妊娠ごとに4分の1です。保因者は症状がないため、家族に患者さんがいなくても起こります。常染色体潜性遺伝や保因者のしくみは、それぞれの解説ページをご覧ください。
当院の拡大版保因者検査は、女性787遺伝子・男性714遺伝子と、女性1009遺伝子・男性911遺伝子の検査があります。女性787遺伝子と男性714遺伝子の遺伝子一覧には、PCDの原因遺伝子のうちDNAI1・DNAH5・DNAI2・CCDC39が含まれています(PCDのすべての原因遺伝子が含まれているわけではありません)。オンライン診療で受けられ、検体は唾液や頬の粘膜でもかまいません。NIPTと同時に受けたい場合はファミリーセーフティ プラスがあり、NIPTと同じ日に採血します(単独では受けられません)。保因者検査の考え方は保因者スクリーニング検査とはで解説しています。
🩺 院長コラム【「気管の病気」を遺伝の目で見るということ】
気管や気管支の病気というと、感染症やぜんそくを思い浮かべる方が多いと思います。けれども、乳児期から続く湿ったせきや中耳炎、原因のはっきりしない気管支拡張症、内臓逆位といった手がかりが重なるとき、その背景に線毛の遺伝子の変化がある場合があります。原因の遺伝子がわかれば、きょうだいや次の子どもへの影響を具体的に考えられるようになります。
一方で、PCDは原因遺伝子が多く、日本人と欧米人で多い遺伝子が違い、既知の遺伝子で原因が見つからない人もいます。検査で「何がわかり、何がわからないか」を前もって理解しておくことが大切だと考えています。結果の解釈には臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを活用してください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 気管とは簡単にいうと何ですか?
気管とは、のどの奥の喉頭から胸の中まで続く空気の通り道で、胸の中で左右の気管支に分かれます。前と横はC字形の軟骨で支えられ、内側は線毛のある粘膜でおおわれています。
Q2. 気管と食道はどっちが前ですか?
前が気管、後ろが食道です。気管の後ろの壁(膜様部)にある気管筋が、食道の前の面に接しています。
Q3. 気管の長さはどのくらいですか?
外科解剖の総説では、成人男性で平均約11.8cm(正常範囲10〜13cm)と報告されています。女性はやや短い傾向があり、体格によっても差があります。
Q4. 気管の軟骨はなぜC字形なのですか?
前と横を軟骨で支えることで、息を吸っても気管がつぶれずに形を保てます。軟骨のない後ろの壁(膜様部)は気管筋と弾性のある結合組織でできていて、呼吸に合わせて気管がわずかに伸び縮みできるようになっています。
Q5. 気管と気管支の違いは何ですか?
気管は喉頭から気管分岐部までの1本の管で、気管分岐部で左右に分かれた先が気管支です。気管支は肺の中で何度も枝分かれしていきます。
Q6. 「器官」と「気管」はどう違いますか?
器官は心臓や胃など、決まった働きをもつ体の部分の総称です。気管はそのうちの1つで、空気の通り道の名前です。どちらも「きかん」と読むため、取り違えに注意が必要です。
Q7. 気管に食べ物や水が入るとどうなりますか?
ふつうは強いせき(むせ)で押し出されます。声が出せず、のどをつかむしぐさをしている場合は窒息が疑われるため、すぐに119番通報(周りに人がいなければ自分で通報し、スピーカーモードで通信指令員の指示を受ける)をして、異物を取り除く手当てを始めます。せきや息苦しさ、発熱が続くときは医療機関に相談してください。
Q8. 気管の病気は遺伝しますか?
遺伝が関わるものがあります。線毛の遺伝子の変化で起こる原発性線毛機能不全症は多くが常染色体潜性(劣性)遺伝です。食道閉鎖・気管食道瘻は単独では原因がわからないことが多い一方、CHARGE症候群など遺伝性の症候群の一部として起こることがあります。
まとめ
気管とは、喉頭の下から胸の中まで続き、気管分岐部で左右の気管支に分かれる空気の通り道です。成人男性で平均約11.8cmの長さがあり、前と横はC字形の軟骨、後ろは食道に接する膜様部でできています[2]。内側の粘膜では、粘液がとらえた異物を線毛がのどの方へ運び出し、気管分岐部は強いせきで異物を押し出します[1][3]。
気管の働きを支える線毛は遺伝子からつくられた部品でできており、その遺伝子の変化で原発性線毛機能不全症(指定難病340)が起こります[7]。また、気管と食道が分かれる過程の異常である食道閉鎖・気管食道瘻は、CHARGE症候群などの遺伝性の症候群の一部として起こることがあります[6]。気管支について詳しくは気管支とはをご覧ください。
🧬 気管・線毛の病気と遺伝が気になる方へ
この記事は、気管のしくみを解説する用語ページです。せきや呼吸の症状がある場合は、まず呼吸器内科・小児科・耳鼻咽喉科などで診察を受けてください。原発性線毛機能不全症などの遺伝が疑われる場合や、ご家族の保因者が気になる場合は、臨床遺伝専門医が遺伝学的検査と遺伝カウンセリングを担当します。検査を受けるかどうかまだ決めていない方は、検査で何がわかり、結果をどう受け止めればよいかを先に線毛機能不全症候群の遺伝子検査や遺伝カウンセリングとはでご覧ください。
参考文献
- [1] Betts JG, Young KA, Wise JA, et al. 22.1 Organs and Structures of the Respiratory System. Anatomy and Physiology 2e. OpenStax; 2022. [OpenStax]
- [2] Furlow PW, Mathisen DJ. Surgical anatomy of the trachea. Ann Cardiothorac Surg. 2018;7(2):255-260. doi:10.21037/acs.2018.03.01 [DOI]
- [3] Bustamante-Marin XM, Ostrowski LE. Cilia and Mucociliary Clearance. Cold Spring Harb Perspect Biol. 2017;9(4):a028241. [PubMed 27864314]
- [4] 総務省消防庁. 応急手当WEB講習(気道異物除去). [消防庁]
- [5] Muthialu N, Ramaswamy M, Beeman A, Yeh YT. Management of Tracheal Diseases in Children. Front Pediatr. 2020;8:297. doi:10.3389/fped.2020.00297 [Frontiers]
- [6] Esophageal atresia/tracheoesophageal fistula. MedlinePlus Genetics. National Library of Medicine. [MedlinePlus]
- [7] 厚生労働省. 340 線毛機能不全症候群(カルタゲナー症候群を含む。)(指定難病の概要・診断基準等). [厚生労働省]
- [8] Zariwala MA, Despotes KA, Davis SD. Primary Ciliary Dyskinesia. GeneReviews®. Seattle (WA): University of Washington, Seattle. Updated 2025 May 22. [GeneReviews NBK1122]
- [9] Copy number variation in DRC1 is the major cause of primary ciliary dyskinesia in the Japanese population. Mol Genet Genomic Med. 2020. [PMC7057087]
- [10] van Ravenswaaij-Arts CM, Hefner M, Blake K, Martin DM. CHD7 Disorder. GeneReviews®. Seattle (WA): University of Washington, Seattle. Updated 2025 Aug 14. [GeneReviews NBK1117]



