目次
細胞が2つに分かれるとき、新しくできる細胞は通常、元の細胞の遺伝情報を引き継ぎます。それを可能にしているのがDNA複製(DNA replication)です。二重らせんをほどき、1本ずつの鎖を型紙にして、同じDNAをもう1組つくる。言葉にすると単純ですが、実際にはヘリカーゼ、プライマーゼ、DNAポリメラーゼ、DNAリガーゼなど多くの酵素が順番に働く、精密な分子の作業です。この記事では、DNA複製とは何か、いつ・どこで起こるのか、どのような流れで進むのかを7つのステップで整理し、高校生物でつまずきやすい「なぜプライマーが必要なのか」「なぜ5’→3’方向にしか合成できないのか」にも答えます。最後に、複製のわずかなミスが遺伝性の病気とどうつながるのかを、臨床遺伝専門医の立場から解説します。
Q. DNA複製とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. DNA複製とは、細胞分裂の前(細胞周期のS期)に、二本鎖DNAをほどいてそれぞれの鎖を鋳型(いがた)にし、同じDNAを2組つくる過程です。できあがった2組のDNAは、どちらも「元の鎖1本+新しく合成された鎖1本」でできており、この様式を半保存的複製と呼びます。新しい鎖の合成はDNAポリメラーゼという酵素が担い、プライマーと呼ばれる短い足場を起点に、必ず5’→3’の方向に伸びていきます。
- ➤いつ・どこで → 真核細胞では細胞周期のS期に、核の中で、1回の細胞周期に1回だけ行われる
- ➤流れ → 複製起点 → ヘリカーゼでほどく → プライマー → DNAポリメラーゼで伸長 → リーディング鎖・ラギング鎖 → 除去と連結 → 終結
- ➤なぜプライマー → DNAポリメラーゼは何もないところから合成を始められず、既存の鎖の3’末端が必要だから
- ➤正確さ → 塩基の選択・校正・ミスマッチ修復の3段階で、誤りはきわめて少なく抑えられている
- ➤遺伝との関係 → 修復をすり抜けた誤りは、新生突然変異(de novo変異)やリピート伸長の一因になる

図:DNA複製の全体像。図中の「先行鎖」はリーディング鎖、「後続鎖」はラギング鎖と同じ意味です。ヘリカーゼが左方向へ二重らせんをほどき、ほどけた2本の鎖を鋳型に新しい鎖が合成されます。
🧬 DNA複製の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方・英語 | ディーエヌエーふくせい/DNA replication |
| 定義 | 二本鎖DNAをほどき、それぞれの鎖を鋳型にして相補的な新しい鎖を合成し、同じDNAを2組つくる過程 |
| 起こる時期・場所 | 真核細胞では細胞周期のS期(DNA合成期)に、核の中で行われる |
| 複製の様式 | 半保存的複製(新しいDNAは元の鎖1本+新しい鎖1本) |
| 主な酵素 | ヘリカーゼ、トポイソメラーゼ、プライマーゼ、DNAポリメラーゼ、DNAリガーゼ |
| ヒトでの複製量 | ゲノム1セットは約30億塩基対(T2T-CHM13参照配列ではY染色体を除き約30.55億塩基対)[1]。体細胞は父母由来の2セットを持つため、1回の複製で約60億塩基対をコピーする |
※本記事はDNA複製のしくみを解説する用語解説です。特定の検査を勧めるものではありません。
1. DNA複製とは?まず結論から
DNA複製の意味と目的
DNA複製とは、細胞が持つDNAをまるごとコピーし、同じDNAを2組そろえる働きです。DNAは、A(アデニン)・T(チミン)・G(グアニン)・C(シトシン)の4種類の塩基を持つヌクレオチドが鎖状につながったもので、2本の鎖が向かい合って二重らせんをつくっています。向かい合う塩基は、AとT、GとCの組み合わせでしか結合しません。この決まりがあるため、片方の鎖の並びがわかれば、もう片方の並びは自動的に決まります。
では、なぜコピーが必要なのでしょうか。私たちの体は1個の受精卵から始まり、細胞分裂をくり返して数十兆個の細胞になります。分裂のたびにDNAを複製して均等に分けなければ、分裂するごとに遺伝情報が半分ずつ失われてしまいます。DNA複製は、体をつくるすべての細胞が基本的に同じ遺伝情報を持つための前提となる仕組みです。ヒトの場合、ゲノム1セットは約30億塩基対あり[1]、体細胞はこれを2セット持っているため、1回の複製で約60億塩基対を写し取ることになります。
💡 用語解説:鋳型(いがた)と相補的
「鋳型」とは、新しい鎖をつくるときの型紙になる元の鎖のことです。「相補的」とは、AにはT、GにはCというように、決まった相手とだけ組になる性質を指します。DNA複製では、ほどけた1本の鎖を鋳型にして、その塩基と相補的な塩基を持つヌクレオチドを1つずつ並べていくことで、通常は元と同じ並びの二本鎖が再現されます。
いつ・どこで起こる?
真核細胞では、DNA複製は細胞周期のS期(DNA合成期)に、核の中で行われます。細胞周期は、分裂の準備をするG1期、DNAを複製するS期、分裂に備えるG2期、そして実際に分裂するM期の順にめぐります。つまり複製は、分裂の「前」に済ませておく作業です。
大切なのは、1回の細胞周期で複製は1回だけという点です。同じ領域を2回複製してしまうと、DNAの量に過不足が生じ、ゲノムが不安定になります。そのため細胞は、G1期に複製の準備を整え、S期に入ってから一度だけ開始させる二段階の制御を行っています(詳しくは第5章で説明します)。ヒト細胞では、ゲノム全体の複製におよそ10時間程度かかるとされていますが[2]、細胞の種類や状態によって長さは変わります。なお、ミトコンドリアも独自の小さなDNAを持っており、核とは別の仕組みで複製されています。
半保存的複製とは
DNA複製は半保存的複製(semiconservative replication)という様式で行われます。二重らせんがほどけ、2本の鎖がそれぞれ鋳型になるため、できあがった2組のDNAは、どちらも「元の鎖1本+新しく合成された鎖1本」の組み合わせになります。元の二本鎖の半分ずつが保存されるので「半保存的」と呼ばれます。つまり「DNA複製」は現象の名前、「半保存的複製」はその複製がどのような様式で起こるかを表す名前です。
この様式は、1958年にメセルソンとスタールが、重い窒素(15N)で標識した大腸菌を通常の窒素(14N)の培地に移し、世代ごとのDNAの重さを密度勾配遠心法で調べる実験で証明しました[3]。1世代後には重いDNAと軽いDNAの中間の重さのDNAだけが現れ、元の二本鎖がそのまま残る「保存的複製」の考え方は否定されました。実験の詳しい手順や、n回目の分裂後の比率を求める計算問題の解き方は、半保存的複製の記事でまとめて解説しています。
2. DNA複製の仕組みと流れ【7ステップで図解】
DNA複製の流れは、細かな違いはあっても、大腸菌からヒトまで共通の骨組みを持っています。まず全体像を7つのステップで見てみましょう。
ステップ1:複製起点から始まる
DNA複製は、DNA上のどこからでも始まるわけではありません。複製起点(replication origin)と呼ばれる決まった場所から始まります。大腸菌ではDnaAというタンパク質が複製起点を認識し、真核生物ではORC(複製起点認識複合体)が起点に結合します。ここで注意したいのは、起点を最初に見つけるのはヘリカーゼではなく、こうした「開始因子」だという点です。
真核生物では、ORCに続いてCdc6とCdt1が働き、ヘリカーゼの本体となるMCM複合体が起点に装着されます。この準備状態を複製前複合体(pre-RC)といい、G1期のうちに整えられます。S期に入るとリン酸化酵素の働きで活性化され、MCMにCdc45とGINSが加わったCMGヘリカーゼとしてDNAをほどき始めます[4]。ORCを構成するタンパク質の一つについてはORC1遺伝子のページで解説しています。
ステップ2:ヘリカーゼが二重らせんをほどく
複製が始まると、DNAヘリカーゼがATPのエネルギーを使って、塩基どうしの水素結合を切りながら二重らせんをほどいていきます。ほどけた一本鎖は、そのままでは再びくっついたり、からまったりしてしまうため、一本鎖結合タンパク質(大腸菌ではSSB、真核生物ではRPA)が一本鎖を覆って守ります。
らせんをほどき続けると、その先のDNAには強いねじれ(超らせん)がたまります。これを解消するのがトポイソメラーゼで、DNA鎖をいったん切ってねじれを戻し、再びつなぎます。こうしてほどけた部分は、二重らせんがY字形に開いた形になります。
💡 用語解説:複製フォークとは
複製フォークとは、二重らせんがほどけて2本の一本鎖に分かれている、Y字形の分かれ目のことです。形が食事用のフォークに似ていることから名づけられました。複製フォークはヘリカーゼの進行とともにDNA上を移動し、その後ろで新しい鎖が合成されていきます。1つの複製起点からは、両方向に2つの複製フォークが進むため、複製は起点から左右に広がる「泡(複製バブル)」のような形で進みます。
ステップ3:プライマーゼがプライマーをつくる
ほどけた一本鎖に、いきなりDNAポリメラーゼが新しい鎖をつくり始めることはできません。DNAポリメラーゼは、すでにある鎖の端にヌクレオチドを付け足すことしかできず、何もないところから合成を始められないからです[5]。そこで、プライマーゼという酵素が、鋳型に相補的な短いRNAの断片を先につくります。これがプライマー(primer)で、DNAポリメラーゼが合成を始めるための足場になります。
大腸菌などの細菌のプライマーはRNAだけでできています。一方、ヒトを含む真核生物では、DNAポリメラーゼαとプライマーゼが一体になった複合体が、およそ7〜14塩基のRNAをつくったあと、続けて10〜20塩基ほどのDNAを付け足したRNA-DNAプライマーをつくります[6]。
ステップ4:DNAポリメラーゼが5’→3’方向に伸ばす
プライマーができると、DNAポリメラーゼがその3’末端に、鋳型の塩基と相補的な塩基を持つヌクレオチドを1つずつつなげていきます。材料は、3つのリン酸を持つデオキシヌクレオシド三リン酸(dNTP)です。このとき新しい鎖は必ず5’→3’の方向にしか伸びません[5]。
DNAの鎖には向きがあり、糖の炭素の番号にちなんで、一方の端を5’末端、もう一方を3’末端と呼びます。二重らせんの2本の鎖は互いに逆向き(逆平行)に並んでいるため、鋳型の鎖を3’→5’の方向に読みながら、新しい鎖を5’→3’の方向に伸ばしていく形になります。なぜこの方向に限られるのかは、第4章で説明します。真核生物では、主にDNAポリメラーゼεとδが、この伸長を担います[4]。
ステップ5:リーディング鎖とラギング鎖
ここでDNA複製の最大のポイントが出てきます。複製フォークでは2本の鋳型鎖が逆向きに並んでいるのに、DNAポリメラーゼは5’→3’方向にしか合成できません。そのため、2本の新しい鎖は違うやり方でつくられます。
一方の鎖は、フォークが進む方向と合成の方向が一致するため、プライマーを1つ置けば、フォークを追いかけるように途切れず伸ばせます。これをリーディング鎖(先行鎖)と呼び、真核生物では主にDNAポリメラーゼεが合成します。もう一方の鎖は、合成の方向がフォークの進行と逆になるため、フォークが少し進むたびに新しいプライマーを置き、フォークから遠ざかる向きに短い断片をつくっていくしかありません。これがラギング鎖(後続鎖)で、主にDNAポリメラーゼδが合成します[4]。
このラギング鎖側でつくられる短いDNA断片が岡崎フラグメントです。ラギング鎖と岡崎フラグメントはよく混同されますが、岡崎フラグメントは「部品」、ラギング鎖は「部品をつないで完成した鎖」と考えると区別しやすくなります。岡崎フラグメントは、1968年に岡崎令治・恒子両博士らが大腸菌を使った実験で報告したもので[7][8]、長さは細菌でおよそ1,000〜2,000塩基、真核生物ではおよそ200塩基前後です。酵母では、DNAが巻きつくヌクレオソームの間隔に合わせた長さになることが示されています[9]。発見の経緯やラギング鎖との違いは岡崎フラグメントの記事で詳しく解説しています。
ステップ6:プライマーの除去とDNAリガーゼによる連結
岡崎フラグメントの先頭にはプライマーが残っているため、そのままでは完成したDNAになりません。プライマーを取り除いてDNAに置き換え、断片どうしをつなぐ作業が必要です。この作業の担い手は、細菌と真核生物で異なります。
大腸菌では、DNAポリメラーゼIが、前方のRNAプライマーを分解しながら、そのすき間をDNAで埋めていきます。真核生物では、DNAポリメラーゼδが前の断片のプライマー部分を押しのけるように合成を続けて「フラップ」と呼ばれるはみ出しをつくり、FEN1という酵素がそれを切り取ります。長いフラップにはDna2という酵素も加わり、RNase H2を中心にRNAを分解する別の経路もあります[6]。最後にDNAリガーゼが、断片の間に残った切れ目(ニック)をつないで、連続した1本の鎖が完成します。リガーゼが働かないと短い断片がたまることは、岡崎博士らの初期の実験でも確かめられています[10]。
ステップ7:複製の終わり方と末端複製問題
複製の終わり方は、DNAの形によって異なります。大腸菌の環状染色体では、1つの起点から両方向に進んだ2つの複製フォークが反対側で出会い、複製が完了します。ヒトの染色体のような線状DNAでは、隣り合う起点から進んできたフォークどうしが出会った場所で複製が終わり、最後に染色体の末端が問題になります。
ラギング鎖は、先頭にプライマーを置いてから合成するしくみのため、染色体の一番端では最後のプライマーを除いたあとの部分をDNAで埋められず、複製のたびに末端が少しずつ短くなるおそれがあります。これを末端複製問題といいます[5]。染色体の末端には、同じ短い配列がくり返し並んだテロメアという構造があり、遺伝子の本体が削られないよう守っています。なお、2本の完成したDNAは、次の分裂で2つの細胞に分けられます。

染色体末端では、ラギング鎖のRNAプライマーを除去した後、通常のDNA複製では埋められない部分が残ります。これが末端複製問題の一つです。
🩺 院長コラム【ラギング鎖は「不便さ」から生まれた工夫】
高校生物でDNA複製を学ぶとき、多くの方がラギング鎖でつまずきます。なぜわざわざ断片をつくって、あとでつなぐのか。答えは、DNAポリメラーゼが5’→3’方向にしか合成できないという、たった1つの制約にあります。2本の鎖が逆向きに並んでいる以上、どちらか一方は必ず「逆走」しなければなりません。細胞はこの制約を消すのではなく、断片化して後からつなぐという手順で乗り越えています。
遺伝子の検査結果を読むときも、同じような見方をすることがあります。一見すると遠回りで不便に見える仕組みにも、その背後には分子レベルの理由があります。仕組みの理由まで理解しておくと、後で出てくる「複製のミスがどこで起こりやすいか」という話も、ずっと見通しがよくなります。
3. DNA複製に関わる酵素一覧【働きと順番】
ここまで登場した主な酵素とタンパク質を、働く順番に整理します。試験対策で覚えるときも、「ほどく → 守る → ねじれを取る → 足場をつくる → 伸ばす → 足場を外す → つなぐ」という流れに沿って覚えると、役割が混ざりにくくなります。
🧪 DNA複製に関わる主な酵素・タンパク質
| 酵素・タンパク質 | 役割 | 主なステップ |
|---|---|---|
| 開始因子(DnaA/ORC) | 複製起点を認識し、ヘリカーゼを呼び込む | 1 |
| DNAヘリカーゼ | ATPを使って二重らせんをほどく(真核生物ではCMGヘリカーゼ) | 2 |
| 一本鎖結合タンパク質(SSB/RPA) | ほどけた一本鎖を保護し、再結合やからまりを防ぐ | 2 |
| トポイソメラーゼ | フォーク前方にたまるねじれ(超らせん)を解消する | 2 |
| プライマーゼ | 合成の足場となるRNAプライマーをつくる(真核生物ではDNAポリメラーゼαと複合体) | 3 |
| DNAポリメラーゼ | プライマーの3’末端から5’→3’方向に新しい鎖を伸ばし、誤りを校正する(大腸菌はIII、真核生物は主にεとδ) | 4・5 |
| プライマー除去酵素 | 大腸菌はDNAポリメラーゼI、真核生物はFEN1・Dna2・RNase H2など | 6 |
| DNAリガーゼ | 断片間の切れ目(ニック)をつないで連続した鎖にする | 6 |
※真核生物の酵素の分担は主なものを示しています。生物種や状況によって関わる酵素は異なります。
表の中で特に大切なのがDNAポリメラーゼです。主な伸長酵素であるDNAポリメラーゼδやεは、合成に加えて誤って取り込んだヌクレオチドを取り除く「校正」の機能も持っています。この校正機能については第7章で詳しく触れます。
4. なぜプライマーが必要?なぜ5’→3’方向なの?
なぜプライマーが必要なのか
結論から言うと、DNAポリメラーゼは、すでにある鎖の3’末端(3′-OH基)にしかヌクレオチドを付け足せず、何もないところから合成を始められないからです[5]。DNAポリメラーゼの反応は、伸びつつある鎖の3’末端に、次のヌクレオチドをつなぐ化学反応です。つなぐ相手となる3’末端が存在しなければ、最初の1個をつなげません。
そこで、何もないところから短い鎖をつくり出せる酵素、つまりプライマーゼが先に足場を用意します。プライマーは、いわば「最初の数文字だけを書いてくれる下書き」です。この仕組みはPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)でも同じで、PCRでは人工的に合成した短いDNAをプライマーとして加えることで、DNAポリメラーゼに目的の場所から合成を始めさせています。
なぜRNAのプライマーなのか
DNAの材料をつくるのに、なぜ最初だけRNAを使うのでしょうか。教科書的には、次のように説明されています[5]。主な伸長酵素であるDNAポリメラーゼδやεは校正機能を持ちますが、何もないところから合成を始めることはできません。何もないところから鎖をつくり始める酵素は、その性質上、正確さの面で不利になりやすいと考えられています。
複製の開始には、プライマーゼが新たに合成できるRNAプライマーを利用します。真核生物ではDNAポリメラーゼαにも校正機能がなく、RNA部分は後で除去されます。DNAポリメラーゼαが合成したDNA部分も、フラップ処理などによって一部が置き換わります[6]。ただし、DNAポリメラーゼαが合成した部分がすべて除去されるわけではありません。RNAを使う進化上の理由を一つに断定することもできません。
なぜ5’→3’方向にしか合成できないのか
合成の方向を決めているのは、反応のエネルギーをどこから得るかです。DNAポリメラーゼは、新しく加わるdNTPが持つ3つのリン酸のうち2つを切り離すときのエネルギーを使って、鎖の3’末端とつなぎます。つまり、エネルギーの源は「新しく入ってくる側」にあります[5]。
仮に逆向き(3’→5’方向)に伸ばす仕組みだったとすると、エネルギーを持つ三リン酸が「伸びている鎖の端」に付いていなければなりません。その場合、校正で末端の誤ったヌクレオチドを取り除くと、エネルギー源も一緒に失われ、合成を続けられなくなります。5’→3’方向であれば、末端を取り除いても次に入ってくるdNTPがエネルギーを持ち込むので、校正と合成を両立できます。これが5’→3’方向に限られる理由として広く説明されている考え方です。
5. 原核生物と真核生物のDNA複製の違い
DNA複製の基本の流れは共通していますが、大腸菌と、ヒトを含む真核生物とでは、いくつかの点がはっきり異なります[11][12]。
⚖️ 大腸菌とヒトのDNA複製の比較
| 項目 | 大腸菌(代表例) | 真核生物(ヒトなど) |
|---|---|---|
| DNAの形 | 環状 | 線状(複数の染色体) |
| 複製起点の数 | 1つ | 多数(ヒトでは1回の細胞周期に数万か所が活性化すると推定) |
| 起点を認識する因子 | DnaA | ORC(複製起点認識複合体) |
| 主な複製ポリメラーゼ | DNAポリメラーゼIII | DNAポリメラーゼα・δ・ε |
| プライマー | RNAのみ | RNA+DNAのハイブリッド |
| 岡崎フラグメントの長さ | 約1,000〜2,000塩基 | 約200塩基前後 |
| 末端複製問題 | なし(環状のため) | あり(テロメアが末端を保護) |
| クロマチン | ヌクレオソーム構造なし | 複製とともにヌクレオソームを再構築する必要がある |
※数値は目安です。生物種や測定方法によって幅があります。
特に大きな違いは、ゲノムの大きさに合わせた複製の進め方です。大腸菌は1つの起点から環状DNA全体を複製できますが、ヒトの長い線状DNAを1か所から複製していては、S期の時間内に終わりません。そのため真核生物は、多数の起点から同時並行で複製を進めます。また真核生物のDNAはヌクレオソームという糸巻き状の構造に巻きついているため、複製フォークが通るたびにいったんほどき、複製後に再び組み立て直す必要があります。
真核生物の複製起点と「1回だけ」の仕組み
ヒトでは、細胞種や測定法によって異なりますが、1回の細胞周期で数万か所の複製起点が活性化されると報告されています[11]。さらに、G1期には実際に発火する起点より多くの候補が準備され、発火しなかった一部は予備として控えています[2]。この予備の起点は休眠起点と呼ばれ、フォークの進行が何らかの理由で止まったときに代わりに発火し、複製を時間内に終わらせる役割を持つと考えられています。こうしたフォークの停滞や遅延は複製ストレスと呼ばれます。
ヒトなど多細胞生物の複製起点には、大腸菌のような決まった配列(コンセンサス配列)がはっきりとは見つかっておらず、クロマチンの状態などが起点の選ばれ方に影響すると考えられています[11]。また、ゲノムのどの領域をS期のどの時期に複製するかにも一定の順序があり、これを複製タイミングと呼びます。そして、G1期に起点を準備(ライセンス化)し、S期に一度だけ発火させ、いったん使った起点はその周期のうちに再び準備できないようにする二段階の制御によって、「1回の細胞周期で1回だけ」の複製が守られています[4]。
6. DNA複製と転写・翻訳の違い
DNA複製は、転写とよく混同されます。どちらもDNAの塩基配列を写し取る点では似ていますが、目的も、使う酵素も、できあがるものも異なります。
🔁 DNA複製と転写の違い
| 項目 | DNA複製 | 転写 |
|---|---|---|
| 目的 | ゲノム全体をコピーし、分裂後の細胞に分ける | 必要な遺伝子の情報をRNAに写し、タンパク質合成などに使う |
| 写し取る範囲 | ゲノムDNAのすべて(両方の鎖) | 必要な遺伝子の部分(片方の鎖が鋳型) |
| 主な酵素 | DNAポリメラーゼ | RNAポリメラーゼ |
| プライマー | 必要 | 不要(何もないところから合成を始められる) |
| できるもの | 二本鎖DNA | 一本鎖RNA(TのかわりにUを使う) |
| 回数・時期 | 1回の細胞周期で1回(S期) | 必要に応じて何度でも |
DNAの情報がRNAへ写され(転写)、RNAの情報をもとにタンパク質がつくられる(翻訳)という情報の流れは、セントラルドグマと呼ばれます。DNA複製は、この流れの出発点であるDNAそのものを次の細胞へ正確に引き継ぐための仕組みで、転写・翻訳が「情報を使う」働きだとすれば、複製は「情報を守り、受け渡す」働きだといえます。
7. 複製はどれくらい正確?ミスと修復のしくみ
正確さを支える3段階
DNA複製は非常に正確ですが、完全に誤りのない作業ではありません。正確さは、次の3段階の仕組みが順に重なることで保たれています[13]。
1段階目は、DNAポリメラーゼが正しい塩基の組み合わせを選ぶ「塩基の選択」です。2段階目は、誤ったヌクレオチドを取り込んだときに、DNAポリメラーゼ自身が3’→5’方向に1つ戻って取り除く「校正(プルーフリーディング)」で、この働きは3’→5’エキソヌクレアーゼ活性と呼ばれます。3段階目は、校正をすり抜けた誤りを、複製が終わった後に見つけて直すミスマッチ修復です[14]。
💡 用語解説:エキソヌクレアーゼ(校正の道具)
ヌクレアーゼとは、DNAやRNAの鎖を切る酵素の総称です。そのうち鎖の端から1つずつ切り取るものをエキソヌクレアーゼと呼びます。DNAポリメラーゼδやεは、合成する部位とは別に、鎖の端を削る3’→5’エキソヌクレアーゼの部位を持っており、誤って取り込んだヌクレオチドをその場で取り除けます。ヌクレアーゼの種類と働きはヌクレアーゼの記事でまとめています。
DNA複製でミスが起こる確率は?
大腸菌での推定では、DNAポリメラーゼが誤った塩基を選ぶ確率はおよそ10万分の1(10⁻⁵)、そのうち校正をすり抜けるのが約100分の1(10⁻²)、さらにミスマッチ修復をすり抜けるのが約1,000分の1(10⁻³)とされ、これらを模式的に掛け合わせると、1回の複製で1塩基あたりおよそ100億分の1(10⁻¹⁰)という低い誤り率になります[14]。
ただし、これは大腸菌を中心とした推定であり、生物の種類、DNAの配列、測定方法によって値は変わります。特に、同じ短い配列が何度もくり返す領域(反復配列)では、合成中の鎖が鋳型に対してずれやすく、塩基が1つ増えたり減ったりする挿入・欠失の誤りが起こりやすいことが知られています[13]。個々の数字を覚えるよりも、「3段階の見直しによって、誤りが桁違いに減らされている」という全体像を押さえておくことが大切です。
8. 複製のミスと遺伝性疾患のつながり|臨床遺伝専門医の視点
3段階の仕組みでも直しきれなかったわずかな誤りは、変異として次の細胞に引き継がれます。多くは健康に影響しませんが、場所や種類によっては病気の原因になることがあります。ここでは、遺伝診療の現場でよく話題になる3つのつながりを取り上げます。
de novo変異と父親の年齢
両親のどちらも持っていない遺伝子の変化が、子どもに新しく生じることがあります。これを新生突然変異(de novo変異)と呼びます。アイスランドの78組の親子を全ゲノム解析した研究では、新生突然変異の頻度はこの研究で平均して1世代あたり1塩基につき約1.2×10⁻⁸で、子に伝わる新しい変異の数は、父親の年齢が1歳上がるごとにおよそ2個ずつ増えていました[15]。
この「父親の年齢効果」は、精子のもとになる細胞が生涯にわたって分裂をくり返し、そのたびにDNAを複製することで誤りが積み重なるため、と長く説明されてきました。しかし、その後の大規模な解析では、父親由来と母親由来の変異の比率が年齢とともにほとんど変わらないことなどから、複製の誤りだけでなく、DNA損傷の寄与も大きいという見方が示されています[16]。また、これらは集団での平均値であり、ある父親の子どもに病気が生じる確率を個別に示すものではありません。
反復配列の「ずれ」とリピート伸長病
第7章で触れたように、同じ短い配列がくり返す反復配列では、複製中に鎖がずれて、くり返しの回数が増えたり減ったりしやすくなります。このくり返しが異常に長くなることで起こる病気をリピート伸長病といい、2007年の時点でおよそ30の遺伝性疾患がこの仕組みで起こると整理されていました[17]。反復配列が伸びやすいのは、DNAが特殊な立体構造をとりやすく、複製・修復・組換えの仕組みをかく乱するためと考えられています[17]。
ミスマッチ修復の破綻とリンチ症候群
3段階目の見直しであるミスマッチ修復がうまく働かないと、複製の誤りが直されずに蓄積します。特に反復配列の長さが細胞ごとにばらばらに変化するため、マイクロサテライト不安定性(MSI)という特徴的な状態が生じます[13]。MLH1、MSH2、MSH6、PMS2などのミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントや、EPCAMの一部欠失によるMSH2の働きの低下は、大腸がんや子宮体がんなどが若い年齢で起こりやすくなるリンチ症候群の原因として知られています[18][19]。DNA複製の誤りを修復する仕組みの遺伝的な障害が、遺伝性腫瘍の素因につながる例です。
🩺 院長コラム【「誤りがある」ことと「病気になる」ことは別の話】
DNA複製の誤りの話をすると、「そんなに毎回コピーしていたら、体中が変異だらけになるのでは」と感じる方がいます。実際には、3段階の見直しで誤りは桁違いに減らされ、残ったわずかな変化の多くは、遺伝子の働きに影響しない場所に起こります。変化があることと、それが病気につながることは、分けて考える必要があります。
一方で、父親の年齢と新生突然変異の関係のように、集団のデータとしてははっきり示されていても、個々のご家族にそのまま当てはめられない情報もあります。臨床遺伝専門医として遺伝カウンセリングを行うときは、こうした数字が何を意味し、何を意味しないのかを区別してお伝えすることを大切にしています。
まとめ
DNA複製とは、細胞周期のS期に二本鎖DNAをほどき、それぞれの鎖を鋳型にして同じDNAを2組つくる過程です。複製は複製起点から始まり、ヘリカーゼが二重らせんをほどき、プライマーゼが足場となるプライマーをつくり、DNAポリメラーゼが5’→3’方向に新しい鎖を伸ばします。DNAポリメラーゼが5’→3’方向にしか合成できないため、一方は連続したリーディング鎖、もう一方は岡崎フラグメントをつないだラギング鎖として合成され、最後にプライマーの除去とDNAリガーゼによる連結で完成します。できあがったDNAは、元の鎖と新しい鎖が1本ずつ組み合わさった半保存的な構造になります。
複製の正確さは、塩基の選択・校正・ミスマッチ修復の3段階で保たれていますが、ごくわずかにすり抜けた誤りは、新生突然変異やリピート伸長、ミスマッチ修復関連遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントによる遺伝性腫瘍の素因など、遺伝医療と深く関わっています。半保存的複製の実験や計算問題、岡崎フラグメントの発見の経緯は、それぞれの記事で詳しく解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. DNA複製はRNAポリメラーゼで行われるのですか?
新しいDNA鎖を合成する主役はDNAポリメラーゼで、RNAポリメラーゼではありません。ただし、合成の足場となるRNAプライマーをつくるプライマーゼは、RNAを合成する酵素です。そのため「複製の最初の段階でRNAを合成する酵素が働く」という意味では関わっていますが、DNA鎖の伸長そのものはDNAポリメラーゼが担います。転写で遺伝子の情報をRNAに写すRNAポリメラーゼとは別の酵素です。
Q2. 減数分裂ではDNA複製は何回行われますか?
1回です。減数分裂では、分裂の前にDNA複製が1回だけ行われ、その後に2回続けて分裂します。そのため、できあがる配偶子(精子や卵子)の染色体の数は、元の細胞の半分になります。体細胞分裂では、1回の複製に対して1回の分裂なので、染色体の数は変わりません。
Q3. 複製のミスを直す酵素は何ですか?
まず、DNAポリメラーゼ自身が持つ3’→5’エキソヌクレアーゼ活性が、合成しながら誤ったヌクレオチドを取り除きます(校正)。校正をすり抜けた誤りは、複製後にミスマッチ修復に関わるタンパク質群(ヒトではMutSαなど)が見つけ、誤りを含む部分を取り除いて正しく合成し直します。
Q4. DNA複製にはどれくらい時間がかかりますか?
ヒト細胞では、ゲノム全体の複製におよそ10時間程度かかるとされています。ただし細胞の種類や状態によって長さは変わります。ヒトのゲノムは大きいため、1回の細胞周期で数万か所の複製起点から同時並行で複製を進めることで、この時間内に全体を複製しています。
Q5. DNA複製とPCRの違いは何ですか?
PCRは、DNA複製の原理を試験管の中で利用して、特定の領域だけを大量に増やす技術です。細胞内のDNA複製ではヘリカーゼが二重らせんをほどき、プライマーゼがRNAプライマーをつくりますが、PCRでは加熱によって二本鎖を分け、人工的に合成したDNAプライマーを加え、熱に強いDNAポリメラーゼで合成します。細胞内の複製がゲノム全体を1回ずつ正確にコピーするのに対し、PCRは目的の領域だけを何度もくり返し増幅します。
Q6. ミトコンドリアのDNAも複製されるのですか?
はい。ミトコンドリアは核とは別に独自の小さな環状DNAを持っており、核のDNAとは別の仕組みで複製されます。ミトコンドリアDNAの複製には、核の複製とは異なる専用のDNAポリメラーゼ(DNAポリメラーゼγ)が関わります。
🧬 遺伝子検査に関する情報
この記事は、DNA複製のしくみを解説する用語解説です。当院での検査や診療をご案内するものではありません。当院で行っている遺伝子検査の種類や内容は、遺伝子検査のページにまとめています。
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