目次
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原虫(げんちゅう)とは、1つの細胞でできた顕微鏡サイズの真核生物(原生動物)のことで、人や動物に寄生して病気を起こすものを含みます。マラリア原虫・トキソプラズマ・赤痢アメーバ・腟トリコモナスなどが代表です。寄生虫という言葉は原虫と蠕虫(ぜんちゅう)などをまとめた呼び名で、原虫はその一部にあたります。この記事では、寄生虫・細菌・ウイルス・真菌との違いを比較表で示し、原虫の分類・大きさ・代表的な原虫感染症を整理したうえで、マラリア原虫が人の遺伝子に残した影響と、妊娠中のトキソプラズマ感染という、遺伝・医療とのつながりまで解説します。
⏱️ 30秒でわかる要約
🦠 Q. 原虫とは何ですか?
原虫とは、1つの細胞でできた顕微鏡サイズの真核生物(原生動物)です。マラリア原虫・トキソプラズマ・赤痢アメーバ・腟トリコモナスなどが人に病気を起こし、人の体の中で増えることができます。
🦠 Q. 原虫と寄生虫の違いは?
寄生虫は、原虫・蠕虫・外部寄生虫をまとめた呼び名で、原虫は寄生虫の一部です。原虫は1つの細胞で人の体内で増えますが、蠕虫は多くの細胞からなる「虫」で、成虫は目に見える大きさになり、多くは人の体内で成虫が増えることはありません(糞線虫のような例外があります)。
🦠 Q. 原虫と細菌の違いは?
原虫は核膜に包まれた核をもつ真核生物、細菌は核をもたない原核生物です。人に寄生する原虫の多くは50μm未満、細菌は直径0.1〜5.0μmほどで、原虫のほうがひとまわり大きい傾向があります。
🧬 Q. マラリアと人の遺伝子の関係は?
鎌状赤血球の保因者(HbAS)は重症マラリアになりにくいことが、多くの研究で示されています。保因者であることがマラリアの多い地域で有利に働いたため、その遺伝子の変化が残ってきたと考えられています。
- ➤原虫とは → 1つの細胞でできた真核生物(原生動物)。人の体内で増える
- ➤寄生虫との違い → 寄生虫は原虫・蠕虫・外部寄生虫の総称。原虫はその一部
- ➤細菌・ウイルス・真菌との違い → 細胞のつくり・大きさ・効く薬が違う(比較表)
- ➤分類 → 動き方で根足虫類・鞭毛虫類・繊毛虫類・胞子虫類の4つに分ける
- ➤遺伝とのつながり → マラリアが鎌状赤血球・サラセミア・G6PD欠損症の遺伝子を残した

1. 原虫とは?意味・読み方・英語
原虫とは、1つの細胞でできた顕微鏡サイズの真核生物(原生動物)のことです。読み方は「げんちゅう」、英語では単数形が protozoan(プロトゾアン)、複数形が protozoa(プロトゾア)です。医学の教科書では、原虫は「比較的複雑な内部構造をもつ、顕微鏡サイズの単細胞の真核生物」と説明されています[1]。動き回って栄養をとる生き物で、光合成はしません[2]。
真核生物とは、遺伝情報であるDNAが核膜という膜に包まれた「核」の中にしまわれている生物のことで、人や動物、植物、カビ(真菌)も同じ仲間です(くわしくは真核生物とは)。つまり原虫は、細胞1つだけで生きているものの、細胞のつくりそのものは私たち人の細胞と同じ真核細胞です。ここが、核をもたない細菌との大きな違いになります(第3章)。
原虫の仲間は世界中のさまざまな環境にいて[1]、水や土の中で自由に暮らすものもいれば、人や動物の体に入り込んで病気を起こすものもいます。医学で「原虫」というときは、主に後者の、人や動物に寄生する原虫を指しています。
「原虫」「原生動物」「原生生物」はどう違う?
「原虫」と「原生動物」はどちらも protozoa の訳語で、医学・寄生虫学では「原虫」、生物学では「原生動物」と呼ぶことが多い言葉です。一方、「原生生物(protist)」はもっと広い言葉で、原虫のほかに藻類なども含む、動物・植物・菌類のどれにも入らない真核生物をまとめた呼び名です。
ただし、原生生物は共通の祖先から分かれた1つのグループではなく、性質の似たものを便宜的にまとめた集まり(多系統群)であることが分かっています[2]。そのため、今の生物学では真核生物全体を6つの「スーパーグループ」に分けて整理しており[2]、「原虫」は正式な分類の名前というより、医学で使いやすい呼び名として残っていると考えるとわかりやすいでしょう。
原虫の体のつくりと増え方:栄養型とシスト
原虫は、活発に栄養をとって増える「栄養型(トロフォゾイト)」と、殻に守られて休む「シスト(嚢子)」という2つの姿をもつものが多い生き物です。栄養型は動いて栄養をとり増える段階で[1]、シストは保護のための膜や厚い壁をもった段階です[1]。栄養型がシストに変わることを被嚢(encystment)といいます[2]。
シストは環境の変化に耐える姿で、便に出て水や食べ物を汚し、次の人の口に入ることで感染が広がります。赤痢アメーバが便の中のシストでうつるのはこのためです[2]。体の外側は細胞膜で包まれ、種類によっては細胞膜のすぐ内側にタンパク質の帯がある「ペリクル」という構造で形を保っています[1][2]。
増え方は、1つの細胞が2つに分かれる二分裂がもっとも一般的です[1]。マラリア原虫などでは、核が何回も分かれてから一度にたくさんの小さな細胞に分かれる「シゾゴニー(多数分裂)」が起こり[2]、有性生殖と無性生殖の両方を行うものもあります[1]。この「人の体の中で数を増やせる」性質が、原虫を考えるうえでの重要なポイントです。
💡 用語解説:栄養型とシスト
栄養型(trophozoite)は、原虫が栄養をとって増えている活動中の姿です。シスト(cyst、嚢子)は、保護の壁に包まれて環境の変化に耐える休眠中の姿です。便の検査で原虫を探すときには、この2つの形を顕微鏡で見分けます。
2. 原虫と寄生虫の違いは?
寄生虫は、人に病気を起こす寄生生物をまとめた呼び名で、原虫は寄生虫の一部です。米国疾病予防管理センター(CDC)は、人に病気を起こす寄生虫を「原虫」「蠕虫(ぜんちゅう)」「外部寄生虫」の3つに分けています[3]。つまり「原虫と寄生虫の違い」は、全体(寄生虫)とその一部(原虫)の関係です。日常の会話で「寄生虫」というと回虫やサナダムシのような「虫」を思い浮かべがちですが、その「虫」は医学では蠕虫と呼びます。寄生虫全体の説明は寄生虫とはで扱っています。
原虫と蠕虫の基本的な違いは、原虫が単細胞の真核生物であるのに対し、蠕虫は多細胞の動物であることです。人に寄生する原虫の多くは人体内で増殖できます[3]。一方、蠕虫の多くは人体内で成虫が直接増殖することはありませんが[3]、糞線虫のように自家感染によって人体内で感染が持続・拡大する例外があります[4]。蠕虫は多くの細胞と器官をもつ動物で[5]、成虫は多くが肉眼で見える大きさです[3]。
🪱 原虫と蠕虫(いわゆる「虫」)の違い
| 項目 | 原虫 | 蠕虫 |
|---|---|---|
| 体のつくり | 1つの細胞(単細胞の真核生物) | 多くの細胞と器官をもつ動物(多細胞) |
| 大きさ | 顕微鏡サイズ(多くは50μm未満) | 成虫の多くは肉眼で見える(数cm〜数m) |
| 人の体内で増えるか | 増える | 多くは成虫が人の体内で直接増えない(糞線虫は自家感染で持続・拡大することがある) |
| 主な仲間 | アメーバ類・鞭毛虫類・繊毛虫類・胞子虫類 | 線虫(回虫など)・吸虫・条虫(サナダムシ) |
| 代表例 | マラリア原虫、トキソプラズマ、赤痢アメーバ | 回虫、アニサキス、エキノコックス |
※CDC[3][4]、Baron Medical Microbiology[1]、OpenStax Microbiology[5]による。
蠕虫はさらに、線虫(回虫など、節のない細長い虫)と扁形動物(平たい虫)に分かれ、扁形動物には吸虫と条虫(サナダムシ)が含まれます[5]。大きさの差は大きく、ヒト回虫の雌成虫は20〜35cm[6]、無鉤条虫の成虫は通常5m以下ですが25mに達することもあります[7]。顕微鏡でなければ見えない原虫とは、文字どおり桁が違います。
「原虫」と間違えやすいもの
名前の響きや「寄生する」という性質から、原虫と混同されやすい病原体がいくつかあります。試験やレポートでも取り違えやすいところなので、正しい分類を整理しておきます。
エキノコックス
原虫ではなく、条虫(サナダムシの仲間)です。CDCは「条虫(cestodes)のエキノコックス属」と説明しています[8]。
アニサキス
原虫ではなく、線虫(回虫の仲間)です。幼虫を誤って口にすることで起こります[9]。
ニューモシスチス
原虫ではなく、真菌(カビの仲間)です。ニューモシスチス肺炎は真菌 Pneumocystis jirovecii による肺炎です[10]。
梅毒トレポネーマ
原虫ではなく、細菌です。梅毒は細菌 Treponema pallidum によって起こります[11]。
3. 原虫と細菌・ウイルス・真菌の違いは?
原虫と細菌のいちばんの違いは、細胞に核があるかどうかです。原虫は核膜に包まれた核をもつ真核生物、細菌は核をもたない原核生物です。原核生物には核も、膜で包まれた細胞小器官もなく、DNAは細胞の中央の「核様体」という膜のない領域にあります[12]。また、多くの細菌はペプチドグリカンという物質でできた細胞壁をもっています[12]。
ウイルスはさらに違い、そもそも細胞ではありません[13]。自分だけでは増えるのに必要な部品の多くをもたないため、ほかの生物の細胞に入り込んで、その細胞の仕組みを借りて増えます[13]。真菌(カビ・酵母)は原虫と同じ真核生物ですが、キチンを含む細胞壁をもち、細胞膜にはエルゴステロールという独特の脂質が含まれます[14]。
🔬 原虫・細菌・ウイルス・真菌・蠕虫の比較
| 項目 | 原虫 | 細菌 | ウイルス | 真菌 | 蠕虫 |
|---|---|---|---|---|---|
| 細胞の種類 | 真核(単細胞) | 原核(単細胞) | 細胞ではない | 真核(酵母は単細胞、カビは多細胞) | 真核(多細胞の動物) |
| 核膜 | あり | なし(核様体) | なし | あり | あり |
| 外側のつくり | 細胞膜(一部はペリクル、シストは保護の壁) | 多くはペプチドグリカンの細胞壁 | タンパク質の殻(種類によって膜) | キチンを含む細胞壁 | 体表の組織 |
| 大きさの目安 | 1〜150μm(多くは50μm未満) | 0.1〜5.0μm | 20〜900nm | 種類による | 数mm〜数m |
| 増え方 | 二分裂・多数分裂など。人の体内で増える | 分裂して増える | ほかの細胞の中でしか増えない | 出芽・菌糸がのびるなど | 多くは成虫が人の体内で直接増えない(例外あり) |
| 代表例 | マラリア原虫、トキソプラズマ | 大腸菌、結核菌 | インフルエンザウイルス | カンジダ、ニューモシスチス | 回虫、アニサキス |
| 効く薬の種類 | 抗原虫薬(抗マラリア薬など) | 抗菌薬 | 抗ウイルス薬 | 抗真菌薬 | 駆虫薬 |
※原虫の大きさはBaron Medical Microbiology[1]、細菌(原核生物)はOpenStax Biology[12]、ウイルスはOpenStax Microbiology[13]、真菌の細胞壁は同[14]、蠕虫の大きさはCDC[6][7]による。薬の種類は大まかな分類で、個々の薬の選び方は医師が判断します。
「効く薬の種類」が分かれているのは、薬がそれぞれの病原体に特有のつくりをねらっているからです。たとえば、抗真菌薬の多くは真菌の細胞膜にあるエルゴステロールを標的にしています[14]。原虫・細菌・ウイルス・真菌は細胞のつくりがそれぞれ違うため、治療には病原体ごとに合った薬が選ばれます。病原体の「細胞のつくりの違い」は、治療の違いに直結しているのです。
原虫の大きさはどのくらい?
人に寄生する原虫の多くは50μm(0.05mm)未満です。いちばん小さいもの(主に細胞の中に入り込むもの)は1〜10μmほどで、大腸に寄生する大腸バランチジウムは150μmに達することがあります[1]。
比べると、細菌(原核生物)は直径0.1〜5.0μmほど、人の細胞を含む真核細胞は10〜100μmほどです[12]。ウイルスは20〜900nm(0.02〜0.9μm)で[13]、細菌よりさらに小さい世界です。原虫は「細菌よりひとまわり大きく、人の細胞と同じくらいの大きさ」と覚えるとイメージしやすいでしょう。マラリア原虫が人の赤血球の中に入り込んで増えるのも、原虫の中でも小さな部類だからこそです。
原虫に細胞壁はある?
教科書では、原虫の体の外側は細胞膜として説明され、種類によってその内側を「ペリクル」というタンパク質の層が支えています。ペリクルは、形を一定に保てるだけのかたさをもちます[1][2]。細菌のペプチドグリカンの細胞壁[12]や、真菌のキチンの細胞壁[14]とは別のものです。
一方で、シストの段階では、保護のための膜や厚い壁で包まれます[1]。「原虫に壁があるか」と聞かれたら、「活動している栄養型は細胞膜(とペリクル)、休眠中のシストは保護の壁をもつ」と答えるのが正確です。
4. 原虫の分類:根足虫類・鞭毛虫類・繊毛虫類・胞子虫類
人に感染する原虫は、動き方によって根足虫類(アメーバ類)・鞭毛虫類・繊毛虫類・胞子虫類の4つに分けるのが、医学でよく使われる分類です。CDCもこの4つで説明しています[3]。
📋 人に感染する原虫の4つのグループ
| グループ | 動き方 | 人に病気を起こす例 |
|---|---|---|
| 根足虫類(アメーバ類)Sarcodina | 仮足(細胞の一部をのばした突起)で動く | 赤痢アメーバ(Entamoeba) |
| 鞭毛虫類 Mastigophora | 鞭毛(むち状の毛)で泳ぐ | ランブル鞭毛虫(Giardia)、リーシュマニア(Leishmania) |
| 繊毛虫類 Ciliophora | 体の表面の多数の繊毛で泳ぐ | 大腸バランチジウム(Balantidium) |
| 胞子虫類 Sporozoa | 鞭毛や繊毛をもたない段階が多いが、滑走運動を行うものもある | マラリア原虫(Plasmodium)、クリプトスポリジウム(Cryptosporidium) |
胞子虫類のうち、マラリア原虫などは「アピコンプレックス類」とも呼ばれます。細胞の一方の端に「頂端複合体(アピカルコンプレックス)」という、宿主の細胞に入り込むための装置をもつのが特徴で、細胞の中や外で寄生生活を送ります[2]。
分類は見直され続けている
原虫の分類は、形の特徴をもとにした古い分類から、遺伝子の配列をもとにした分類へと移り変わってきました。1985年に原生動物学会が原虫を6つの門に分ける体系を発表し、人の病気にとって重要な種の多くは「肉質鞭毛虫門」と「アピコンプレックス門」に含まれるとされました[1]。同じ教科書は、いずれ分子レベルの分類のほうが形態よりも信頼できる基準になるかもしれないとも述べています[1]。実際、今の生物学では真核生物全体を6つのスーパーグループに分けています[2]。
このため、上の4分類は「生物の系統」というより「医学で原虫を見分けて覚えるための実用的な分け方」として使われています。教科書や資料によって分類名が違うのは、このような見直しの途中にあるためです。
微胞子虫は原虫?
微胞子虫(びほうしちゅう)は、かつては原虫とされていましたが、今は真菌に近い生物と考えられています。CDCは、微胞子虫は真菌と近縁であるものの、真菌との関係ははっきりしておらず、分類上の位置は何度も議論・修正されてきたと説明しています[16]。歴史的に原虫として扱われてきたため、今も寄生虫の検査室で扱われることが多いとしています[16]。古い資料で原虫の一覧に入っていることがあるのは、この経緯によるものです。
5. 人に病気を起こす主な原虫と原虫感染症
人に病気を起こす代表的な原虫は、マラリア原虫・トキソプラズマ・赤痢アメーバ・ランブル鞭毛虫・腟トリコモナス・クリプトスポリジウムなどです。うつり方は、蚊に刺されて血液に入るもの、汚れた水や食べ物から口に入るもの、性行為でうつるもの、妊娠中にお母さんから赤ちゃんにうつるものまでさまざまです。
🦠 代表的な原虫と病気・うつり方
| 原虫 | 病気 | 主なうつり方 |
|---|---|---|
| マラリア原虫(Plasmodium) | マラリア | 感染したハマダラカ(雌)に刺される |
| トキソプラズマ(Toxoplasma gondii) | トキソプラズマ症、先天性トキソプラズマ症 | 加熱の足りない肉、猫のふんで汚れた土や食べ物、妊娠中の母子感染 |
| 赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica) | アメーバ赤痢 | 便に出たシストで汚れた水や食べ物 |
| ランブル鞭毛虫(Giardia) | ジアルジア症(下痢) | 汚れた水や食べ物 |
| 腟トリコモナス(Trichomonas vaginalis) | トリコモナス症 | 性行為(性感染症) |
| クリプトスポリジウム(Cryptosporidium) | クリプトスポリジウム症(水様の下痢) | 便で汚れた水・食べ物・土・物の表面 |
腟トリコモナスによるトリコモナス症は、治療できる、よくある性感染症です。CDCは米国で2018年に200万件を超える感染があったと推計しており、飲み薬で治療でき、再感染を防ぐためにパートナーも同時に治療を受けるよう勧めています[19]。クリプトスポリジウムは水様の下痢を起こす小さな原虫で、感染した人や動物の便で汚れた水・食べ物・土・物の表面にひそんでいます[20]。
マラリア原虫:人の肝臓と赤血球で増える
マラリアは、マラリア原虫をもった雌のハマダラカに刺されてうつる病気で、世界保健機関(WHO)は2024年に世界で推計2億8,200万人がかかり、61万人が亡くなったと報告しています[17]。人にマラリアを起こすマラリア原虫は5種類あり、なかでも熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)と三日熱マラリア原虫(P. vivax)の脅威が大きく、熱帯熱マラリア原虫がもっとも致死的です[17]。
マラリア原虫の一生は、人と蚊の2つの体を行き来します。蚊が血を吸うときに人の体に入った原虫は、まず肝臓の細胞に感染し、そこで増えたあと赤血球に入り込んで増殖をくり返します[21]。血液中の一部の原虫は、次に血を吸った蚊に取り込まれ、蚊の体の中でさらに増えます(スポロゴニー)[21]。一部の種類では、肝臓の中で休眠する段階が残り、あとから再発の原因になります[21]。
マラリア原虫が人の「赤血球」を住みかにしていることは、次の第6章で扱う、人の遺伝子とマラリアの関係を理解するうえでの鍵になります。赤血球の中のヘモグロビンや酵素の性質が少し違うだけで、原虫が育ちにくくなることがあるからです。
日本の感染症法での扱い
日本の感染症法では、マラリアは四類感染症、アメーバ赤痢・クリプトスポリジウム症・ジアルジア症は五類感染症として、医師が届け出る対象になっています(2026年10月時点)。厚生労働省は、四類感染症はただちに、これらの五類感染症は7日以内に届け出るよう定めています[22]。なお、エキノコックス症も四類感染症ですが[22]、これは原虫ではなく条虫による病気です。
6. 遺伝・医療とのつながり①:マラリアは人の遺伝子をどう変えたか
マラリアは、人の遺伝子にもっとも強い影響を与えてきた病気の1つです。マラリアの遺伝学を総説した論文は、マラリアを「人類の最近の進化の歴史で知られている中で、もっとも強い自然選択の力」と位置づけ、G6PD欠損症、αサラセミア、ヘモグロビンCなどがマラリアによる死亡の減少と結びついていると述べています[23]。病気の原因になる遺伝子の変化が、なぜマラリアの多い地域でたくさんの人に受け継がれているのか。その答えが「ヘテロ接合体の有利さ」です。
鎌状赤血球の保因者(HbAS)はマラリアに強い
鎌状赤血球症は、HBB遺伝子にHbSを生じる病的バリアントがあり、もう一方のHBB遺伝子にもHbSやHbC、βサラセミアなどに関連する病的バリアントがある場合に起こる、常染色体潜性(劣性)遺伝の病気です。鎌状赤血球症は HBB 遺伝子の変化で起こり、常染色体潜性の形で遺伝します[24]。代表的な遺伝子型にはHbSS、HbSC、HbS/βサラセミアなどがあります[25]。一方、HbAとHbSを1つずつもつHbAS(鎌状赤血球形質)は、通常は鎌状赤血球症を発症しない保因者です。
この保因者(HbAS)は、マラリアにかかった子どもで生存に有利に働くことが知られており、これが、マラリアの多い地域でヘモグロビンSの変化が残り続けた大きな理由と考えられています[25]。ヘモグロビンSは、アフリカ・地中海・中東・インドに祖先をもつ人々に多くみられます[25]。
どのくらい有利なのかを数字で示したのが、2012年の系統的レビュー・メタ解析です。症例対照研究をまとめると、HbASの人の重症マラリアに関するオッズ比は0.09(95%信頼区間0.06〜0.12)でした[26]。これは比較対象と比べて重症マラリアのオッズが大幅に低いことを示しますが、重症化する確率が9%になるという意味ではありません。重症でないマラリアについても、HbASでは予防的な関連が報告されています(発生率比0.69、95%信頼区間0.61〜0.79)[26]。
💡 用語解説:ヘテロ接合体の有利さ(平衡多型)
ヘテロ接合体とは、対になった遺伝子の片方だけに変化をもつ状態です(ヘテロ接合とは)。両方に変化をもつと病気になる一方で、片方だけなら環境によっては有利になる場合、その変化は集団から消えずに一定の割合で残ります。これを「ヘテロ接合体の有利さ」や「平衡多型」と呼び、鎌状赤血球とマラリアはその代表例です。
ここで大切なのは、「マラリアに強い」のは片方だけに変化をもつ保因者であって、両方に変化をもつと鎌状赤血球症という重い病気になることです。両親がともに保因者のときには、子どもが両方の変化を受け継ぐ確率は妊娠ごとに4分の1です[25]。マラリアから集団を守ってきた同じ遺伝子の変化が、一人ひとりの家族にとっては病気の原因にもなります。鎌状赤血球症そのものについては鎌状赤血球症 総論、遺伝子についてはHBB遺伝子で解説しています。
サラセミア・G6PD欠損症もマラリアと関係する
鎌状赤血球だけでなく、サラセミアやG6PD欠損症も、マラリアから身を守る方向に働いたと考えられている遺伝子の変化です。先ほどのメタ解析では、重症マラリアのオッズ比は、αサラセミアのホモ接合で0.63(95%信頼区間0.48〜0.83)、ヘテロ接合で0.83(同0.74〜0.92)でした[26]。ヘモグロビンCのホモ接合(HbCC)でも0.27(同0.11〜0.63)と報告されています[26]。守りの強さは、鎌状赤血球の保因者ほどではないものの、同じ方向を向いています。
G6PD(グルコース-6-リン酸脱水素酵素)欠損症は、赤血球を酸化ストレスから守る酵素が足りなくなる病気で、世界で推計4億人にあると米国国立医学図書館は説明しています[27]。アフリカ・アジア・地中海・中東の一部に多く、マラリアがよくみられる地域で多いことから、G6PDの変化をもつ人はマラリアから部分的に守られていると考えられています[27]。遺伝の形はX連鎖で、感染症や特定の薬、ソラマメを食べることなどがきっかけで、赤血球がこわれる溶血性貧血を起こすことがあります[27]。
サラセミアについてはサラセミア 総論、αサラセミアの遺伝子の調べ方についてはαサラセミアの遺伝子検査で扱っています。
🩺 院長コラム【病気の遺伝子は、なぜなくならないのか】
病気の原因になる遺伝子の変化は、本来なら世代を重ねるうちに減っていきそうに思えます。それでも鎌状赤血球やサラセミアの変化がある地域で高い割合で受け継がれているのは、マラリアという原虫が、保因者にとって有利な環境をつくってきたからです。ひとつの単細胞の生き物が、人類の遺伝子の分布を変えてきたことになります。
この例は、遺伝子の変化を「良い」「悪い」の二つに分けて考えられないことを教えてくれると考えています。同じ変化が、ある環境では身を守り、別の組み合わせでは病気を起こします。遺伝子検査の結果を読むときも、その変化がどの遺伝の形で、どのような状況で意味をもつのかを考えることが大切だと考えています。
生まれる前に分かる:両親の保因者検査
鎌状赤血球症やサラセミアは常染色体潜性、G6PD欠損症はX連鎖の遺伝形式をとるため、両親が保因者かどうかを調べることで、子どもに起こりうるかを妊娠前に知ることができます。常染色体潜性の病気では、両親がともに同じ遺伝子の保因者のとき、子どもが両方の変化を受け継いで発症する確率は妊娠ごとに4分の1です[25]。保因者は通常症状がないため、家族に患者さんがいなくても起こります。仕組みは常染色体潜性遺伝と保因者とはで解説しています。
G6PD欠損症はX連鎖性の遺伝形式をとり、母親がG6PD遺伝子の病的バリアントをヘテロ接合でもつ場合、その変化が子どもに伝わる確率は妊娠ごとに2分の1です[28](X連鎖の一般的な仕組みはX連鎖遺伝とは)。変化を受け継いだ男の子ではG6PD酵素活性が低下することがあり、特定の薬・感染・ソラマメなどをきっかけに溶血を起こす場合があります。また、女の子でもX染色体不活化の偏りなどによって酵素活性が低下し、症状が現れることがあります[27]。
当院の拡大版保因者検査は、女性787遺伝子・男性714遺伝子、女性1009遺伝子・男性911遺伝子の4種類です(787と714、1009と911がそれぞれ男女の対で、女性1009は女性787の遺伝子をすべて含みます)。この章で取り上げた遺伝子では、ヘモグロビンの HBB・HBA1・HBA2 は4種類すべてに、X連鎖の G6PD は女性版(787・1009)に含まれています。男性版は女性版からX連鎖の遺伝子を除いたものです。4種類とも、オンライン診療で受けられ、唾液や頬の粘膜の検体でも検査できます。
NIPT(新型出生前診断)と同じ日に保因者検査も受けたい場合は、ファミリーセーフティ プラスで、NIPTと同じ日の採血で受けられます(ファミリーセーフティ プラスだけを単独で受けることはできません)。保因者検査の考え方は保因者スクリーニング検査とはをご覧ください。
7. 遺伝・医療とのつながり②:妊娠中のトキソプラズマ感染
トキソプラズマは、妊娠中や妊娠の少し前に初めて感染すると、お腹の赤ちゃんにうつることがある原虫です。トキソプラズマは人を含むほとんどの温血動物に感染する原虫で、終宿主(成熟して最終的に寄生する宿主)として知られているのは、猫とその仲間(ネコ科)だけです[29]。人は、組織の中にシストをもつ動物の肉を加熱不十分なまま食べたり、猫のふんで汚れた食べ物・水・土が口に入ったりしてうつり、妊娠中には母親から胎児へもうつります[29]。
CDCは、妊娠中や妊娠直前に新たに感染した母親から生まれる赤ちゃんは重い病気になるリスクが高く、重いトキソプラズマ症は脳や目などの臓器に障害を残すことがあると説明しています[18]。また、お腹の中で感染した赤ちゃんの多くは生まれたときには症状がなく、あとになってから症状が出ることがあるとしています[18]。予防の基本は、加熱の足りない肉、洗っていない生鮮食品、猫のふんで汚れた土といった感染経路を避けることです[18]。
妊娠中に赤ちゃんに影響しうる感染症は、トキソプラズマのほかにも、サイトメガロウイルスや風疹などがあり、頭文字をとってTORCH感染症とまとめて呼ばれます。サイトメガロウイルスについては先天性サイトメガロウイルス感染症で解説しています。
NIPTで先天性トキソプラズマ症はわかる?
わかりません。NIPT(新型出生前診断)は、お母さんの血液中に含まれる主に胎盤由来の遊離DNA(cfDNA)を解析し、染色体数の変化や、検査プランによっては一部の遺伝子の変化がある可能性を調べる非確定的検査です。トキソプラズマなどの感染症を診断する検査ではありません。赤ちゃんの病気の原因には、染色体や遺伝子によるもの(遺伝の要因)と、感染症のように外から起こるもの(環境の要因)があり、それぞれ調べる検査が違います。NIPTで調べられることと調べられないことは出生前診断(NIPT)でわかること・わからないことにまとめています。
トキソプラズマへの感染が心配なときは、妊婦健診を受けている産婦人科で相談してください。NIPTの結果が陰性であっても、感染症の心配がなくなるわけではないことを知っておくと、検査の結果を正しく受け止めることにつながります。
🩺 院長コラム【「遺伝」と「感染」を分けて考える】
赤ちゃんの健康が気になるとき、心配の中身が「遺伝の要因」なのか「感染などの環境の要因」なのかを分けて考えることが大切だと考えています。NIPTや保因者検査は遺伝の要因を調べる検査で、トキソプラズマのような感染症は、別の方法で調べ、別の方法で予防します。
どの検査で何がわかり、何がわからないのかを知っておくことは、検査を選ぶときにも、結果を受け止めるときにも役立ちます。ひとつの検査ですべてがわかるわけではないことを前提に、目的に合った検査を選ぶのがよいと考えています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 原虫は寄生虫ですか?
はい。寄生虫は、人に病気を起こす原虫・蠕虫(ぜんちゅう)・外部寄生虫をまとめた呼び名で、原虫はその一部です。原虫は1つの細胞でできた真核生物で、人の体の中で増えることができます。
Q2. マラリア原虫は寄生虫ですか?
はい。マラリア原虫は、人の肝臓の細胞と赤血球に寄生して増える原虫で、寄生虫の一種です。雌のハマダラカに刺されることでうつり、蚊の体の中でも増えます。
Q3. トキソプラズマは原虫ですか?
はい。トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)は、人を含むほとんどの温血動物に感染する原虫です。終宿主として知られているのは猫とその仲間で、妊娠中の初感染では赤ちゃんにうつることがあります。
Q4. トリコモナスは原虫ですか?
はい。トリコモナス症の原因になる腟トリコモナス(Trichomonas vaginalis)は原虫で、性行為でうつる性感染症を起こします。飲み薬で治療でき、再感染を防ぐためにパートナーも同時に治療を受けます。
Q5. エキノコックスやアニサキスは原虫ですか?
いいえ。エキノコックスは条虫(サナダムシの仲間)、アニサキスは線虫で、どちらも原虫ではなく蠕虫です。蠕虫は多くの細胞からなる動物で、多くは人の体内で成虫が増えることはありません。
Q6. ニューモシスチスは原虫ですか、真菌ですか?
真菌です。ニューモシスチス肺炎は、真菌 Pneumocystis jirovecii によって起こる肺炎です。なお、微胞子虫もかつては原虫とされていましたが、今は真菌に近い生物と考えられています。
Q7. マラリアは何類感染症ですか?
日本の感染症法では、マラリアは四類感染症で、医師がただちに届け出る対象です(2026年10月時点)。アメーバ赤痢・クリプトスポリジウム症・ジアルジア症は五類感染症です。
まとめ
原虫(げんちゅう)とは、1つの細胞でできた顕微鏡サイズの真核生物(原生動物)で[1]、寄生虫(原虫・蠕虫・外部寄生虫の総称)の一部です[3]。核をもつ点で細菌と、細胞である点でウイルスと、1つの細胞でできている点で、多細胞の動物である蠕虫と違います。人に感染する原虫は、動き方で根足虫類・鞭毛虫類・繊毛虫類・胞子虫類に分けられ[3]、マラリア原虫・トキソプラズマ・赤痢アメーバ・腟トリコモナスなどが代表です。
マラリア原虫は、鎌状赤血球・サラセミア・G6PD欠損症といった遺伝子の変化を、マラリアの多い地域に残してきました[23][26]。保因者にとっては守りになる変化が、両方に受け継ぐと病気になるという「ヘテロ接合体の有利さ」は、遺伝を考えるうえでの大切な例です。トキソプラズマは妊娠中の初感染で赤ちゃんにうつることがあり[18]、NIPTのような遺伝の検査ではわからないため、感染予防が基本になります。
📘 この記事について
この記事は、原虫という言葉の意味と、遺伝・医療とのつながりを解説する用語ページです。原虫による感染症が心配なときは、症状や渡航歴を伝えて医療機関を受診してください。鎌状赤血球症・サラセミアなど、両親が保因者かどうかで子どもへの影響が決まる病気については、保因者スクリーニング検査とはで、検査で何がわかるのかを確かめられます。
参考文献
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