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NIPT|前回産後うつになった2回目症例

前回産後うつになったことを切々と話してくれたNIPTを2回目に受ける患者さんがいました。ちょっと考えさせられる症例でしたのでお伝えします。

1回目NIPT異常なし

お子さんの妊娠経過に異常はありませんでした。妊娠中は特に不安が強かったとかいうこともなかったのですが、丁度、臨月が近づくとともに新型コロナウイルス感染症が世界に拡大し、日本にも上陸し、それとともに夫が家にも帰ってこれないくらい多忙となりました。最初は全然何もかも分からなかったので、妻は実家に帰って殆ど夫と会わずに出産の日を迎えました。

初めての出産

しかし、出産に30時間くらいかかってしまい、疲れ果てていた彼女はとても休みたい気持ちでいっぱいでした。

ところが、病院のほうでは、出産後すぐに、「動け動け」といいます。その病院の意図はわたしも医師なので判ります。出産後や手術後は特に血栓症といって血管の中に血液の塊(凝血塊)ができやすい状態になってしまうのです。なので特に深部静脈血栓症で肺や脳といった重要臓器に血栓が飛んで命が危険にならないように、産後や術後はなるだけ早期離床を促すのが鉄則なのです。

妊娠時は第XIII因子を除くほとんどすべての凝固因子が増加し、妊娠末期には妊娠していない時の1.5~2倍に増加すると言われています。分娩後は非妊娠時の値に速やかにもどります。妊娠中にはエストロゲンが増加し、その作用により肝臓で普段よりたくさんの凝固因子が作られるためです。
血液の中には血液を凝固させる、つまり出血した時の止血に必要な因子もあるのですが、凝固した血液を溶かす因子もあり、凝固系に拮抗するそれらの働きを線溶系と言います。
妊娠中は凝固因子が増加するのですが、線溶系の主要なものは増えず、線溶系の抗凝固作用は相対的に低下します。結果的には妊娠中は血液が凝固しやすい過凝固な状態となります。過凝固状態は分娩時出血の止血に有利であるのですが、反対に血栓症や播種性血管内凝固症候群(DIC)という重大な問題を起こしやすい状態でもあるのです。

だから、産婦人科病棟では産後の褥婦さんに一刻も早く離床しろ離床しろと言いますがそれは全国どこでも同じです。

ところが、30時間という長いお産となってしまって疲れ果てた彼女は、もう本当に休みたくて仕方がなかったのです。そう言っているにもかかわらず、なぜそうしなければならないのかと言う説明も全くなく、お産から数時間後、とにかく寝ていたい彼女に、「トイレに行くように」と言い、看護師や助産師が何人もきてトイレ誘導したそうです。いや、言っておきますが、そのトイレ誘導する気持ち、わたしも医療人なので痛いほどよくわかりますが、患者さんがまったく納得していない場合、最悪バルーンカテーテル留置でもよいでしょう。やっぱ大事なのは患者さんが納得しているかどうかという事に尽きるのです。

そして失神

何人も来て、歩け歩けトイレに歩け、と言うので、もうやめて、って思いながら抵抗もできず彼女は一生懸命頑張ろうとしたのですが不安でいっぱいだったそうです。不安な時は迷走神経反射という反射が起こりやすくなり、脈が遅くなったり血圧が下がったりしやすくなります。彼女は、ああもうだめだと思った瞬間意識消失してしまったそうです。

意識消失した彼女には黄色いお花畑が見えたそうです。この経験はわたし、他の人からもきいたことがあります。別の人はピンクのお花畑が見えたそうです。

もう本当にすごく幸せでずっとそこに居たいのに、〇×さん!!〇×さん!!とか大声で呼ばれてほほを叩かれて、引き戻されたのですごくつらかったそうです。

だから今はやめてって言ったじゃない。ただただ休みたかったのに、母乳を出せとかトイレに行けとか言われて本当にもういやだ。。。それからの彼女は辛くて辛くて、わけもなく涙が出て、生まれた赤ちゃんのこともかわいいと思えなかったそうです。自分がこんなに大変な思いをしたのも出産のせいなのだ、とつい思ってしまって。でもそう思ってしまう自分をダメな人間だと思って責めてしまい。

そうしてその状態が続き、やがて彼女は産後うつ病と診断されることになります。

夫と病院へ

しばらくたってから夫に連れられて病院に行きました。薬が処方されました。彼女はずっと実家にいたので、赤ちゃんと二人きりという事はありませんでした。実家がわりと近くにあったことは彼女にとってすごくラッキーなことだったと思います。

彼女は医師の処方通りにきちんと内服し、認知行動療法というセラピーも受け、段々と産後うつを脱していきました。

赤ちゃんをつれて公園デビューもするくらいに回復しました。うまれたお子さんをかわいいとも思えるようになり、危機は脱しました。

そして次のお子さんを妊娠

正直、彼女はとても複雑な思いだったようです。

丁度、時間が取れるときにお越しになったのもあり、2時間くらいお話を聞いたり、わたしの経験や友達のことをはなしました。

こんな事まで言っていいの?って言ってましたけど、遺伝カウンセリングは一番コアな部分のカウンセリングなので、何でも言いやすい環境を作ることが大事だと思っているし、妊娠出産に対する不安を軽減することが私たち遺伝専門医の役割だとわたしは思っています。なので、どんなことでも伺っているし、割と幅広い専門分野と専門知識といろんな人生経験から言葉を選んで繰り出すようにしています。結構哲学的内容もはなします。

それより、その一番つらかったときにわたしを思い出していただいて、連絡してくれるようになりたいな、まだまだ修行が足らないな、と彼女と話をしていて反省しました。

医師と言うのは青天井でどこまで頑張っても足りるということはありません。それに気が付いたとき、専門職は初めて一人前になるのかもしれない。

職人の世界と同じなんだなと思います。

重たい職業だなと思いますが、この免許を頂くのにふさわしい医師になりたい、と思って日々あがいています。

もしも不安な時、困ったときは、いつでもわたしに連絡してください。待ってます。

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 (がん薬物療法専門医認定者名簿)、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医(臨床遺伝専門医名簿:東京都)として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

仲田洋美のプロフィールはこちら

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